25話 ZOOカード 2
アンジェリカは、四枚のカードを床に並べた。
ルナは、それを見て愕然とした。
「これがあんたのカード」
アンジェリカが、ルナだ、といって指さしたのは、『月を眺める子ウサギ』というカードだった。
ルナがウサギちゃんだのなんだのと呼ばれているのは、彼女は知らないはずだ。
このウサギは、カードの中で、ウェディングドレスを着て月を眺めている。妙にウキウキと弾んだ顔で。
……ウェディングドレスはともかくとして。
同時に並べられた三枚のカードが、決定的だった。
『美容師の子ネコ』
『ガラスで遊ぶ子ネコ』
『エキセントリックな子ネコ』
だれのことかはすぐに分かる。カードの添え書きに合った、不思議なイラストが描かれたカード。
美容師の姿をした真っ赤な子ネコは、美容室ではさみをたずさえ、まるでリサのようにお茶目なウィンクをしてこちらを見ている。
ガラスで遊ぶ子ネコは、ミシェルみたいにクールな表情の青いネコで、キラキラ光るガラスの球体を生み出している。
七色の子ネコは、キラみたいに派手だった。周囲にカレーや自転車、音楽、マンガ、虫の標本などがならび――それらは、彼女が持つ数多くの趣味を象徴するものだ。
「あってるかい?」
アンジェリカがふたたび聞いてきたので、ルナは何回もうなずいた。
「う、うん。すごい――こ、これがリサでしょ」
「おっと、名前は言わないで。カンが狂うから。あんたが分かればいいんだ。じゃあ、もっと並べるよ」
アンジェリカは、四枚のカードを横一列に並べ直した。
「全部終わるまで、しゃべらないでね」
アンジェリカは次々にカードをならべた。
リサのカードの上に『裏切られた探偵』。
ミシェルのカードの上に『真実をもたらすライオン』。
キラのカードの上に『裏切られた保育士』。
――裏切られた?
これは、ミシェルとロイドのことだろうか。
なんだかルナは、見てはいけないものを見た気がした。
アンジェリカは、ルナのカードの上に少しずらして、一列に三枚のカードをならべる。
『傭兵のライオン』
『孤高のトラ』
『パンダのお医者さん』
ルナには、すぐ分かってしまった。
セルゲイをあらわすパンダは、お医者さんの格好をしている。
アズラエルのライオンは、コンバットナイフを構えた、傭兵スタイルのライオン。
グレンのトラは。
カードのトラは軍服を着て、まっくろな闇の中の気持ち悪い人々を睨んでいる。
(やっぱり)
ルシヤの夢を見たときに感じたことは正解だったのか。
パンダがセルゲイで、グレンが銀色のトラ、そしてアズラエルが、ライオン。
(――あの、夢は?)
パンダの上に『孤高のキリン』のカードが乗せられた。
もし、近くに置かれたカードが身近な関わりを示すものだというなら、おそらくは。
これはきっとカレンだ。
カードの中のキリンは軍服姿で、背後の風景は――刑務所? 刑務所の風景を背負って、泣いているキリン。
キリンに重ねるように『色街の野良ネコ』。
アフロヘアのネコなんて、ひとりしかいないだろう。――ジュリ。
そのとなりに『色街の黒いネコ』――おそらく、ジュリの同乗者であるエレナ。
トラの真上に『泳ぐ大型犬』。
ルナは思わず笑った。ルートヴィヒだ。
アンジェリカは、黒ネコとカードを重ねるようにして置いた。
(――これって)
ルナが一枚一枚をゆっくり見る余裕もないほど、次々とカードは並べられる。
少し離れたところに、『英知ある灰ネズミ』、『高僧のトラ』のカードが置かれる。
「これはあたしらね」
アンジェリカが言った。
「英知ある灰ネズミがあたしで、高僧のトラは――ん」
アンジェリカは、アントニオを指さした。
ライオンの近くに『石油王の大きなクマ』、そして、アンジェリカは首をかしげると、そのカードの下に滑り込ませるようにカードを置いた。
『羽ばたきたい椋鳥』。
そして、『石油王の大きなクマ』の横に『八つ頭の龍』を置き、さらにその横に、『羽ばたきたい孔雀』のカードを置いた。
アンジェリカは首を傾げ、『傭兵のライオン』と『ガラスで遊ぶ子ネコ』を動かし、孔雀のカードを囲むようにした。
最後に、ライオンとルナのカードを繋ぐように、『月夜のウサギ』と書かれた、丸い月がぽっかり浮いているだけの、一番シンプルなカードを置いた。
「……よし。だいたいオッケかな」
アンジェリカは見渡して、満足げに息を吐いた。
「これもひとつの魔法陣だからさ。この位置を崩さないようにして」
それから言った。
「この中で、分からない人いるかい? 名前が思い浮かばない人」
ルナは、『羽ばたきたい椋鳥』と『月夜のウサギ』のカードを指した。
「アンジェリカ、まだ足りません。双子のカードがあるはずです」
サルーディーバが言い、「え? マジで?」とアンジェリカは手持ちのカードをシャッフルし、二枚のカードを出した。
「ホントだ」
それをルナの近くに置く。
『双子の姉妹』
『双子のきょうだい』
ネコの双子が、カードの中で微笑んでいる。
(これって、ナタリアさんやケヴィンたちのこと?)
