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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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205話 グレンとレオン Ⅱ 1


 ミシェルは、クラウドが帰ってきて、なにごともなかったように「ミシェル、ただいま」なんて言ったら、股間を蹴りあげてやるつもりだった。身体のあちこちをつねってやってもいい。ルナがよくするみたいに、頭突きしてやってもいい気がした。


 だが、無精ひげを(!)生やしたクラウドが、「ミシェル……!」なんて言って、ミシェルをぎゅっと抱きしめたとたんに、怒りは消えた。シャボン玉が弾けるように消えてしまったのだった。


「……起きて、いなくなってたら、心配するじゃない」


 ミシェルは、クラウドの胸板に押しつぶされながら、やっとそれだけ言った。無精ひげにくわえて、香水も着けていないクラウドなんて、リリザの遊園地で再会したとき以来だ。


「なに、してたの」

 消えていたあいだに。


 ミシェルの質問に、クラウドはずいぶん間をおいて、「……そりゃまあ、いろいろとね」と小さく言って、ふたたびミシェルをきつく抱きしめた。


 ごまかしたわけではなく――クラウドは、事情を説明する時間があったら、ミシェルを抱きしめたいだけだった。それはミシェルにもよくわかった。


 クラウドはひとしきりミシェルを抱きしめたあと、名残惜しげに身体を離して、「無事に目覚めてよかった」と泣きそうな顔で微笑んだ。


 ミシェルは顔を真っ赤にして、キョロキョロと目をさまよわせ、「いつの話、してんのよ」といつものツンデレを発動した。


 クラウドが、ミシェルの肩を抱いたままリビングに入ると、ホーム・パーティーの準備の真っ最中だった。大きなテーブルに、あふれそうなほど料理が並べられている。


 クラウドは、華やかな色合いのサラダが置いてあるのを見て、これはカザマがつくったなとすぐに分かった。レモンと生ハムと、野菜のサラダ。見慣れない料理の数々。このあいだカザマが来たときに振る舞ってくれた料理と似ている。


 中華料理の包みがあちこちに――これはチャンか? 


 テーブル中央にででんと存在を誇示しているのは、丸焼き。ひと抱えもある大きい鳥を、一匹丸ごと焼いたままの――まるでクリスマスのロースト・ターキーのように――ターキーの数倍はあったが――パーティーのメインは、綺麗にリボンがかけられている。


 どう考えても、ルナだけがつくったメニューではない。ふだんルナがつくる品とは、五十歩も百歩もかけ離れている。


 クラウドが、謎の鳥の丸焼きをじっと眺めていると、ワインを抱えたバグムントが現れた。


「疫病神が帰ってきたぜ」


 今回のことではずいぶんバグムントには迷惑をかけた。クラウドは肩をすくめ、「悪かったよ、バグムント」と一応、殊勝(しゅしょう)な態度は見せた。


「担当船客に脅されるとはな――俺が担当役員だったことに感謝しろよクラウド。でなきゃ、とっくにてめえはレッドカードでL18に強制送還だ!」

「感謝してるさ、君には」

「いいか! 俺がてめえに屈したのはてめえのためじゃねえ、ルナちゃんとミシェルちゃんのためだ、よおく覚えておけ!!」


 クラウドは、バグムントの鼻息荒い唸り声を背に、キッチンへと逃げた。

 そこでは、ルナとカレンと――バーガスとが、お玉を持ったり包丁を持ったり、料理を盛り付けたりと奮闘している。


「ルナちゃん、急にこんなこと頼んでごめんね。――すごいじゃないか、あの料理」

「あっ! クラウド、おかえりなさい!」


 ルナは、菜箸でつまんでいたから揚げを取り落とし、バーガスがすかさずつまんで口に入れた。問題はなかった。


「なんだかね、あちこちに声をかけたら、みんなが料理を持ってきてくれたり、作ってくれてね、カザマさんもヴィアンカさんも、えっとね、チャンさんも作って来てくれたの! あたし、ちょっとしたオードブル作って、ごはんを炊いたくらいなの」

