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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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202話 迷える子羊と、ロビンのいたずら 2


 ひとつきほども前になるか。


 ロビンは、サルーディーバ邸に呼ばれて、頼みたい依頼がある、とサルーディーバ本人に告げられたときは純粋に驚いたが、傭兵らしく、理由は聞かなかった。


 まさか、生き神と呼ばれている存在に、生きているうちに相対するとは思いもしなかったロビンだったが、生き神は想像とは違い、ちゃんと足があった。

 しかも、生き神でなかったら即口説いていただろうほどの、けっこうな美女だった。


『どうして、俺をご指名で?』

『……あなたが、マリーに尽くしてくれたことは、ヴィアンカさんから聞きました。ありがとうございます』


 ロビンは尽くしたのではなくて、あれが仕事だったからまっとうしただけだ。


『それに、今でも頻繁(ひんぱん)に、マリーの墓へ花をあげてくれているそうですね』

『女の子には親切にっていうのが俺の信条なもんで』


 あんたも美人だから、無茶な要求じゃなきゃなんでもするよ、とロビンはおどけて見せた。もちろん照れかくしだ。

 マリアンヌの件は、ロビンにとっても後味の悪い結果だった。死に目に会えなかったことが、余計に。


『なんでも』

『ああ。――サルーディーバが傭兵を呼ぶってンだから、並大抵の理由じゃねえだろう。殺しも請け負うよ? あんたの美しさに免じて別料金は取らねえ。俺の正規の金額、五百万でなんでもやってあげる』


 ロビンは女相手にのみつかわれる、最上級の笑みを口に刻んだ。

 サルーディーバは殺しと聞いたとたんに顔色を悪くし、その言葉を聞いたことさえおそろしいというように首を振り、おもむろに用件を切り出した。


『アズラエルさんを、ルナさんから離して欲しいのです。できるなら、宇宙船を降ろして、二度と帰ってくることはないようにしてほしい』と。


 拍子抜けしたことは、否めない。

 どんな危険極まる依頼かと、子どものようにワクワクしていた結果が、恋人同士を別れさせる依頼だった。


 メフラー商社にいたころなら、ロビンに来るような話ではない。受けないか、やんごとなき方々からの依頼なら、シドやマックあたりにやらせている雑仕事だ。


 おまけに、どうしてまた、アズラエルとルナを?


 サルーディーバがまさか、アズラエルを好きっていうわけじゃないだろう。どんなに荒唐無稽(こうとうむけい)な童話でも、そんな展開はない。


 さすがのロビンも一瞬「何故だ」と質問しそうになったが、あやうく留まった。

 傭兵は、深入りしない。依頼も受けるか受けないか。ただそれだけだ。


『ご無理でしたら、このお話は忘れていただきます』

『忘れていただく?』

『ええ。ほかにも当てがありますので』


 にっこりと笑んだサルーディーバの笑顔は、やはり浮世離れしていて、ロビンの笑顔もヒクついた。


 ロビンとアズラエルが同じ傭兵グループだということを、サルーディーバが知らぬはずはなく、それでもロビンを呼んだということは、いざとなればロビンに任務内容を「忘れさせる」ことが可能だからだ。


 それがどんな方法かは分からない。だがロビンは、数日の記憶が頭からすっぽり抜けて、「アレ? 俺この三日なにしてたんだっけ?」とボケ老人みたいになった自分を想像してぞっとした。


 考え込んでしまったロビンを見て、サルーディーバはそう言ったが、ロビンは制止した。


『……まあ、ちょっと待ってくれ……』


 殺しの依頼ではない。それに、アズラエルを宇宙船から下ろすだけなら、手段はいくらでもある。

 が、なんだか裏がありそうで、面倒なことになりそうだと感じた。


 ロビンは断ってもよかったのだ。サルーディーバも、ロビンに断られたら断られたで、ほかに当てがある。三日くらいの記憶障害は、この後のロビンの人生に、なんの影響ももたらさないだろう。