「姉さん、まだ足りない?」
「とりあえずは大丈夫でしょう」
アンジェリカはにっかり笑って立ち、大きく両手を広げ、小規模プラネタリウムを出した。
「じゃ、厳かにはじめまーっす」
おお、とアントニオが拍手するのでルナも拍手した。サルーディーバは嘆息する。
「さて。あんたはさっき、地球に行けるかって聞いたが、あんたは地球にはどうあっても行くようにできてるの。でも、まずあんたのおもしろいとこは、ほんとはあんたに来るはずだった地球行きのチケットが、“美容師の子ネコ”に来たってことだ」
「――え?」
ルナのウサ耳がビコーン! と立った。
あたしに、届くはずだったの?
「そう。あんたの、“はじまりのルート”には、三択の選択肢があった。運命の分かれ道。こちらはくわしいことはいえないけど、あんたは、まずまっすぐの道を来ることを選んだ」
「まっすぐ?」
アンジェリカはそれには答えず、宇宙儀を回した。
「“このコース”は、子ネコ三匹と宇宙船に乗るコース」
ルナはごくりと息を呑んだ。
「こまかく分ければ、このまっすぐなルートにも、選択肢は存在したんだ。子ネコ三匹と来るケース、あんたにチケットが来て、『ガラスで遊ぶ子ネコ』と来るケース、『月夜のウサギ』と来るケース――もしあんたにチケットが来ていたら」
アンジェリカはもったいぶって、声を低めた。
「“美容師の子ネコ”は誘わなかったはずだ」
「……!」
言われてみれば、たしかにそうかもしれない。
ルナに来ていたら、リサではなく最初からミシェルを誘っていただろう。
「あんたにチケットがきてたら、あんたは“ガラスで遊ぶ子ネコ”を誘ったはずだ。“エキセントリックな子ネコ”はあんたに断られたらもうひとり候補がいたはず。結局、このふたりは、この宇宙船に乗る運命にはあったのさ。どっちに転んでも。あんたが、“月夜”とくることを選んでも、エキセントリックな子ネコから連絡は来る。そうなったらガラスの子ネコを選ぶことになるだろう」
「じゃあ、リサは来れなかったの? ほんとうは?」
「いや、彼女もこの宇宙船には乗るよう宿命づけられてる。あんたと同じで命運がとても強い。だけど、彼女にチケットが来るのはほんとうは四年後だった。つまり、次の航海のときだね。彼女も必ず、あんたと一緒で地球には来ることになってる」
「そうだったんだ……」
ルナはうなずいた。
「リサに四年後来るはずだったチケットが、早まったってことなんだ」
アンジェリカは続ける。
「でも、だれと来ても、どんな配置でも、あんたは“傭兵のライオン”、“パンダのお医者さん”、“孤高のトラ”とは出会うことになっていた――それから、いま、あたしがここに並べたすべての人物にね」
ルナは、カードを、息をつめて見つめた。
「なぜなら、この三人が、あんたの運命の相手だから」
「……!」
ルナのウサ耳がビビーン! と立ち、それから、真っ赤な顔になった。
「ルナ、あんたは、ほんとうは、運命の相手になんて、出会いたくないと思っている」
心を言い当てられて、ルナは真顔になった。アンジェリカの顔からも、今までの不敵な笑顔が消えていた。
「運命の相手と出会うということは、あんたのたましいに課せられた運命が、はじまってしまうからだ」
「……」
「それをあんたは無意識のうちに知っている。だから、不安だ。怖かった」
ルナはうつむいた。
まるで、ルナがずっと言葉にできなかったことを、代弁されている気がした。
「甘さも幸福も、身を切られるような痛みも、同時に味わう、運命の相手との出会いを」
あの、夢は。
宇宙船に乗ってから、よく見るようになった、あの夢は。
「でも――もう、終わったんだ」
「え?」
思いもかけない言葉に、ルナの顔はぴょこんと上がった。
「あんたの、つらい輪廻のさだめはもうふたつ前の前世で終わっている」
アンジェリカは、なぜか、とても切なげにそう告げた。その痛みを、だれよりも、自分が分かるとでもいうように。
「だから、今世は、それに気づかなきゃいけない」
「……!」
「すべてが、もう、終わったんだってことにさ」
(終わった?)
