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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
493/948

207話 故郷を想うハト 


 オルドは、K06区に置いたアジトではなく、K32区の本アジトの方へ向かった。


 着いたのは、十五時近くだ。アパートの部屋に入ったとたんに、ライアンがオルドの胸ぐらをつかんで、部屋に引きずりいれた。体格差で勝るライアンに力づくで来られれば、オルドに為すすべはない。殴られるのを承知でされるがままになっていたが、ライアンは、オルドの方が息苦しくなるような声で、「オルド」と呼んだ。


「なにをほだされてンだ、バカが」

 ライアンからは強い酒の匂いがした。オルドもおあいこだ。

「クラウドにいいように丸め込まれたか? グレンに何か言われたか。尊敬してるグレンにいわれて、その気になったのか――あれほど嫌だったアーズガルドに、てめえはまた、もどる気なのか!!」


「……俺はまだ、なにもいってねえよ、ボス」

「そうだな、なにも言ってねえな。でもおれは、おまえが“何を選んだか”くらいは分かる」


 ライアンはそう言って、オルドを突き離し、自身も床に座り込んだ。


「てめえを易々、ピーターなんぞに渡して、“今度はおれがおまえの故郷になってやる”なんて、カッコつけたセリフでてめえを送り出せって? ……できるか」


 床には、酒の瓶が数本、転がっていた。


「そんなセリフ、だれが思いついたんだ」

「メリーに決まってんだろ」

「……ケンカしたのか」

「ああ。大泣きして、アイツは今、K36区のアジトにいる。ひとりでな」

「レオンをひとりに?」

「レオンは、動けねえわけじゃねえ。いざ任務となったら、常人と同じ行動をとらなきゃいけねえんだ。たった一日、ひとりにしたところで――」


 ライアンは、顔を拭った。


「ちくしょう、クラウドの野郎。――ぶっ殺してやる」


 本気の憎しみがこもった言葉だった。いつも飄々(ひょうひょう)としているライアンに、抑えきれないほどの憎しみを抱かせたのはクラウドであり、オルドだ。


 ライアンは、アンダー・カバーの組織にはなんの未練もない。大きくした組織が解体されようが、それはかまわない。ライアンはもともと、組織を大きくする気などなかったのだ。ライアンは、オルドとメリーがいれば、それでよかった。

 

 ライアンもメリーも、オルドと同じく将校と傭兵の“ハーフ”だ。

 メリーはオルドと同じ、父親が将校で母親が傭兵。メリーの母親は、将校の男に乱暴されてメリーを産んだという最悪のケースだ。


 ライアンは母親が将校の家の出、父親が傭兵だ。ライアンの場合も、将校の女の火遊びでできた子どもで、十歳くらいまで居心地の悪い将校の家で暮らし続けて家出したという、オルドと同じような経歴だ。


 だがライアンの方が、過酷さは上だ。ライアンの父親は不明だったため、ライアンは家出したあと、しばらく浮浪者同然の生活を送った。母親は、ライアンをさがしもしなかった。


 飢え死にするまえに、“ベンティスカ”という傭兵グループのボスに拾われて、世話になり、学校にも入れてもらった。悲劇はライアンが十五の年に唐突に訪れた。傭兵グループは任務で「全滅」した。学校に通っていた、ライアンを抜かして。


 ライアンは、父親代わりの親分も、仲間も好きだった。だが、だれにも、自分の母親が将校だということは言えなかった――ずっと。


 ライアンは天涯孤独だった――オルドやメリー、レオンと会うまでは。


 メリーもすでに母親をなくしている。母親は、メリーの父親をずっと憎んでいた。メリーもそうだ。ライアンも、オルドの数倍は、軍人に憎しみを持っている。自分の出生の複雑さを、(うと)んでいる。


 傭兵仲間には、将校の片親を持っていることは言えない。傭兵の中でも、孤立する。


 同じ経歴の三人は、まるで傷を舐めあうように生きて来たのだ。きょうだいも同然だった。


 だがメリーは、オルドが望むことならと、オルドがアーズガルドに帰るのを、反対しなかったのか。さみしがってはいても。


 オルドは意外だった。ライアンの方が、あっさりとオルドを送り出すと思っていたのだ。現に、レオンがオルドに「アーズガルドに帰れ」と言ったときは、何も言わなかった。拗ねて泣くのは、妹分のメリーだと、オルドは思っていた。


