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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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203話 オルド・K・フェリクス 2


「ヤマトやメフラー商社に泣きついても、返ってくる言葉はわたしの言葉と同じだと思え。ブラッディ・ベリーもナンバー9も、あの辺の大手グループは、メフラー商社の息がかかっている。数多ある傭兵グループを、いっせいに戦争の真っただ中から引かせてやろうか、今すぐ」


 防衛大臣だけではなく、周囲の官僚らの顔色も変わった。


「傭兵をつかえるときだけつかっておいて、うまい汁はぜんぶ軍部に吸わせようってのかい? L55はそういう魂胆(こんたん)か」

『それは、極論だよ……』

「じゃあためしてみるか。まずは白龍グループから――わたしの電話ひとつで、L4系の要所から撤退する――」


 ソファの男が携帯電話を手にした瞬間、あわてたように防衛大臣は『待て!』と言った。


『分かってくれアイザック。傭兵たちを使い捨てにしようって言うんじゃない。だが、君の提案は無茶苦茶すぎる』


 防衛大臣はスクリーンの向こうで必死にとめどない汗を拭き、水を口に含んで、カラカラに乾いた喉を潤した。


『君たちには感謝している、ほんとうにだ。君たちが居なかったら、今のL系惑星群の平和はないだろう――L18がなかなか機能せん今、君たちは君たちで動いてくれといったのは、たしかに私だ――だが、その要求は、傲慢(ごうまん)過ぎはしないかね。世論は? アイザック、君ならわかるだろう、世論を無視できないことを。傭兵が権力を持つことを、安全ではないと考えるものはいまだに数多くいるのだ。君たちも保証できるのか、それを。絶対の安全を――』


「絶対、なんてものはどんな世にもありはしない」


 ソファの男は言い切ったが、防衛大臣は首を振った。


『“君のいう条件を呑む”には、その“絶対”が不可欠だ。アイザック。でなければ、中央星会はうんとは言わない』

「この現状が、君たちのいう“絶対”に近いとは思わないか」


 男は葉巻の煙をゆったりと吸いこんだ。男には余裕がある。防衛大臣にはない。


「軍部なしでも、傭兵グループは傭兵たちをまとめあげ、まるで規律正しい“軍隊”のように機能させている――そう、L4系の原住民の反乱を、見事、おさえている……」


 防衛大臣は、何度もうなずき、私は君たちを買っているのだよという姿勢を、こわばった笑いとともに見せた。


『そのとおりだ、そのとおりだよアイザック。だがな――その“要求”はまだ、早すぎる。時期尚早(じきしょうそう)というやつだ――ロナウドとマッケランも、さすがにその要求は呑まんだろう』

「アーズガルドはどうかな」


 ソファの男から出たアーズガルドの名に、オルドの肩がピクリと動いた。


『アーズガルド? アーズガルドなど一番に反対するだろう。アーズガルド家単体で、君たち傭兵グループを圧倒する力などない。“L18から追い出されると分かっていて”だれがうなずくかね?』


「おいおい……わたしたちはまったく信用がないんだな」

 ソファの男の声が、今度は呆れ声になった。

「わたしたちは、十分すぎるほど、貢献してきたと思っていたよ、軍事惑星群にも――L55にも」


『待ってくれ。だから、君たちを認めていないわけではない』

 防衛大臣の顔は、焦りで真っ赤だった。

『だがもっと――譲歩を、』


「それこそ、無茶な要求だエイブ」


 ソファの男が威圧したのは、オルドにも分かった。スクリーンの向こうの連中の身体が、そろいもそろって竦んだからだ。


「君たちは、傭兵が(しいた)げられてきた歴史をまるで理解していない。傭兵擁護派だのなんだの、それこそが差別だと思ったことはないか。今さら、“軍部の提案”などに乗ると思うか。どこの傭兵が? そんな、上から目線の提案に?」


