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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
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24話 サルーディーバとサルディオーネ


「へげ?」


 うつぶせにベッドにもぐりこんでいたルナは、ぱち、と目を開けた。


 また、あの夢だ。

 内容は毎回ちがうが、とてもリアルな、物語のような夢。


「うふ、ちべたい!!」


 よだれと寝汗で風邪をひきそうだ。ルナはあわててタオルを探した。前のときと同じように、びっしょりと汗をかいていた。

 しかし、頭のほうは、妙にクリアで、すっきりしている。


「……?」


 夢を見ているあいだはひどくうなされているのだが、起きればすっきりしている。


 まるで、長年背負ってきた積み荷を降ろしたかのように。

 抱え込んできたキズが、癒えるように。


「……?」


 この宇宙船に乗るころからはじまった夢。すべてが悲しい結末。

 ルシヤの夢のときも、ルナにしては、たいそう考えたり調べたりもしてみたが、夢を見る理由は、いまだに分からない。


「???」


 ルナのちっぽけな脳みそ――ウサギ脳ではさっぱり分からなかったので、ルナは考えることをあきらめた。


「温泉に、行きますよ!!」


 ルナは盛大にカラダとウサ耳を伸ばし、ベッドからぴょんと飛び降りた。


 昨日のファストフード店で朝食をとると、タクシーに乗った。K05区までは数時間かかる。宇宙船の北――山のほうなのだ。

 K12区のビジネスホテル前で乗ったタクシーは、K07を通り、長い長い山道を経て、五時間以上もかかって宇宙船東北地区、K05区に入った。


 ルナは道中、すっかり寝ていたので、いつのまにか北の土地――景色が雪深くなっているのに気付いて、仰天した。


 K05区の街並みを過ぎ、めのまえに現れたのは、巨大な鳥居。

 そして。


 ――山!


 タクシーの中で爆睡していたから、景色を見ていなかったのだが、ルナは思わず大路の真ん中で見とれてしまった。大路は自動車の乗り入れ禁止で、車が走っていないことが幸いした。


(ほんとに、宇宙船のなかだって忘れそう)


 彼方に見えるのは、正真正銘の山だった。

 山正面に、長く広い階段がある。そちらを上がると、真砂名(まさな)神社だ。


 ふもとに向かって、古い木造りの家屋が立ち並んでいるのだった。こちらは、ルナたちの区画より雪が積もるのだろうか。流雪溝(りゅうせつこう)が道路に点々と見える。


 晴れてはいたが寒さは強く、雪がうっすら地面に積もっている。山も、すっかり雪化粧されていた。


 タクシーが行ったほうを振り向くと、そちらにも大きな鳥居が、K05地区の門構えのようにたたずんでいるのだった。


 温泉宿は、ウズメ川の向こうに点々とある。この「大路」からは離れたところだ。椿の宿(つばき やど)もそちら側だった。


 K27区あたりとは違い、大きなデパートやマンションがなくて、平屋作りの建物が並んでいるため、景色が遠くまで見渡せる。


 ルナはどことなく、この光景が懐かしいと思った。


 彼方に見えた神社の階段は、やはりずいぶん遠くだった。ウサギは、商店街をあちこちのぞきながら、ぽてぽて歩いた。


「可愛い!」


 店頭にずらりと並んだ、漆塗りの綺麗な櫛や、口紅の入ったオシャレな貝柄の化粧品、ピン、かんざし。


 ルナはピンとかんざしを自分用に買い、ミシェルたちへのおみやげもここで買うことに決めた。キラとリサには、綺麗な漆塗りのピアス。ピアスを開けていないミシェルには、漆ボックスに入った可愛いラメ入りのマニキュア。


「そういえば、ジュリさんの誕生日なのです」

 ジュリには、貝殻に入ったリップを選んだ。


「レイチェルたちにはどうしようかな。あたしも欲しいな、このマニキュア」


 これ以上ここにいたら、アレも可愛い、コレも可愛いと散財しそうだったので、ルナはあわてて店を出た。


 ぶらぶら歩いていると、お腹が減ったことに気づいた。すっかり正午を過ぎていた。美味しそうな匂いがただよう店はいくつかあったが、この調子ではいつ神社に辿り着けるか分からないので、ルナはまず神社に参拝することに決めた。


 神社は目前に見えるのに、広い大路は距離がある。

 やっと神社の真下に辿り着いたころには汗ばんでいた。山の上の拝殿までつづく階段は、恐ろしく長い。


(――あ!)


