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キヴォトス  作者: ととこなつ
第六部 ~故郷を想うハト篇~
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197話 ガルダ砂漠 Ⅰ 3


「グレンさま、急ぎトロヌスにある俺の本隊のほうへ――」


「いや」

 グレンは首を振った。「俺はこのまま、ガルダ砂漠を突っ切って、ベベナ河川下流にあるマウリッツ大佐の軍に合流する」といった。


「マウリッツ!? あれはL19の軍ですよ?」


 イオレの反対も無理もなかった。だが、グレンは早口で言った。


「おまえの軍に合流するのは危ういかもしれん」

「なぜ」


 アズラエルが、やっと言いたかったことをぶちまけた。さっき、グレンにだけ伝えたことを――。


「ケトゥインの集落で、ヤツらと話している軍人を見たんだよ――グレンの配下だった」


「はぁ!?」

 ウォレスが叫び、イオレが眉間をこれでもかと絞らせてアズラエルをにらんだ。

「それは本当だろうな! 見間違いでは?」


「いや、――イオレ、原住民の集落にいる“軍人”を見間違えるはずはない。俺の配下だってのは、百歩譲って、もしかしたら違っていたとしても――だ」


 グレンは声だけは冷静さを保ちながら、汗をぬぐった。


「――分かっちまったんだよ俺は」


 グレンには、アズラエルのその言葉だけで分かってしまったのだった。

 まるで、点と線が結びつくように。因果から結論まで、レールがまっすぐ敷かれたように。


「――ユージィン叔父だ」


 イオレののどがヒュッと鳴った。


「ユージィンさま?」

「ああ」


 グレンには、わかってしまったのだった。なぜユージィンが、グレンをここに派遣したのか。ドネルコトとザッカリーたちのたくらみが、どこからケトゥインの集落に漏れたのか。


「ちょっと待てよ――じゃあ、身内で、おまえの命を狙ってくるやつもいるかもしれねえ?」


 ウォレスが戦慄した顔で言った。グレンは否定しなかった。


「いないとは、言えねえな」


 少し前から、グレンは、ユージィンたち宿老が、グレンをはじめ、いとこたち「傭兵擁護派」を始末しようとしているのではないか――と考えていたことがあった。

 仲の良かったいとこたちをそれぞれ別の星に引き離し、仲たがいを狙い、そして。


「ユージィンさまが、……いや、まさか。……え? まさか本当なのか? レオンの言っていたことは――え? ウソだろ」


 一気に混乱に落ちたイオレが、頭を抱えてよろけた。壁に背をぶたれて、我に返る。


「――はぁ? ふざけんなよ」


 ひとりごとをこぼして、目を真っ赤にしながら、周囲をぎろりと睨みつけた。自分たちもぐずぐずしてはいられない。このあたりも火が回ってきている。


「……わかりました」

「イオレ」

「わかりました。こっちの始末はお任せください。われら一族はこの地が長いので顔も効きます。まずはトロヌスに撤退する。まもなく援軍はつくでしょう」


 イオレは正気を取り戻した顔でグレンに告げた。


「アズラエル! グレンさまを任せるぞ! グレンさまを無事にベベナ川流域のL19軍に合流させ、L18に帰還させろ。グレンさまになにかあったら、貴様の首を墓前に捧げるからな!」

「おまえ首狩りやめたんじゃなかったのかよ」


 アズラエルが呆れ声で言ったが、まったく、こんなところで冗談を飛ばしあっている場合ではなかった。


「まずはここを脱出します。近道を誘導する。俺のあとに!」


 銃を構えたイオレが先頭に立った。


 グレンたちがいた天幕の密集した場所も、先ほど軍議が行われていた場所も、もうすっかり炎に包まれている。


 赤いマントをまとった、馬を駆る原住民――ケトゥインが、雪崩の如く押し寄せてきている。見れば、中央付近には、エラドラシスの旗やラグ・ヴァダの旗、十以上の種類の旗がはためいていた。


「だめです。もう中央は押さえられている」


 幾人かが人質にされているが、あれを救い出すのはグレンたちの人数では困難だ。


「援軍は?」

「もうまもなくかと」


 イオレが腕時計型の通信機を確かめながら言った。

 グレン一行は、生き残った軍人たちを誘導しながら進んだ。


「ぐっ!」


 だれかが撃たれ、もんどりうって倒れた。砂が血を吸い、砂埃(すなぼこり)が死体を埋めていく、また、どおん、と火の柱が上がる。


 悲鳴、悲鳴――またどおん、という音。悲鳴。

 民族衣装の男たちからは、ルナが聞いたこともない言語のおたけびがあがる。


 出口に向かう道は、砂塵(さじん)と死体で埋まっていた。


「気づかれたな」


 ウォレスの舌打ち。彼が前に出た。


 ラグ・ヴァダの部隊がグレンに向けて発砲してくるのを、アズラエルがグレンをかばって避け、弾丸は、アズラエルの右腕を引き裂いた。


 ドッ、と肉に刃物が刺さる音。


 アズラエルが、そばの原住民の死体から大きなナイフを引き抜いて、撃った男目がけて投げつけていた。眉間に刃物を刺したまま、どうと倒れる、イオレが発砲する。続けざまに二頭の馬と、敵が倒れた。


