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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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205話 グレンとレオン Ⅱ 2


「おまえら、ついにうさちゃんを争って、殺し合ったのか」


 ロビンは、包帯まみれで車いすに座ったままのアズラエルとグレンに、呆れてそう言った。


「だとしたら、いまごろ俺たちはここにいねえよ」


 アズラエルが言った。ここで殺し合いなどしたら、レッドカード一枚で、退場。宇宙船を降ろされるに決まっている。


「じゃあ、なんでそんな大ケガしてんだ」


 ロビンの質問は自然であり当然だ。この宇宙船でふつうに暮らしていて、するケガではない。自らトラックにでも突っ込んでいかない限りは。


「潰されたんだよ、でかい石像にね」

「……っうおい! ちょ、おまえ!」


 ひょいと現れたクラウドの台詞に、あわてたのはカレンだったが、「石像?」とロビンはますます不可解な顔をして見せた。


「ロビン、君、まだ宇宙船を降りる気はないんだろ」


 クラウドが缶ビールをロビンに投げてよこす。ロビンはパシリといい音をさせて受け取り、「ああ」とうなずいた。


「だったら、協力してくれ。――ひとりでも傭兵は多いほうがいい。アストロスで、メルーヴァの革命軍を迎え撃つ、でかい仕事がある」


 ロビンは、うっかり缶ビールを滑り落とすところだった――プルタブを開ける前で、助かった。


「――冗談だろ?」


 ロビンは、一拍置いて、聞きかえした。


「いや、冗談じゃないさ。報酬は、地球行き宇宙船を管理しているE.S.Cから出る」


 ロビンは何か言おうとし――ビール缶をクラウドに向けたり、上げ下げしながら、「……そういうことか」とやっとつぶやいた。


 プルタブを、五分も経ってやっとあけたロビンは、アズラエルに向かって言った。


「おまえ、最近アマンダからのメール見てるか」

「――いや」


 この一週間入院していて、やっと今日部屋に帰ってきたばかりなのだ。


「メフラー商社と、アダム・ファミリーにでかい仕事が来たらしい」

「なんだって?」

「両傭兵グループを名指しでな――メンバーは親父とアマンダとデビッド。アダム・ファミリーは構成員全員だ。――こっちに向かってるぞ」

「はあ!?」


 アズラエルだけではなく、その場にいたロビン以外の全員が、裏返った声を上げた。


「こっちって――あいつらが地球行き宇宙船に乗るのか!?」


「いや。乗りはしねえだろ。だが、仕事には、俺たちも入れってメールだった。一応、俺たち――バーガスと、たぶんおまえは確実に入ってる。レオナは出産後の経過を見て。落ち合う先は、エリアE353。くわしいことは、会ってから話すってンで、書いてなかった。デビッドが動くんだから、相当でかいヤマだ――と思ってたら、それかよ」


 ロビンは肩をすくめた。


「革命軍相手っていうなら、もっとでかい傭兵グループに依頼が来そうなもんだがな。白龍グループとかブラッディ・ベリーとか、すぐ大人数動かせるところ――少数精鋭を選んだってことは、工作員かなにかか」


「エリアE353って――」

「マルカやリリザみたいに、宇宙船が観光目的で立ち寄る大きな惑星だ」


 カレンの疑問には、クラウドが答えた。


「リリザみたいにアミューズメントパークで埋められてる。たしか、今年の内に立ち寄るはずだ」

「そこで落ちあうようになってるって?」


 アズラエルは嫌な顔をした。よりにもよって、アダム・ファミリーがまるごと来る。家族と顔を鉢合わせるわけで。

 

「アズラエル」


 いつでも軽い調子のロビンが、仕事の真っ最中にだけ見せる、真剣な声で聞いてきた。


「そのケガは、もしかして、――メルーヴァの仕事と関係がある?」


 アズラエルはグレンとわずかにアイコンタクトを取り、「ああ」とうなずいた。


「サルーディーバにも、関係があるか?」

「サルーディーバ?」


 グレンが今度は聞きかえしてきたので、ロビンは黙って見つめ返したが。


「サルーディーバは関わってねえな」

 とアズラエルが言ったので、「……そうか」と言って終わった。


(サルーディーバが、アズラエルとルナちゃんを引き離して、アズラエルを宇宙船から降ろせという依頼は、メルーヴァのことに関係ねえのか?)