 ルナは右手に見える、広い川に目を奪われた。山のほうから澄んだ水が流れている。これがウズメ川の源流か。玉砂利の河原も広く、川遊びができそうだった。


(お弁当買って、河原で食べるのもいいかも)


 ルナは同時に、ひとだかりも見つけた。

 左手のほうに、「紅葉庵(もみじあん)」というのぼりが立っている店があった。あんみつやくずきりの張り紙が、ガラス戸に、所狭しと張られている。

 店の前にある番傘付きの休み場には、人が大勢並んでいた。

 ルナはひょい、と首を伸ばした。


「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

 

 派手なアロハシャツを着て、綿入れ半纏(はんてん)を羽織ったおじいさんが、ひとだかりのまえで叫んでいた。


「サルディオーネの占術が無料、今日をかぎりに二度とはないぞ!」


 せんじゅつ?

 ルナは首を傾げた。


「サルディオーネの占術! 水盆でも宇宙儀でもない、そう、ZOOカードだ。アニマル・パペット! お兄さん、あんた、それを知らないって? 知らないなんてもったいない! とんでもない占いだ、そうそう――あなたの運命の相手を、ピタリと当ててみせよう!」


 おじいちゃんは、陽気な顔で、ルナにも声をかけた。


「今日しかないよ、今日だけだよ。ふつうは、サルディオーネの占いなんて、何億かかるかわからんのだからね」


「おく!?」

 ルナはウサ耳を立たせて絶叫した。


 木の台に赤い布が敷かれた休み場で、紫色のメイクボックスみたいなものを開け、トランプに似たカードを出しているのは、ルナと同い年くらいの女性だった。

 大きいメガネをかけた女の子で、背はルナより小さい。三白眼(さんぱくがん)で、左右に分けたひっつめ髪、そばかす――美人とはいいがたいが、すごく頭のよさそうな顔をしている。

 しかし。

 占い師にしては、服装が、ピンク色のよれよれジャージだった。


(あたしのウサギぱんつよりヨレヨレだ!!)


「あたしの占術をタダで受けるには、条件がある」

 よれよれジャージの女の子は、思いのほか低い声で、しかもハキハキして響く声だった。

「先に、真砂名(まさな)の神に参拝してくること」


 まさなのかみ?


「“階段を上がることができた人”にしか、占いはしないよ」


 ルナはいつのまにかひとごみに参加していた。しかし、ひとをかき分ける必要もなく、聴衆は、我先にと階段を上がりはじめた。ルナはいつのまにか、女の子の真ん前にいた。


「ここの神様は、まさなの神様っていうの?」


 占い師は、知らずに来たのかという目でルナを見上げたが、すぐに、その小さい目はいっぱいに見開かれた。


「――やっと、来た」

「え?」


 ルナは首をかしげたが、いきなり彼女は親切になった。頂上のほうを示して、微笑んだ。


「ここは真砂名神社。マ・アース・ジャ・ハーナの神をまつるお社だよ」

真月(しんげつ)神社の、月の女神さまとはちがうの?」

「ちがうよ。ここは、月の女神や夜の神らの主である、マ・アース・ジャ・ハーナの神がおわすところ。マ・アース・ジャ・ハーナの神は、文明をつくられた神。星々をつくり、地上をつくり、太陽と昼を、月と夜を、世界と人間をおつくりになった神さまだ」


「マ・アース・ジャ・ハーナの神話だ!」


 それはルナも知っている。地球時代からある神話で、絵本や映画にもなっている。


「そうじゃよ。もともと、ここの神には名前がない。だが、名前がないと不便じゃから、マ・アース・ジャ・ハーナの神と呼んでおる。神話の初めに出てくる神だからのう」

 派手なおじいちゃんも言った。


「そうかあ」

 ルナはうなずいた。

「マ・アース・ジャ・ハーナの神話に出てくる神様かあ」

 夜と昼の神、太陽と月の神も、神話に登場する。


「あたし、じつはあんたを待っていたんだ」


 彼女は、とんでもないことを言った。ルナは、聞き間違いかと思った。


「へ?」

「あなたはルナだね? ルナ・D・バーントシェント」

「……!!」

「あたしならきっと、あなたが今困っていることを解決してあげられると思う。だから、どうか、あたし“たち”のお願いも、聞いてほしいんだ」


 彼女は、アンジェリカ・D・エルバと名乗った。そして、L03から来た、ZOOカードをつかう、サルディオーネという占術師だと自己紹介した。


「あたし、あそこの“料亭まさな”で待っているから、参拝を済ませたら、よかったら来て」


 アンジェリカは、気さくな笑顔でそう言った。


「ナキジンさん、いま階段を上がっているひとたちは、明日来て占うから、名前を聞いておいてもらってもいい」

「ホンマにええんか、そんな安売りして」


 あれだけ派手に宣伝していたおじいさんは、困惑顔をしていた。どんな占術かは知らないが、億単位のお金がないと占ってもらえない占いだとするなら、無料、というのは、さすがに裏を疑うほどの気前の良さだ。


