204話 グレンとレオン Ⅰ 2
レオンは、首を振った。
「グレンは、“ドーソン一族は滅びてもいいと思ってる”。だが俺は、そうじゃない」
「……!!」
オルドは顔を反らした。レオンの気持ちが痛いほど分かるからだ。
「俺は――俺にだって、親がいる。たいせつないとこもいる。ドーソン一族が行ってきたことに、目を瞑るつもりはない。裁かれるべきは裁かれなければならない。だが俺は、たいせつなひとを見捨てられない――おまえのように」
「許してくれ――レオン」
「許す? 俺は、一度だっておまえを恨んじゃいない。どうしておまえがそんなことを思うんだ。――もしかして、反乱のことか? 俺はおまえたちに打ち明けなかった。だから、おまえたちが俺を助けられなかったなんて、そんなことを考える必要なんて、ないんだ。あれは、俺がドーソン一族としてやったことだ。おまえは関係ない」
レオンが、傭兵擁護派のいとこたちを引き連れ、ドーソンの宿老に反乱を起こしたのは、これ以上ドーソンを崩壊させたくないためだったということは、ここにいる三人しか、もはや知る者はいない。レオンの意志を知っているほかの仲間は、みんな監獄星のツヴァーリ凍原で爆死した。
レオンは、言葉通り、ドーソンの血脈を持っている人間しか集めなかった。だが、ドーソン以外を巻き添えにしないというレオンの意志があるように、仲間にも意志があった。彼らが勝手に、よそで仲間を募ってしまった。そこからユージィンたち宿老に漏れ、反乱が起こるまえに鎮圧されてしまったのだ。
レオンはたしかに、仲間とともに爆死したはずだった。
なのに自分は目覚めた。生きていた。めのまえにはユージィンの顔があった。
よみがえった自分は、かつての記憶があいまいだった。最初は、めのまえの男がだれだったかも、分からないほどだった。
だが、日を追うにつれて徐々に記憶はもどり、ユージィンが自身の叔父であることも思い出し――なぜ自分がこんなところで寝ているのかもわかった。
自分は、マルグリットやほかのいとこや親類の仲間とともに、輸送列車内で死んだはずだったのに。
それが、テセウスという科学技術で、バラバラになった身体がかき集められたのだと知ったときは、動揺し、憤慨した。
おまけに、自分はまったくの別人に、作り替えられていたのだ。
怒りと困惑で気が狂いそうだった。レオンをよみがえらせたのはユージィンで、レオンを利用するためだ。
ユージィンは言った。「レオン、おまえを許そう」と。
「ドーソンも人手不足なんだ。おまえをわざわざ生き返らせなくちゃならんほどにな。今回の任務には、おまえが適任だ」
ユージィンは、エーリヒが乗ろうとしている地球行き宇宙船になにかがあると感じていた。
マリアンヌという女が残した、L18、つまりドーソン一族の滅亡の予言――それに関連するなにかを得るために乗ったのではないかと。
ユージィンはレオンに任務を与えた。地球行き宇宙船に乗り、グレンの動向と――これから宇宙船に乗ってくるエーリヒという男の動向を見張ること。
――そして。
「グレンが、ドーソンの滅亡に関与しそうになったら、消せ」
一番仲がよかったいとこを、消せというのか。昔可愛がっていた子どもでも、逆らえば容赦なく爆破する叔父らしい言葉だった。
だがレオンは、グレンを消せるような気がした。彼の自殺願望を、レオンはよく知っている。グレンはドーソン一族の嫡男である自分自身を憎み、ことあるごとに消そうとした。
銃を向ければ、意外と簡単に受け入れるのではないか。
俺と一緒に死のう、といえば、グレンはうなずくような気がした。
「グレンは、おまえたちを見捨てて、ひとりで逃げたんだぞ。地球行き宇宙船にな」
そんなことはとっくに分かっている。グレンは、ドーソン一族が一滴の血も残すことなく滅びればいいと思っている。
レオンはそうではない。傭兵との差別はなくすべきだ――だが、ドーソンが滅びればいいとは、微塵も思っていなかった。
その時点でグレンには失望した。だからレオンが、マルグレットたち、同じ血筋の仲間を連れて反旗を翻した。これ以上、ドーソン一族に無駄な血を流させたくなかった。これ以上、罪を重ねてほしくなかった。
グレンにいて欲しかった。グレンといっしょに立ちあがったら、どれだけよかっただろう。
だがグレンは逃げた――俺たちを置いて、ひとりで。
「おまえが、ドーソンを滅ぼしたくないために起こした行動だというのは分かっている」
ユージィンは、哀れな者を見る目で親戚の子どもを見つめて、そう言った。
「宇宙船でエーリヒを見張れ。――おまえだって、もう、たいせつな人間を失うのは嫌だろう。おまえは、グレンとはちがうからな」
レオンは、よみがえったところで、二年弱しか寿命はないと言われた。それなら、ユージィンの任務を成し遂げようと言ったのは、レオンだった。
「グレンは、俺が始末する」
「地球行き宇宙船に、おまえと乗るのは、ドーソンの人間ではない。おまえが学生時代、友人だった傭兵だ。ライアンと言ったかな。……任務が終わったら、そのまま、地球に行っていい」
ユージィンの大きな手に撫でられて、レオンは涙をひと筋こぼした。
子どものころは、よくそうされた。恐い父とは違い、ユージィンはいつでもレオンを、グレンを抱き、よく誉めてくれた。その手で慈しみ、撫でてくれた。
