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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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203話 オルド・K・フェリクス 1


 ルナがウサ耳をぴこぴこさせ、足をぶらぶらし、落ち着きなくパフェを食べているときだった。椿の宿の女将マヒロが、ルナに電話だと言って、呼びに来た。


「でんわ? だれからですか」

「どこかで聞いた声ですけれども、――ルナさんにと」


 ルナの携帯電話にではなく椿の宿の電話に?


 ルナが椿の宿にいるとわかっている人間には限りがある。ルナはぽてぽてとフロントのそばにある電話までいき、受話器を取って、保留ボタンを解除した。


『――ルナちゃん?』

「クラウド!?」


 ルナは思わず叫んでしまった。食堂で同じく、もくもくとパフェを食べていたミシェルが、ネコ耳をぴんっと立たせるのをルナも見た。


 ミシェルではなくどうして自分を呼んだのか。クラウドは今いったい、どこにいるのか。ルナがそれを聞くまえに、クラウドがぜんぶしゃべってくれた。


『ごめん、俺がいる場所はまだ言えない。だけど、明日一回、うちに帰るよ』


 いつのまにかミシェルがそばに来ていたが、ルナに代わってとはいわなかった。


「あした?」

『うん。それで、ルナちゃんにお願いがある。俺とミシェルの部屋でもいい、ルナちゃんたちの部屋でもいいから、ホーム・パーティーの準備をしておいてくれないかな』

「ホ、ホーム・パーティー?」


 突然いなくなったと思ったら、突拍子もないことを頼んでくる。やっぱりクラウドだ。


『うん。実は、グレンとカレンに、会わせたい人がいる。それで、いつものメンバーは呼んでかまわないけど、リサちゃんやキラちゃん、レイチェルたちは、今回は呼ばないで。そうだな……このあいだの真砂名神社で起きたできごとを話せる人間だけ』


 ルナはこくりと喉を鳴らした。となりで、ミシェルも電話の内容を聞いている。


「わ、わかった……クラウドはだれを連れて来るの」

『ルナちゃんたちが知らないやつさ』


 ルナはミシェルと顔を見合わせた。どちらにしろ、ただのホーム・パーティーでないことは伺えたが。


「グレンとカレンに、会わせたい人がいるのね?」

『ああ。だから、カレンもグレンも、明日の夜はかならず、ホーム・パーティーに出席していてほしい』

「う、うん! 伝えておく!」

『じゃあ、頼んだよ、ルナちゃん』


 クラウドは、あっさり電話を切った。

 ミシェルは、ルナの隣で、いつものルナのように盛大に頬っぺたを膨らませていた。


「……ずいぶん薄情じゃない。あたしに、ひとこともなしってわけ?」


 いつもは、嫌だって言ってもベタベタ引っ付いてくんのにさ! とミシェルは怒りながら、食堂にもどって行った。


(ほんとにどうしたんだろう、クラウドは)


 ミシェルにも内緒で、いったいどこへ行ってしまったのか。いつものクラウドだったら、何は置いても、ミシェルは連れていくはずだ。


 ルナはミシェルの後ろ姿を眺め、切れてしまった受話器を慎重にもどし――「たいへんだ! おおいそがしだ!」とウサ耳をピーン! と立たせ、叫びながら、パフェを食べ終わってヒマそうにしているカレンの元までもどった。


 クラウドからの伝言を、伝えるために。





 電話を切ったクラウドは、ミシェルの声を聞けばよかった、でも聞いたら、ミシェルに今すぐ会いたくなってしまう、などとウジウジ考えながら、湿っぽく公衆電話の受話器を置いた。


(明日の夜会えるわけだし、我慢だ、我慢)


 K34区の公衆電話ボックスから出た彼は、夜に比べてずいぶん閑散とした昼間の街を、早足で歩いた。


 ラガーのネオンのまえを通りすぎ、四、五軒行った先で、地下に降りる階段を下った。コンクリートで固めた殺風景な壁の奥に、クラウドがやっと一人通れるくらいの狭いドアがあった。


 薄暗い店内は、カウンターが四席あるだけの小さな店だ。愛想のないマスターが、ちらりとクラウドを一瞥した。客は、奥の席に、フードを目深くかぶった男がひとりいるだけ。


 クラウドは、「アイリッシュ・ビール」と言って、男の隣に腰掛けた。フードの男は胡散臭(うさんくさ)げにクラウドを見て、すぐ酒に視線をもどした。


「オルド・K・フェリクスだよね?」


 紙のコースターに乗ったロンググラスが、クラウドのまえに置かれた。ビールの味は悪くなかった。


「――何の用だ。クラウド・A・ヴァンスハイト」

「君、俺がだれか知ってるの」

「驚くことか。あんただって俺の名前、教えてもいねえのに呼んだじゃねえか」


 オルドは残りの酒をさっと飲み干して、立った。しわくちゃの紙幣をカウンターに置くと、店を出ようとする。


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 クラウドは一口しか飲んでいないビールをコースターにもどし、同じく紙幣を一枚、カウンターに置いてあとを追った。

