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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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206話 思い出のディスク 2


 リビング端のソファ席で、一気に殺意も警戒も帰る気も殺がれたオルドのめのまえに、さっき自分がひとくち飲んで放り出したビール缶が、置かれた。


 これを飲んだら帰ろうと、仕方なく口をつけると、グレンがうらやましそうに見ている。


 あまりにあまりな視線なので、「飲むか?」とでもいうように缶をさしだしてみたが、さっきのディスクをくれた女――ルナに、「グレンはまだ、お酒はだめです!」と勢いよく叱られた。


 そしてグレンは、ルナがついだジュースを、まずそうな顔をして飲んでいる。


 もしかして、まさか――考えたくもないが、この頭の弱そうな女(失敬!)に尻に敷かれているのだろうか――。


 憧れのグレンのそんな姿など見たくもないオルドだったが、そのせいとは言えない、また失言をくりかえす羽目になった。


「やっと会えたな~! 俺のミシェル~!!!」

「ちょ、ちょっと! 近い!! 近すぎる!!」


 茶髪のショートヘア美人を、ロビンがかまい倒している。オルドは、ふたりが仲睦まじげな(?)様子だったから、言ってみただけだった。


「そいつが、アンタの恋人か?」


 軽い気持ちだった。

 オルドの台詞に、茶髪の女は猛然と首を振り、「そう♪ 俺の最愛のハニー♪」とロビンは最高に嬉しそうな顔をし、悪魔を背後に背負ったようなクラウドが、ウィスキーを持ってやってきて――「どこをどう勘違いすれば、そう見えるの? あのアホ面傭兵とミシェルの間には、なにひとつ、一ミリたりとも、関わりなんてないよ」とすごんだ。

 オルドは「悪い……」としか言えなかった。


 オルドは、缶ビールを飲み干したところで、立てなかった。カレンがいつの間にか隣にいて、オルドとガッチリ肩を組んでいたし、クラウドが絶妙なタイミングで新しい酒を寄越すからだ。


 酔っ払いたちはなにがおかしいのかしらないが、引っ切り無しに笑っていて、非常にうるさかったが、この空気は嫌いではない。


 傭兵たちの、賑やかな酒宴とは、こういうものだ。アンダー・カバーもそうだった。オルドは二杯目を干したところで、やっと帰ることをあきらめた。


 オルドは缶ビールを自ら要求し、ほんとうに久しぶりに、ラークのシチューを食べた。なつかしい味だった。


 いつしか隣のメンバーは変更していて、グレンとロビンに挟まれていた。


「なァ、マジで、俺の傭兵グループのナンバー2にならねえか」


 ロビンが最後の誘いをかけて来たが、オルドは「断る」とあっさり振った。だが、今度は小さな笑み交じりだったので、ロビンは仕方なくあきらめた。警戒されているのではなく、本気の返事だ。


 グレンとオルドは、もうレオンの話はしなかった。学生時代の話をぽつり、ぽつりとした。オルドの口数があまり多い方ではないので、ほとんど会話らしきものはなかったが、グレンは最終的に、朝までオルドの隣にいたと思う。


 話のタネがなくなり、ずいぶん酔っぱらった自覚のあるオルドが、「――俺は、アンタを尊敬してたんだ」と零すと、「幻滅したろ」と返ってきた。苦笑交じりに。


 部屋はいつまでも騒がしい。だれかが、あの恐ろしい妊婦の片方をむかえに来ていた。この集まりの中で唯一の子どもが、ずいぶんまえに、ルナに背負われて部屋を出ていくのを、オルドは酔った目でぼんやり追った記憶がある。