レオンにつけられた見張りは、ドーソンの人間ではない。ライアンは一番仲がよかった傭兵の友人だった。そのことが不思議で、レオンは無垢な瞳でユージィンを見つめたが、すぐに目を反らされた。
この叔父は優しかった。かつては。彼もまた、ドーソンという巨大な支柱に、心を押しつぶされた者のひとりなのだ。
(グレン、だれもがおまえみたいに、割り切れるわけじゃない)
ドーソンを憎み、でもたいせつな人を捨てきれないでいる。その葛藤に引き裂かれた人間は、ドーソンの中にも数多くいるのだ。
「オルド。おまえがグレンと会え」
レオンは、オルドの髪を、あのときのユージィンのように撫でながら言った。
「俺の代わりに会ってくれ。それで、できるなら、後悔しない道を選べ。――俺みたいに、選択の余地がなくなるまえに」
そのころルナは、ピエトを連れて、一週間ぶりの自宅にもどっていた。
あのあと、ミシェルは「クラウドのアホ」とさんざん言いながら、椿の宿からそのまま、真砂名神社へ直行した。画材一式と描きかけのキャンバスは、イシュマールに預けてある。一週間寝たきりの状態から起きたばかりなので、身体はだるそうだったが、ミシェルは絵を描きにでかけていった。
アズラエルたちは椿の宿に連泊だ。ニックはコンビニにもどったが、ベッタラや、なんだかやたら屈強な病院のpi=poがついてくれていたので、ルナは今度こそ、安心して置いてきた。
カレンとセルゲイは、カレンの検査のために、一度病院にもどった。
ルナは、この一週間、学校に行っていないピエトを学校に行かせようと思ったが、ピエトが真っ赤な目でルナにしがみつくので、ルナはしかたなく休むことを許した。
ピエトは一度ピピという弟を失っている。ルナやアズラエルが意識を失って昏睡していたことで、どれだけ寂しい思いを、怖い思いをさせたか。
ルナは今日一日、ピエトをべったり甘やかすことに決めたが、ちょっと出席日数が心配だった。
アバド病患者という手前、休みが多くなるだろうことは学校に告げてあるが、ピエトは最近、病気以外の理由で休んでばかりだ。
いっそ、家庭教師でもいいかなと思ったが、ともだちがいるので、学校には行きたいらしい。
ルナはシャイン・システムで一気にK27区へ移動し、ピエトと一緒にリズンに寄って、いっしょにお昼ご飯を食べた。そのころには、ピエトは、だいぶ明るさを取りもどしていた。
家に帰ると、ちこたんが出迎えてくれた。
『おかえりなさいませ。ルナさん、ピエトさん』
「ただいま!」
ルナとピエトの大きな声のお返事があったあと、ちこたんは大判の封筒を差し出した。
『郵便物が届いておりました』
郵便物というわりには、宛先が書かれていない。なんだろうと思って中を覗くと、学習プリントが数枚、入っていた。可愛いメモ用紙に書かれたメッセージも。
「ピエト、これネイシャちゃんじゃない?」
ルナが封筒とメモをピエトに渡すと、「……あ! ほんとだ、ネイシャだ!」と封筒からばさばさと音をさせて紙きれをだし、「算数のテストと国語のテストがはいってる」と嫌な顔をした。
「これ、とっくに勉強したやつなんだよ。簡単すぎてつまんねえ」
ピエトの言葉はおおげさではない。理科と算数は、ピエトは毎回百点だった。
「ネイシャちゃんが持ってきてくれたんだね。お礼の電話しなきゃ、ピエト」
「えーっ。いいよ、俺、明日学校に行ってからお礼言うよ」
「だめよ。今すぐ言わなきゃ。今できることは今するの!」
ルナが頬っぺたをぷっくりさせてピエトを睨むと、ピエトは渋々従った。
ネイシャは、ピエトが学校で最初にともだちになった子である。
ピエトのIQが、実はかなり高いということは、K16区の小学校に転校し、学力テストを受けてはじめて分かったことだった。
ピエトが宇宙船に乗ったばかりのころ通っていた、K19区の学校は、原住民や、貧しい子ばかりだったため、共通語を覚えることが最優先事項の授業で、学力テストなどはない。
ピエトが母星、L85で通っていた学校も、学力テストはなかった。だがピエトは、L85で、高校生レベルの授業を受けていたことが発覚した。
とくに数学方面の成績が抜群にいい。
校長先生は、ピエトを高校に行かせることを提案したのだが、ピエト自身が、小学校にいたがったのだった。タケルたちも、同い年の子どもに囲まれていた方がピエトも楽しいだろうと言って、その申し入れは断った。
ピエトの、「俺は傭兵になるんだから、頭なんかよくなくていいよ」の台詞に、貫禄あるおばさん校長は、「このIQで傭兵になるの!? ……もったいないわねえ」と嘆息したのだった。
ピエトのIQは、末は科学者か、研究者かというレベルだ。
校長は、ピエトが傭兵になりたがっているのは、ともだちのネイシャの影響だと思っているようだった。
ネイシャは、傭兵の子だ。自身も、「将来はでっかい傭兵グループを作る!」と宣言しているだけあって、運動神経抜群で、その年にしてはアタマもキレる、(ピエト曰く)かっこいいヤツなのだそうだ。
ピエトより頭ひとつ大きいかもしれない。腹筋だって割れている。毎日、腹筋や腕立てふせを二百回もやっていると聞いて、ルナはネイシャの将来像が、エマルに結び付いた。
女の子だが、性格もクールでかっこいいので、クラスでは憧れの対象らしい。
ルナも、ネイシャに感謝している。クラスの人気者であるネイシャが、ピエトに話しかけてくれたおかげで、ピエトはすんなりクラスに溶け込めたのだ。




