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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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204話 グレンとレオン Ⅰ 1


 クラウドはオルドを見送って、小さく笑んだ。


(手ごたえは、あったな)


 追い詰めすぎたかもしれないが、オルドはこの程度の話で右往左往するような人間ではない。混乱はするだろうが、時間を取って、整理がつけば、冷静に考えられるはずだ。この程度で潰されるようなら、アーズガルドにもどってもなにもできないだろうし、ララの眼力もクラウドの見立ても、たいしたことはないということだ。


「どうだった、按配(あんばい)は」


 ララが、隣の部屋からもどってきた。


「どうって、みんな聞いていたんだろ」

「可愛い坊やだったねえ――わたしの好みだ」


 ニヤニヤと笑うララにクラウドは嘆息し、「――まさか外見の好みだけで、今回の件、オーケー出したわけじゃないよね?」


「クラウド、おまえもまだ坊やだね。顔立ちはいいに越したことはないけど、あの坊やの健気なところがわたしは気に入ったんだよ」

「健気ねえ……」


 オルドの冷徹な顔を思い浮かべて、クラウドは首を傾げた。フードの中から現れた、寝癖つきの髪形は、女の子だったら可愛いというかもしれないが、生憎、そのケのないクラウドには、理解しがたい形容だった。


「怯えた顔して、わたしのことを見上げてさ――それでも一歩も引かなかった。あれは、ずいぶん大切な人間を持ってるね。あれは、自分の大切な人間のためなら自分を簡単に捨てられちまう子だよ。シグルスと似てる――」

「俺とも?」

「てめえはちがう。どの面下げてケナゲだよ。一度でも、あの子みたいに守ってあげたい顔をしてみろ。わたしの下半身を疼かせてみろ。顔だけ男が」


 ララは嫌そうに吐き捨てた。これでもクラウドは、ララのお気に入りの範疇に入っていたはずなのに。 

 クラウドは、自分が、ベッドで果物を食べさせてあげる係に落ち着いていた理由が判明し、逆に心底よかったと思ったのだった。


「ベッドに入ってくれるんなら、なんでも聞いてあげるけど、あの坊やはわたしが怖いだろ。膝突き合わせて話をさせてくれるなら、半分くらい交渉を譲歩してあげてもいい」


 クラウドは、上機嫌なララのために、ウイスキーのロックを新しく作った。


「それにしても、よく宇宙船に、アーズガルドの人間が乗っているって分かったね。おまえの脳みそには呆れるよ」


 クラウドは肩をすくめた。


「それは、単なる思い付きさ――今回のツアーには、カレンにグレン、軍事惑星の名家の跡取りがふたりも乗った。そして彼らの近くに“ヴァスカビル”がいる。ここまでカードが出揃っていたなら、ロナウドかアーズガルドも乗ってやしないかと思っただけだ」

「だからって、だれも、傭兵のガキがアーズガルドなんて気づきゃしないさ。名前もまるっきり別人じゃないか」

「――そうだね。まァ、それを見破ったあたりは、褒めてあげて」


 クラウドは苦笑いし、自分のグラスにも酒を足した。


「おまえ、真剣にわたしの秘書になることを考えておきな。席は空けといてやるから」

「完全失業したら考えてみるよ――それより、ララ。たぶんオルドは、アーズガルドを傭兵グループに潰されると思ってる」


「むごいねえ」

 ララは悲しげに言った。

「そんなことしやしないさ――まあ、アーズガルドの態度次第だけど。あの子の“甘え方”次第さ――わたしは」


 あの子がかわいけりゃ、わたしは白龍グループのほかの幹部も説得してやるよ、と特上の楽しみを見つけたように、ララはグラスの中身を呷った。


「アーズガルドとの交渉担当も君が?」

「わたしがやらなきゃ、だれがやるんだい」


 ララは不敵に笑った。


「傭兵は、軍部が消えて欲しいと願ってる――青龍幇(チンロンパン)なんかは、軍部と交渉などするなと言ってるよ。そりゃそうだ、交渉なんかしなくても、“乗っ取ってしまえば”いい話だ」


「……物騒だね。それが白龍グループの大半の意見かい」


「七割は単純さ。軍部は叩きのめせばいいと思ってる。ドーソンの力が激減した今がチャンスだってねえ……。だけど、コトはそう単純じゃない。そんなことになったら、百五十六代目サルーディーバにもらった忠告が、台無しになっちまう。白龍グループが、L55の“正義”を掲げた軍部に鎮圧されて終わりさ。おまけに、傭兵に対する悪い世論も、またうなぎ上りだ……ヤマトもメフラー商社も、味方はしてくれないよ。やつらも軍部と交渉することを望んでる。」


 ララの葉巻に、クラウドは火を点けた。


「クォンの白龍幇(パイロンパン)と、シュウホウの銀龍幇(インロンパン)だけは、わたしと一緒で“交渉派”。それに、白龍グループだけの問題じゃない。メフラー商社は、あのジジイはくせ者だが、アマンダじゃ、うちの奴らを黙らせることはできないだろう。だけど、ヤマトのアイゼンはね――アイツを怒らせるわけにゃァいかないからね――ウチの過激派どもを押さえてるのは、ヤマトだっていう、情けない話だ。三すくみさァ……まるで」


