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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
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25話 ZOOカード 1


「おさかなだ!!」


 ルナは喜びをかみしめた。ウナギは食べられなかったけれども――いつが最後だっただろう、こんなに新鮮なお刺身の盛り合わせを食べたのは。


 宇宙船に乗ってからは、リサやミシェルがあまり好きではないので、刺身は食卓に並ばなかった。アズラエルとクラウドも、生の魚を食す家庭ではなかったらしく、ルナが作ったカルパッチョも、不思議な顔をしながら食べていたのをルナは思い出す。


 ルナの両親も、ツキヨおばあちゃんも魚好きだったので、肉より魚がメインのことが多かった。もちろん、お刺身も――。


 ルナは半生の蟹を頬張って「美味しい~!」と絶叫した。


 ルナは海鮮丼ランチ、サルーディーバとアントニオは刺身の盛り合わせの定食だったし、アンジェリカは塔みたいに山積みになったマグロ丼のセットを頼んでいた。


 しかし、さすがは宇宙船。見たこともなく、聞いたことのない名前の魚もある。水槽に泳ぐピカピカ光る魚は、最近宇宙船が通った星で獲れたものだろうか。


「あれは、船内で獲れた魚だよ」

「船内!?」


 ルナだけではなく、アンジェリカも同時に声を上げた。


「南に、でかい海があるだろ」


 そうだった。この宇宙船は、山もあれば海もあるのだった。


「ルナちゃんお刺身好きなんだねえ」

 アントニオがウニをつまみながら言う。

「ここもうまいんだけどさ、K15区やK25区にも、とれたての魚が食える場所があるんだ。今度食いにいこうな」

「ほんと! 行きたい!!」


 アンジェリカは、マグロをてっぺんから崩して猛然とかきこんでいた。さらに姉の皿からもマグロを奪い、アントニオの皿からも失敬していた。


「アンジェリカさん、マグロ好きなの?」


 ルナが聞くと、アンジェリカはうなずき、「アンジェでいいよ――こんなうまいもん、ここに来て初めて食った」と言った。


「L03では、生魚を食すことはあまりないものですから」

 とサルーディーバが言ったので、ルナが自分のマグロもあげると、「あんたいいひとだね」とアンジェリカがニッと笑った。

「あとでパフェおごるよ」


 食事を終えて、お茶で一服すると、アントニオがレシートを持って立ち上がった。

 ルナがお金を出そうとすると、

「いいからいいから。ここは俺のおごり。船内役員のサービスカード持ってるし。俺が払うとみんな二割引きになるんだ」


 サルーディーバとアンジェリカもアントニオに「ごちそうさまです」と会釈して、外に出た。

 外に出たとたん、アンジェリカがルナを引っ張った。そういえば、食事中は、さっきの言葉に連なる、くわしい話はしなかったのだ。

『あたしは、あんたを待っていたんだ』という――。


「椿の宿に泊まるんだよね?」

「うん」


 ルナがうなずいてから、そんなこと、さっきの食事の席で言ったっけ? と首を傾げた。


「椿の宿はいい宿だよ。部屋のひとつひとつに温泉ついてるし」

 ルナの困惑をよそに、アントニオは呑気に口笛を吹いた。

「俺も店がなかったら、のんびりお泊まりしたいなあ」


「アントニオ、ごちそうさまでした。あとはいいから店に帰んなよ」

 アンジェリカが追い払うように言うので、アントニオはおおげさに泣きまねをした。

「え? 俺はジャマだって?」

「ジャマとは言ってないけど、財布の役目はすんだかなって」


「財布!!」


 ルナちゃん、なんとか言って! とアントニオはすがってきたが、「いこ、ルナ」とアンジェリカに手を引かれたせいで、見事なタイミングでアントニオの手からすり抜ける形になった。


「肩身が狭い……」

「女子会の中に男がひとりだからね」


 嘆くアントニオをさらにイジるアンジェリカ。

 だが、本気で追い払う気はないらしい。いつものやりとりのようだ。


「紅葉庵に置き忘れたものがあるから、ふたりで先に行ってて」


 アンジェリカはそういって、サルーディーバとともに、紅葉庵のほうへかけだした。


 ルナとアントニオは、先に椿の宿へ向かった。

 河原沿いを五分ほど歩くと、大きな朱塗りの橋がかかっていて、その橋を渡った山すそにあった。せまい駐車場もあり、何台か置けるようになっている。

 宿の表には、「歓迎! ルナ・D・バーントシェントさま」の看板が大々的に飾られていた。


「よーうマヒロさん! ひさしぶり!」

「あらまあ、アントニオさん」


 アントニオは、ここの女将(おかみ)とも知り合いらしい。世間話を交わしたあと、「ルナちゃんを連れて来たよ」と紹介した。

 マヒロは、これ以上ないほどの満面の笑みになった。


「これはこれは、ルナ・D・バーントシェント様、お待ちしておりました」


 女将の笑顔も無理もない。ルナも信じられなかったが、こんないい宿に、宿泊客が、ルナ以外だれもいないのだった。


 ウェルカムドリンクは、コーヒーに緑茶に紅茶、K08区のワイナリーでつくられた、100%グレープジュースと、なぜか冬限定でバターチャイ。


 ルナがバターチャイをお願いすると、アントニオが言った。


「けっこうくどい味だよ、だいじょうぶ?」


 静かなフロントで、サルーディーバたちを待つことにした。バターチャイは思ったほど強烈な味ではない。キャラメルの香ばしい味がして、バターのコクがあって、甘くておいしい紅茶だった。


