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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
491/946

206話 思い出のディスク 1


 オルドは足早にリビングを過ぎ、玄関につながる廊下についたが、意外な人物に足止めをされた。


「ハトさん、ハトさん、ちょっと待って!」


 小さな身体で通せんぼしているのは、さっきの頭の弱そうな女だった。


「俺はオルドだ」

「オルドさん!」


 ぴこん! と小柄な身体が跳ねる。


馳走(ちそう)になったな。帰る」

「あああ! ちょっと待って!」


 女はあわててオルドの腕にしがみつき、別の部屋へ連れていこうとする。


「なんだ」


 すこしきつく言うと、女の目が潤んだので、今度はオルドが焦る番だった。すぐ泣く女は苦手だ。


「あの……ほんとにすこし、時間下さい……見せたいのが、あるの」

 意外にも女は食い下がる。


「……少しだぞ」


 泣きだされて、ほかの連中に気付かれ、引き留められでもしたらたまらない。オルドは仕方なくあとをついて行った。


 連れて行かれたのは子ども部屋だ。小さなテレビがある。女はその部屋にオルドを誘うと、すぐにテレビをつけた。

 パッと映った画面には、若い男が三人、水遊びをしている姿があった。コンビニの駐車場だ。だれかが撮った映像だということはわかった。

 

「あのね、これ、ユキトおじいちゃん」

「えっ?」

 

 女の口から出た言葉に、オルドは耳を疑った。


「それでね、こっちがね、エリックさん――バブロスカの本書いたひと」

 

(ユキト――!?)


 オルドは、はじめて見たユキトの姿に、目が釘付けになった。オルドは、勝手にもっと大きな人物を想像していた自分に呆れた。ずいぶん小柄だ――エリックも。


 成し遂げた業績の大きさは、不思議と、その人物を大きく想像させるものだろうか。


 オルドもそう大きい方ではない。ライアンたちと並べば、やはり体格的に見劣りする。ブライアンじいさんも、百六十センチそこそこだった。アーズガルドの人間は、小柄な体格が多い。画面の人間の小柄さは、なんとなくアーズガルドの人間だということを髣髴(ほうふつ)とさせる。


 ユキトの記録は、アーズガルド家からひとつ残らず抹消された。映像も、写真すら残ってなどいない。

 もしかしたら、これはユキトの、残存する唯一の記録ではないのか。


「――これは」

「この宇宙船のね、山の中にコンビニがあるの。そこの店長さんがニックさんってゆってね、今日も来てるんだけど――L02のひとなの」

「L02?」

「うん。有翼人種(ゆうよくじんしゅ)さんでね、寿命が三百年あるの。だからね、店長さんは、ユキトおじいちゃんたちに会ったことがあるの」

「……!?」

 

 オルドは絶句して、ふたたび画面を見つめた。


 画面では、自分より少し下くらいの年齢の若者が、水を掛け合ってふざけているだけだ。それが、あのユキトとエリックだと思うと、オルドはなんだか神聖な気持ちになって、映像を見つめるのだった。


 英雄としての存在しか知らない祖父の従弟とその相棒は、Tシャツとハーフパンツ姿でアイスを頬張り、無邪気な笑顔を見せている。


 オルドたち若者と、なんら変わりない――やがて画面はパッと変わり、桜の散る中で、金髪の男と写真を撮っている。コーヒーを飲み、三人は交代で互いの顔を写して、コンビニを写し、背後に見える山々を映した。


 画面は何度か変わった。花火を見ているシーンもあった。コートを着た三人が、コンビニの広い駐車場で雪遊びをしている姿もあった。


 第三次バブロスカ革命の首謀者の名誉回復がされた式典は、オルドもこっそり見に行った。二十歳をこえたばかりのころだ。ほんとうはアーズガルドの人間として参加しろと、父から連絡は来ていたが、オルドはアーズガルドの人間としては参加しなかった。一傭兵として、パレードを、群衆の中に交じって見ていただけだ。


 間に合わせのように用意された、ちいさな写真を最大限に引き伸ばした、ユキトの画像はあまりに曖昧(あいまい)で――オルドはユキトという存在に、現実味が湧かなかったのを覚えている。ユキトの存在を肉付けしたのは、やはり祖父の語りだった。


 彼女は、特に何かを話すことはせず、だまってオルドに映像を見せてくれた。


 短い映像が終わると、オルドは「悪い――もう一回、見せてくれ」と言った。


 彼女は「うん」と快く承知してくれた。ディスクはふたたび再生される。


 最初に現れる、ユキトの、さかさまのいたずら顔を見ながら、オルドは思わずつぶやいていた。となりの女は知りあいでもなく、今日を限りに二度と会わないだろう。だから、何を聞かれてもいいような気がしたのだ。聞いてもらいたいわけではない、ただのひとりごとだ。


