200話 真実をもたらすライオン 2
クラウドは推察した。グレンの愛した女が産むと思っているから、ルナとグレンを結び付けようとしているというのが妥当だ。
ルナとグレンのあまりに強い結びつきを見たせいで、グレンが自分を愛するわけはないと思い込んでいる。
(ほんとうにそうかな)
クラウドは苦笑した。
(グレンとサルーディーバも、お互いを知りあえばきっと、深く愛し合う間柄になる)
――グレンとサルーディーバは似ている、とクラウドは思う。
かたや軍事惑星群の名家の嫡男として、かたや惑星群の生き神として、生まれたころから“一族”というものに縛られ続けてきた。自身の望みや意志とは、無関係の生活を強いられてきた。
ふたりは孤独だ。数多くの崇敬者を持ちながら、その魂はだれよりも孤独だ。それゆえに、自身のしあわせを投げ打ってまで、他者の幸福を叶えようとする。
グレンもサルーディーバも、その孤独な魂を温めあうのは、互いにしかできないとクラウドは思った。
(……おそらくルナちゃんでは、グレンの芯を温めることはできない)
なぜなら、ルナは、グレンだけのものにはならないからだ。
ルナはいつも人に囲まれている。そうでなくてはならない。ルナはたくさん人に与え、たくさんの人から愛される。神とはそういうものだ。だから、グレンがいくらルナに、「俺だけを愛してくれ」と望んでも、それは不可能な相談なのだ。
そしてグレンは、自分だけを見てくれ、愛してくれる人でなければ、その冷え切った心臓は温まらない。孤高は消えない。
それがグレンとアズラエルの、徹底的な違いだ。
アズラエルは、ルナを独り占めできないことを知っている。ルナを自分だけのものにしたいと望みながら、そうしたときのリスクも知っていて、恐れている。そして、アズラエルはグレンのように「孤独」ではない。彼は愛情を知っていて、それを周囲に与えることもできる。素直に受け取ることもできる。
形は違えど、ルナとアズラエルはある意味似た者同士なのだ。
(サルーディーバとグレンと同じく)
サルーディーバとグレンは、互いに「ひとり」しか欲しくない。
自分の身を捨ててそそぐ、熱い一途な愛情。それが互いに向けられれば、鋼鉄の心臓も溶ける。
(案外、理想的な恋人同士だと思うんだけど……俺は、恋のキューピッドは柄じゃないし)
そのあたりは、月を眺める子ウサギがなんとかしてくれるのではないかと、クラウドはすっかり投げていた。
クラウドは、サルーディーバの顔をながめながら、名前の下にある「迷える子羊」の名称を眺めた。
(恋を知らずに生きてきたから、だれよりもシンプルに、恋の苦悩を味わっているんだね、君は……)
サルーディーバとしての自分、個としての自分、女としての自分、姉としての自分、ひとにはたくさんの顔がある。……彼女が認めるのは、サルーディーバとしての自分だけ。
サルーディーバは、サルーディーバとしての自分しか知らない、認めようとしない。
(グレンしかいないのに)
グレンしかいない。サルーディーバに、ほかの自分があることを教えてあげられるのは。そして彼女のすべてを包み込んで、愛してくれるのは。
(生き神と呼ばれるサルーディーバがだれよりも人間らしくて、ひととして生きてきたルナちゃんが神さまなんて、ヘンな話だ……)
クラウドには神も仏も分からない、あることは疑わないが、これらのことは、かつてクラウドの日常にはまったく関係のないものだった。
(そもそも、イシュメルは、ルナちゃんが産むんじゃない)
グレンが愛した女が産むのでもない。
サルーディーバが産まねばならぬのだ。
L03の生き神の象徴たる、“サルーディーバ”ではなく――。
(サルーディーバは、アンジェの実の姉だ)
アンジェリカの姓は“エルバ”。
アストロスの言語に直すと、“メルーヴァ”。
つまり、クラウドの推測が外れていなければ、アンジェリカとサルーディーバは、メルーヴァ姫の生んだイシュメルの、正統な血族なのだ。
つまり、サルーディーバか、アンジェリカの産んだ子どもが、“イシュメル”なのだ。
それが、クラウドがここ数日でたたき出した結論だった。
(それを、ラグ・ヴァダの武神を身に宿した革命家メルーヴァは、知っている)
だから、アンジェリカとサルーディーバを、連れ去ろうとした。それが、真砂名神社にシェハザールの幻影が侵入し、夜の神の鉄槌が下されて、奥殿が焼けたときの真相だろう。
奇しくも、“エルバ”の一族に、サルーディーバと予言された子どもが生まれた。
(もしかしたら、これもサルーディーバが地球行き宇宙船に乗ることになる、フラグだったのかもしれないな)
ルナがサルーディーバを救うという予言も、あながち間違いではないかもしれない。
この宇宙船に乗ったグレンとサルーディーバを、ルナが結び付ける。
最初のシナリオ――グレンがL03に行って、サルーディーバと結ばれるというシナリオは、グレンにとって危険すぎる気が、クラウドにはした。サルーディーバと交わったグレンは、殺される危険性すら秘めている。また、地球に在住せず、L系惑星群にもどれば、ドーソン一族として逮捕、投獄される危険もある。なにしろ彼は、嫡男なのだ。
どちらにしろ、最初のシナリオでは、サルーディーバと交わったが最後、グレンの命は終わり、という気がクラウドにはした。
(そのシナリオを、月の女神か真砂名の神かが、書き換えようとしているのだとしたら?)