 メルーヴァとサルーディーバ――同じL03に関わる人間である。


 それになぜルナが関わるのか、ロビンには、まったく分からなかった。アズラエルを降ろさなければいけない理由も、彼をルナと別れさせる理由も、メルーヴァの革命軍とは、まったく関連付けられない。


 しかし、バーベキューパーティーに、サルディオーネを招待したのはルナだった。あのときは、ロビンも軽く驚いたのだが、やはりルナは、サルーディーバや、あのあたりに関係があると考えていいのか。


(だが結局、いい方には転んだな)


 アズラエルが降りたところで、宇宙船にもどれなくても、仕事でアストロスまでは行ける。つまり、ルナが地球に行って帰ってくるのを、アズラエルは、アストロスで待てばいいのではないか。


 ロビンは呑気に考えた。関係があるのかもしれないが、ロビンはここで、サルーディーバの依頼の内容を話す気はなかったし、突っ込んだ話を聞く気はなかった。クラウドに細かいことを聞こうとすれば、ロビンが受けている依頼の内容も多少話さなければいけなくなってくる。その事態は避けたい。


 ロビンは、どんな任務であれ、終了するまでは、徹底的に秘匿(ひとく)する。


 アズラエルはアズラエルで、ロビンがなにか隠していることは容易に知れた。ライアンに告げられた、「ロビンに気をつけろ」という言葉を忘れたわけではない。


 だが、アズラエルには確信できることがあった。ロビンは、メフラー商社の不利になるようなことは絶対に行わない。だから、今ロビンが関わっている仕事も、アズラエルの命に関わることではないのは確実で、ロビンのことだ。「でかい仕事」に入るまえに、今持っている仕事は片づけるだろう。


「ところでクラウド、俺とカレンに会わせたいヤツってだれなんだ」


 グレンが、ビールが飲めないことに舌打ちしながら、不機嫌面で言った。


「ああ、オルド・K・フェリクスって男さ」


「オルド?」

 ロビンが割って入った。

「オルドってあのオルドか? アンダー・カバーの?」


「そうだ」

「じゃあ、ライアンも来るのか」


 ロビンの眉がしかめられたので、歓迎していないことが伺えたが――。


(やっぱりコイツ、ライアンとなにか仕事していやがる)


 アズラエルは眉をひそめたかったが、満身創痍の状態では、眉ひとつ動かせなかった。


「いや、呼んだのはオルドだけだ」

「アンダー・カバーの傭兵を? なんであたしたちに会わせたいの」

「彼はアンダー・カバーの傭兵だけど、本名はヴォールド・B・アーズガルド。父はアーズガルド家の者だが、母親が傭兵だ。彼は十二の年までアーズガルドで育ち、それから傭兵になった。彼の祖父は、ブライアン・K・アーズガルド」


「おい、ちょっと待て」

 反応したのは、アズラエルだった。

「ブライアンって、まさか――」


「そう、アズラエル」

 クラウドがうなずいた。

「アズのママのエマルさんが、L18に来たとき、アーズガルド家に迎え入れようとしてくれた人だ。その後もずっと、陰ながらエマルさんを守っていた――ユキトさんのいとこだよ。つまり、ヴォールドは、アズラエルの遠い親戚だね」

 




 オルドは、十九時には五分早い時刻に、リズンに到着した。まだすこし明るい。陽が沈みかけて、外のテーブルには人がわずかに残っているだけで、店内の方が賑やかだった。


 オルドが、外の席に腰掛けて待っていると、ウェイトレスが注文を取りに来るより先に、クラウドが来た。


「やあ。来てくれてありがとう」


 クラウドの態度は変わりなかったが、オルドの様子は、先日よりは幾分か柔らかくなっていた。フードを被ったままの服装も、陰気な雰囲気もそのままだったが――。


「メリーから差し入れだ」


 パーティーなんだろ、とオルドが、焼きたてのミート・パイがたくさん詰まった箱をクラウドに差し出した。


「ありがとう。でも、気にしなくてよかったんだ」


 こっちだよ、とクラウドはオルドを招いた。オルドはポケットに手を突っ込み、ネコ背を丸めてクラウドのあとをついていった。アパートに着くまで、ふたりは特に言葉を交わさなかった。オルドが無口だということもある。


 ルナとアズラエルの部屋のインターフォンを押すと、すかさずルナが顔を出した。


「いらっしゃい!!」

「ちこたんは?」

「食器洗ってる!」

「ルナちゃん、ちゃんと画面見てって言ったでしょ」


 ルナがぷっくりと頬っぺたを膨らませた。だがすぐに頬っぺたはしぼみ、オルドを見て、「――ハトさんだ!」

 と怒鳴った。

 

「――ハト?」

 怪訝(けげん)な顔をしたのはオルドだった。それからようやく気付いた。

「あ? ――ああ、Tシャツのことか」


 たしかに今日、オルドはパンクなハトの模様が付いたTシャツを着ていた。だが、それほどめずらしい柄でもないし、Tシャツは量販店で買った、だれかがどこかで着ていそうな安物だ。彼女はハトが好きなのだろうか?