 飲んでしまっても、彼らはなかなか現れないので、ルナは先に部屋に案内してもらった。

 今日の客は、ほんとうにルナひとりだけ。


「貸し切りだ」


 ルナは目をぱちくりさせた。

 食堂は別にあり、予約すれば部屋にも運んでくれるらしいが、定食屋も兼ねているので、好きなときにきて好きなものを注文してもいいそうだ。

 大浴場は男湯女湯と、混浴の露天、室内には露天風呂、談話室、とシンプルな宿だった。


 案内されたのは「いちいの部屋」。一人で泊まるには、かなり広い部屋だった。


 アンティークの箪笥(たんす)の上に、飴のようにつやのある古時計が飾られている。花がいけられ、奥に囲炉裏ばたがあり、ガラス戸の向こうには山を背景に露天風呂があった。

 ここから見る山は、真っ白だ。


「すてきな眺め!!」

「ルナちゃん、雪は初めて?」

「ううん。あたしの住んでたローズ・タウンも雪が降るのだけども、こっちのほうが雪は深いみたい」

「ここはかなり降るよ。三メートルを越した年もあったな」

「三メートル!!」


 囲炉裏とはべつに暖房が入っていて、寒くはなかった。浴衣とアメニティ、バスローブが一緒に置かれている。

 ルナが部屋のあちこちを探索しているあいだに、アントニオは、勝手に置いてあった菓子をつまみ、緑茶を入れていた。

 やっと、サルーディーバたちがやってきた。


「お待たせっ!!」

「おそかったなあ」

「うん。さっき約束したひとたちの分、ふたりばかり見てきたもんで――よかった、この部屋で」


 いちいの部屋は、椿の宿で一番広い部屋らしい。アンジェリカは、アントニオといっしょに大きなテーブルをすみに避け、占い道具と思われる紫の小箱を抱えて、部屋のど真ん中に座った。


「じゃんっ♪」


 アンジェリカが紫色のメイクボックスを開けると、半径二メートルくらいに、惑星の模型が広がった。3Dの、半透明の宇宙。まるで小さなプラネタリウムだ。ルナは感嘆のためいきを漏らした。


「うわあ。キレイ!」


 アンジェリカは、咳払いをして言った。


「ルナ、あんたはちゃんと“あの階段を上がって”真砂名の神に参拝することができた。だから、約束通り、あんたの占いを、無料でしようと思う」


「う、うん――ありがとう」

 ルナは、ごくりと息をのんだ。


「あんたの、運命の相手は」


「ちょ、ちょっと待って!」


 ルナはあわてて止めた。アンジェリカとサルーディーバ、アントニオがそろってこちらを見たので、ルナの首は縮こまったが。


「ごめん――あのね――ちょっと聞きたいことがあるの。あたし」

 ルナはますます小さくなった。

「運命の相手はよいから、あたし、地球に行けるかな? そういうのって、占いできる?それから、その――試験って、どんなものだろう? ちゃんとあたし、試験に受かるかな?」


 聞きたいのは、運命の相手よりそっちかな――とだんだんフェードアウトしていく口調でつぶやいたルナ。


 アンジェリカたち三人は、顔を見合わせ、それから爆発するように笑った。


 アンジェリカとアントニオは大笑い――サルーディーバは口元を緩めただけだったが。

 あんまりにもふたりが笑い続けるので、ルナはすっかりほっぺたをふくらませた。


「あたし、なにかへんなこと、いったかな!?」


「い、いや……」

 アントニオが、涙目を拭きながら、笑うのをやめた。

「まだ、そんなウワサはびこってるんだと思って」


 ウワサ?


「試験、ねえ――」


 アンジェリカも、だんだん苦笑気味の表情に移っていく。


「試験なんて、ないよ」

「!?」


 船内役員であるアントニオの落とした決定打に、ルナの口と目が、大きく――それは大きく、見開かれた。


「試験ないの!?」


 ルナの顔に、たった二人の大衆は、ふたたび弾けるように笑った。宿泊客がルナだけだったことが救いだ。うるさいと怒られていたかもしれない。

 アントニオは涙目を拭きつつ、言った。


「地球に到達するっていう人間が、あまりに少ないもんだから、いろんなウワサが立つのは分かるけどね。でも、試験なんて、そんなものは存在しない。このまま乗っていれば、宇宙船がちゃんと連れてってくれるよ」