「ボス――ライアン、シャワーを浴びて、酒を抜け」


 オルドは、ライアンを支えて立たせようとしたが、ライアンは血走った目で床を睨んでいる。


「酒を抜いて――K15区に行くぞ。メリーとレオンも連れてだ」

「……何をしに」

「ラークの肉を、買いに行く」

「ラーク?」


 俺はそんな気分じゃねえ、とオルドの腕を振り払うライアンだったが、オルドはライアンの腕をつかんだ。


「行こう」


 ライアンは、脱力したように座り込んでいたが、やがて渋々、腰を上げた。


 メリーも目が真っ赤だったが、女は得だ。濃い化粧で、見かけはなんとかごまかせる。ラークと聞いたメリーは笑顔を取りもどし、ミート・パイが完売だったことを告げると機嫌はますます上々になった。


 ライアンはふて腐れていたが、だまってレオンの車いすを押し、あとをついてきた。


 自家用車でK15区に着いたのは、十七時をすぎたころだ。


 市は、最終日ともあって、店じまいの店舗が目立つ。三組――オルドとメリーと、ライアン&レオンは、百あまりも並ぶ店舗から、ラークの肉が売っている店を手分けして探した。


 見つけたのは、メリーだった。メリーは大はしゃぎで飛び跳ねながら、肉がたっぷり入った紙袋を掲げて、待ち合わせ場所にもどってきた。


 あとは四人一緒に、野菜が売っている店舗でタマネギやきのこを買い、まだ残っている店舗を冷やかしつつ、歩きながら、レモンとはちみつが入った赤ワインを飲んで、魚のフライをはさんだパンを食べた。


「あんたたち、呑みっぱなしじゃない」


 メリーに言われて、ライアンとオルドは二杯目をあきらめた。ペットボトルの水を分け合いながら、肩を竦めて笑いあった。やっと、ライアンにも笑顔がもどった。そのことに、メリーもオルドもほっとした顔をした。


 夕食は、だいぶ遅くなったが、ラークのシチューだ。いっしょに買ったライ麦パンが添えられる。ひと匙すくって食べ、「なつかしい」と一等先に言ったのは、レオンだった。


「まさか、宇宙船内でラークのシチューが食えるなんてな」

 メリーもパンをちぎってシチューに浸しながら言った。

「コレだけは、傭兵も将校もないよね。L18の人間は、みんな食べてる気がする」

「ラークだけは、極寒の痩せた土地でも育つからな――意外と脂たくわえてるし」


 ライアンも「旨い」と言って瞬く間にたいらげた。

 昨夜パーティーで食べてきたシチューより、メリーのつくったシチューの方がうまいと思いながら、オルドも無言で食べた。


 K32区のアパートも、K36区のそれも、ほんとうに「アジト」といった具合に生活感がなかったが、ここK06区の家だけは、メリーの尽力もあって、いろいろと家具がそろっていた。オルドもライアンも、物は持ちたくない方で、おそらくメリーが居なければ、冷蔵庫ひとつ、ブランケット一枚の、殺風景な生活をしていたことだろう。


 メリーの号令一下、男たちはありったけのマットレスを持ち出して、床一面に敷いた。ソファベッドはキッチンに押しやられた。マットレスの足りないところを毛布でうめて、部屋は男三人と女一人が寝転がっても余裕のある特大ベッドと化した。


 メリーは、よくこうして寝たがった。オルドもライアンも、ほかの人間はごめんだが、メリーのわがままには付き合った。元が優しい、レオンもだ。


 宇宙船に乗ってから、何回こうして、四人でゴロ寝しただろうか。片手で数えられる回数にはちがいないが、今日が、四人で一緒に寝る最後だということは確実だった。

 

「オルド、オルド、こっち向いてよ」


 オルドは一番端で、壁側を向いていた。真ん中にメリーとレオン、オルドとは反対側の端で、ライアンは天井を見上げていた。


「オルドっ! こっち向いてよっ!」


 ライアンが天井を見つめたまま裏返った声で怒鳴ったので、レオンがプーッと吹き出した。背を向けていたオルドも「ぶフッ!」とヘンな音を出して全身を震わせた。


「どっから声出てンのよ!」


 メリーももちろん笑って、枕でライアンを叩こうとして、レオンの顔面を直撃した。


「ぶお!!」

「あっゴメン!!」


 メリーの謝罪が終わるまえに、レオンが自分の枕をオルドの後頭部に投げつけ――オルドが反撃した。メリーに。メリーがオルドを枕で殴り返し、最後は三人で、ニタニタ笑っているライアンめがけて突撃していった。