 防衛大臣は、今にも失神しそうだった。


「軍部とうまくやってる傭兵はいくらでもいる。だがな、そんなのはごく少数だ。傭兵の大多数が、いまだに軍部に恨みを持っている。同じだよ――世間の大多数が、傭兵は野放しにすると危ない存在だと思っているようにね」


 絶句してしまった防衛大臣と、ソファの男の会話は、小さな休憩をはさんだ。どうひいき目に見ても、交渉は、ソファの男が有利に運んでいる。


 やがて、根負けした防衛大臣が、ハンカチを額に当てたまま、『……要求は、中央星会で審議してみる』とようやく言った。


『だが、認められるまでには相当かかるだろう』


 審議を通らん可能性も、といいかけて大臣は黙った。交渉が決裂すれば、ふたたびこの一筋縄ではいかない男に、スクリーン越しに嬲られ続けるのだ。


「かまわんさ。こちらも信頼に足るよう、実績を積む時間が増える」

 ソファの男は大らかに笑った。

「心臓がわるいようだなエイブ?」


 防衛大臣は真っ赤な顔からさらに青ざめたが――笑みを刻むことを忘れなかった。


『君が無茶を言いすぎるからな』

「よく効く薬を送ろう。ではな。いい返事を期待している」


 防衛大臣が、おざなりに手を挙げて、秘書に支えられながら会議室を退出していく。スクリーンは自動で切れた。


 オルドは、頭の中で話の内容を整理しきれていないまま、呆然と佇んでいた。


 結局、最後まで聞いてしまった――いったい、どんな意図でクラウドは自分をここへ連れて来たのか――真意はいまだに、分からないままだ。


 このやりとりの一幕は、軽々しく、関係者以外に聞かせていい内容ではない。だが、オルドは、自分がアーズガルドの人間だから、この話を聞かされているのだと、頭のどこかでぼんやりと認識していた。


 ソファの男が立った。オルドは、彼の隣に秘書が控えているのにやっと気づいた。秘書の存在に気付かなかった。それほどまでに、今までの会話が、大きくオルドの意識を支配していたのだ。


「彼が、白龍グループ、金龍幇の頭領だよ」


 オルドの予想は、クラウドの台詞で正解だと認められた。ソファから立って、上着をひっかけた金龍幇の頭領は、葉巻を咥えたまま、まっすぐにクラウドとオルドの方へやってくる。


 目鼻立ち端正で、細身の男だ。クラウドより背は低く、体格的にはオルドと似たり寄ったりだ。だが、おそろしいまでの迫力で、彼はずっと大きく見えた。オルドは、彼の前に(ひざまず)きそうになるのを必死で堪えた。


「クラウド、こいつがおまえの言っていた、アーズガルドの若造か」

「そうだよ、ララ」


 クラウドが小さくうなずくと、頭領は頭の先から足の先まで、値踏みするようにオルドを眺めた。オルドは、うつむかないようにするのが精いっぱいだった。緊張と圧力で、喉が干上がっていく。


 オルドを品定めした頭領は、オルドの肩をポン、と一度叩き、

「アーズガルドは、おまえが“()ぎ”な」

 そういって、オルドたちの後ろの赤いレザーのドアではなく、別の部屋に通じるクルミ材のドアの向こうに去って行った。


 オルドは、頭領が秘書とともに消えたドアを、目で追った――喉は、カラカラに乾いていた。

 言われたことが、脳内でつながらない。いったい、彼はなにを言った。

 金龍幇の頭領は――なぜ俺に。


(アーズガルドを継げ、だと?)