「ルナの味噌汁食べないと帰ってきた気がしないから、味噌汁とね」


 カレンが付け足した。カレンはオードブル用飾りつけいちごのヘタを取っているのだった。


「やっぱりあの中華料理はチャンか」


 でも、作ってきたとは、驚きだ。おそらく謎の鳥の丸焼きがヴィアンカ。豪快な彼女らしい。

 もっと意外なのは、バーガスだ。


「なんで君がキッチンに立ってるの」

「てめえはこの匂いが分からねえか――ン? 懐かしくねえのか」


 クラウドは鼻をひくひくさせた。ウサギのように。


「え? アレ? これって、ラークの臓物シチュー?」


「大当たり!」

 バーガスはでかい図体で、お玉を振り回した。


「あたし、味見させてもらったけど、スパイスが効いてておいしかったよ!」

 ルナとミシェルが声を揃えた。「はじめて食べる味!」


「え!? L77にラークいないの?」


 クラウドの絶叫に、ルナとミシェルは首を振り、カレンが肩をすくめた。


「いねえって。バーガスと話してたんだけど、ラークってすっごい寒い星にしかいねえんだって。L77は温暖な星だからさ――」

「うさちゃんもミシェルちゃんも食ったことねえっつうから、俺が腕を振るってやろうと思ってよ……」


 バーガスのまえの寸胴鍋からは、クラウドも昔よく食べた、なつかしい匂いがする。


「ルナちゃんたちがカレー食べるのと同じくらいの頻度(ひんど)で、食べてたよ」

「ほんとに!?」

「アズも!?」

「ああ。アズもよく作ってたはずだけど――これはL18じゃ郷土料理みたいなモンだから――ラークの肉や臓物が――そっか、まるごと売ってるところが、ないもんね」

「アズラエルにもラークがまるごと売ってる店を教えてやったよ。これは、アズラエルも知らなかったことなんだが、聞いて驚くなよ!」


 バーガスおじさんはもったいつけた。


「なんと! 宇宙船入口のK15区の海沿いで、L系惑星群すべての星の、めずらしい食材がそろう市が、一ヶ月に一回、ある」

「へえ……」


 クラウドが気のない返事をしたために、おじさんのテンションは下がった。


「なんだ、ノリの悪ィ野郎だな。うさちゃんとミシェルちゃんは驚いてくれたぜ~、なァ?」

「うん! おどろいた!!」

「よしミシェル、あたしとチェンジ」

「オッケー」


 カレンが手を洗って、キッチンテーブルから離れた。

 ミシェルとタッチをして、いちごのパックをミシェルの手に乗せる。カレンはクラウドの背を叩きつつ、リビングへと促した。


「アズラエルもグレンも、リビングにいるよ――ところで、あたしに会わせたいヤツって、だれ」


「それはこれから話すよ。今日来る客の名前を教えて。ルナちゃんには、メルーヴァ関連のことを話せる人間って、限定したはずだけど」


「それはだいじょうぶ。まずあたしにセルゲイに、グレンとアズラエルでしょ。ルナにミシェル、ピエト。あとバーガスとレオナ――ふたりには、バグムントから話がいってる。で、バグムントにチャンに、ミヒャエル、ヴィアンカ。ニックとベッタラ。ペリドットとララは誘ってみたけど来ないって」


「ララも誘ったのか!?」

「ララも一応関係者じゃねえの?」


 カレンは、自分はまったく悪くない、という顔をした。


「アントニオとオルティスは店があるし。シュナイクルたちも店を空けられないから、大事な話なら、また来てメシを食いながら話せって。メリッサとタケルは、この一週間ルナたちにつきっきりで、残業が山積み。だから今回は遠慮するって。それから、ルナが言ってたアンジェ? ちゃんは、今外に出られる状況じゃないんだって。アントニオがそういってた」