「あんたが宇宙船に乗ってから、“たましいの神”が動き出した――月の女神が」
アンジェリカは、プラネタリウムの惑星を、静かに回転させた。
「“羽ばたきたい孔雀”のことも、“月の女神”が動き出した証拠なんだ。あれは心配いらない。ほどなくして解決する。なぜならあれは、“八つ頭の龍”に“気づき”を与えるため」
「ふぎ?」
ルナは意味が分からなくて首をかしげた。
「羽ばたきたい孔雀は、今現在、あんたをもっとも困らせている人物――分かった?」
アンジェリカのウィンクに、ルナはようやく悟った。
『羽ばたきたい孔雀』は、アンジェラだ。
「“八つ頭の龍”も、あんたに縁の深い人物だ。彼に、“あること”を気づかせるために、月の女神が自ら動いた。それだけのこと。すべて神の“台本”なんだよ。傭兵のライオンは、無意識のうちに“問題”がなにかを悟った。だから、彼がぜんぶ解決してもどってくる」
「アズ、帰ってくるの!?」
ルナの顔がたちどころに輝いたのを見て、アンジェリカがふたたび茶化すような笑みにもどった。
「好きなんだね」
「ぴぎっ」
ルナは悲鳴をあげて、頭を抱えた。
「“また”あんたは、八つ頭の龍に、恩を売ったな」
「へ?」
「あいつ、もう、あんたに上がる頭がいっこも残ってないよ」
アンジェリカは笑いながら言った。
ルナにはさっぱり意味が分からなかった。
「ところで、あの、この“月夜のウサギ”さんは」
もしかしたらこのカードは。
ルナはなんとなく予想がついたのだが、聞いてみないことには始まらない。
「この月夜のカードはあんたの近くにいる。これは、おばあさんかな。身内、ではないな。……本? 本が関わっているかも」
ルナの予想は当たっていた。
「あたし本屋さんで働いてたの。近所の本屋さんなんだけども、ツキヨおばあちゃんとは、ちいさいころから仲良しだった!」
やっぱり、ツキヨおばあちゃん!
もしかしたら、ツキヨおばあちゃんと宇宙船に乗るかもしれなかったの?
「この“月夜”カードと乗っていたら、あんたの運命は一番波風なく、ストレートにコトが運んで、ふつーに『ライオン』とくっついて、地球に行ってた」
「えっ」
「思い当たる? この月夜のカード、ライオンとも縁が濃いんだ。ものすごく」
「!?」
「それは、あんたは分からないのか。でも、このふたつのカードを結びつける糸は“黄色”だ。身内を意味する。おばあちゃんっていうなら、ライオンのおばあちゃんかもしれない」
「アズラエルのおばあちゃん!?」
ルナは、あまりのことに呆然とした。
ツキヨばあちゃんがアズラエルのおばあちゃんだなんて。
それは、ストレートに信じるにはあまりな偶然だった。
まさか、ツキヨおばあちゃんがアズラエルの身内?
でも、おばあちゃんからアズラエルの話なんて、聞いたことがない。
ルナは今、なにかを思い出せそうで思い出せない、もやもやした感覚に包まれていた。
おばあちゃん?
アズラエルとおばあちゃんについて、なにか話したような――。




