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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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204話 グレンとレオン Ⅰ 3


『母ちゃんが心配かもしれないけど、早く学校に来いよ。待ってる』


 メモ用紙はキャラクターもので可愛らしかったが、字は太く豪快だ。


「だから、母ちゃんじゃねえって――ルナは、ルナだよ……。なんで分かんねえかな、もう」


 ピエトはブツブツ言いながら、ルナから携帯電話を借りた。

 ルナは、まだネイシャに会ったことはない。ピエトから話を聞いているだけだ。

 ルナはピエトが電話を始めたのを横目に、冷蔵庫の中身をチェックしながら言った。


「ピエト、あたしにも代わって」

「え? ちょっと待って」


 ピエトとネイシャの会話がひと段落しそうになったのを見計らって、ルナは声をかけた。


「こんにちは、ネイシャちゃん。ピエトといっしょに暮らしてる、ルナです」

『……え、あ、こんにちは』


 一瞬、男かと錯覚するような低い声だった。


「プリント持ってきてくれて、ありがとうね。ネイシャちゃんの区画はK36区って聞いてたから。遠かったでしょ」

『それは……いいんです。ピエトからよく聞いてて、リズンのこと。一回行ってみてえなって、母ちゃんとも話してて……ついでだったから』

「そう? ありがとう。よかったら、今度遊びに来てね」

『入院してたって聞いたけど、大丈夫なんですか』


 最初は戸惑い声だったが、ずいぶんしっかりした受け答えをする子だった。


「うん――もうだいじょうぶなの、退院したから。あしたからまたピエトも学校に行くから、よろしくね」

『はい――あの』


 ネイシャは、電話向こうでためらうように、口にした。


『ピエトも言ったけど――あの――ほんとに、遊びに行って、いいですか』

「えっ? いいよ。いつでも来て――」

『……ピエトの親父って、傭兵なのってほんとう?』


 それは、ほんのわずかな口調の変化だった。ルナも一瞬、違和を感じただけの。気のせいかと思うほどの。

 

「アズラエルは親父じゃねえって!」


 ピエトが横で騒いでいたが、ルナはとりあえず肯定した。


「うん、アズは傭兵だけど、どうかした?」

『……メ、メフラー商社のナンバー3だって。ピエトが言ってた……それでその……会ってみたい』


 遠慮がちな声だった。アズラエルがメフラー商社のナンバー3だということに気後れでもしているのか――子どもが? 

 ルナには、傭兵世界のことはよく分からない。


「いいよ。アズにも言っておくね。でも、アズはそんなに怖くないよ」


 ちいさな笑いが電話向こうでした。


「じゃあ、ピエトにかわるね」


 ルナはピエトに受話器を渡した。「なんだよ、おめーアズラエルに会いたいだけかよ!」というピエトのふて腐れた声がした。


(気の――せいかな)


 なんだか、さっきのネイシャの声は、ひどく切羽詰まった感じの声だったのだ。子どもの口から、あんな重い声を聞いたのは、ルナは初めてだった。

 だが、もともと声が低い子ではあるようだし、気のせいとは言えば気のせいかも知れない。緊張で、強張っただけかもしれない。


(とりあえず、あたしにも、やらなきゃいけないことがあるぞ!)


 ルナは、真砂名神社から持ち帰ってきたZOOカードボックスを、テーブルに置いた。

 とにかく、これがつかえるようにならなければ始まらない。

 

 ――導きの子ウサギが、近くにいるはずなんだがね――


 夢の中で、黒いタカがそう言っていた。

 ちょうど「導きの子ウサギ」――ピエトがそばにいる。

 ピエトはかつて夢で出会った、チョコレート色のウサギだ。


 ルナは確信していた。


 夢の内容はうろおぼえなのだが、図書館のようなところで、「導きの子ウサギ」と名乗った、チョコレート色のウサギと会話した。


『宇宙船で会おう! 僕のママ!』


 たしか、別れ際に彼はそう言った――あのウサギは間違いなくピエトだ。あの夢のあと、すぐにピエトと出会った。


 あの夢は、なんだったか。K19区の港? あの港に図書館などあっただろうか。遊園地はあったけれど――あれは、あのガソリンスタンドは――。


「ルナ! ルナ――ZOOカードつかうの?」


 ルナは、ピエトの声にはっと我に返った。ピエトが心配そうにのぞき込んでいる。


「だいじょうぶか? ルナ」

「う、うん! 平気だよ。ちょっと考えてたの」


 これ以上、ピエトに心配させるわけには行かない。ルナはふん! と気合を入れて椅子に座り、ZOOカードボックスのふたを開けた。


「うさこよ、出てこい!!」


 ルナは叫んだが、やはりカードはピクリとも動かない。ルナが手を伸ばすと、カードはまた白銀色の光でルナの手を弾いた。


(導きの子ウサギの、ピエトがそばにいるのに?)


 ルナは首をかしげた。ピエトが「導きの子ウサギ」ではないのだろうか。


「ちょ、ちょっと、ピエトがやってみて!」

「え!? 俺!?」

「うん、そう!」


 ルナはピエトと席を替わった。「なんでもいいから、呪文唱えてみて!」


「呪文!?」


 ピエトはう~んと唸ったあと、ルナのマネをして「ウサギよ出てこい!」と叫んだ。

 カードは動かなかった。


「じゃ、じゃあ――ラグ・ヴァダの神話歌ってみる!」


 ピエトはラグ・ヴァダ語で、朗々(ろうろう)とそれを歌った――カードに、まったく変化はなかった。


「なんで動かないのよう~!!!」


 ルナはさすがに、頭を抱えてうずくまった。


(カレンのことも、アンジェのことも、ZOOカードが動かなきゃ先に進まないのに!)


