表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
477/959

200話 真実をもたらすライオン 2


 クラウドは推察した。グレンの愛した女が産むと思っているから、ルナとグレンを結び付けようとしているというのが妥当(だとう)だ。


 ルナとグレンのあまりに強い結びつきを見たせいで、グレンが自分を愛するわけはないと思い込んでいる。


(ほんとうにそうかな)

 クラウドは苦笑した。

(グレンとサルーディーバも、お互いを知りあえばきっと、深く愛し合う間柄になる)

 

 ――グレンとサルーディーバは似ている、とクラウドは思う。


 かたや軍事惑星群の名家の嫡男として、かたや惑星群の生き神として、生まれたころから“一族”というものに縛られ続けてきた。自身の望みや意志とは、無関係の生活を強いられてきた。


 ふたりは孤独だ。数多くの崇敬者を持ちながら、その魂はだれよりも孤独だ。それゆえに、自身のしあわせを投げ打ってまで、他者の幸福を叶えようとする。


 グレンもサルーディーバも、その孤独な魂を温めあうのは、互いにしかできないとクラウドは思った。


(……おそらくルナちゃんでは、グレンの芯を温めることはできない)


 なぜなら、ルナは、グレンだけのものにはならないからだ。


 ルナはいつも人に囲まれている。そうでなくてはならない。ルナはたくさん人に与え、たくさんの人から愛される。神とはそういうものだ。だから、グレンがいくらルナに、「俺だけを愛してくれ」と望んでも、それは不可能な相談なのだ。


 そしてグレンは、自分だけを見てくれ、愛してくれる人でなければ、その冷え切った心臓は温まらない。孤高は消えない。


 それがグレンとアズラエルの、徹底的な違いだ。


 アズラエルは、ルナを独り占めできないことを知っている。ルナを自分だけのものにしたいと望みながら、そうしたときのリスクも知っていて、恐れている。そして、アズラエルはグレンのように「孤独」ではない。彼は愛情を知っていて、それを周囲に与えることもできる。素直に受け取ることもできる。


 形は違えど、ルナとアズラエルはある意味似た者同士なのだ。


(サルーディーバとグレンと同じく)


 サルーディーバとグレンは、互いに「ひとり」しか欲しくない。

 自分の身を捨ててそそぐ、熱い一途な愛情。それが互いに向けられれば、鋼鉄の心臓も溶ける。


(案外、理想的な恋人同士だと思うんだけど……俺は、恋のキューピッドは柄じゃないし)


 そのあたりは、月を眺める子ウサギがなんとかしてくれるのではないかと、クラウドはすっかり投げていた。

 クラウドは、サルーディーバの顔をながめながら、名前の下にある「迷える子羊」の名称を眺めた。


(恋を知らずに生きてきたから、だれよりもシンプルに、恋の苦悩を味わっているんだね、君は……)


 サルーディーバとしての自分、個としての自分、女としての自分、姉としての自分、ひとにはたくさんの顔がある。……彼女が認めるのは、サルーディーバとしての自分だけ。 

 サルーディーバは、サルーディーバとしての自分しか知らない、認めようとしない。


(グレンしかいないのに)


 グレンしかいない。サルーディーバに、ほかの自分があることを教えてあげられるのは。そして彼女のすべてを包み込んで、愛してくれるのは。

 

(生き神と呼ばれるサルーディーバがだれよりも人間らしくて、ひととして生きてきたルナちゃんが神さまなんて、ヘンな話だ……)


 クラウドには神も仏も分からない、あることは疑わないが、これらのことは、かつてクラウドの日常にはまったく関係のないものだった。


(そもそも、イシュメルは、ルナちゃんが産むんじゃない)


 グレンが愛した女が産むのでもない。

 サルーディーバが産まねばならぬのだ。

 L03の生き神の象徴たる、“サルーディーバ”ではなく――。


(サルーディーバは、アンジェの実の姉だ)


 アンジェリカの姓は“エルバ”。

 アストロスの言語に直すと、“メルーヴァ”。


 つまり、クラウドの推測が外れていなければ、アンジェリカとサルーディーバは、メルーヴァ姫の生んだイシュメルの、正統な血族なのだ。


 つまり、サルーディーバか、アンジェリカの産んだ子どもが、“イシュメル”なのだ。


 それが、クラウドがここ数日でたたき出した結論だった。


(それを、ラグ・ヴァダの武神を身に宿した革命家メルーヴァは、知っている)


 だから、アンジェリカとサルーディーバを、連れ去ろうとした。それが、真砂名神社にシェハザールの幻影が侵入し、夜の神の鉄槌(てっつい)が下されて、奥殿が焼けたときの真相だろう。


 奇しくも、“エルバ”の一族に、サルーディーバと予言された子どもが生まれた。


(もしかしたら、これもサルーディーバが地球行き宇宙船に乗ることになる、フラグだったのかもしれないな)


 ルナがサルーディーバを救うという予言も、あながち間違いではないかもしれない。


 この宇宙船に乗ったグレンとサルーディーバを、ルナが結び付ける。


 最初のシナリオ――グレンがL03に行って、サルーディーバと結ばれるというシナリオは、グレンにとって危険すぎる気が、クラウドにはした。サルーディーバと交わったグレンは、殺される危険性すら秘めている。また、地球に在住せず、L系惑星群にもどれば、ドーソン一族として逮捕、投獄される危険もある。なにしろ彼は、嫡男なのだ。


 どちらにしろ、最初のシナリオでは、サルーディーバと交わったが最後、グレンの命は終わり、という気がクラウドにはした。


(そのシナリオを、月の女神か真砂名の神かが、書き換えようとしているのだとしたら?)