 四者入り乱れて暴れ――やがてレオンがぜいぜい、おかしな呼吸になってきたので、レオンの体調を(おもんばか)って、まくら投げは終了した。


 最終形態は、なぜかライアンの腹をレオンとメリーが枕にし、オルドの腹をライアンが枕にするという奇妙な体勢で、四人とも天井を見上げることになった。


「レオン」

 オルドが言った。

「……グレン先輩は、アンタと会えなくなったことが、寂しいって言ってた」


「そうか」

 レオンは短く答え、「知ってる」と微笑んだ。

 アイツは寂しがり屋なんだ、昔からな、となつかしむようにぼやいた。


 枕は羽とただの布きれと化した。枕から出てしまった羽を摘まみあげながらライアンは、「やっぱおまえの顔、慣れねえわ」とこぼした。


「……俺もだよ」

 あと二年しかねえが、一生慣れねえよ、とレオンは苦笑した。

「元の顔のが、男前だったよね……」

 メリーがつぶやき、

「トイレ入ったとき、アレまで別モノになってたのには怒り通り越してフいた」

 とレオンが言ったので、三人はまた笑った。


 ひとしきり爆笑したあと、「でも、生きててよかった」 とメリーがしくしく泣き出したので、手が三本、メリーのどこかを撫でる羽目になった。だれかの手がメリーの肩を抱いて、だれかが髪を撫で、だれかが手を握った。

 

「ライアン、ロビンとのイタズラはほどほどにしとけよ」

 オルドが思い出したように言って、ライアンはうなずいた。

「ああ。そっちはケリつけることにしたよ。な、メリー」

 メリーの声が低くなった。

「うん――あのブレアって女、あたしが生かしちゃおかないよ。アイツ、あたしのこと見た瞬間、なんて言ったと思う」

 オルドとレオンが首を振った。

「“白ブタ”って言ったんだよ!? アレ聞いたとき、あたしが消してやろうと思った」


 たしかにメリーは少々太めだ。だがここにいる三人にとって、メリーはブレアの百億倍可愛い女に違いなかった。


「俺が消してやろうか」

 オルドがなかば本気で言ったが、

「いいの。オルドは、自分のしたいことをしなよ。したいことっていうか、しなきゃいけないこと」


 四人は、それからまた無言になった。それぞれ、同じことや別のことを考えて、天井を見つめた。


 オルドはL18に帰る――アーズガルドへ。


 そうなったら、おそらく、永遠の別れに近い。


 レオンは、生きてあと二、三年。メリーとライアンは、地球に行く。地球に行けなくても、おそらくユージィンが監獄星にしょっ引かれでもしないかぎりは、L系惑星群にはもどれないだろう。任務を果たしても果たさなくてもだ。任務を果たしたと安心顔でもどっても、ユージィンのことだ。口封じに、ライアンとメリーを消しにかかることは、容易に想像できた。だから、L系惑星群にはもどれない。


 ――すなわちもう、オルドとは、会えないかもしれない。


「オルド」

 メリーが、べそべそと泣きながら言った。

「あたしたちとピーター、どっちが好き」

「おまえと、ライアンとレオン」


 オルドが即答したのに、ライアンとレオンの肩が揺れた。笑いにだ。


「おれを愛してる?」

 ライアンがおどけて聞くのに、オルドはそっぽを向いて、「おまえ“ら”だ」と訂正した。

「大好きって言って。愛してるでもいい」

 メリーが怒ったような顔で食い下がる。


「……メリー、愛してる」


 オルドが真剣な顔で言ったのに、レオンとライアンはもう我慢できず、笑いながら起き上がった。


「なによ!! あたし、真剣にオルドに聞いてるの!」

「オルド! 俺のこと愛してるって言って!」


 レオンとライアンが爆笑しながら、左右からオルドの手を握り、オルドが、「愛してるよ」と無表情で言ってキスしたのと同時に、またふたりで床を叩きながら爆笑した。


「オルド! あたしにもキスして!」


 オルドは、メリーの唇にしてやった。頬にされたふたりからブーイング。じゃあ口にしてやろうとレオンに迫ったオルドを、レオンは全力で避けた。

 

