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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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199話 目覚め 1


 アズラエルとグレンは、まるで双子のように、ぱっちりと同時に目を開けた。そしてシンクロするかのように、病院のベッドで、同じセリフを吐いた。


「「サイアクな、夢だった……」」


 自分が吐いたのと同じセリフが隣から聞こえて来たせいで、アズラエルとグレンはこれ以上ないほどに顔を凶悪にしかめさせ、また同じような表情をして、同時にためいきをついたのだった。


 ようやくアズラエルたちが目覚めたころ、隣の病室では、ピエトが擦り過ぎて真っ赤になった両目で、瞬きもせずルナの寝顔を見つめていた。


 ピエトはこの一週間というもの、ルナのベッドのそばから離れようとしなかった。学校へも行っていない。


 タケルとメリッサが、「私たちがいるから、だいじょうぶだよ」と、何度言い聞かせても、ピエトは動かなかった。ルナとアズラエルの病室を、行ったり来たりする以外は――。


 食欲もすっかり落ち、体調すら悪くなりかけている今では、ルナでもアズラエルでもいい、早く目覚めてくれと、タケルもメリッサも懇願したい気持ちだった。


 昏睡(こんすい)したまま起きないルナたちの様子に、ピピが重なったのだろう。ピエトは、六日間、まともなものを口にしていなかった。ジュースをやっと口にするくらいで、固形物は、食べても吐いてしまうのだ。


 だが、ルナはまったく、目覚める気配がなかった。

 アズラエルもグレンも――ミシェルも。そして、セルゲイも。

 だれ一人として、こん睡状態のまま、目を覚まさない。

 

 ルナが倒れて、病院に運ばれたことをピエトが知ったのは、真砂名神社の階段でさわぎがあった日の、十九時も過ぎたころだった。


 学校から帰ってきたピエトは、めずらしくルナが家にいないことに首を傾げながら、おとなしく部屋で待っていた。


 外が暗くなり始めても、ルナは帰って来ない。隣室のミシェルたちも不在、二階の、グレンやカレンたちの部屋も、だれもいない。おとなたちはみんな、いなかった。


 ようやくpi=poの存在を思い出し、充電中のちこたんを起こしてルナのゆくえを聞いてみれば、「真砂名神社です」と返ってきた。真砂名神社は遠い。シャインのカードがあれば別だが、それはルナが持って行ってしまっている。


 不安になったピエトは、悩んだ末にタケルに連絡し、ルナが――アズラエルやグレンたちも、病院にいることを知ったのだった。


 ピエトは初めて、タケルとメリッサのまえで不安を吐露(とろ)した。

 ルナが起きない、みんなどうなっちまったんだよ。いったい、何があったの。


 ペリドットから電話が来て、病院を飛び出していったっきり、帰って来ないセルゲイを心配していたカレンも。


 カザマから、真砂名神社での顛末を聞き、事情を知ったカレンが強引に退院してきてから、メリッサとタケル――大人たちは、ピエトにどう説明すべきか話し合った――そして、すべてを包み隠さず、話すことに決めたのだ。


 メルーヴァのことはもちろん、ルナが、そのメルーヴァに命を狙われているかもしれないということも――。


 おそらく、これから、いくらでもこういった事態は起きる可能性がある。ピエトがルナと暮らしていくというのなら、隠し続けることは難しいだろうという結論になった。


 ピエトは絶句して大人たちの話を聞いていたが、ピエトはとても頭がいい。大人でさえ整理しきれない事態の把握を、あっというまにやってのけた。そして、力強く決意した。

「ルナは俺が守る」と。


 ルナたちが倒れて六日後、やっと病室に姿を見せたアントニオが、ルナたちは一週間後――つまり明日、明後日には目覚めるだろう、死の危険はないとピエトに言い聞かせてくれたおかげで、ようやくピエトはまともな食事を取りはじめた。


 今日が、その一週間後だ。


 ピエトは、朝から落ち着きなく病室内をうろつきまわり、ベッドのそばの椅子に腰かけては、「ルナ、ルナ」と眠ったままの彼女に呼びかけた。返事がないと分かると、そのまま隣室のアズラエルとグレンの病室にかけていき、同じことを繰り返す。朝から病室にいたタケルは、ピエトの薬の時間と食事には気を配っていたが、特に止めることはしなかった。


