表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
472/944

198話 ガルダ砂漠 Ⅱ 1


 アズラエルたちがオアシスに着いたのは、夜半過ぎだった。空に満天の星が輝く時刻になると、空気が刺し貫く冷たさに変わる。


「おい寝るなよ。不死身なんだろてめえ」だの「置いてくぞここで寝たら」だの「重い!ダイエットしろ」だの、そろそろ会話の内容もつきかけてきたアズラエルは、悪態しか吐かなかったし、グレンも応酬するのだが、そのうち「ほざくなハゲ」「俺はハゲてねえ」「アダムに似たらハゲるだろアダムの息子」「てめえがハゲろ」だの、低レベルの言い争いになりつつも、おたがい暴言を吐くことをやめないのだった。


 じきに、その悪口雑言も静かになる。よほど寒いのだろう。息が真っ白だ。


 アズラエルも疲れ切っていた。

 オアシスは、夜半を過ぎて、暗く静まり返っている。


 入り口に着くと、民族衣装を着た人間たちが、ランプを持って、アズラエルたちに近寄ってきた。

 厚手のストールを巻き、ベールを被っている。オアシスの住民か。若者ばかりだ。

 武器は持っていないようだったが、アズラエルが警戒して銃を向けると、ひとりがベールを外して言った。

 

「心配いりません。……L18の方ですね。お待ちしていました。わたしどもはL03の神官です。ここのオアシスは砂漠に水のあふれる聖地、それはわたしどもにも原住民の方にも同様です。ここで争いはおきません。どうか、ご心配なく」


 ふたりの体格のいい神官が、グレンを預かろうとして手を伸ばしたが、アズラエルが警戒すると手を引っ込めた。


「あなたもケガをしている」


 アズラエルの額に布を当てようとした神官の手を払って、アズラエルはすごんだ。


「――だれを待ってたって言うんだ? まるで俺たちがここに来るのが分かってたって口ぶりだ。だれから聞いた? バーガスか?」

 ヤツだって、ここに寄る時間はねえはずだ。


 アズラエルが問うのに、「お疑いになるのも無理はありません」と、最初に口をきいた少年が言った。


「われわれはあなたがたの味方です。しかし――ここはL03です。あなたがたの常識が及ばないこともあること、承知していただきたいのです」


「われらのサルーディーバが申しました」

 まだ幼い顔の、あどけない少年が指を組み、祈るしぐさをした。

「あなたがたがこのオアシスに来ることは、サルーディーバが一年も前より予言しておりました。この戦が、このような結末を迎えることも」


 やっと、グレンを担架に乗せた青年の片方が、澄み切った笑顔を浮かべる。


「われわれはそれを信じ、期日にこのオアシスであなた方を待った。それだけです」


 アズラエルはだれの肩も借りずにひとりで歩き、彼らの案内に従って、噴水のある広場を通って、大きな倉庫ほどもある建物の中へ入った。白い壁の、簡素なつくりの室内は、煌々(こうこう)と明かりがついている。清潔なベッドが用意されていた。清潔な布も、水もある。