 逃げるようにオルドは階段を上がったが、クラウドもすぐに追いついた。


「ちょっと待ってくれ、“ヴォールド・B・アーズガルド”!」


 オルドの逃げる脚がピタリと止まった。


「――何か用か」

「用があるから、呼び止めてるんだ、さっきから」


 クラウドは、やっと話ができそうだと思ったが、オルドの警戒した目つきは変わっていない。


「俺に? 元心理作戦部の男が何の用だ」

「俺のもと職場は関係ない」

「だとしたらなんだ。あんたの近くにはグレン・J・ドーソンや、カレン・A・マッケランがたむろしてるそうだが? 俺は、そいつらとは何のかかわりもない。俺はたしかにアーズガルドの姓は持っていたが、今はフェリクスだ。嫡子同士で仲良くしたいなら、ピーターを呼べ」


 ピーターとは、グレンやカレンと同じく、アーズガルド本家の“嫡男”だ。

 つまり、現アーズガルド家当主。


 クラウドは、「なあ」と口調を和らげた。


「俺は、悪意があって君を探し出したわけじゃない」

「善意でも、歓迎しねえな。放っといてくれ」


 オルドの反応は冷淡だった。


「心理作戦部の人間に探し出されるなんざ、悪意しか感じられねえよ」

「ひどいな」


 クラウドはオルドが逃げないように二の腕を掴みながら、やっと言った。


「君は、グレンと話がしたいはずだ」

「……!」


 オルドが、クラウドを睨んだ。そして、警戒をさらに強めるように、クラウドの腕を振り払い、「……なにを知ってる」と凄んだ。


「そんなに警戒するってことはさ――君たちは、仕事で宇宙船に乗っているのか? ――いや、俺は何の仕事で乗ったのかなんて、聞きたいわけじゃない。君たちが宇宙船に乗っている理由には、正直興味がない。そっちに興味があるなら、君たちはアンダー・カバーのメンバーで乗ったんだから、ボスのライアンに聞く」

「……」

「俺が用があるのは、君だ。ヴォールド。アーズガルドの姓を持っている、君だ」


 オルドはクラウドを睨み据えたまま、固い声で拒絶した。


「……アーズガルドに用があるなら、ピーターを呼べと言っただろう。俺は、本家とは遠い上に、おふくろが傭兵だ。おまえのことだから、調べ上げてるんだろ」

「ああ」

「だったら、俺に声をかけるのは筋違いってモンだ」

「そうでもないさ。まだ君は、俺の用件をちゃんと聞いていないだろ」

「……?」


 オルドは、ますます胡散臭いヤツを見る目でクラウドを見た。


「会わせたい人がいるんだ。――ああ、いや、グレンじゃない。俺についてきてくれないか」

「……」

「警戒しないでくれ。俺は、さっきから何度も言ってるように、君たちの仕事には興味がない。したがって、何の仕事で乗っているかも知らない。調べていないし、詮索(せんさく)する気も、邪魔をする気もない。俺は、アーズガルドの血を引く君に、用がある」


「いったい……なんだってンだ」

 オルドの顔に困惑が現れた。蝋人形(ろうにんぎょう)のような固い顔に。

「俺から引き出せることなんか、なにもねえ」


「引き出そうとしてるんじゃない。君からなにかを奪おうなんて、思っちゃいない。俺は、これから会う人物に君が接して、君がどう思うかを知りたいだけだ。それから行動を決めるのも、君の自由だ」

「だれに会わせようとしてるんだ」


 クラウドはちょっと迷ったあと、名を口にした。


「白龍グループ、“金龍幇(コンロンパン)”の頭領だよ」





 オルドがクラウドのあとをついてきたのは、素直に告白すれば、金龍幇の頭領の顔を見られるという興味からだ。クラウドに対して警戒は解いていない。


 軍事惑星群でもっとも古く、もっとも大規模な傭兵グループである白龍グループは、白龍幇をトップとして、金龍幇、銀龍幇、黒龍幇、青龍幇、紅龍幇、黄龍幇……とそれぞれに組織分けされ、各頭領がいる。


 無論、(パン)の頭領は白龍グループの幹部で、顔は滅多に拝めない。ライアンですら、幹部の顔は一人も知らない。幹部の顔を知っておくのは、のちのち、アンダー・カバーの活動においても有利になるだろうと思ったからだった。


(アンダー・カバーだって、この動乱期に、明日はどうなるかわからねえ……)


 白龍グループのような大きい組織の幹部につなぎを作っておくのは、悪いことではない。

 アンダー・カバーのナンバー2として、オルドはそう考えたのだった。


(しかし、コイツが、金龍幇の頭領と知り合いだとは……)