 ピエトは、また「う~ん」とうなりながら、箱を持ち上げてみたり、ふたを開けたり閉めたりしている。


「もぉいいよピエト……もっかい、イシュマールさんかペリドットさんに相談してみるから……」


 ルナがあきらめたときだった。

 ピエトが、箱についている南京錠をじっと見つめている。やがて気づいたように、「あっ!」と小さな叫び声をあげ、自分の身体を探った。ポケットをひっくり返してみたり、宙を見たりして――。


「そうだ! 俺、体育の時間に外したんだ!」


 と叫んだかと思うと、一目散に洗濯機のあるほうへ飛び跳ねて行った。

 

 ルナが追うと、ピエトは、洗濯籠の中にある、自分の体操着を漁っていた。そしてポケットから、取り出したのだ。


 ――ルナがあげた、真月神社のお守りを。

 

「これ、体育の時間に、外しなさいって先生に言われたから、俺ポケットにしまってたんだ。ずっと、忘れてた!」


 一週間前、体育の時間にそうして、忘れたまま体操着を洗濯かごに入れていた。


「洗濯するまえでよかったぜ!」


 ルナが口を開けている間に、ピエトはウサギの速さでテーブルにもどり、真月神社のお守りをZOOカードの箱に置いた。

 ――すると。

 白銀色の光がぱあっときらめき、ピンクのウサギが、ぴょこん、と顔を出したではないか。


『呼んだ?』

「すごい!! ピエト!!!!!」


 ルナは心からの感嘆を込めて、盛大に拍手した。ピエトは得意げに胸を張り、


「この鍵の模様、お守りの模様とおんなじなんだぜ! どっかで見たことあると思ったらさ」


 ピエトの言うとおり、ルナが母星の真月神社からもらってきたお守りの模様と、ZOOカードボックスの南京錠の絵柄が、同じだったのだ。


『ふふ。やっと気づいてくれたのね、ルナ』


 ZOOカードから出て来たのは、五センチくらいの、小さなピンクのウサギ「月を眺める子ウサギ」だ。


『よく試練を乗り越えたわね――さあ、ルナ、これからはわたしと一緒にZOOカードをつかいましょう』

「うん!」


 ルナは勢いよくうなずいた。ピエトも、真剣にピンクのウサギを見つめている。

 やがて、チョコレート色のウサギが、横から飛び出てきた。


『僕は「導きの子ウサギ」。ピエト、君は僕で、僕は君だよ』


「えっ!?」

 ピエトはガッカリ顔をした。

「俺ってウサギなの!? なんか弱そう!!」


 傭兵を目指すピエトにしてみれば、ライオンやトラや、ウシなんかがよかったとこぼした。だがチョコレート色のウサギは、

『まだ君は、自分が何者なのかを知らない――十一歳だもの』

 と微笑んだ。


『ルナ。僕は「導きの子ウサギ」。「こたえを導き出す」役割も持っている。どうしても解けない謎があったら、僕に聞いて』


 ルナは感心して、何度もうなずいた。

 そうだったのか――だから黒いタカは、導きの子ウサギが近くにいるはずなんだが、と言ったのか。彼は、導きの子ウサギが、答えを「導き」出してくれることを知っていた。

 

『さあ、ルナ、大忙しよ。わたしたちに命じて。知りたいことを、何をしたいかを』


 ルナは口をぽかっと開けて、小さな頭を抱え込んだ。


「な、何をしたいか――いっぱい、あるの。いっぱい。――アンジェを助けなきゃ。そ、それから、カレンの、そうだ! カレンの病気とか――カレンの病気が治って、それから、当主になるの。あ、メルーヴァのこと! メルーヴァのZOOカードはほんとに革命家のライオンかなとか――ええっと――ええと――」


 しなければならないことは、山ほどある。


 ルナは頭を掻きむしって、

「う~ん――やっぱり、アンジェからにしよう! アンジェをまず助けよう! そうしよう!!」

 と、決意したように叫んだ。


 ウサギ二羽は見つめ合い、

『アンジェも大切だけど、まず「ハト」さんを探しましょうね、ルナ』

 月を眺める子ウサギが言った。


「ハトさん……?」


 ぜんぜん思いもしなかった動物の名が出てきて、ルナは拍子抜けしたが、ピエトは「ハト!」と叫んだ。


『そう――ハトさん。探しているのはこの人ね。「故郷を想うハト」さんよ』


 月を眺める子ウサギが、指揮棒を振るように小さな手を動かすと、一枚のZOOカードが浮き上がった。

 カードの中のハトは、まるで「布被りのペガサス」のように、大きなフードを被っていて、顔が見えない。


『ハトさんが、フードを脱ぎ捨てる日が来たのよ』

 ピンクの子ウサギは言った。

『さあルナ、大忙しよ。これから「天槍(てんそう)を振るう白いタカ」さんがいるコンビニエンスストアに行って、そこでもう一枚、「思い出」のディスクを焼いてもらうの。プレゼント用にね』


「ディスク?」

 

 ルナは、「天槍を振るう白いタカ」がニックだと分かった。でも、なんのディスクを?


『ユキトおじいちゃんが映ったディスクよ。あしたのパーティーにはちゃんと間に合わせて。そうして、「故郷を想うハト」さんにあげるのよ――いいわね?』




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