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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
496/946

209話 出立 Ⅱ 1


 さて、こちらはL18。

 首都アカラの端、スラム街に位置する、築八十年にもなるオンボロアンティーク・アパート。――アダム・ファミリーのアジトである。


「……そんで、アマンダが怒り狂ってて。アズからメールの返信がないってね――そしたら、ロビンからメールが来て、びっくり。アズのヤツ、全身複雑骨折だって」


「兄貴が!?」

 オリーヴは一番お気に入りのパンツを引きちぎってしまった。

「あの兄貴が大ケガ!? どしたの? 任務で!?」


「知らないよ」

「そういや兄貴、定期連絡にもぜんぜん顔見せないもんね――どうしてるんだろ」


 アダムの家族は、スタークがL20の特殊部隊で軍人として働いていて、アズラエルはメフラー商社所属だ。だからひとつきに一度は、全員で会って食事をしたり、それができないときはテレビ電話で近況を報告し合った。


 地球行き宇宙船に乗ったころは、アズラエルもかならず顔を出していたのに、最近はぜんぜん顔を出さない。


「地球行き宇宙船があんまり楽しくて腑抜けてンのさ! かわいい彼女もできたっていうし」

「スタークの言ってた子!? L77から来たとかいう――」

「そうそう。そんな子いたっけね。ロビンがアマンダに写真送ってきた――子どもみたいな子だろ? なまえは“うさちゃん”?」

「兄貴、まだ付き合ってんの!? ウソでしょ!? あの兄貴が!?」

「まさか! いまは別の女だろうよ。アイツが、三ヶ月以上持つわけないだろ」


 エマルは呆れ返った声で肩を竦め、オリーヴのトランクを見て絶叫した。――ショッキングピンクの派手なトランクには、同じような派手下着ばかり詰め込まれている。


「あんた何しに行くか分かってんの! そんな、パンツばっかり詰めてどうする気だい!?」

「はっ! あたしとしたことが!」

 オリーヴは全パンツをトランクから出した。

「なにもぜんぶ出せとは言ってないよ――そいで、あんた! 自分の分は自分で詰めてね! アダム!」

「んあー……」


 アダムは、クマのようなでかくて丸い背を丸めて、ちょこんと椅子にすわり、依頼書を眺めていた。


「ルナ・D・バーントシェント、ルナ・D・バーントシェント……」

 さっきから、その名を繰り返し、つぶやいているのだった。


 アダム・ファミリー構成員全員――アダムにエマル、オリーヴにボリスにベック――と、メフラー商社のメフラー親父、デビッド、アマンダに仕事の依頼が来たのは、一週間前だ。