クラウドがまた空中のキーボードをたたくと、三つのデジタル画面が表れる。
サルーディーバとは――L03の主で、L系惑星群においては生き神の象徴であり、太古のラグ・ヴァダにおいてはラグ・ヴァダ星最後の女王の名だが、今日まで代々続くサルーディーバの名は、地球のマ・アース・ジャ・ハーナの神話に出てくる、不死の船大工の名である。
メルーヴァは、千年に一度現れる、L系惑星群を変革せんとする革命者。
けれどもそれは、後付けの歴史であり、真実の歴史によると、ラグ・ヴァダの武神がよみがえり、L系惑星群を滅ぼそうとする象徴なのでは?(クラウド私見)
イシュメル――メルーヴァとは逆に、戦争を鎮める象徴。(ルナちゃんも、イシュメルだったことがある)
クラウドは自分のメモを見ながら、髪をかき上げた。
(もしかしたら、イシュメルが生まれると戦争が終わるというのは、後付けの歴史ではなく、正統性のあるものなのかもしれない)
そのためにラグ・ヴァダの武神は、イシュメルの生誕の邪魔をする。
L系惑星群の滅びのためには、戦争を終わらせてしまうイシュメルは邪魔なのだ。
(ルナちゃんも、“イシュメル”の前世を持っている)
先日の真砂名神社で現れたルナの前世は、まだルナが夢に見ていない前世だ。
イシュメルは、千年前と二千年前に、現れている。
そのうちの、二千年前のイシュメルが、ルナだったということか。
ともかくも、サルーディーバもアンジェリカも、自身が正統な“イシュメル”の一族ということを知っているのか。
予言などではなく、サルーディーバかアンジェリカ自身がイシュメルであり、彼女らが産むこどもが、必然的にイシュメルとなること――すなわち、彼女らが子を産まなければ、イシュメルの子孫が途絶えてしまうということを、彼女たちは知っているのか。
知らなかったとしても、それを告げたところで、サルーディーバがグレンへの恋情を素直に認めることは、もう、ないかもしれない。
(恋心ほど複雑で、ストレートにいかないものは、ないしな)
そのあたりは、急を要することではない。この事実をサルーディーバかアンジェリカに確認するとしても、ペリドットが確認していないということは、“口に出してはならないこと”とひとつかもしれない。
(ラグ・ヴァダの武神に、聞かれてはならないことのひとつか)
クラウドは、それを頭の片隅によけて、かわりに軍事惑星群を中心に据えた。
(メルーヴァ関連は、――ルナちゃんの夢待ちするしかない。俺にできることは)
クラウドは、カレンとグレン、ロビンに並んだ、深くフードを被った、するどい目つきの男を、クローズアップした。
L55中央政府が、非常事態宣言を出した。
(いよいよだ)
オトゥールたちの改革は間に合わない。L11の監獄星から、更迭されたドーソンの宿老たちが、呼びもどされてしまう。
そうなれば、また軍事惑星群は、血にまみれる。
(俺の役目は、まずはコイツをつついてみることだ。軍事惑星群のために)
彼のデータの、ZOOカードの欄に名称はなかったが、動物の名は、だいたい見当がついた。
(ハト、だな)
オルド・K・フェリクス。
居住区K32区。
同乗者、ライアン・G・ディエゴ。メリー・M・アップル。ルパート・B・ケネス。
出身星L18。傭兵グループ「アンダー・カバー」幹部。
(俺の目をだまくらかそうったって、そうはいかないよ。“ヴォールド”)
クラウドは不敵に笑い、ジャケットをひっかけて、コンピューター・ルームの自動ドアを抜けながら、携帯電話を手にした。
「……もしもし? ピエト?」
『あっ! クラウド』
クラウドは手元のGPSでピエトの位置を確認した。K05区の病院内だが、周囲にルナや、仲間の気配はない。
『クラウド! ルナもアズラエルも、グレンも起きたよ! それでね、ミシェルとセルゲイ先生も起きたって、さっきカザマ……カザマさんが言ってた!』
――ミシェル!
クラウドは安堵にほっと胸をなでおろすと、「周りにルナちゃんたちはいないね?」とわざとらしく聞いた。
『う、うん! 俺、ひとりだ。ルナにも、ほかのみんなにも、この電話のこと言ってねえから!』
「よかった。――ピエト、ルナちゃんが起きたなら、さっそくだけど、頼みがある」
『ああ! なんだよ』
「ルナちゃんがZOOカードをつかうときは、必ずそばにいて。それで、ハトのカードを見つけてくれ」
『ハトのカード?』
「そう。ハトの絵がついたカードだ。どんな絵柄だったか、教えてくれ。名前もね。それから、ルナちゃんがそのカードについて、なにか言ったら、そのことも」
『わ、分かった! まかせろ!』
頼もしいピエトの返事だった。ピエトはクラウドほどではないが、記憶力もいいし、理解力も、同年の子にくらべてずば抜けている。
クラウドは、自分の留守中の仲間とのつなぎを、ピエトに一任した。シャイン・カードを使用できる権限は、バグムントを脅して認可させた。バグムントに脂汗を百年分かかせた見返りは、じゅうぶんするつもりだ。
クラウドが、軍事惑星群崩壊を、食いとめる道をさぐる。
(まずは――“アーズガルド”から、崩壊を食い止める)
クラウドは、相貌認証システムの扉を幾重にも潜り抜け、シャイン・システムでK34区に向かった。