 クラウド・A・ヴァンスハイトは、今回の仕事に関していえば、一番の要注意人物だった。その尋常でない記憶力で、アカラ第一軍事教練学校の生徒を、ひとり残らず覚えている可能性もあった。となれば、恐らくライアンや、メリー、オルドの顔も覚えていることだろう。


 クラウドが、オルドたちの仕事に興味はないと言った言葉を、オルドは信じているわけではない。


(たしかに俺たちは、グレンの動向をさぐるために宇宙船に乗った)


 クラウドは、オルドに、「グレンと話をしたいはずだ」と言った。


(コイツは、どこまで知っているのか)


 オルドは、個人的にグレンと話してみたかった――それは事実だ。だが、それをほんとうにすべきなのは、レオンだ。

 ライアンも、オルドも、できることならレオンとグレンを逢わせてやりたかった。だが、レオン自身がそれを望まない。


(任務でさえなけりゃ)


 ――レオンは、グレンの前に「顔」を出すことができない。


 クラウドとオルドは、互いにひとことも交わさないまま――ふたりを乗せたタクシーは、中央区に入った。


 中央区役所と隣接する、宮殿染みた建物の門を、タクシーは潜っていく。レンガの真白い道路をタクシーは進み、宮殿の玄関まえで、ふたりを降ろした。


「……ここはなんだ」

「株主総合庁舎だよ。宇宙船の筆頭株主が利用している施設だ」


 なぜそんなところにクラウドが入れるのか。

 オルドは知りたかったが、黙ってクラウドのあとをついていった。玄関先の警備員に、クラウドがパスカードらしきものを見せているのを横目で眺めた。


 クラウドは簡単に通される。そのことに軽い衝撃を覚えながら、オルドも回転ドアを抜けた。ボディチェックは、回転ドアをくぐるときに、ドアの上に設置された最新式のシステムがやってのけた。オルドは玄関先で、警備員に銃を手渡した。


 ホテルにも似た広いロビーを突っ切って、まっすぐエレベーターに向かう。

 オルドもエレベーターに入ったところで、クラウドは五階のボタンを押した。


 ふたりは終始無言だった。エレベーターが五階に着き、クラウドはやはりまっすぐに、上質な絨毯の床を、目的の場所に向かって歩いた。


 目的地はエレベーターを出て、すぐの部屋だ。赤のレザー仕様の重厚な扉を、クラウドはためらいもなく開け、オルドにも入るよう促す。


「……そっちがそういう考えなら、こっちもやり方を変えなきゃいかんってことだよ」

『どういう意味かね、アイザック』


 三百平米もあろうかという広い室内で、すぐ目につくのは、巨大なスクリーンだ。


 スクリーンに映る初老のスーツ姿の男を、オルドは知っていた。知らぬはずはない、L系惑星群で普通に社会生活を営んでいるなら、だれでも顔は見知っている――名前と顔と、役職が一致しなくても――L系惑星群の防衛大臣の顔だった。


 ニュースや新聞でよく見る、あの顔だ。


 防衛大臣と話しているのはだれだ。ソファの背しか、オルドには見えなかった。


 会話の内容から、オルドは交渉だと悟った。L55の高官と、だれかが交渉しているのだ。


 いったい、この一幕はなんだ。


 オルドはクラウドを睨んだが、クラウドは、黙って話を聞けとでもいうように、なにも答えずスクリーンのほうを向いた。


「どういうもこういうもないさ。あんたたちがそういう考えなら、白龍グループはL4系の星から一斉に手を引いてやる――そう言ってるのさ」


 スクリーンの中の男が、大げさにため息をついて首を振った。


『そんな乱暴を言わんでくれ、アイザック』


 防衛大臣は、たいそう疲れた顔で、もう一度男の名を呼んだ。


「あんたは分かってるはずだ。L4系の星から白龍グループが手を引く。――系列の傭兵グループもすべてだ。そうなったら困るのはだれだ」

『脅すのか』

「これは脅しじゃない、現実を見ろと言ってるんだ。よく考えろエイブ――今、“L4系の原住民の反乱を押さえてるのはどこだ”? ドーソンじゃねえ、そうだな?」

『……』

「マッケランでも、ロナウドでも、アーズガルドでもない。……傭兵グループだよ、エイブ君」


 ソファの男が、ふんぞり返って葉巻を吹かすのを、オルドは見た。

 オルドは絶句した。

 ――この男は、クラウドが会わせると言った、金龍幇の頭領か。

 だとしてもだ。


(防衛大臣と――いったい、何を話しているんだ)


 オルドは、出ていくべきだと思った。この話を聞いてはいけない。頭のどこかで警鐘が鳴った。任務で宇宙船に乗っている以上、よけいなことを知って、巻き込まれるわけにいかない。


 だが、(きびす)を返すはずの足は、膠着(こうちゃく)したまま動かなかった。



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