 大きな暖炉が奥に据えてあり、子どもが薪を足していた。部屋の温度はじゅうぶんすぎるほど暖かい。


 空気に流れて、薬草の匂いがした。部屋の片隅で、若者のひとりが膏薬を練っているのだった。それも大量に。


 ほんとうに、さっきの言葉どおり、ケガ人を待ちかまえていたような用意の良さだ。


 グレンはまず担架の上で、服を丁寧に脱がされている。脱がされるというよりも、ひどいやけどだ――布地をすこしずつ取っていく、と言うほうが正しいかもしれない。


 グレンがかすかなうめきを上げた。


「あなたも治療しましょう。こちらへ」


 言ったのは、最初にランプを持って近づいてきた神官だ。アズラエルは促されて、今度は素直に木の椅子に座った。

 彼は水で患部を清潔にしてから、すごい匂いのする膏薬(こうやく)を、たっぷりとアズラエルの額に塗りつけた。すさまじい匂いだ。


「うたれたのですか。血が出ています」

「弾がかすっただけだ」


 少年は、アズラエルの腕の、えぐれた部分をなるべく見ないように、洗って布を巻いた。


「われらの星は、化学薬品はほとんどありませんから。すみません、痛くはありませんか」


「痛いか痛くないかでいや、当然痛いが」

 我慢できないほどではない。


 匂いに顔をしかめているアズラエルを、彼は痛みに顔をしかめていると思ったのか、そう聞いた。


「でも、抗生物質くらいはあったほうがよかったかもしれません。あと、痛み止めも――彼の火傷はひどい」


 グレンのほうをちょっと見て、青ざめた顔で付け加えた。

 神官だ、こんなひどいケガなど見慣れているわけもあるまい。さっきの幼子などは、明るい場所でまともにグレンの傷を見たせいなのか、驚いて逃げ出してしまった。


 アズラエルも眉をしかめるほど、ひどい大やけどだった。グレンの上半身はほとんど、火になめられて、顔も半分やられてしまっている。足だけは、ろくに傷もなく、ズボンも煤焦げているだけですんでいるが、さっき担いでいたとき、右腕が折れているのがわかった。火傷が、内臓までいっていなければいいのだが。

 息もしているし、しゃべれたが、まだ油断はできない。気道が焼けていたら、まずい。


「でも――だいじょうぶ。あなたも、彼も生き延びられる。故郷に帰れます」


 彼が、アズラエルの腕に軟膏(なんこう)を塗りつけ、自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。


「それもサルーディーバとやらが言ったのか?」

「そうです」

「……この戦争もこうなるって知ってたんなら、早く教えてくれりゃいいものを」


 彼は、上目づかいで、ちらりとアズラエルを見た。


「サルーディーバさま!」

「みんな、夜遅くごくろうさまです。ケガ人の様子はどうですか」


 サルーディーバが入り口から入ってきた。

 彼女は、ルナの見知っていた彼女となにひとつ変わってはいない。ベールをかぶり、厚手のストールをベールの上から体に巻きつけていた。

 グレンはあの異臭のする軟膏をたっぷりと塗られ、上半身を包帯でぐるぐる巻きにされていたところだった。


「よかった。――彼はまだ生きているのですね、薬は足りていますか」


「あんたが、サルーディーバか?」

 無遠慮な声が、空気を引き裂いた。

「若いってことは次期サルーディーバのほうだな。……あんたがここの責任者か。まず、俺たちを助けてくれたことは礼を言う。だが、不審な点はいくつもある。なぜ俺たちが来ることを知っていた? グレンがこんな大ケガを負うことも――」


 アズラエルを治療していた少年が、おずおずと口を挟もうとしたが、サルーディーバに押しとどめられた。


「メルーヴァ。ここには重体のケガ人がいます。そちらを診ていてくれますか?」

 そういって、アズラエルの向かいに座った。

「わたくしが、お話をさせていただきましょう」


 ルナは思わず、その少年の顔を見た。

 ――彼が、メルーヴァ。


「アンジェリカ」


 薪をくべていた子どもが、ぴょこんと立ち上がった。

 あ、アンジェだ。ルナはクスリと笑った。彼女もサルーディーバ同様、あまり変わっていない。


「温かいバターチャイをみなに、持ってきてください」


 子どもは、抜けた歯を全開にした笑顔で、部屋を出て行った。


 ルナはアンジェリカの後ろ姿を目で追ってから、メルーヴァに視線をもどした。

 ――あれが、メルーヴァ。


 ルナは、自分を狙っているのだというメルーヴァの顔を、新聞以外で初めて見た。

 美しい顔立ちだが、その純朴な目は、どちらかというと大人しそうで、そう――大げさだが――ロイドのようだ、まとう雰囲気が。

 心根の純真さは小作りな顔にすっかり表れていて、肩もうつむき加減で、下からすくいあげるように、アズラエルとサルーディーバを交互に見ている。


 とてもではないが、人を率いて革命を起こすような人間には見えない。

 この人が――あたしを殺そうとしているの?