「!?」

「だって、乗るときに、試験があるなんて説明あったかい?」

「……ない」


 なかった。たしかになかった。カザマは、試験の説明なんか、しなかった。

 パンフレットにも書いてはいなかったし。

 アンジェリカもおかしげに笑った。


「L77じゃ、そういうウワサなんだ。L03じゃ、地球っていう星は“あの世”だと思い込んでる人もいるよ。たどりつくのは、死んだ人間だけだって」

「!?」

「そんなわけないのにね。まあ、辺境惑星群は、かなり前時代的だから」


「もし、地球へ行くということに、試験があるのだとしたなら」

 サルーディーバは、ぽつりと言った。

「あきらめないこと、でしょうか」


 ルナのウサ耳は、ぴょこんとはねた。

「あきらめないこと?」


「ええ。南地区に住んでらっしゃる皆さまは、地球に行くための試験を、まさにテストのようなものだと考えていらっしゃるのでしょう。南の方々が思っているような試験など存在しません」


 サルーディーバは静かに言った。


「地球に行くために、テストや受験のような試験など存在しません。あえて試験、というならば、地球に行くことを、最後まであきらめないものだけがたどりつけるのです」


「あきらめない……」


「はい。この宇宙船は、すべてがそろいます。そういうふうにできているのです。

 お金に困っているものには、お金が与えられます。返済する必要のないお金です。しかも、この宇宙船で暮らすのに使うお金はほぼわずかです。一年貯めれば、平和な星でしばらく暮らしていけるだけの資金が貯まります。三年貯めれば、相当の額でしょう。

 また、仕事がなくて困っているものには、仕事に就けるだけの技術を得る学校があります。そこでは各星から選りすぐられた、トップクラスの講師がいます。この宇宙船のだれそれに師事したというだけで、職を得るには相当有利になるでしょう。

 学ぶことが許されなかったものには、学ぶことができる環境が。

 病に苦しむものには、最先端の治療と薬が与えられます。ほぼ無償で。

 運命の恋人や、望んだ理想のパートナーすら、ここでは手に入ります。

 この地区においても、長年悟りをもとめ、真実を求めさまよってきた者たちが、悟りを得て滂沱(ぼうだ)の涙を流しています。

 そういうふうにできているのです。欲しいものすべてが、ここでは手に入るようにできているのです。

 それこそが試験というべきものでしょう」


 サルーディーバは続けた。


「欲しいものを手に入れたものは充足(じゅうそく)する。……そして、地球に行かなくてもよくなるのです。そうして、みな、この宇宙船を去るのです。好きな所へ行くのです。地球にいく、という本来の目的を忘れて」


 ルナは話の続きを待ったが、サルーディーバはもう、それ以上は言わなかった。


 ――試験は、なかったのか。


 ルナは、安心したような、拍子抜けしたような、複雑な表情を浮かべた。


 思い当たることは、いくつかあった。

 一度この宇宙船に乗り、降りたナタリア。


 試験のことを聞いても、答えかねていたとケヴィンたちも言っていた。その理由はただひとつ。

『試験がなんなのか、分からなかったから』だ。


 試験のことを尋ねてもなにも言わないのは、試験のことを言ってはいけないと、口止めされたわけではない。

 試験がどういうものかと聞かれても、本人が分かっていないのだ。説明のしようがなかったのだ。


 ルナは不思議に思っていた。試験があるなら、試験勉強があるはずだ。すくなくとも、あんなにのんびり毎日を過ごすようにはならないはずだった。


「な、なんだあ……試験は、ないのかあ……」


 ルナは、へちゃりと座り込んでしまった。

 では、アズラエルのとのパートナー契約はどうなるのだろう。


(アズは、パートナー契約がなくなっても、あたしと暮らしてくれるかな)


 そう思っている今が、不思議だった。


「ルナ、じつは、あたしがあんたを待っていた理由っていうのは――」


 言いかけたアンジェリカだったが、いきなりアントニオがストップをかけた。


「その話はまだ早い。そう思わないか。ルナちゃんとは、今日会ったばかりだよ?」


 ルナでも分かるくらい、すこし厳しさをまとっていた。軽口ばかり叩いていた陽気な彼からそんな声が出たことに、ルナも少し驚いた。


 サルーディーバは目を伏せ、アンジェリカは心配そうに姉を見やったあと、「……そうかもね」と小さくうなずいた。


 そして。


「ルナ、心配しなくても、あんたは地球に行けるよ」

 と話を変えた。


「えっ」


「それはあんたが――“月を眺める子ウサギ”だからさ」


 アンジェリカは、紫色の大きい化粧箱から、綺麗な模様がちりばめられた小箱を取り出した。取り出してはしまい、新しいのを出す。どうやら化粧箱の中にトランプケースのような小箱がいくつも入っていて、選んでいるようだった。


「あ、コレかな」


 やっと目的のものを見つけたのか、彼女はケースの中からカードの束を取り出した。


「ちょっとこれかどうか、たしかめるから。いまから四枚のカードを出す。それはあんたと、あんたが今回一緒に来た三人のともだちだ。あってるかどうかたしかめて」


 ――え? 

 ルナは戸惑った。

 手品ではあるまいし、今からアンジェリカが出すカードに、リサたちの名が書いてあるとでもいうのだろうか?



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