 イオレの射撃の腕は、恐ろしく正確だった。


 婉曲した刀を振り上げて叫び、突進してくる原住民に、アズラエルは素早く動く。


 ルナにわかったのは、コンバットナイフを指先でくるりとまわしたところまで。次の瞬間には、相手は右の首から血を噴水みたいに噴き上げて、倒れていた。


 仲間の危機を見て、原住民数人がアズラエルを囲む。アズラエルは速かった。


 片手で発砲し一人の頭を打ちぬき、飛び掛かってきた男を投げ倒すと相手の持っていた半月刀で首を地面に縫い付ける。そこには一切のためらいがない。身体が勝手に動いているという感じだ。


 ルナはむごい場面の連続に目をそらした。


 屈んで振り向きざま、ひとりの足の腱をコンバットナイフで切り裂き、もうひとりは足をたたき折る。


 斬りかかった原住民の刀がアズラエルに振り下ろされる前に、グレンの短銃がそいつの胸を打ち抜いたと同時に。アズラエルは最後のひとりの首を、背後から締め上げて絶命させた。


 血しぶきがアズラエルにかかっていた。彼は頬をぬぐう。

 原住民がグレンたちを囲んでから、数分と経っていない。


「俺の出番はどこにある?」


 ウォレスがそういいながら、二丁拳銃で残りの原住民を二騎同時に仕留めていた。


 ほとんど一瞬の出来事だった。原住民の赤い死体が、十数名分転がっている。


 ――これが、アズラエルとグレンの生きてきた世界なのか。


 ルナは、世界のちがいを、まざまざと見せつけられた気がして、うつむいた。

 だがぼうっと考えているヒマはなかった。


「こっちだ、早く!」

 イオレの呼び声。


「グレン!」

 ウォレスの声がして、ルナは目を上げる、


 ――ルナは、目の前で、人が吹っ飛ぶのを見た。


 これがジャータカの黒ウサギの見せている幻でなく現実だったら、鼓膜が破れていただろう、ドンっ! と一瞬だけ聞こえた恐ろしい音。高く人が吹き飛ばされ、砂にたたきつけられた。


 腕がちぎれ、もうひとりは下半身がない。ルナは思わず目を瞑った。


 ようやく、目を開けた先には――。


 グレンが倒れている。少し離れて、ウォレスも。

 アズラエルが、駆け寄るのが見えた。

 イオレの甲高い絶叫。

 音がした方向からは黒煙が噴き上げて、赤黒い炎が砂を舐め上げている。


「グレンさま!!!!」

「しっかりしろ!! おいウォレス!! グレン!! グレン中尉! 聞こえるか!?」


 アズラエルがグレンとウォレスを引きずり、足早にそこを離れた。

 二度目の爆発音。

 さっきよりもすさまじい炎が噴き出し、四人の姿をルナの視界から消した。

 アズラエルがふたりを引きずって離れなかったら、おそらくその炎に焼きつくされていた。


『……本隊はほぼ壊滅しました。数百人ほどの原住民の部隊に攻め寄せられて』


 ジャータカの黒ウサギの声を聞きながら、ルナは、はるか上空から、シネマのように二人を見下ろしていた。


「グレンは!? ウォレスさんは!?」


 ルナが聞くと、やっぱり隣にいたトラとライオンは、地上を指し示した。

 グレンとウォレスは倒れたままだが、アズラエルとイオレは無事だった。

 イオレが何か怒鳴っている――だが、アズラエルを責めているのではなかった。やがて、その声がルナにも聞こえてきた。


「グレンさまを頼む。俺は必ずウォレスを助けるから――!」


 そのあと、アズラエルはグレンの体を担ぎ、イオレは自分より大きなウォレスの体を担いでその場を脱した――援軍が来たのは、それからすぐだ。L18の軍。


 ルナの視界を覆っていた炎と煙が落ち着いたあたりで、ルナはようやくアズラエルとグレンの姿を見つけた。イオレとウォレスはいない。


 アズラエルに支えられながら、よろめきつつも歩いているグレンがいる。意識はあるのだろうか。


 ルナは思わず、両隣にいたトラとライオンの手を握った。彼らはだまって、握り返してくれる。いつもよりほんのわずか、強い力で。


 ルナが後ろを振り返ると、噴煙を上げているたくさんの天幕が見えた。

 爆発は、まだ続いている。


 ドドドド……、と音がしたのでルナがまたアズラエルたちのほうを見ると、大きなバイクに乗った大柄な男性が、アズラエルとグレンのそばにやってきていた。彼は砂埃よけのサングラスを外すと、噴煙のほうを眺めて口笛を吹いた。