「毒など入っていませんよ」


 水差しの形をした大きな土瓶から、湯気の立つ飲み物を、アンジェリカは同じ土色のカップに注いだ。

 最初に、アズラエルに渡す。


 バターチャイに手をつけないアズラエルを見、サルーディーバが先に口をつけ、アズラエルに渡した。  

 アズラエルはやっと、カップに口をつけた。冷え切った体に温かい飲み物が入って、顔色が良くなった。


 ほかの皆も、グレンの治療があらかた終わって、ひと息つきながら温かい飲み物を口にしている。


 そうして、みんなそろってサル―ディーバの周りに集まった――つまり、アズラエルの様子を見守るように取り囲んだ。彼らの目に、アズラエルをいぶかしんでいる気配はない。妙に澄んだ、子犬のような目に囲まれて、アズラエルは居心地が悪そうにしている。


 ただ――ひとりだけ。

 担架を運んでいた大柄な青年のひとりが、サルーディーバを守るように、アズラエルをにらみつけ、仁王立ちしている。王さまへの無礼に怒っている兵隊という感じだ。


「――威嚇すんな。おまえじゃ俺の相手にならねえぞ」


 途端に興奮で顔を上気させる大男を眺め、いざとなったら何撃で倒せるか目で測った。

 サルーディーバは苦笑する。


「およしなさい、ツァオ。……申し訳ありません。彼らは、わたくしの予言を信じて、ついてきてくれる者たちです」

「あんたは、今回のことを予言してたってのか? だから、このオアシスで俺たちがやってくるのを待ってた?」


 サルーディーバはふふ、と微笑んだ。神秘的な笑みだった。


「ここの者は素直すぎるのです。そうですね。予言といわねばよかったのか……。このオアシスは、ドネルコトの交易地でもあり、サルーディーバが祈りをささげるために、月に一度訪問する聖地もございます。……すなわち、ドネルコトとL18の軍の高官方のたくらみも、長老会には筒抜けでございました」

「――なんだと?」

「この顛末(てんまつ)も、“予想”範囲内です」


 サル―ディーバは言外(ごんがい)に、「これは“予言”ではない」と告げていた。


「ガルダ砂漠駐屯地の軍が壊滅するってことが、か?」

「わたくしは、ガルダ砂漠の駐屯地の軍が壊滅する、とは、ひとことも申しておりません。そんな予言は受けておりません」

「はァ? だってさっきそいつが」


 サルーディーバは、人差し指を口に当て、メルーヴァをたしなめた。


「ですから、予言というものは、軽々しく口に出してはなりません。……わたくしは、『このような結果になる』と申しました。L18のガルダ砂漠の駐屯地が、原住民の部隊の攻撃を受け炎上し、L18の中尉を抱えて傭兵が、このオアシスにバイクでやってきます、と。明日には、もうひとりの傭兵もやってきます。わたくしは、みなにそう申しました。ですから、一時的にここを封鎖し、原住民の方は入れないようにし――もっとも、この東のオアシスはサルーディーバの祈りの場があるために、よく守られています――火傷の治療の用意をしなさいと。それだけです。ほかに何も申してはおりません。せっかくですから申し上げますが、L18の軍隊は、この戦に勝利します」


「……本隊は壊滅状態だぞ」


「はい。しかしながら、あの爆発が起きてすぐ、幹部の方々は脱出いたしました。ザッカリー少将ほか、みんな生きておられるでしょう。援軍はすぐ参られましたので、原住民の兵も退くでしょう。なにせ、勝手に自分たちの土地を売買されるかもしれなかった方々の怒りは、強い。ですが、一度あの地を征服したことで、ひとまずは、おさまったはず――実態はどうあれ、L18では勝ち戦と報告されるはずです」


 グレンの腕が、ピクリと動いた気がした。憤っているのか、この話が聞こえたのかは分からないが――。

 なにに憤っている? あのたくさんの兵を見捨てて、ボスたちが逃げたことか、自分が、なにもできなかったことか。それとも……、


 サルーディーバはつづけた。


「L18は、こたびは大災難となりましたが、三年後に決着がつきます。そう――ガルダ砂漠の問題が解決する」

「どういう意味だ」

「長老会が、ドネルコトとザッカリーたちが画策したことを、実現するからです」

「――は?」

「“地ならし”はL18の軍にお願いして――L18の軍にとっては、三年後の戦は報復戦となりましょう。また、……血が流れる」

 サルーディーバは悲しそうに目を伏せた。

「……“このままいけば”」


「だからわれわれは、そうならないように、原住民たちとの話し合いを続けているんだ!」


 ツァオが激した。周りの青年たちも、激昂(げきこう)を抑えているようだ。

 サルーディーバが周りの興奮を抑えるように、つとめて静かに言った。


「予言は、あくまでも、“このままいけばこうなる”というものです。われわれの努力があれば、そういう結果にもならずにすむ。原住民の方々の中にも、われわれと手を取り合っていこうという人たちは大勢いるのですから」