 防衛大臣にも無茶だと言われていたが、あの男はどうも無茶な要求が多すぎるようだ。

 アーズガルドには、ピーターという立派な直系の跡継ぎがいる。祖父がユキトのいとこで直系ではなく、しかも母親が傭兵であるオルドに、どうやって跡を継げというのか。

 それになにより、オルドにアーズガルドにもどる意思はない。


「まあ、座れよ」


 いつのまにか隣から消えていたクラウドは、勝手にサイドボードからグラスと酒を取り出し、ソファに座っていた。ララが座っていた場所とはべつに、大人数向けのソファが、部屋の西側にコの字を描いている。


 オルドはフラフラとソファに座り、クラウドが注ぐ酒のグラスを見ていた。

 塊の氷をロックグラスに入れて、ウイスキーを注ぐ。芳香だけで、ずいぶんいいものだとオルドにも分かった。クラウドは先にグラスを掲げて呷る。


「君がさっき、すぐ席を立っちゃったせいで、ビールが一口しか飲めなかった」


 オルドも気付け代わりに、グラスの中身を一気に呷った。一気飲みするのが惜しいほど、いい酒だった。だが、アルコールを体内に入れたおかげで、すこし気分が落ち着いた。


 どうしてクラウドが金龍幇の頭領と知り合いなのか、ここの酒を好きに漁る勝手も許されるほどの関係に至った経緯は。


 それに、肝心の、さっきの会話の内容――。


 聞きたいことはあまりにあったが、オルドの口から、勝手に言葉が出ていた。


「……どうしてあの男は、俺にアーズガルドを継げなんて……」

「“継げ”、じゃなく、“接げ”だな。きっと――正しくは」


 クラウドは、何も教えずにオルドをここに連れて来たわけだが、意地悪をする気はないようだった。


「単純に言えば、君は金龍幇の頭領に認められたんだ。たとえば、この先、白龍グループとアーズガルドが、なんらかの交渉をしなければいけなくなった事態になったとき、君の話なら聞く、と、彼は言外にそう言っているわけだよ」

「……!」

「つまり裏を返せば、君以外の話は聞かない。君以外のアーズガルドが来たって、白龍グループは話し合いにも、交渉にも応じないってことさ」


「……俺は」

 オルドは、被ったフードの陰をますます深めてつぶやいた。

「俺は、アーズガルドに帰る気はねえ」


 オルドの母親は傭兵だ。


 学生時代、オルドの父親と恋に落ちて、卒業前にオルドを産んだ。オルドの父親は傍系と言えど、アーズガルドの人間で、結婚はできなかった。


 母親は、「あの気弱な男が、周囲の反対を押し切ってまで、あたしと結婚しようとするわけないでしょ」と割り切っていた。


 母親は、オルドの父親をバカにはしていたが、恨んではいない。彼女はさっぱりとした性格で、生まれたてのオルドをあっさりアーズガルド家に手渡し、自分はオルドのいない十二年間、さまざまな男と遊びまくって、やがてひとりの男を見つけて落ち着いている。実に傭兵らしい女だった。


 十二年後、家出してきたオルドを(いと)うでもなく家に置いてくれたし、オルドは母親にも、母の再婚相手の傭兵にも、ふたりの間にできた妹にも感謝している。


 オルドの父親は、気弱な男というよりかは、アーズガルドの血脈を体現しているかのような男だった。 


 ある意味、狡猾(こうかつ)で冷静で、状況判断にたけていて、決して情に流されない人間だ。アーズガルド家の生き残りのために、あるときは日和見(ひよりみ)の姿勢を貫き、あるときは気弱な男を演じて見せた。