 依頼人は、E.S.C所属特別派遣役員、ミヒャエル・D・カザマと、ペリドット・LG・MJH・サルーディーバという男の連名。

 最初、耳を疑ったほどの大きな依頼だった。


「メルーヴァの革命軍を、アストロスで迎撃。――極秘任務」


 地球行き宇宙船の会社であるE.S.Cが、両グループを、特殊工作班として、軍部を通さず独自に雇いたいという話だった。


 アダムは頭を抱えた。


 アダムは、かつて、そのメルーヴァに雇われたのである。メルーヴァの敵となる、L20の軍の配置図を手渡され、その突破法を考えさせられた。


 アダムは、そのことを具体的に話したわけではないが、メルーヴァに関わっていることを濁しつつ説明し、「俺は任務に参加できない」と言ったのだが、

「あなたがメルーヴァに雇われていたのは、承知しています。ご心配なく」

 という返答が返ってきて、アダムはさらに頭を抱えた。


 エマルもオリーヴも、アダムがバクスター経由で依頼されたため、断れずに、メルーヴァの任務を果たしてきたことは知っている。


 今度はよりによって、そのメルーヴァ逮捕のために動いている組織からの依頼。


 アダムがメルーヴァに協力したことを知られているなら、アダムが逮捕されてもおかしくないのである。


 なにしろ、メルーヴァはL系惑星群の指名手配犯である。

 だが、L55の管轄下にある、地球行き宇宙船の依頼人は、そのことを知っているにもかかわらず、アダムを拘束する意志はなさそうだ。


 E353に着いたとたんに逮捕される、というパターンはないだろう。逮捕するなら、いきなり警察星の警官隊がアジトにやってきて、アダムを連れていくのが本当だ。


「いざとなったら、あたしとオリーヴがヤバいとこは請け負うから。とにかく、あんたもいっしょに行こう」

 というエマルの説得によって、アダムもしぶしぶ、腰を上げたのだった。


 アダムは、自分の傭兵人生の終了を覚悟し、アダム・ファミリーの清算も考慮に入れ、自分が受けたメルーヴァの依頼は、自分だけが行った仕事で、メンバーは関係ないという作文を仕立てあげ、ボリスとベックの再就職先の考慮に入っていたのだが、女房に「なんとかなる!」と背中を叩かれて、やっと気を取り直した。


「あんたを逮捕するってンなら、最初からそれを言ってくるさ。それを言わないということは、目を瞑ってやるってことじゃないのかね――あたしたちが協力すれば。メルーヴァに協力したことだって、あたしたちを人質に取られたとか、いいようはあるだろ。とにかく、行って話を聞いてみないと始まらないよ!」


 こんなとき、女のほうが楽観的というのは、どの星も同じかもしれないとアダムは思った。


 E353までの旅費は、すでにE.S.Cから振り込まれている。雇い賃も法外な額だった。

 この任務で生き残っても、あるいは死亡しても、家族や自身の身の振り方をどうにでもできるくらいの金額だ。


 そして、地球行き宇宙船のチケットも、二枚用意したと書かれている。同封されていたわけではないが――E353エリアで手渡されるのだろうか。


 つまり、四人が乗船できるということか。しかし、E353で、宇宙船のチケットを手渡してくれるのは、依頼人のミヒャエル、ペリドットではない。

 依頼書には、チケット購入者の名が記されていた。


 ――ルナ・D・バーントシェント――


「ルナ・D・バーントシェント……バーントシェント……」


 アダムは、引っ切り無しにその名をくりかえしているのだが、思い浮かばない。

 どこかで聞いたことがある。記憶の端っこに引っ掛かっていて、手が届きそうで届かない――そんな、歯がゆい感覚だ。


「バーントシェ……あ」


 アダムは、その名をつぶやき始めて五十回目くらいに、ようやく記憶の残骸に手が届いた。


「なあおい、エマル」

 アダムは妻を呼んだ。

「バーントシェントってなァ……リンちゃんの苗字といっしょじゃねえか」

「えっ」

 エマルも、依頼書をのぞき込んだ。

「ほんとだ――つづりもいっしょだ」


 エマルのかつての親友――今やもう、生きているのかさえ分からない、リンファン・F・バーントシェント。


 しばらく用紙を眺めていたが、彼女を思い出して泣きそうになったエマルは、紙をぺいっと放り投げた。


「バーントシェントなんて苗字、世間にゃ、いくらでもあるさ。それより、あんた、自分の用意は自分でしてね。道中長いんだからさ――服、どれだけいるかな」

「任務は来年までかかるんだ。服なんぞ置いてけよ。あっちで買えばいいだろう」


 アダムは、猛然と服ばかり詰め込んでいる妻と娘に向かって言った。


「そうだねえ……あっちで買えばいいかねえ。アズに、何持っていけばいいか聞きたかったのに、連絡取れないんじゃしょうがない。クラウドも、何してるんだろねアイツは」

「兄貴は似たような服しか持ってねーじゃん。いつも黒Tとジーパンばっか」

「そういうアンタは、下着に金をかけすぎだ。――なんだいこの、紐しかないパンツは! コレ、腹丸出しじゃないかこのTシャツ!!」

「ファッションだよ! ほっといて!!」

「L22にいくまえに、スタークのところに寄っていくからな」


 アダムは、いつもどおりの妻と娘の会話を聞き流し、自分のトランクを引きずってきて、服を詰めはじめた。


「スタークと会うのも、これが最後だったりして」

「嫌な冗談はおやめ!」


 オリーヴは、エマルに叩かれて「イッテエ!」とうなりながら、アダムが机に置いた任務要項を手に取った。


「オリーヴ、あとでそれ、燃やしとけ」

「へいへーい」


 おざなりに返事を返し、オリーヴは用紙を目で追った。

 たった三枚の紙に記された味気のない文字の羅列を、オリーヴは流れるように読み、そしてひとりの名に釘付けになった。


(ルナ・D・バーントシェント?)