「オルド。今度はあたしたちがあんたの“故郷”になるからね。いつ、帰ってきてもいいんだからね。辛いときは、あたしたちを思い出して」


 メリーがオルドの手を握って言った。オルドは「――ああ」とうなずく。


「おい待て」

 ライアンが怒った。

「それはおれの台詞じゃなかったのか」

「だって、あんたそんな気障(きざ)なセリフ言えるかって怒ったじゃない!」

「ライアンが怒ったのは、オルドがいなくなることにだよ」

「そうだ、レオン。おれは離婚届を出す気はねえぞ」


 深夜まで笑い続けていたふたりは、「あんたたちって真剣になるときってないの」と、メリーが怒って寝たのを皮切りに、崩れるように眠りについた。


 オルドだけは、いつまでも眠れなかった。


 K27区からアジトにもどるまえ、ピーターに電話をした。

 自分から電話をしたのははじめてだった。


『――ヴォール?』

「ピーター」

 

 互いに名を呼んで、それから沈黙した。なにか言わなければいけない、だが、オルドは声が出なかった。


『ヴォール』

 

 たっぷりの沈黙のあとに、なつかしくも優しいピーターの声が、鼓膜に溶けた。


『ヴォール。帰ってくるんだろ』

「ピーター――」

『おまえから電話が来たのははじめてだ。嬉しいよ。たぶんね、おまえが電話してくるときは、帰ってきてくれるときなんじゃないかと、そう思っていた』

「……」

『間違いないよな?』


 少し不安そうなピーターの声。オルドは、喉を詰まらせながら「……ああ」とやっと言った。

 言ってしまった。もうもどれない。

 ライアン、メリー、レオン……俺は、もうもどれない。


『ヴォール。俺は、おまえから見たら、全然頼りないかもしれないけど、頼りがいがあるどころか、おまえに頼ってしまうかもしれないけど、これだけは約束する。アーズガルドからは、かならず俺が守るから』

「……」

『アーズガルドの因習から、おまえを守る。……もっとも、それしかできないのかもしれないけど』

「いいよ――それだけで」


 オルドは、ピーターに聞こえないように鼻を啜った。


「でも、ひとつだけ頼みがあるんだ」

『……いいよ。なんでも言って』

「俺を、ヴォールではなく、オルドと呼んでくれ」

『……』

「俺はオルドだ。オルドとして生きてきた。生まれ変わるつもりなんてない。これからもオルドとして生きていく。――遠く離れた友人にも、俺がどこにいるか、すぐわかるように」


 アーズガルドの人間として――ヴォールド・B・アーズガルドとして、ピーターのそばにいた方がいいことは分かっている。オルドを、傭兵差別派の連中から守ると言ってくれたピーターの負担を、増大させることになるかもしれない。でも、これだけは譲れなかった。


『……うん。分かった』

 だが、ピーターは承知してくれた。

「ありがとう」

 オルドは、心を込めて礼を言った。


『じゃあ、待ってるよ。オルド・K・フェリクス。俺は君を、L22で、待ってる』

「ああ」


 オルドは電話を切った。涙が止まらなかった。

 “故郷”は、ピーターから、ライアンとメリーになった。


 ――俺は故郷を想い続けて、強くなれる。





「――あっ」


 ルナは、ジワジワと変化し続けていたハトのカードが、完全に変わったのを見た。


「はれ?」


 カードの絵柄は変わっている。フードを被っていたハトが、黒いスーツを着たハトに変わり、心なしか、顔もキリっとした感じがする。

 だが、カードの名称は、なにひとつ変わっていなかった。

 “故郷を想うハト”のまま。

 ルナは目をぱちくりとさせた。


(絵は変わっても、名前が変わらないことなんてあるんだ)


 感心した面持ちで見つめていると、カードはやがて、キラキラと銀の鱗粉に包まれながら、カードボックスに姿を消した。


(ハトさん――元気でね)





 ――アーズガルド中興(ちゅうこう)の祖として歴史に残るピーター・S・アーズガルドのかげに、ヴォールドの名はない。だが、オルド・K・フェリクスという、名参謀(めいさんぼう)の名がある時期から登場する。


 彼は、崩壊寸前の軍事惑星群をよみがえらせた立役者のひとりである。ドーソンの名が消えたL18の立て直しに尽力し、また、傭兵と軍部の戦争に至るところを、見事交渉によって鎮めた辣腕(らつわん)の持ち主である。


 ピーターの名は、オルドなくしては残らず。またピーターの、アーズガルド内部の傭兵差別派の猛反対をはねのけ、才ある元傭兵の若者を側近に取り上げた慧眼(けいがん)と度量にも着目せねばなるまい。


 かくして、軍事惑星群は難を逃れる。――


 (L歴1467年4月刊行 軍事惑星群覚え書き) 


  ケヴィン・O・デイトリス




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