「ジュリは?」

 ジュリの気配がない。ジュリはいつも騒がしいので、いるかいないかはすぐにわかるのだが。


「ああ――ジュリにはなんにも話してないけど――アンタも、ジュリは追い出せって言うはずはないと思ってたんだけど」

「ジュリはいてもかまわないよ」

「けどね、アイツが勝手にレトロ・ハウスってクラブに行っちゃったの。最近のあの子の行きつけ。ラガーはオルティスがいるからさあ、ラガーの方に行ってくれれば、変なのに声かけられなくていいんだけど……今日、パーティーやるよって言ったのに、ジャックに会いたいからって。――だいじょうぶかな、アイツ」


 カレンは深刻に思い悩む顔をした。


「エレナが宇宙船降りちゃったあたりから、また男漁りが始まっちゃってさ――ジャックは、まだ安心できるかな。アイツもたくさん女がいるけど、ロミオみたいに女を傷つけたり、ひどい目に遭わせてるわけじゃないから――でも、ジュリは確実にジャック以外とも寝てるよ。声かけてくれた男とは簡単に。だから、またおかしな男に引っ掛からなきゃいいんだけど……」


 カレンのため息は深かった。


 クラウドは、それには答えず、ちょっと考えるそぶりをして、「ロビンは呼んでないね?」と言った。


 カレンはしまったと言う顔をした。


「あ~……呼んでねえ。どうする? 今から呼ぶ? つうか、アイツにメルーヴァ関連の話して、いいの?」

「いや、呼んでないならいいんだ……」


 ロビンはまだ、早すぎるかもしれないとクラウドは推察した。「羽ばたきたい椋鳥」の謎は、まだわずかも解けていない。


 クラウドの目的は、カレンとグレンとオルド、そしてできるならロビンを、一度会合させ、顔見知りにすることだった。


 グレンとロビンはともかく、この三人が――おそらく、これから軍事惑星群の舵となり、船首となる。


 そのとき、「代表者」同士ではなく、かつての知己として会うことができれば、まだ血の通った話ができるはずだ。


 腹の中身が分からない者同士で、さぐりあいから始めるよりは、よほど――。


(まあ、多少雑談をしたところで、互いのなにが分かるって言われたら、それまでなんだけど)


 グレンとカレンも、こんなに親しくなるまで、一年以上もかかった。オルドのあの頑なが、今日の数時間でほどけるわけはないとクラウドは分かっていた――が。


 それでも、わずか、ほんの0.000001%くらい、この宇宙船の奇跡に賭けていた。


(オトゥールは、だれにでも好意的だから、アーズガルドの嫡男ピーターとも友人だし、グレンとは本当に仲が良かった)


 どこかで、つながってくれればいい。全員とは言わない。


 そのことが――軍事惑星群の行く先を、岐路(きろ)の選択を、血の通ったものに変えるのだ。


 クラウドは、縁を結ぶことのむずかしさに改めて嘆息し、口をとがらせてウサギ面、慎重にいちごを盛り付けているルナを凝視した。


(月を眺める子ウサギなら、どんな方法を取るんだろうか)


 とたんにいちごの山が崩れ、うさ耳がぴんっと立ち、ミシェルに「なに積んでんのルナ! なにこの盛り付け!? カオスすぎる!!」と怒鳴られているのを見、

(月を眺める子ウサギは聡明なのに、なぜルナちゃんはあんなにカオスなんだ……)

 とクラウドの頭脳をもってしてもどうしても解けない謎に頭を悩ませた。


(問題は、ロビンなんだけど)


 ロビンは、グレンが嫌いだし、カレンともあまり親しくはない。オトゥール、ピーターはたぶん論外。こうして誘えばパーティーには来るが、軍人全般が嫌いという、典型的な傭兵だ。

 

 おまけに、男とは口をききたくないという、極端な奴だ。カレンがギリギリ女性――ロビンには、女に見えているらしい――から、当たりはソフト。だが、軍人と傭兵という垣根を乗り越えることはしない。常に、一線置いている。


(だけど――唯一、オルドには興味を示してる)