「……俺は、グレン先輩を尊敬してた」

 女が、小さな顔をオルドに向けた。

「ユキトさんも――それからブライアンじいさんも。――ただ俺は――八つ当たりしちまっただけだな――グレン先輩に」


 オルドは目がチカチカして、鼻が熱くなってきたので、一度しゃべるのをやめた。


「グレン先輩は――レオン先輩と離されたことを、寂しがってた。俺には分かる。それがわかったから――俺には、それでよかったよ――来た甲斐はあった」

「……」

「――寂しがってたのが、レオン先輩だけじゃなかったことが。ブライアンじいさんも、ユキトさんを止められなかったことを、ずっと悔いていた。そばにいてやれなかったことも、反対しかできなかったことも。でもユキトさんのそばに、エリックさんがいたことを、ずっと感謝して――」


 オルドはフードを深く被った。涙を見せないように。


「当主になる者は、孤独だ――俺は、それを知っていたはずなのにな。レオン先輩も、ほんとうは、グレン先輩といっしょにいたかったんだ――ずっと」


 ルナは自分もぼろぼろ泣いていたので、先にティッシュで鼻をかんで、ティッシュ箱をオルドに差し出した。だが、オルドは、詰まった声程には涙が出ていなくて、ティッシュに手を付けず、だまって映像を見つめていた。


 一瞬、一瞬を、食い入るように――見つめていた。


 ふたたび、映像が終わると、オルドはやっとティッシュをつかみ、決まり悪げに鼻をかんだ。そして、最初に「頭の弱い女」と思ったことの詫びも含めて、丁重に礼を言いかけると、相手は、包装紙とリボンで包んだ薄い包みを、オルドに差し出してきた。


「これね、今見たユキトおじいちゃんの、ディスク。ニックにね、もう一枚つくってもらったの」

「……ありがとう」


 あまりに想定外すぎて、結局、単純な礼の言葉しか出てこなかった。

 オルドは、包みをしみじみと見つめた。そして、もう一度、「ありがとう」と言った。

 彼女ははにかんで、「うん」と小さく笑んだ。


「あのね、あたしはL77から来たんだけど」


 オルドは、彼女の育ちの良さが、L77出身だと分かって納得した。


「あたしの近所にいた、なかよしのおばあちゃんがね、ツキヨおばあちゃんっていうんだけど、ユキトおじいちゃんの奥さんだったの」

「――え?」

「この宇宙船に乗ってね、はじめて知ったの。アズが、ユキトおじいちゃんの孫だってことも。あたしね、ツキヨおばあちゃんに、ユキトおじいちゃんのことよく聞いていたんだよ」


「待て、言うな」

 オルドはあわてて、ルナの口に手を置いた。

「ユキトの妻だってことは、隠れて暮らしているんだろう。そんなこと、迂闊に、初対面の人間に話すな」


 オルドとしては、平和な星から来た人間の迂闊(うかつ)さを、忠告してやったつもりだった。


「分かってるよ! そういうの、アズにもいっぱいゆわれたから! あたしはね、ハトさんにね、ツキヨおばあちゃんの代わりにお礼を言うの」


 彼女は、オルドの手を避けて怒鳴った。見かけに反して、けっこう気は強いようだ。


「ハトさんのおじいさんの、ブライアンさんには、ツキヨおばあちゃんもお世話になったの。おばあちゃんがL18にいた間、ブライアンさんがアパートを世話してくれて、ユキトおじいちゃんが捕まったときも、匿ってくれていたんだって。おばあちゃん、いっぱいのひとにお世話になったんだって。――だから、あたしが、ありがとうって、言いたかったの」


「……」


 オルドは、言葉が見つからなかった。


「……俺は、ツキヨ――さんの、居場所は、だれにも言わない……」


 目を反らし、ぼそぼそ声で、そういうのがやっとだった。


「うん!」

 ルナも、泣きべそ顔で微笑んだ。


 薄暗がりのピエトの部屋で映像を見ていたわけだったが、オルドは急に背後に気配を感じて、反射的に銃のホルダーに手をかけた。が、それより先に、太い腕がオルドの首に巻き付き、中腰になるほど締め上げた。ドアが開く音も、聞こえなかった。締め上げてくる男の片手は、オルドの手がホルダーに届く前に手首をつかんだ。


「ぐ……っ、かは……っ!」


 オルドはがむしゃらにもがいたが、腕は外れない。


「俺が五体満足だったらな、おまえをあのまま、帰しちゃいねえよ」


 オルドは、グレンの声を聞いた。だがオルドを締め上げているのは別の男だ。そうだ、グレンは重傷――オルドを締め上げる力などない。


「俺に“憧れてた”わりには、あまりに素っ気なくねえか。言いたいことだけ言ってトンズラかよ」


「俺をあんなにつれなくフッておいて、あっさり帰すとでも思ったのか」


 締め上げている男の正体が判明した。ロビンだ。

 男をナンパしたのは生まれてこの方はじめてなのに。俺のプライドはズタズタだ、と薄ら笑うロビンの声が、遠く聞こえた。


 オルドは、油断した自分を後悔した。思いもかけなかった映像を見せられて、警戒が緩んでいたことは否めない。

 このあいだから、自分らしくない失態ばかりだ――。


(くそ……っ!)