「尊敬は尊敬だ――変わらねえよ。俺の憧れは――アンタとユキトと、ブライアンじいさん。それはたぶん、一生変わらねえ」

「……」

「俺は……よくしゃべるな」

「いや、おまえはそのくらいしゃべったほうがいいんじゃねえか」


 オルドの口数は、おしゃべりなくらいが普通だ。


「そうか?」

「そうだ」

「そうかな? ――おかしいな。酔ってる」


 オルドは一重の目を、眠たげに閉じたり開けたりした。


「なァ、言ってくれねえか。一回だけでいい。レオンがいなくて――寂しかったって」


 グレンは、驚いてオルドの目を見つめたが、オルドの目は、さみしさをたたえた目だった。

 そうだ――傭兵の目だ。


「……寂しかったよ、俺は」


 オルドが今度は、びっくりしてグレンを見つめる番だった。ほんとうに言うとは、思わなかったのだ。


「レオンがいなくて、寂しかった」


 オルドがふっと笑って、落ちた。まるで睡眠に包まれるように、カクリと落ちた。満足げな顔をして。


「……オチちゃった」


 カレンが、目の前でソファに沈んだオルドを、目を丸くして見ている。


「やっと緊張が解けたんだろうさ――コイツ、この部屋に来たとき、敵地に潜入してきたような目をしてたぞ」

 ロビンが肩をすくめて、オルドのまえの缶を揺すった。

「飲み残しはねえ。お見事」


「クラウド、あんたの誘い方が悪かったんじゃないの」

「俺は、パーティーがあるからおいでって言っただけだよ」

「クラウドのせいって言うよりは、レオナとヴィアンカにビビって、ベッタラとニックに絡まれて、疲労しただけだろ――」


 アズラエルの台詞には、全員が賛同した。あの妊婦二人組には、近づくものではない。

 さっき、店を閉めたオルティスがヴィアンカを迎えに来て、バーガスがレオナを背負ってグレンたちの部屋に連れていき、ようやく静かになった。


 午前三時を回っている。


 バグムントとベッタラとニックは酔いつぶれて大の字になって寝ている。ミシェルはもうとうに、自室にもどって休み、カザマも日付が変わるころには帰った。

 セルゲイが、ブランケットを持ってきたので、カレンはオルドにかけてやった。


「寝てるとフツーだよね」

 カレンはオルドの寝顔をのぞき込みながら言った。

「グレン先輩なんていっちゃって、可愛いじゃん。コイツ、あたしらのいっこ下か。グレンのふたつ下?」

「ああ」

「ずいぶん、飲んだね」


 セルゲイが、ソファの周りに転がっている空き缶を見てつぶやいた。


「缶ビール三十三本、ウィスキーボトル半分、ルナちゃんのカクテル缶六本、日本酒五合、ワイン一本……」

「よく見てるねクラウド!?」

「差し出されるままに、よく飲んだよね――こんなに酒が強いとは」


 カレンが呆れて言った。クラウドの観察眼にも、オルドの飲酒量にもだ。


「クラウド」

 グレンも、オルドの寝顔を見つめながら言った。

「おまえ、コイツの“選択”次第じゃ、ライアンに一発ぐらい殴られるの、覚悟しておけよ」

「殴られるのは嫌だけど――まあ、俺が引き起こした結果だからね。覚悟はしてるよ」

 クラウドは苦笑し、顎を擦りながら身震いした。


「――じゃ、俺もここで寝るかな」

 グレンが大あくびをする。


「じゃああたしも」

「俺もそうするか。めんどくせえ」


 カレンとアズラエルが、セルゲイからブランケットを受け取って、さっさと寝る用意を始めた。


「俺はミシェルのベッドに……」

「ふざけるな。明日の朝食に盛られたくなきゃここで寝ろ」


 いつもグレンとアズラエルの間で行われる(いさか)いは、今夜、ロビンとクラウドの間で勃発(ぼっぱつ)した。


 お片づけは、ほとんどちこたんがしてくれていた。ちこたんは充電器でお休み中だ。酒の残骸は明日片付けようと決め、セルゲイが合鍵を持って部屋を出ようとすると、ルナがとててっと走ってきた。


「ルナちゃん、寝てなかったの」

「うん。明日の朝ごはんは、十一時です」

 と眼をしょぼしょぼさせて言った。

「分かった。ルナちゃん、おつかれさま」

「セルゲイも、おつかれさまでしたです。おやすみなさい」

「おやすみ」


 セルゲイが二階の自室にもどって行き、ルナは玄関のドアを閉め、リビングの電気を消した。


(おやすみなさい)


 ルナは慌ただしくピエトの部屋にもどった。

 ZOOカードの箱が輝いている――正確には、一枚のカードが輝いているのだ。

 “故郷を想うハト”のカードが、変貌しようとしている。ルナはその様子に釘付けになって、眠れなかったのだ。


(おやすみなさい。よく眠って、ハトさん)


 起きたら、ハトのカードも生まれ変わっているかもしれない。ルナはウキウキとしながら、自身もピエトのベッドで眠りについた。





 オルドははっと飛び起きた。いつのまにかソファに横になっていたのだ。反射で腕時計を見ると、十一時を回っている。


「起きた?」

 カレンが覗き込んでいた。

「今起こそうかと思ってたの。ホレ、水。あんた相当飲んだから、ノド乾いたでしょ」


 ペットボトルの水を手渡されて、オルドは呆然と、その光景を見た。

 ダイニングテーブルにはすでに朝食の用意がされていて、何人かが席について、食事を始めていた。オルドが眠っていたソファのほうのテーブルにも、何人かの朝食が次々と置かれていく。運んでいるのは、ルナと子ども、そしてpi=poだ。