 そして、アントニオが予告した、七日目の午前十時。


「ピエト、――ピエトくん!」

 隣室にいたタケルが、ルナの病室に駆け込んできた。

「アズラエルさんとグレンさんが、目を覚ましたよ!」


 ピエトはその言葉に、ウサギでもこれほど跳ねられないだろうというくらい跳び上がって、病室を飛び出した。


 何度となく往復した隣室に駆け込んで、「アズラエル! グレン!」と叫ぶと、「おう」という野太い声が、どちらのベッドからも聞こえてきた。包帯だらけのふたりは、起き上がってこそいなかったが、ちゃんとピエトの方を見ていた。


「生きてる……!!」

「ったりまえだ。勝手に殺すな」


 ピエトはあふれかえる涙を拭きながら、アズラエルに飛び乗った。


「うごあっ!?」

「こっこら! ピエト君! 彼らは全身骨折してるんだから、乗っちゃダメだ!」


 タケルに言われて、ピエトはあわててベッドから下りた。


 アズラエルとグレンは、まさに満身創痍(まんしんそうい)だった。両腕も両足も、指に至るまで、あちこち骨が折れていて、肋骨も何本かお陀仏(だぶつ)だった。グレンは肺をやられていて、アズラエルは頭がい骨にヒビが入っていた。


 アズラエルたちは、包帯でぐるぐる巻きになって吊るされている自身の片足を見て、ふたたび嘆息したのだった。


 ふたりの状態を見たとき、医者は、なにかおそろしい重さのものに圧迫された状態だと見抜き、よく内臓が無事だったと心底感嘆していた。アズラエルもグレンも、常人よりずっと鍛えられた体躯をしている。だから、内臓がほとんど無傷ですんだのではないかと。


 掠れてはいたが、二人の声はしっかりしていた。


「心配かけたな、ピエト」とアズラエルは動く方の右手で、グレンは左手でピエトの頭を撫でたので、ピエトは、「心配なんかしてねえよ……!」と鼻を啜った。


「ルナはどうした? みんなは――」


 グレンの台詞に、ピエトは首を振った。


「ルナはまだ起きねえよ。それに、べつの病院に運ばれたミシェルとセルゲイ先生も、まだ起きて――」


 タケルがふたたび、病室に駆け込んできた。笑顔でだ。


「ルナさんが、起きました!」


 ピエトはアズラエルとグレンと顔を見合わせ、アズラエルが「行って来い」というように顎をしゃくった。ピエトはまた、野ウサギのように元気に飛び跳ねて、隣室に向かった。


 タケルは、それを目だけで見送り、「おはようございます」とすこし疲れた声で、アズラエルたちに会釈した。


「だいぶ寝た気がするぜ――十年分くらいな」


 グレンの嘆息染みた声に、タケルは小さく笑った。


「せいぜい一週間といったところですよ。おふたりとも、ご気分は? お医者様をお呼びしていいですか」

「一週間ね……」

「俺たちみたいに、寝たまま起きねえヤツがほかにもいるのか。ルナ以外に?」

「はい。ミシェルさんと、セルゲイさんも。彼らは中央区の病院に搬送されています。でも、アントニオさんの話では、彼らも今日中に目覚めるだろうとのことです」


 首から頭まで固定されたアズラエルは、動きづらそうに身じろぎした。


「ここはいったいどこだ。中央区の病院じゃねえのか」

「ちがいます。ここはK05区の病院ですよ――アントニオさんの指示で、ルナさんとおふたりは、ここに運ばれたんです」


 タケルの言葉の途中で、医者が入ってきた。数名の看護師を引き連れて。


「具合はどうですか」


 医者たちが、ひととおりふたりの様子をたしかめて、またぞろぞろと部屋からいなくなった。タケルの姿はない。

 電子機器の音だけが響く部屋に、沈黙が訪れる。グレンが、まるでひとりごとのようにぼやいた。


「……傭兵野郎、おまえ、夢を見たな?」


 アズラエルは目を見張ったが、首が固定されていて、グレンの方を向けない。すぐに自分もひとりごとの形を取った。


「見たよ」

「俺は、てめえに、ウソをついた」


 アズラエルは、今度はほんとうに驚いた顔で、動かない首を無理やり横に向けて、グレンを凝視したが、グレンは天井を見つめたままだった。


「俺がガルダ砂漠で夢に見た、小柄で髪の長い、可愛い女ってのは、ルナじゃねえ」


 アズラエルは、それがだれか聞こうとして、聞くまでもないことに気付いた。

 夢を見た――グレンも恐らく、自分と同じ、ガルダ砂漠の夢を見たのだ。

 過去の夢を。

 そして、もしかしたら、動物たちが会議をしていた夢も。


「――子どもみてえな女と言ったじゃねえか」


 子どもみたいで小柄、髪の長い女と聞いたことで、アズラエルはすっかりルナのことだと思い込んでいた。だがよく考えてみたら、グレンの羅列した特徴は、だれにでもあてはまる曖昧な特徴で、なにひとつ個性を表すものはなかったのだ。