 オリーヴは、その名に心当たりがあった。どこかで聞いた名だ――しかもフルネームで。


「あーっ!!」


 ボロアパートが一気に崩壊しそうなオリーヴの絶叫に、アダムもエマルもびっくりしたばかりか、自室にいたボリスとベックも駆けてきた。


「な、なんだ。なにがあった!?」

「びっくりさせんじゃないよオリーヴ!! どうしたんだい!?」


 オリーヴは、だれの言葉も聞かずに、自分の部屋へと突進した。そして、小さなタンスの引き出しをあけ、黄ばんだ羊皮紙にはさまれた、写真を取り出した。


(思い出した――これ、忘れていくところだった)


 忘れもしない――いや、オリーヴ的には忘れていたかった任務である。食事的にも、その不可思議さからも――。


 今年の春まえ、オリーヴは、フライヤとともに、L05のサルーディーバ記念館に忍び込み、船大工の兄弟の絵にかくされている鍵と手紙を盗む任務に就いた。それは、メルーヴァがアダムに頼んだ依頼であり、アダムの代わりにオリーヴが携わった任務だ。


 絵の裏に隠されている鍵と手紙をグレンに送ること――。


 オリーヴは、その任務を滞りなく済ませた。だが、絵の裏には、グレンに送る、鍵の入った手紙のほかに、もう一通、紙がはさまれていたのだ。


 オリーヴを絶句させた写真をはさんだ、その古びた紙には、こう書いてあった。

 

 ――この封筒を取りに来たものへ。

 この写真も、一緒に持って行ってほしい。だが、この写真は、グレン・J・ドーソンには送らないように。来たるべき日にち――L歴1416年10月10日に、別の人物へ送って欲しい。送り主の名は、ルナ・D・バーントシェント。

 かならず、その名を知るときがくる。きっと、百年後はそうであろう、私の愛しい幼馴染(おさななじ)み、オリーヴへ。

 クラウド・D・ドーソン


(来ちゃった)


 その名を知るときが、来てしまった。突っ込みどころ満載のこの手紙を、オリーヴはずっと引出しにしまったまま、放置していたのだ。


(危なかった。今コレ、ここに置いて行ったら、肝心の日付に、このひとに渡せなくなるじゃん)


 この日付は、おそらくオリーヴたちは、任務の真っ最中だ。


(L歴1416年10月10日は来年だけど――E353には、今年中に着いちゃうよな)


 ルナ・D・バーントシェントなる人物には、そのエリアE353で会うことになっているのだ。


(そいで、地球行き宇宙船がアストロスに着くのは、1416年の、十月前後だった気がする)


 オリーヴは任務要項を見たが、やはりそうだった。オリーヴたちはアストロスで任務に就く。E353でルナという人物に渡さなければ、次会うことはないかもしれない。


 このルナという人物は、任務に関わっているようだから、地球行き宇宙船の役員だろうか。


 だとしたら、アストロスにも来るのではないか――。


(ってことは、10月10日に渡せるかなあ?)


