3話 夢 Ⅰ
ルナは、めのまえの光景に息をのんだ。
海は、たしかに青だった。碧がかった、鮮やかな青。それはグラデーションによって地平線の彼方は群青――間近に打ち寄せる水は濃く深く、底が見えない。
たまに荘厳な光景に目を奪われることがある。岩肌に打ち寄せる波はまっしろなしぶき。
浅い箇所では、宝石みたいな石が見える。
「姉ちゃん」
声がした。
ルナは、家を出たところすぐの、海岸とも呼べない、わずかなスペースの砂浜から海を眺めていて、海はすぐに手で触れる位置にいる。
弟の、自分を呼ぶ声がした。
弟はアズラエルといった。
異国の子どもだ。
自分とは半分しか血のつながらない、異国の子ども。褐色の肌に、焦げ茶のクセっ毛。切れ長の大きな目をしていて、ふっくらとした頬があどけない。
ここは、遊ぶには不向きな海。
砂浜がどこまでも広がる海水浴用の海ではない。足場にも強く波が打ちつけ、周りはわずかな砂浜はあっても岩場ばかり。高低差が激しく、底が見えないほどの深さが間近にある。
弟のような幼い子どもにも、また自分にとっても危険な海だった。美しいばかりではない。
――美しいばかりではない。
台風警報が出たときなどはすぐこの屋敷を出、高台の方にある別荘に向かわなければならない。
だがルナはこの屋敷が好きだった。アズラエルと暮らす、この屋敷が。
「姉ちゃん」
また弟が自分を呼んだ。
ルナは笑って弟を抱きあげ、晴れた午後の空を見上げた。
弟は素っ裸で遊んでいる。五つ下の弟は、まだ幼かった。からだも小さく、同い年の子より発達が遅れているように見えた。日本語もまだうまく話せない。どこか発音のおかしい「姉ちゃん」の呼び声を嬉しげに自分は聞いていた。
午後の日差しは暑い。もうすぐ、陽が沈む時刻になるだろう。そうしたら、家に入って、アズラエルと一緒に夕陽を見よう。
ルナは、幸せだった。