 やっとそういったアズラエルの言葉を、グレンは飲みこむようにひとつ沈黙し。


「子どもみたい、なんじゃなくて、子どもなんだよ」

 苦笑気味に言った。

「あれは多分――幼いころの、サルーディーバだ」


「なんだと……?」

「ルナじゃねえよ……」


 寂しそうにつぶやくグレンに、アズラエルは答える言葉が見つからなかった。





 ルナは隣室で、泣きじゃくるピエトをぎゅうっと抱きしめたあと、部屋に飛び込んできたカザマに、自分が抱きしめられたところだった。


「よかった……! ルナさん、どこか痛いところはない? 平気ですか? 声は出ます? のどは乾いていない?」


 カザマは涙ぐんでいた。真砂名神社で見たときのような、近づきがたい、一種浮世離れした彼女の面影は微塵もなかったので、ルナは少し安心した。


「だ、だいじょうぶです、あたしは……。そ、それより、アズは? グレンは、だいじょうぶ……」

「ふたりとも、さっき起きたよ! ケガはしてるけど、元気だった!」


 ピエトは、ルナにしがみついたままそう叫んだ。


「ケガ!」


 やはり、無事ではすまなかったのだ。ルナはベッドから飛び降りかけたが、一週間も寝込んでいたこともあって、足がすっかり()えてしまっていた。


「ルナさん、落ち着いて。彼らも今、目覚めたばかりだそうです。隣の部屋にいますよ。安心して」

 カザマが、ルナの肩と背をさすってくれる。

「それから、ミシェルさんとセルゲイさんは、中央病院にいます。お二方も先ほど目覚められたと、連絡がありました」


「ミ、ミシェルも……セルゲイも?」


 みんな、倒れてしまったのか。

 ルナのつぶやきに、カザマはうなずいた。やはり、あのとき神を身に宿した人間は、アントニオとカザマを抜かして、全員昏睡してしまったらしい。


「ミシェルさんとセルゲイさんには、カレンさんとジュリさんがついてらっしゃいます。だから、心配なさらなくてもだいじょうぶですよ」


 カザマは、私も、毎日様子を見に伺っていましたから、とルナを安心させるように言った。

 ルナはだが、そのカザマの言葉に、約一名、いるはずの人間の名が出ていないことに気付いて、思わず尋ねた。


「クラウドは……?」


 クラウドが、ミシェルのそばについていないはずはない。

 もしや、倒れて?

 カザマは困惑した顔で首を振った。


「クラウドさんは、あの日から行方不明なんです」

「えっ」

「宇宙船は、この一週間、どの星にもエリアにも停泊していませんから、彼が宇宙船を降りていることは考えにくいですが、居場所が特定できません。クラウドさんの持っていらっしゃるものと同じGPS装置が、船内の科学センターにありますが、その機械でも、クラウドさんの居場所を見つけることができません。――どこに行ったか、わからないんです」




「――ルナさん、わたくしたちは、あなたに謝らなければいけません」


 ピエトがいきなり出て行った病室で、カザマは、ぼさぼさのルナの髪をブラシでとかしてあげながら、神妙な声で告げた。


「真砂名神社で、あの“儀式”が行われることは、予定されていたことでした……」


 カザマが目を伏せた。会わせる顔もないといったふうに、カザマの声がすこし沈んだ。


「あれはやっぱり、儀式だったんですね」


 ルナは、真砂名神社での顛末を思い返しながら、うなずいた。

 アストロスの兄弟神が、アズラエルとグレンの前世として“蘇る”儀式――とでもいえばいいのか、とカザマは言葉を選びながら、ぽつぽつと説明した。


「でも、あんなふうにいきなり始まるとは思わなくて……予定はしていたことだったのですが」


 ルナはあわてて言った。


「やっぱりあたしは、あのふたりを家に置いてくるべきだったんです!」


 あのふたりが、無理やりついてこなければよかっただけなのに。

 ルナのぷっくらしたほっぺたを見て、カザマは苦笑した。


「でも、近日中には行われる儀式ではありました」


 そういうと、ルナのほっぺたが少ししぼんだ気がした。


「あれは、メルーヴァとの戦いの、予行練習でもあったんですよ」

「よ、予行練習?」


 ルナは目をぱちくりとさせた。


「ZOOの支配者が、ペリドットひとりでもだいじょうぶかどうかということを、検証する儀式でもあったんです」

「――?」


 ルナは話が飲みこめなくて、首を傾げた。



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