『アズラエルを宇宙船から降ろして、もどってこれないようにすりゃいいんだな?』

『そうです』

『いいよ。俺がやろう』

『……!』

『五百万は、任務達成後でいい。そのかわり、任務が失敗したら、必要経費だけもらう。報酬は、いらねえ』

『いいえ。真剣に、お頼みしているのです。五百万は、失敗云々に関わらず、受け取ってください。ここに用意してございます』


 侍女がうやうやしく、布にくるまれた大きな箱を持ってきた。

 ロビンは、宝石細工の箱に納まった依頼金を受け取ったのははじめてだ。中は紙幣で五百万デル、ちょうどあった。


『急いでいます。なるべくはやく、依頼を達成してくださるよう……』

『わかった。進捗状況のこまめな連絡はいるか?』


 サルーディーバは少し迷ったあと、


『……いいえ。しかし、一刻も早く』

『わかった。コトがすんだら連絡する』


 ロビンが依頼を受けたのは、その依頼がちょうど報復にも使えそうだという、イタズラ心が働いたからだった。


 バーベキューパーティーを引っ掻き回した小娘が、まだ宇宙船に残っているとは、ロビンにも想定外だった。


 ロビンは、サルディオーネと彼女たちの一幕には興味がなかったし、聞いてもいない。だから、イマリとブレアだけが宇宙船に残されたという事実は、知らなかった。


 あれだけの騒ぎを起こしたのだ。降りたものだと思っていたのに、小娘二人は、しょっちゅうラガーに顔を出した。

 まわりのうわさを聞けば、ナンパ待ちだという。それも、軍人や傭兵を選んでいるのだとか。


 バーベキューパーティーにはラガーの店長もいたのに、なんというふてぶてしさか。

 店長は、「客は客だ」という公平な立場を持って、彼女らの来店を拒むことはしなかったが。


 ロビンは、まあ、どうでもよかったのだが、彼女たちがたむろするのはラガーだけではなかった。


 ルシアンに、フェザーズ・キャット、レトロ・ハウス……その他もろもろ、ロビンの行くクラブやバーでよく見かけた。ロビンは、たくさんの軍人や傭兵が、彼女らの名と顔を知っているのに驚いた――この界隈で彼女らは、失笑の意味も含んだ、ちょっとした有名人だったのだ。


 どれだけ容姿に自信があるのかしれないが、お高く留まってナンパ待ちな上、だれかが声をかけても、軍人や傭兵でないと分かると手ひどく振る。傭兵や軍人でも、不潔さがあるだの、顔が悪いだの、服のセンスが悪いだの、ダメだしされるという。


 そのため、皆は声をそろえてこういうのだった。


「エレナもジュリも、あいつらの百万倍美人だったが、俺たちを選り好みはしなかったぜ」と。


 ロビンは、ルシアンの店長が苦笑いしながら言うのを聞いた。


「ありゃ、おまえやライアンとか――グレンクラスの男じゃねえと納得しねえよ。トールが、百八十センチないからフラれたってんで、あの女ブチ殺すかっていきまいてる。止めてくれ、アイツだってからかい半分で声かけただけなのによう」


 トールはたしかに百八十センチなかったが、百七十そこそこ――あの小娘どもと同じ年くらいだろう。顔立ちもセンスも、最高にいいとはいえないが、悪くない。あの女たちだって似たり寄ったりだ。


 ロビンが黙っていても、逆恨みした男たちに、そのうち何らかの形で「手出し」はされる気がした。


 彼女たちは、傭兵のフリをしたL4系出のスリや浮浪者、あるいは本物の傭兵だったが、認定ではなく自称傭兵というチンピラにはよく声を掛けられていたが、彼女らがお目当てのイケメン軍人からは、まったくお声がかからないようだった。


 一度、ロビンでも、あれはまずいだろうという浮浪者風の男に気に入られて、警察を呼んでいたこともある。


 そんな目に遭ってまで、どうしてまあ、懲りずにそのふたりは軍人の彼氏を探しているのだ。


 ロビンはおかしくなってきたが、どうでもよかったので黙っていた。度が過ぎれば、ルシアンやラガーの店長がこぞって出入り禁止にするだろう。それでも懲りずに店の外でナンパ待ちをしようものなら、ほんとうに行方知れずになる確率は上がる。イマリたちは買わぬでもいい恨みを買いすぎている。なにごともなくいられるのは、彼女たちが、店長の目が光っている店の中にいるからだ。


 最初から他人事だったロビンが黙っていられなくなったのは、イマリたちの目的を知ってからだった。

 ライアンが、教えてくれたのだ。ご丁寧に、親切にも。


「あのふたり、バーベキューパーティーのことを相当根に持ってるぞ。なにかあったのか。アズラエル先輩の恋人ってたしか、栗色の髪の女だろ。ルナって名前。ソイツを消してくれる男を探してるんだとよ」と。