「おはよう! ハトさん!」

「……おはよう」


 俺はハトじゃなくてオルドだと訂正することも忘れて挨拶した。

 オルドはまたはっとして、あわてて立ちあがった。寝癖つきの髪を手ぐしで整えることもせずに。


「帰る」


「待ちなって。朝メシ食っていきなよ」

 カレンが止める。


「いや……俺は、」

「はい、これタオル。バスタオルと歯ブラシ。シャワーはあっちです! ハトさんは、どっちの朝食がいい? ごはんとおみそしると出汁巻たまごですか。おさかなは今日サンマの干物です。それともパンとオムレツですか。こっちはいっぱいソーセージがつきます! コーヒーと紅茶はどっちにもつくよ! セルフサービス!」


 ルナが、つっかえもせずこんな長文をすらすらしゃべったことに、アズラエルたちは驚いていたが、オルドも、ルナの勢いに怯んだように、バスタオルセットを持ったまま佇んでいた。


「――パンと――オムレツ、で――」

「わかりました! シャワーゆっくりつかっていいよ! ハトさんが最後だから!」


 ルナはぱたぱたーっとキッチンにもどって行く。オルドは呆然とその丸い後ろ姿を追った。ふいにルナが振り返る。


「ヨーグルトもあるです!」

 オルドは、無心でコクリとうなずいた。


 髪を拭きながらオルドがキッチンにもどると、人数はだいぶ減っていた。テーブルについているのは、カレンとロビン、クラウドとミシェル、ルナだ。グレンとアズラエルは車いすなので、すこし離れたところで、コーヒー片手にニュースを見ていた。


 オルドは、キッチンのドアの柱に寄りかかって、光景を見つめた。

 彼らは、この宇宙船に乗って、こうして、皆で暮らしてきたのだろうか。何気ない朝の風景。オルドが、ライアンやメリー、レオンと暮らしてきた日々と同じだ。グレンたちの車いす姿が、レオンのそれと重なる。

 あの退屈を嫌うライアンですら、ほだされる生活だった。地球に行って、四人で暮らそうと言ってしまうほど。


(俺も)

 オルドの目がかすんだ。

(俺も――そうしたかった。四人で、いっしょに――)


「できてるよ、ごはん」


 カレンが手招いた。オルドは、今度こそ素直に座った。

 二日酔いだが、オルドはめのまえのパンとオムレツ、サラダとソーセージ、ヨーグルトつきの朝食を完食し、さらに、昨夜の残りの、ラークのシチューまで食った。


「アンタ、どこでラークの肉なんか、手に入れたんだ」

 オルドはコーヒーを飲みながら、ルナに聞いてみた。


「うんとね、これ作ったのは、あたしじゃなくて、バーガスさんで、」

「K15区の港に、毎月一度、L系惑星群全土の食材が集まる市があるんだって! 今月の市は、今日までだよ」


 茶色のショートヘアの女はクラウドの恋人だった――が教えてくれた。


「――今日までか」

「差し入れのミート・パイ、とってもおいしかったよ!」


 ルナも言った。パイはみんなが食べてしまって、ひとつも残らなかったそうだ。


「そうか。メリーも喜ぶ」

「メリーさんってひとがつくったの? 今度のバーベキューパーティーには、メリーさんも、ライアンさんも連れてきてね!」

「……」


 オルドは小さく笑ってごまかした。任務がなければ、それが可能だったかもしれない。


 和やかな朝食の席に、急に電子音が響いた。電話だ。オルドがすかさず出る。二、三受け答えすると、今度こそほんとうに「いろいろ悪かったな、帰る」といって携帯電話をしまった。


「ライアンさん怒ってた?」

 ルナが悲しそうな声で聞くので、オルドは苦笑した。

「怒るかよ。心配してただけだ……俺が昨夜、帰って来なかったから」

「おいおい、嫉妬深い旦那サマだな」

 ロビンが呆れ声で突っ込む。

「当然だろ。二時間ですむ“任務”が、翌朝までかかってりゃ、心配もする」


 オルドはコーヒーを飲み干して立った。ルナが昨夜くれた“プレゼント”は、しっかり持っている。


 玄関先までは、ぎゅうぎゅう詰めになってまで、全員が見送りに来た。オルドは大げさな見送りに、なんとなく気まずい思いをしながら、昨夜何度言ったかしれない「じゃあな」を、三度目の正直で言った。


「オルド」

 カレンが言った。

「――軍事惑星群で会おう」


 オルドはその言葉にわずかに目を見開き――「ああ」とはっきりと返事をした。


 そして、ルナにディスクを掲げて、「ありがとう」と言い、グレンに「達者で」と言って、今度は振り返らずに、小走りで階段を降りて行った。




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