「長居はしてもらうよ、オルド」


 クラウドの不敵な声も聞こえる。ロビンの腕の力が増し、(まずい……オチる)と思った瞬間に、急に解放された。


「かは……っ」


 ストン、と床に膝をつく。背を丸めて何度か咳き込み、周囲を睨みあげた。車いすのグレンに、ロビン、クラウドがドアを開けて立っている。


(俺を、どうするつもりだ――こいつら)


 アズラエルとグレンが満身創痍で、ほかの傭兵たちは酔っぱらっているのが救い――クラウドは、体格差はあるが一発で気絶させられる自信はあった。だがロビンは無理だ。ロビンの膂力(りょりょく)を考えると、取っ組み合いで勝ち目はない。オルドはルナをちらりと見たが、ディスクをくれた彼女を人質にして、ここを出ることは避けたかった。


 ライアンへの緊急信号のシステムを、ポケットの中で起動させようと思ったそのときに、カレンが呑気な顔を、部屋に出した。

 

「オルド、あんたビール飲み残してる」

「……は?」


 オルドは、呑み残しビールと同じくらい、気の抜けた返事を返した。


「だから、ビール飲み残してる。飲み残し禁止」

「なんだおまえ、下戸かァ? ジュースがいいのか」


 ロビンの、からかうような声が続く。


「ピエトと一緒にジュースでも飲んでろお子ちゃまが」


 グレンもニタニタ笑いながらからかってくる。


「あたしといっしょに、りんごとかカシスのカクテル飲む? あるよ? アルコールひくいやつ」


 と、ルナまでが真剣な顔で聞いてくるので、オルドは思わず青筋を立てながら、

「ビールでいい!!」

 と叫んでしまった。


「よしよし、呑むぞ! 宴会はこれからだ!」


 ロビンがオルドのパーカーのフードをつかんで立たせ、背を叩いてリビングへ連れて行こうとする。オルドは困惑しながらも、引きずられるように連行され――。


「あ! 可愛い!!」

「やっと顔見れた! 可愛いじゃない! 寝癖ついてるよ! こっちおいで~! オネーサンが直してあげるから!」

「キャー可愛い! かわいい、マジかわいい! こっちおいで!! こっち! いや~、今まで見ないタイプ! いくつ!? ルナちゃんたちと同じくらい!?」


 ジュースしか呑んでいないはずなのにすっかり出来上がっている、迫力と威力しか持ち合わせない妊婦ふたりに、オルドはぎょっと引いた。

 そして、さっきロビンに締め上げられた拍子に外れていたフードを、あわてて被ろうとしたが。


「オールド! ワタシと飲みます! アーンダカーヴァの傭兵は、ワタシとお酒のつよさを比べ合います、それが正しい!」

「そ……それが正し……?」


 今度は、ベッタラに腕を引っ張られて、オルドはつんのめってダイニングテーブルに頭から滑り込むところだった。


「オルド君彼女いるの!? いるよね!? 女の子って僕みたいなおしゃべりなタイプより、君みたいなクールなタイプ好きだもんね!? なんで君には彼女がいるの~! なんで僕には彼女がいないの!!」

 ニックが泣きながら絡んでくる。


「おっ!? アンダー・カバーの! オジサンのこと、覚えてるか。もとブラッディ・ベリーの傭兵でーす♪ バグムントおじさんで~す♪ ブラッディ・ベリーのアリシアはァ~♪」


 バグムントは、見たことがある気がする――酔っ払いでも、コイツが一番マシだ――オルドは、自分と同じ背丈くらいのバグムントの方に、自然と逃げようとしたが、(オルドは百七十三センチだ。)意外と大きいニック(百八十五センチ)と、上にも横にも大きいベッタラ(百八十五センチ)に阻まれて、身動きが取れなくなった。しかもアルコール漬け。


「アーンダカーヴァは酒を浴びますか!? 酒の海に浸かるが本望の心は! 忘れてはいませんね熱き酒まんじゅう!!」

「オルドく~ん!! 百歳未満でいいから、五十歳以上の恋人紹介してえ!!」

「……! ……!?」

 

 オルドの処理能力は、リミットを超えた。

 混乱の極みに陥ったオルドの腕を引っ張って助けてくれたのは、なんとルナだった。


「ハトさん、このひとが、ディスクをつくってくれたニックさんだよ」


 小声で耳打ちする彼女に、オルドは目を見開いて酔っ払いを見、感謝を告げようとしたが、ニックとベッタラは、次の瞬間にはふたり肩を組み、意味不明な歌を歌いながらキッチンに消えて行った。


「……」

「ハトさん、だいじょうぶだよ。あたしがいっぱい、お礼を言ったからね」



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