 ロビンは、オルドの顔を知っていた。そして、実は、ライアンよりもオルドのほうに、好意というか、興味を持っていたことは、クラウドも意外だった。


『クラウド? え? 何の用』


 久しぶりに聞いた声は、相手がクラウドだと分かると、とたんに面倒そうな声になった。


『バーベキューパーティーの誘い以外はかけてくんじゃねえよ――え? オルド?』


 仕事――傭兵関連の会話になると、声のトーンは普通にもどった。


『ああ、知ってる。けっこう前だ。アイツらが、――ラガーで、俺に声をかけて来たんだ。メフラー商社ナンバー2の勧誘がしたかったらしい。――ああ、そうだよ。あのオルドってやつは、アンダー・カバーのナンバー2で、なかなかのやり手だ。

 俺もあとから調べたんだけどな。三人ではじめた傭兵グループを、たった数ヶ月で三十二人もメンバーを増やした。むかし、アマンダがスカウトしてたってンだから驚きだ。それで、俺も思い出したんだよ。

 ――ほら、学校の軍事演習で、傭兵グループ相手にドラフトの時間あるだろ。そのとき、どうも俺が、コイツ欲しいって言ったらしいんだよな。そのとき一番欲しかったのは、シンディって女で、コイツはブラッディ・ベリーに行っちまった。女しか指名しねえ俺が、男を指名したってンで、アマンダが驚いて、覚えてたんだな。

 だが、俺は正直言って欲しかった。俺の右腕にな――アイツのデータは、理想的な“右腕”だった。――俺は、男のことはすぐ忘れるからな。このあいだ声をかけられたときに、逆に勧誘してやりゃよかったと思ってよォ……』


 ロビンは、ライアンとはその後も接触しているが、オルドとは、最初に声をかけられた一度きりしか会っていないこともわかった。


(少なくとも、ロビンは、オルドとはまともに話す――かもしれない)


 クラウドがまた思考スタイルに入ったところで、インターフォンが鳴った。


「はいはーい!!」


 ルナウサギがいちごを放り出し、ぺぺぺっと飛び出していく。クラウドも、玄関につながるドアをのぞき込んだ。

 ちこたんはいない。買い物中か?


「ルナあ! 相手たしかめてドア開けなよ!」


 クラウドが言いそうになったことを、カレンが先に怒鳴った。ミシェルもそういうところがあるので、気をつけろと念を押したいクラウドだった。だが、ドアの向こうにいた人間を見て、クラウドではなくミシェルが「げっ!」と叫んだ。


「やあ♪ うさちゃん。久しぶりだな~♪ 相変わらず可愛いね。ハイこれおみやげ。俺のミシェルは元気?」

「いらっしゃいロビンさん!」

「……だれが呼んだの」


 大きなピザの箱を受け取ったルナが、元気に挨拶をしたそのうしろで、クラウドが重苦しい声でつぶやいた。


「俺だ!!」

 キッチンからバーガスの大声が届く。

「いいじゃねえかロビンのひとりやふたり!!」


「いいじゃねえか、ロビンのひとりやふたり」


 ロビンはふたたびルナの手からピザの箱を取り上げ、ルナをエスコートしつつ、クラウドを無視してダイニングに向かい、テーブルの上を見て、「酒にすりゃよかったかな」とピザの大箱を椅子に置いた。


「ロビン君いらっしゃい! 僕、ピザ大好きだから大歓迎!! うわあシーフードピザ! 一番豪華なやつ! サイコーだね!!」


 コンビニの制服を着た金髪男がキッチンから声をかけて来たので、ロビンは「だれ……?」とつぶやいた。


「あなたがロービンですね!! ワタシはアノールのベッタラです!! 最強戦士ベッタラ!!」

「くそ……またキャラ濃い友人ばっか作りやがってアズラエルの野郎……!!」


 ロビンはベッタラの洗礼(=ハグ)を華麗にかわしながら、ニックのおしゃべりに絡まれ、ミシェルにたどり着くこともできずにリビングへと追いやられた。


(ロビンが来るなんて)


 時期尚早ではないかとすこし焦ったクラウドのシャツの裾を、だれかが引っ張った。


「あ、ピエト」

「クラウド! ハトのカードの名前が分かったよ!」


 ピエトは周囲を気にしながら、小声でクラウドに耳打ちした。



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