 一度任務に入れば、自由な行動ができなくなる可能性もある。やはりここは、E353で接触したときに渡したほうが、無難かもしれない。


(ちょっと早いけど、E353で渡すことにするよ。書いてある通りにはできないけど、ゴメンね、クラウド)


 オリーヴは、黄ばんだ羊皮紙にキスし、――写真を眺めた。

 見れば見るほど、オリーヴには不気味に思えるだけだった。

 古い写真の中で、兄が笑っている。グレンがいて、クラウドもいる――将校の、制服を着て。


(兄貴が見たら、びっくりするよね――これ)


 ちょっとだけ、オリーヴは、兄やクラウドにもこの写真を見せてみたいと思った。ふたりも、気味悪そうに見ることだけは予測できたが――。


 オリーヴは、この写真を、兄も、グレンも、クラウドも見ることになるとは知らずに――ルナという人物が、兄の恋人(仮)だと言うことも知らずに、写真と紙を、トランクへしまい入れた。





「じゃあ、あとは頼んだよ、マック、シド」

「ん」


 夕刻、アマンダとデビッドが、キャリーケースを引きずり、両脇にボストンバッグを抱えて出るのを、店のシャッターを下ろしながら、マックとシドは見送った。

 メフラー親父はとっくに外で、夕日を眺めながらパイプを吹かしている。


「アダムたちは、スタークのとこに寄ってくって言うから、三日後にL22で合流だ。L系惑星群離れるのは、三日後! いいね?」

「分かったって。早く行けよ」

「そんな薄情な言い方ないじゃないか! でかい任務なんだよ!? これが今生の別れになるかもしれないのにさ!」

「任務ごとにそう言ってるだろうが!」


 マックはキレた。アマンダは、息子のブチギレを無視してつづけた。


「ふたりで仲よくやって――来年まで帰れないんだから、なにかあったら、ナンバー9とか――知ってる顔のやつの、傭兵グループのとこ行くんだよ。ハーメルンとか、カナコのとこでもいい。――ぜったい、ふたりで何とかしようとしちゃダメ。経験者の指示を仰ぐんだよ? 白龍グループでもいい。インシンには頼んであるから――シュウホウにもクォンにもね、声はかけてあるから――電話、必ず三日に一回はよこしな」


「どんだけ過保護だよ! つかマジ平気だって」


「いまは、軍事惑星群自体が、あしたどうなるか分かんないって世の中なんだよ! あんたらみたいなペーペーだけ残して行かなきゃいけないこっちの身にもなってごらんよ!」


 アマンダは、豪傑(ごうけつ)で短気で神経質で怒りっぽくて暴力的だが、さらに心配性だった。アマンダが心配しているのは、メフラー商社のアジトに、息子と、シドだけを残していかなければいけないことだった。


 地球行き宇宙船に乗っているメンバー以外の社員は、この数ヶ月の内に全員、独立させた。今は、シドとマックしかいないのだ。アマンダにとっては、シドも息子の様なものだ。しかも、失言が多くて頼りない。


 どうせなら、このふたりもいっしょに連れていきたかったのだが、依頼が来たのはアマンダとデビッドと、メフラー親父だけだ。


「せめて、ロビンかアズ坊が残ってくれてれば」

 バーガスでもいい、とアマンダはこぼす。

「やっぱり、こんなときに全員独立させたのはまずかったなあ……ザイールかカナコに頼んでおこうか」


「大丈夫ッス、アマンダさん。留守はしっかり守ります」

 シドの自信たっぷりの台詞に、アマンダは嘆息した。

「頼りないねえ~……やっぱあたし、行くのやめようかな」

「いまさら何言ってんだよ。いいから行けよ! ジイジ、親父、はやくおふくろ連れてって!」


 マックは、ただでさえ丸い顔をさらに丸くして、さらに真っ赤にして、母親を追い立てた。


「心配性だなァ、アマンダは。そこが可愛いんだけどな♪」


 デレるデビッドに、息子のつめたい視線が突き刺さる。結婚してン十年もたつというのに、デビッドの、アマンダへのあふれる愛は健在だ。アマンダもツンケンしながらデビッドに甘えることもある。両親のアツアツぶりは、息子としてはたいそうウザい。


「早く行け」


 メフラー親父がパイプをあきらめてアマンダの荷物を持ち、デビッドがアマンダの肩を抱いてバスに乗り、ようやく三人は出発した。


「……スッゲー開放感……」


 マックは、満面の笑顔で送り出した。


「ヨッシャ! ゲームすんぞシド! 今日は徹夜で!!」

「ウッス! ピザとりましょう、ピザ!!」



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