 オルドの父は、決してオルドの母を愛していなかったわけではない。だから彼は、オルドを引き取りたがったのだ。


 だが、自分の恋よりも、保身を選んだのは事実だ。そういう男だった。


 だから彼は、ドーソン一族の更迭に巻き込まれた形で、今L11の監獄星にいる。

 父親だけではない。ドーソン派のアーズガルドの人間は、だいたいL11に投獄されている。


 オルドの祖父は、ユキトのいとこで、ブライアン・K・アーズガルドという名だ。


 オルドは、父は苦手だったが、祖父は大好きだった。

 祖父のおかげで、オルドは傭兵差別主義に育たなかったと言っていい。


 祖父から、ユキトの話をよく聞いた。父も、アーズガルドのほとんどの者が、それをよくは思わなかったけれども。


 祖父は、ユキトと仲はよかったが、第三次バブロスカ革命には加担しなかった。むしろ、ユキトたちを止める側の人間だったと語った。


「革命は、多くの血が流れる。何かは変わるかもしれないが、私はだれかの血が流れることは、嫌なのだ。血を流さないで済む方法があれば、結果が出るまで時間はかかっても、私はそちらを選ぶ――そんなことは、ユキトたちを見殺しにした私が言えることではないけれど」


 オルドは、祖父の言葉は、よく覚えている。


 祖父は、狡猾というより賢かった。状況判断にもたけていて、革命は成功の見込みがないと分かっていた。冷静で、情に流されず、ユキトの仲間に「臆病者」と(ののし)られながらも、彼らの行動を止めた。


 祖父は自身を日和見で気弱だと言ったが、その実態は、オルドの父とはまるでちがった。


 オルドの父は、面倒なことになるのが嫌なだけで、祖父は、いつでもユキトたちと、それから自分の一族を(おもんばか)っていた。


 同じ行動をしていても、祖父と父では、行動原理がまるでちがっていた。


 祖父は、「第二次バブロスカ革命」の、ドーソンの男をよく例に出して、オルドに語った。ユキトは首謀者であるロメリアを自身に重ねていたが、祖父は、彼を尊敬していた。


 祖父の言うドーソンの男は、革命には加わらず、革命の首謀者たちを止めたが、もう手遅れだった。彼は革命終息後、ひとり、サルーディーバについてL05に行き、革命に散った仲間の冥福を祈ったのだと。


 祖父は、彼の名を知らなかった。第二次バブロスカ革命の記録は現存しない。ユキトが革命を起こすきっかけになった、「ロメリアの日記」は、ユキトが地球行き宇宙船に持っていき、地球で燃やしてしまった。


 もちろんオルドも、読んだことはない。


 オルドは、祖父もユキトも――そして、名も知らない、祖父の話に出てくるドーソンの男を畏敬(いけい)している。


 祖父は、思想だけはユキトと似通っていた――行動は違っても。


 だから、祖父だけが、オルドの母親を悪く言わなかった。

 父でさえ、親戚やドーソンのまえでは、オルドの母親と恋仲であったことを恥だと言うこともあったのに。


 アーズガルド家でオルドを愛してくれたのは、祖父と、ふたつ上のアーズガルド本家の跡取り、ピーターだけだ。


 父が結婚した貴族軍人の女は、オルドにはつめたかった。よくある話だ。


 オルドはいつでもアーズガルドを出て行きたかったが、祖父とピーターがいるから我慢していた。


 オルドは母の顔も知らず、ヴォールドの名で、十二歳までアーズガルドの人間として暮らしたが、祖父が亡くなったのをきっかけに、家出した。


 父は一度だけ呼びもどしに来たが、オルドの決意が固いことがわかると、「好きにしろ」と言って、籍を外してくれた。


 あのときも、泣きながら止めてくれたのは、ピーターだけだった。


 ヴォールドは、オルドと名を変え、姓も母親の方のフェリクスにした。頭の方も悪くなかったので、アカラ第一軍事教練学校にすんなりと入ることができ、学校でライアンたちと知り合い、彼の傭兵グループに入った。


「俺は、アーズガルドに帰る気はねえんだ」


 オルドはもう一度言い、今度はクラウドの目をまっすぐに見ながら言った。


「もどったところで俺はつげない。アーズガルドにはピーターがいて……、いや、それ以前に俺は、アーズガルド内では傭兵の子と蔑まれていた。もどったところで、なにもできやしねえ」


 だれも、俺の話を聞くやつはいない。どんなに得な話でもな、とオルドは言った。




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