 俺も、ほかの男からの又聞きなんだが、気になったから言ってみた、とライアンはそれだけ言って、去って行こうとした。


 ロビンはバカバカしさに口をあけそうになったが、急にふたりに興味が湧いた。ライアンの首根っこをつかみ、「ちょっと俺につきあわねえか」と誘ってみた。


 バーベキューパーティーの顛末を、ようやくラガーの店長から聞いて、「そんなことがあったのか」と遅ればせに納得したロビンが、もっともらしく話してやると、ライアンも暇を持て余していたのだろう、興味深げに食いついた。


 ロビンはライアンを伴って、ふたりに近づいてみた。

 ロビンの予想通り、イマリたちは有頂天になってこちらに絡んできた。


 バーベキューパーティーにロビンもいたことは、知らないらしい。当然かもしれない、ロビンは最初からまわりに興味がなかったし、あの騒動も他人事だったので、彼女らの前に姿を現さなかった。


 近づいて正解だった。イマリとブレアは、ルナだけではなく、ミシェルも恨んでいる。

 それも完璧な逆恨みだ。

 すこしくらい美人だからどうとか、軍人を彼氏にしたから調子に乗っているだとか、単にモテないひがみが恨みに変わったものだ。


(場末の娼館にでも、売り飛ばしてやるかな……)


 そう考えていたロビンに、サルーディーバの依頼があったことを、イマリたちは感謝せねばならない。


 そうでなければ、この悪いお兄さんに、次に寄る、宇宙船も四年に一回しか寄らないような、エリアC556――のさびれた娼館に、あっさり捨てられたかもしれないのだから。


(アズラエルには悪いが、アイツだってそろそろ降りたくて、ウズウズしてるころだろう)


 アズラエルの性格はせっかちだ。その上ヒマが嫌いで、傭兵の仕事が大好き。退屈を我慢して、宇宙船におとなしく乗っているのも、ルナがいるからだ。


(たぶんルナちゃんは、アズラエルが降りるっていったら降りるかもしんねえけど、あの子は地球に行きたいっていってたし)


 地球に行ってからでも、L18には来られるだろう。アズラエルも浮気するかもしれないが、あのメロメロ具合は、まったくもって本命だ。多少の遠距離恋愛は、スパイスになるくらいで、あのふたりに影響は及ぼさないはずだ。

 ロビンは、コトがすんだら、必要経費だけ差し引いて、金は返すつもりだった。


(たしかアイツら、大ケガしてたな……)


 ふたりで本格的に殴り合いでもしたのか、グレンとアズラエルは車いすで運ばれるほどの大けがを負っていた。


(だとしたら、まあ確実に作戦は失敗だ)


 アズラエルが「動けない」状態ならば、作戦は失敗。悪運の強いやつだとロビンは笑い、だが女二人を脅してでも作戦は近日中に決行する。


 ロビンの目的は、イマリとブレアを、宇宙船から追い出すことだからだ。

 可愛いミシェルとルナに害を及ぼす害虫は、排除するに限る。

 任務達成をノロノロと長引かせていたのは、ロビンなりに考えていたからだった。

 どんな方法が一番、後腐れなく、あのふたりを消せるか。


 場末の娼館に売るか――餓えた浮浪者の巣に放り込んでやるか――。ライアンの相棒であるメリーというぽっちゃりだが魅力的な女の子も、「あのブレアとかいう女殺してやる」と怒っていたので、あの子に身柄を引き渡すか――。


 彼女たちがあまりにあちこちで恨みを買うせいで、処分法の選択肢が広がってしまったのだ。


 だがロビンは、サルーディーバ邸で思いついた方法を取ることに決めた。

 恐らく一番、無難な方法だ。だれも手を汚さず、自業自得という形で、ふたりは宇宙船を降りる。


 あのふたりをいちいち娼館に売る手配をするのも面倒だし、浮浪者の巣に放り込んだり、メリーに売ってやるのも、自業自得の結果で済ませられるからいいが、L6系だったか7系の星の出なので、あとが面倒そうだった。


「運命の相手」と思い込んでいた男たちに手のひらを返され、宇宙船を降ろされるくらいが妥当だろう。

 

(悪いなアズラエル――すこし面倒に巻き込まれるが)


 ロビンは左右から、昨夜からの盛大なベッド上の運動のせいで、すっかり口紅の落ちた女たちのキスを顔中に受けながら、同僚に心の中だけで詫びた。



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