 ララは、首をすくめた。


「ふふ――こっちも七割がた、アーズガルドの滅亡は見えてる」

「……」

「残り三割で、あの健気な坊やがどうひっくり返すか見ものだね」

「三割?」


「一割は、あの子がアーズガルドにもどるかどうか。もう一割は、傭兵連合の“提案”が、L55に通るかどうか――通らないなら、アーズガルドは無事さ。わたしが通してみせるがね――最後の一割は、アーズガルド当主の“見込み違い”だ」


「見込み違い?」


「ヴォールドも周りも、ピーターが頼りないと思ってる。それがくつがえりゃ、状況も変わる。なにせアーズガルドは、存在感がないと言われながら、なんだかんだいって、三つの名家にかくれて生き残ってきた、老獪な一族だってことさ――」





 オルドは、震える全身を擦りながら、タクシーに乗っていた。


「お客さん、寒いかい」と運転手がエアコンを弱めたが、オルドの震えは止まらなかった。


 恐怖ではない、動揺か――クラウドと肩が触れるほど接触した際に、盗聴器でもつけられていたらと全身をさぐったが、それらしきものは出てこなかった。


(あの野郎、レオンの任務が終わったら、俺が消してやる)


 聞かずともいい話を聞いた。オルドはつくづく後悔した。金龍幇(コンロンパン)の頭領を見るためだけに、ノコノコついていった自分を。


 オルドは追跡を撒くために、K16区でタクシーを降り、K06区には徒歩で向かった。

 追われている気配はなかったが、オルドは、いまだかつてなく周囲に注意を払った。


 K06区は、いつ来ても気が殺がれる外観の区画だ。介護が必要な老人や、身体障がい者がすむこの居住区に、まさかアンダー・カバーの傭兵が紛れているとはだれも思わないだろう。可愛い花々に囲まれた道を、険しい顔をして歩くオルドを、皆が怯えたように避けていった。


 オルドは、一軒の小さな平屋にたどりつく。ルナが「ここに住みたい!」と叫んだ、りんごの木がある庭つき一戸建てだ。


 オルドは、情けない気分にしかならない、マヌケ面のきのこの郵便ポストの中に手を突っ込んで鍵をさぐり、合鍵を使ってドアを開け、すばやく後ろ手でドアを閉めた。

 

「どうした、オルド」


 オルドの焦った様子に、レオンを車椅子に乗せていたライアンが、驚いて目を丸くしている。メリーもだ。


 “テセウス”の後遺症で、身体が思うように動かないレオンは、この区画にいても違和感はなかった。ほとんど外に出られないレオンを、オルドたちは交代で車いすに乗せて、散歩させていた。


「ライアン、アジトをもう一ヶ所増やそう」

 オルドは、息を弾ませながらささやいた。

「クラウドに接触された。俺たちが、レオンと乗ってることもバレてる」


「……え!?」


 叫んだのは、オルドに水を持ってきたメリーだった。

 ライアンは、眉をひそめただけで冷静だった。レオンも、反応はない。


「ライアン、散歩はあとにしよう」


 レオンの言葉に、ライアンはうなずいた。

 オルドはメリーからペットボトルをひったくり、半分ほど飲み干した。


「オルド、あんた酒臭い。どれだけ飲んだの――それに、敬語どうしたのよ。ライアンに敬語使おうっていったのあんたじゃない。部下にシメシつけるためにって」


「今は、おれたちだけなんだからいいだろ」

 ライアンは軽く言った。

「それで、クラウドに接触されたってどういうことだ、話せ」


 オルドは、クラウドに連れられて株主総合庁舎に行き、聞いてきた話を、すべて話した。

 ララと防衛大臣との会話も、それから、クラウドがした話も。

 ――ロナウドの、計画も。

 そして、最後に、クラウドがオルドに耳打ちした、ララと防衛大臣との、交渉の内容も。


「……傭兵グループが、そんなことを企んでるのか?」

 レオンがつぶやいた。


「ああ」


 オルドはいつものように、自身の主観を交えず内容だけを報告した。頭の中は混乱でパニックを起こしていたが、彼らに順を追って話すうち、自分でも整理がついてきたのか、震えは止まってきた。


 ライアンが肩をすくめ、「あり得ねえ話じゃねえな。ドーソンの弱体化を考えりゃ、老舗グループが行動を起こすのも分かる」と言った。


「なァ、レオン。いっそのこと、任務は中止したらどうだ」


「なに言ってんのボス!?」

 メリーが素っ頓狂な声を上げた。


「ユージィンは、おまえがあと、三年も生きられねえことを知ってる。まさか、おまえまで連れもどそうとはしねえだろうさ」

「だからって――任務を中止なんて――ドーソンが何をしてくるか――」


 メリーの声には怯えが交じっていた。だが、ライアンは平気な顔だ。


「やめようぜ、レオン。グレンを殺したって、なにかが変わるか? エーリヒを見張って、何も出てこなかったら? どっちにしろ、任務は抜きにして、おれがエーリヒを張ってやる。ユージィンとのつなぎもおれが受け持つよ。おまえは死体になれ。おまえは死んだとユージィンに告げれば、ぜんぶ収束だ。これは不自然な嘘じゃねえ。おまえの寿命は、もうたいしたこと――」