(すっとぼけた女だな……)


 オルドはちょっと引き気味になりながら、「ドーモ……」とぼそりと言って、クラウドのあとをついて部屋に入った。

 先を歩くクラウドが堪えきれずに笑っている。


「オルド、さっきの子がルナちゃん。――アズラエルの恋人だよ」

「!?」

「付き合ってないと本人は言い張ってるけどね」


 オルドは思わず振り返って見てしまった。うしろをとてとてついてきているルナがへらりと微笑み返す。オルドは絶句した顔で、ちいさく会釈した。それしかしようがなかった。オルドに愛想よく微笑み返すスキルはない。


 廊下の先のリビングは賑やかだった。

 ルナがとてててーっとクラウドたちを追い越していき、「ハトさんが来たよっ!」と叫んでいるのが、オルドにも聞こえた。


(ハトさん……? アタマ弱えのか、あの女……)


 オルドは、ルナがアズラエルの女だと言うのが信じられなくて、ますます口の端がへの字に曲がっていく。


「いらっしゃい!!」

「こんばんは!」

「よう、兄ちゃん、ここ来て飲めや」


 大勢の人間がリビングにはひしめいていた――リビングとダイニングの境に壁がないから、ずいぶん広い空間だ。


 いつから始めていたのか、すっかり盛り上がっている。オルドは、声をかけてきた人間を愛想のかけらもなく一瞥(いちべつ)しながら、リビングを突っ切り、クラウドが招くままに、廊下を挟んだリビングの向こうの部屋に向かった。


 そこには、ロビンとカレンと、――グレンとアズラエルがいた。


「食べ物と酒は俺が持ってくるから、君はここにいてよ」


 クラウドが引き返していく。それを目で追い、オルドは促されるまま、ソファに腰を掛けた。


「よう。ラガーで会った以来だな」

 ロビンが真っ先に声をかけてきた。


「……ああ」

 オルドが短い返事を返す。


「あのときは、俺がアンダー・カバーに誘われたが、今度は俺が誘ってやる。どうだ、俺の右腕にならねえか」


「右腕?」

 聞いたのはカレンだった。


「親父が、そろそろ俺も独立しろってうるせえんだよ。メフラー商社の人員連れて行ってもいいし、地球行き宇宙船で仲間見つけてこいってなァ……」


「親父って、メフラー親父か」

 オルドが聞いた。


 メフラー商社は、内部の傭兵をすぐ独立させて、グループをつくらせることで有名だ。だから、常に十人未満のちいさな組織だが、傘下のグループはおそらく軍事惑星群一。


 ロビンはだいぶ長くいた方だ。だが、メフラー親父が、「俺がまだ元気なうちに、オメェがつくったグループが見てえ」と孫の顔でも望むように言われるので、ロビンは最近、抵抗しきれなくなってきた。


「俺が昔、軍事演習のドラフトでてめえを指名したの、覚えてねえだろ」

「覚えてないな……」


 オルドは記憶を探ったが、ほんとうに覚えていなかった。ライアンは多かったが、オルドを指名したグループは少なかった。


「もともと俺は、どのグループにも所属する気はなかった。ライアンとグループをつくるって決めていたからな」

「ライアンねえ……メフラー商社のナンバー2のほうが、いい“旦那サマ”になると思わねえか?」

「ライアンは俺の理想的な“旦那サマ”だ。アイツと別れる気はねえ。残念だったな」

「身持ちの固い奥サマだ」


 ロビンが嘆息すると、カレンが笑った。


「どうした。人妻奪うの、得意なんじゃなかったのかよ」

「ダメだ、俺の秋波は女にしか通じねえよ」

 

 皆が笑い、オルドもつられてちいさく笑った。

 クラウドがもどってきて、缶ビール数本と、食べ物が乗った皿をテーブルに置く。


「ところでアンタ――どうしたんだ、その大ケガ」


 オルドは何気なくした質問だったが、グレンは「……トラックに突っ込んだんだよ」と言い、アズラエルは「十二階から飛び降りた」と言った。


「説明し始めれば、本が一冊できあがるよ」


 クラウドが肩を竦めて言い、ふたたびリビングへ引き返していった。


「ごゆっくり」

「俺は――長居するつもりはねえよ」

「おいおい、直球だな」

「俺がここに来た目的は、ひとつだ」


 ロビンの呆れ声に、オルドはもらった缶ビールを弄び、開けて、口をつけてからそう言った。


「グレン」


 まるで挑戦的な――するどい視線と口調が、グレンに突きつけられた。


「アンタ、どうして、レオンに黙って、この宇宙船に乗ったんだ」






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