 ルナには分かった。見覚えのある顔。

 バーガスだ。


「派手にやられたなぁ!」


 そういって、彼は自分のサングラスと、バイクに積んでいたコートをアズラエルに投げつける。アズラエルは、その寒冷地仕様のボアコートでグレンをくるむと、バイクにまたがった。グレンをかぶせたコートごと、後部座席にロープでくくりつけて。

 グレンは、歩いてはいたが、ほとんど意識がないようだ。

 バーガスは、ポケットからスキットルを取り出して飲んだ。酒だろうか。


「ここは冷えるなぁ。そんで、生きてんのか? ソイツは」


「……まだ生きてる」

 かすれ声で言ったのはグレンだった。

「勝手に殺すな。……おまえはだれだ?」


 男はまた口笛を吹き、

「バーガスです。しがない傭兵ですが、一応認定なんで、以後お見知り置きを」


 グレンが荒い息の下でゴホッと咳をした。


「……もうすぐ死体になるかもしれんヤツに媚びてどうする」

「今回の稼ぎはぜんぶあんたにかかってるんでね。生き延びてもらわなきゃ困る」

「……トロヌスの駐屯地は、無事かどうかわかるか?」

「あんたたちより先に攻撃を受けたよ。だがあっちは無事だ。指揮官がいいんだろうな。だれだっけ? イオレ――そう、由緒正しきトウドウ家の方々だ。西は――砂漠の入り口付近は、ケトゥイン・ガルダのやつらに占拠されちまってた」


「西はもう封鎖か……」

 アズラエルが苦々しい声を出した。


「ベベナ川流域のL19の軍に行く。経路は分かるか? バーガス」

「は? なんだって、L19の軍に……」


 L18だろ、とバーガスは言いかけ、口をつぐんだ。

 こんな大ケガ、すぐさま治療しなければ危うい――ならば、援軍に来たL18の軍――早かったのはサザのヴィオラ大佐だが、そちらに保護されればよかったはずなのに、どうしてここにいる? 

 厄介な事情がかかわっていることを察したバーガスは、すぐに地図を出した。


「ここに中立地帯のオアシスがある」

 砂漠の東を示した。

「ここを経由していけ。で、可能ならオアシスで一回治療してもらえ。でないとヤバいぞこれ」

「そうだな……」


 ベベナ川下流まではかなり距離がある。今夜までに着けそうもない。この砂漠は極寒だから、夜を押して、このケガのグレンを運ぶのは不可能だ。


 ずっしりと巨大なマシンガンとライフルをバイクから外すと、バーガスはバイクを蹴飛ばした。


「そら行け。アダムの息子。グレン閣下を殺したら、今回の経費はみんなてめえ持ちだ」


 アズラエルは軽く肩をすくめ、バイクのエンジンを吹かして、噴煙とは反対方向へ向かった。


 ぼうぼうと燃える音がする天幕のほうから、馬に乗った数騎がバイクを追ってくる。

 パン! と弾けた音がして、馬ごと民族衣装の敵が砂丘を転がり落ちる。バーガスがライフルでこっちに来る敵を仕留めているのだった。人数は少ない。バーガスひとりでも大丈夫だろう。


 バイクの速度は最高だ。砂を巻き上げながら、アズラエルはグリップを握りしめる。


「――どこに行く。アダムの息子」

 グレンが咳き込みながら聞いた。

「うるせえ。俺はアズラエルだ。……砂漠の東にあるオアシスにいったん向かう」

「……そこは危険じゃないのか」

「そのオアシスも賭けっちゃ賭けだ。先に原住民のやつらが入り込んでたら、アウトだ。だけど街よりましだ。ここらへんじゃオアシスは中立地帯なんだ。あした、L19の軍に着くまでの辛抱だ」


「アイツは――あの傭兵は――」

 アズラエルは、大きくくしゃみをした。

「あ? バーガスのことか? アイツなら平気だ。アイツはウォッカさえあれば、この寒さでもコートなしで踊ってられる」


 グレンから返事はなかった。アズラエルは、話しかけつづけた。


「おい、死ぬなよ。ドーソン嫡男の不死身伝説、証明してみせろ」



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