「やめて、ボス!」

 メリーが引きつるような叫びをあげた。

「それは知ってる。知ってるけど、何度も言わないで!」


 ライアンは、メリーに「すまん」と詫びたが、前言を撤回することはなかった。


「おまえは、もう任務のことも、グレンのことも、あきらめろ。それで、みんなで地球に行って、仲良く暮らそうぜ。今みてえに」

「……」


 うつむいたのは、メリーだった。うつむき、(すく)い上げるような目でレオンを見る。


「――ユージィン叔父は、そんなに甘い男じゃない」

 レオンは言った。

「俺は三年もせずに死ぬ。メリー、ライアンの言うことはもっともだ。だが、ユージィン叔父は、冷酷で、最後の詰めを絶対にあやまらない男だ。俺が死んだという証拠を見せろ、死体を送り返せと言ってくるはずだ」


「……!!」

 メリーの肩が、ビクリと震えた。


「ウソがばれたら、大変なことになる。おまえたちが地球に着いたって、任務を放棄した償いはさせるはずだ。俺は、おまえたちには、地球で無事に暮らして欲しいんだ。俺がいない世界で、おまえたちがユージィン叔父に捕らえられることを想像したらぞっとする。だから、任務は続行する」


「……」

「おまえたちを巻き込んですまない」

「……おい。それはなしだと言ったろ。そんなことを言うなら、おれはもう、何も言わねえ」


 ライアンは、ほんとうにそれ以上何も言わなかった。


「ボス!」


 メリーが怒鳴り、「な、なんだよ……」とライアンが怯んだ声を出す。


「あんたがロビンなんかとくっだらない仕事してっから、そっちから、クラウドに漏れたんじゃないの!? ロビンとクラウドが仲間なの、知ってんでしょ!!」


「いや、それはない」

 ライアンが何か言うまえに、レオンが否定した。

「クラウドがオルドに接触したのは、ライアンのせいじゃない」


「だって――」

 メリーが口を尖らせたが、レオンはおだやかに言った。


「クラウドが、オルドに接触した理由はクラウド本人が話しているじゃないか。クラウドは、オルドに、アーズガルドにもどれと言ってるんだよ。――アーズガルドを救うために」


「――!!」

 オルドの表情が、ゆがんだ。


「オルド、アーズガルドにもどる気はないのか」

「!!」


 まさか、レオンにそんなことを言われるとは、という顔だ。オルドの目が彷徨った。レオンの信じられない言葉に、あきらかに動揺していた。


「……俺は、アーズガルドにもどる気はないと、クラウドにも言った」

「……」


 ライアンは、腕を組んでオルドを見つめていた。

 レオンは、かつてのレオンとは違う顔、違う声で、かつてのレオンと同じやさしさを持った口調で、言った。


「俺の頼みでも?」

「――っ!?」


 めのまえの、車いすの男は、かつてのレオンとはちがう顔だ。この顔に慣れるまでに、オルドはだいぶかかった。


 “テセウス”という法律違反の科学技術でよみがえり、別の顔を持って生まれ変わった。――任務のために、宇宙船に乗せられて、あと二年弱しかない命を、ドーソンのために捧げようとしている、レオン。


「オルド――アーズガルドは間に合う。おまえがいれば、きっとまだ、間に合う」

 レオンは静かに言った。

「これ以上、大切な人をなくしたいのか」


「……っ、レオ……」


 オルドは唇を震わせたが――次の瞬間には、レオンの肩をがっとつかんだ。


「レオン、あんたが会え!!」

「俺が? だれに?」

「グレンにだ。あんただってまだ間に合う! クラウドが、グレンと話す席を用意した。ほんとうは――あんたが話すべきなんじゃないのか!?」


 レオンが課された任務は、ほんとうに必要なのか。レオンとグレンが腹を割って話し合い、昔のように理解し合えれば、――グレンを消す必要なんてなくなる。


 だがレオンは、首を振ってオルドの肩を抱いた。


「無理なんだよ。俺とグレンは、とっくの昔に決裂してる」

「……」

「グレンを消したいと願っているのは俺の意志だ。アイツは、俺たちを捨ててひとり宇宙船に逃げた。それは許せない」


 ライアンもメリーも無言だった。オルドも知っていた。だが、言わずにはいられない。


「もっと話すべきだ。分かりあえるまで!」


 レオンもグレンも同じだ。傭兵が好きで、傭兵と軍人が、手を取りあえる世界を――いや、傭兵の友達と、対等でいたかっただけだ。どちらが下とか上ではなく――。

 

「なあ……いっしょに地球に行って、暮らそう。レオン。ライアンが言ったみたいに……」


 オルドは震える声で言った。メリーが涙ぐんでいた。


「グレンのことも、ドーソンのことも忘れて……」




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