 クラウドがまた空中のキーボードをたたくと、三つのデジタル画面が表れる。


 サルーディーバとは――L03の主で、L系惑星群においては生き神の象徴であり、太古のラグ・ヴァダにおいてはラグ・ヴァダ星最後の女王の名だが、今日まで代々続くサルーディーバの名は、地球のマ・アース・ジャ・ハーナの神話に出てくる、不死の船大工の名である。


 メルーヴァは、千年に一度現れる、L系惑星群を変革せんとする革命者。


 けれどもそれは、後付けの歴史であり、真実の歴史によると、ラグ・ヴァダの武神がよみがえり、L系惑星群を滅ぼそうとする象徴なのでは?(クラウド私見)


 イシュメル――メルーヴァとは逆に、戦争を鎮める象徴。(ルナちゃんも、イシュメルだったことがある)


 クラウドは自分のメモを見ながら、髪をかき上げた。


(もしかしたら、イシュメルが生まれると戦争が終わるというのは、後付けの歴史ではなく、正統性のあるものなのかもしれない)


 そのためにラグ・ヴァダの武神は、イシュメルの生誕の邪魔をする。

 L系惑星群の滅びのためには、戦争を終わらせてしまうイシュメルは邪魔なのだ。


(ルナちゃんも、“イシュメル”の前世を持っている)


 先日の真砂名神社で現れたルナの前世は、まだルナが夢に見ていない前世だ。

 イシュメルは、千年前と二千年前に、現れている。

 そのうちの、二千年前のイシュメルが、ルナだったということか。


 ともかくも、サルーディーバもアンジェリカも、自身が正統な“イシュメル”の一族ということを知っているのか。


 予言などではなく、サルーディーバかアンジェリカ自身がイシュメルであり、彼女らが産むこどもが、必然的にイシュメルとなること――すなわち、彼女らが子を産まなければ、イシュメルの子孫が途絶えてしまうということを、彼女たちは知っているのか。


 知らなかったとしても、それを告げたところで、サルーディーバがグレンへの恋情を素直に認めることは、もう、ないかもしれない。


(恋心ほど複雑で、ストレートにいかないものは、ないしな)


 そのあたりは、急を要することではない。この事実をサルーディーバかアンジェリカに確認するとしても、ペリドットが確認していないということは、“口に出してはならないこと”とひとつかもしれない。


(ラグ・ヴァダの武神に、聞かれてはならないことのひとつか)


 クラウドは、それを頭の片隅によけて、かわりに軍事惑星群を中心に据えた。


(メルーヴァ関連は、――ルナちゃんの夢待ちするしかない。俺にできることは)


 クラウドは、カレンとグレン、ロビンに並んだ、深くフードを被った、するどい目つきの男を、クローズアップした。

 L55中央政府が、非常事態宣言を出した。


(いよいよだ)


 オトゥールたちの改革は間に合わない。L11の監獄星から、更迭(こうてつ)されたドーソンの宿老たちが、呼びもどされてしまう。

 そうなれば、また軍事惑星群は、血にまみれる。


(俺の役目は、まずはコイツをつついてみることだ。軍事惑星群のために)


 彼のデータの、ZOOカードの欄に名称はなかったが、動物の名は、だいたい見当がついた。


(ハト、だな)


 オルド・K・フェリクス。

 居住区K32区。

 同乗者、ライアン・G・ディエゴ。メリー・M・アップル。ルパート・B・ケネス。

 出身星L18。傭兵グループ「アンダー・カバー」幹部。


(俺の目をだまくらかそうったって、そうはいかないよ。“ヴォールド”)


 クラウドは不敵に笑い、ジャケットをひっかけて、コンピューター・ルームの自動ドアを抜けながら、携帯電話を手にした。


「……もしもし? ピエト?」

『あっ! クラウド』


 クラウドは手元のGPSでピエトの位置を確認した。K05区の病院内だが、周囲にルナや、仲間の気配はない。


『クラウド! ルナもアズラエルも、グレンも起きたよ! それでね、ミシェルとセルゲイ先生も起きたって、さっきカザマ……カザマさんが言ってた!』


 ――ミシェル!


 クラウドは安堵にほっと胸をなでおろすと、「周りにルナちゃんたちはいないね?」とわざとらしく聞いた。


『う、うん! 俺、ひとりだ。ルナにも、ほかのみんなにも、この電話のこと言ってねえから!』

「よかった。――ピエト、ルナちゃんが起きたなら、さっそくだけど、頼みがある」

『ああ! なんだよ』

「ルナちゃんがZOOカードをつかうときは、必ずそばにいて。それで、ハトのカードを見つけてくれ」

『ハトのカード?』

「そう。ハトの絵がついたカードだ。どんな絵柄だったか、教えてくれ。名前もね。それから、ルナちゃんがそのカードについて、なにか言ったら、そのことも」

『わ、分かった! まかせろ!』


 頼もしいピエトの返事だった。ピエトはクラウドほどではないが、記憶力もいいし、理解力も、同年の子にくらべてずば抜けている。


 クラウドは、自分の留守中の仲間とのつなぎを、ピエトに一任した。シャイン・カードを使用できる権限は、バグムントを脅して認可させた。バグムントに脂汗を百年分かかせた見返りは、じゅうぶんするつもりだ。


 クラウドが、軍事惑星群崩壊を、食いとめる道をさぐる。


(まずは――“アーズガルド”から、崩壊を食い止める)


 クラウドは、相貌認証システムの扉を幾重にも潜り抜け、シャイン・システムでK34区に向かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