「それはあんたらの問題だろう」

 アズラエルはうんざりして言った。

「こんな結果になると知っていたなら、なんで言ってくれなかったんだ。L03の予言師の話なら、聞くだろうL18の幹部だって」


 アズラエルはグレンの代弁を兼ねて、そう唸った。

 サルーディーバが唇をかんだ気がした。一瞬のことだった。彼女は言った。


「伝えられなかったのです」

「は?」

「予言は予言、見えぬものなど何もない。――L03の偉大な予言者の言葉です。たかが予言、されど予言――見えたものをどうとるかは、予言師次第なのです。同じ予言を五人の予言師が見ても、受け取り方がちがう。見方がちがう。咀嚼(そしゃく)がちがう。……だからこそ、L03では、ひとつの物事に対して、五人の予言師がそれぞれ解釈し、まとめて結論を出すのです。その、奥深き真実を知るために」


 サルーディーバの声に、初めて強い感情がこもった。


「長老たちのあいだで――こたびの予言は、L18には報告せぬことに決まりました。

 L03は予言なしには、動きません。そういう星だからです。しかし、予言というものは不自由なものです。わたくしのように、場面を映像で――それもつながったシネマのようではなく、ぷっつりと途切れ途切れに――見せられるものもあれば、文字でわかる者もいる。 

 ……こたびのことも、五人の予言者のうち、四人が「L18には伝えぬ方がよい」と言いました。

 わたくし以外の四人が、この結果を「どこまで」見て、「伝えぬ方がいい」と結論を出したのかはわかりません。見たのか、見ていないのか。予言師同士の、予言に関する対話は禁じられています。

 わたくしは「伝えるべき」だといいました。この予言を聞いて、愚かなたくらみをやめてくだされば御の字――ですが、先んじて、原住民たちを滅ぼしに向かう場合もある。そうならないように「伝えぬべき」と決めた者もいたでしょう。

 長老会は、伝えぬ選択を選びました」


「L18の人間が、大量に死んでもか?」


 アズラエルの皮肉な言い方に、食ってかかったのはアンジェリカだった。


「姉さんを悪く言うな!!」


 小さい体から精一杯声を弾けさせてアンジェリカは、二倍以上もあるアズラエルに食ってかかる。


「姉さんだって、がんばったんだ。長老に文句言われて、仕事もぜんぶなくされて、家に閉じ込められて。でも、いっしょうけんめい踏ん張って――今日だって、ここに来るのにどんな苦労があったか、」


「アンジェリカ」

 サルーディーバは、表情のわからない声で、遮った。

「……あなたの言うとおりです。アズラエルさん。努力が足りなかった――ということなのかもしれません。……でも、今のわたくしには、これが精いっぱいだった。オアシスの夢を見て、あなたたちふたりを救うのが」


 グレンの拳がかすかに動いた。怒っているのか――何に?

 すくなくともサルーディーバに対してではないだろう。


「……。三年後にまた戦だと?」

「ええ。あなたも、……中尉さんも、その戦争にはおりません」


 そうかよかった、二度とこんなとこには来たくねえ、とボヤきかけたアズラエルは、サルーディーバの次の言葉に硬直した。


「あなたも中尉さんも、三年後はL18にはいませんから」


 サルーディーバは、アズラエルを見て、不思議な微笑み方をした。その微笑みに、アズラエルは、初めてぞっとした。


「――あなたの“のろい”はもう解けています。でも、あまりに長い期間縛られ続けていたせいで、まだタマシイが怯えている。完全に解けるのは、三年後、地球行きの宇宙船に乗ってから、でしょうね……」


 アズラエルはやめろ、と言いかけたが、喉が凍りついて声が出なかった。


「運命の少女から、逃げてはいけません。――今度こそ、彼女に愛されるのですから」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