「すべてを見るわけじゃない。運命の相手だけだ」


 そういって、アンジェリカは紫色の箱を片付け、店のほうへ歩いて行った。


 ルナは、キャリーケースを紅葉庵に預かってもらうことにして、階段を上がりはじめた。

 口を開けてはるか頂上を見やる――なんとこの階段は百八段あるのだった。


「ひぎい」


 運動不足をうらみながら、ルナは上がった。

 明日は筋肉痛かもしれない。


 ぜいぜい言っているのはルナだけではない。足取りも軽く、サッサカ上がっていくひともいれば、なんだか巨大岩でも担いでいるような様子で、一歩一歩が、おおげさすぎるほど大変なひともいる。


(あれほどじゃないけど)


 ルナも、息を弾ませながら階段を上がった。

 やっと頂上まで上がり、御手水で手と口をすすぎ、拝殿前まで来た。お賽銭をあげ、柏手を打つ。周りを見ていれば、ルナの作法は間違いではないようだ。真月神社と同じ。

 広い玉砂利の拝殿には、ルナ以外にも、不思議な格好をした神官や、ルナくらいの若い女性もたくさんいた。


 二礼二拍手、一礼――。


 ルナがお辞儀をしたとたんに、急に風がびゅうと吹いた。


「わあ!」


 突風だ。

 風の勢いが急に増し、ポケットに入れていたハンカチが飛ばされかけた。


(なに、急に!)


 一緒に参拝していた神官たちも、あわてて裾を押さえる。


「なんじゃあ! どちらさんじゃ!!」


 風のあおりを受けながら、神主衣装を着た髭のおじいさんが、ひどくなまりの強い共通語で叫びながら、こちらへ走ってきた。ルナたちの方へ来ると、ルナを見、それから拝殿を見、またルナを見た。


 そのおじいさんを追って、透けるストールを頭から被った、一見しては女か男か分からない人物が、走ってきた。

 肌の色は褐色で、細い眉にこぼれそうなくらい大きな目。オッドアイだ。左右の目の色がちがう。左目が金色で、右目が青。コンタクトではなさそうだった。

 ストールを留めている様々な細工のアクセサリーもまばゆいばかり。

 背は高く、細身だったので、男性かとルナは思ったが、女性的な顔つきで、声も低いが、男性というには柔らかすぎる。


 ――年齢不詳というか、正体不明というか、人間のような感じがしない、神秘的なひとだ。


 神主のおじいさんは、ルナに言った。


「おまえさん、悪いが、ちょいと降りてくれんか」


 ルナがうろたえていると、ストールの人がルナの袖を引っ張った。


「……あなたのせいではありませんよ」


「サルーディーバさん! たのむ。ちょいとその子連れておりてくれんか」


 ルナは驚いた。

 風はますます勢いを増していて、顔も上げられない。

 ルナもバカではない。なにか自分に理由があると感じたので、あわてて階段を駆け下り始めた。


 サルーディーバが後ろでなにか言っていたが、ルナにではなく拝殿の方へ向かって言っているようだった。ルナには分からない言葉だ、共通語ではない。


 急に風が、静かになる。

 だが、階段を囲む林も、奥の山も、ざわざわと揺れている気がする。


 ルナは階段を一気に駆け下りて、上を見上げた。

 すると、サルーディーバと呼ばれたさっきのひとも、降りてきた。


「あの――あたし――ここの神様を怒らせてしまったんですか?」


 不安になってルナは聞いた。ルナの心配とは裏腹に、サルーディーバは、今度はもっとにこやかに笑った。


「いいえ。怒るどころか大喜びしてらっしゃるんですよ。ごらんなさい。山が揺れている。ウズメ川も。ですから、わたくしもイシュマールさまもびっくりして、なにごとが起きたかと思ったのです」


 サルーディーバは目を細めた。優しい顔だ。


「無理もありません。ご存じなくても。あなたはこの地区の方ではありませんね。南の方の地区からいらした方ですか?」


「あ、は、はい。ルナって言います」

「ルナ」


 サルーディーバのオッドアイが、きらめいた気がした。一瞬のことだったが――。


「わたくしは、サルーディーバと申します。L03からやってまいりました神官です。――どうでしょう。これもご縁です。お昼どきですし、よろしければ、ご一緒にお食事はいかがですか?」

「あ、は、はい」

 ルナは思わずうなずいた。


 サルーディーバがルナを連れて行ったのは、さっきアンジェリカと約束した、「料亭まさな」だった。大路通りにある食事処だ。中は昼時のこともあって、客で混んでいる。

 料亭内の奥まった座敷には、すでに二人の先客がいた。

 アンジェリカと、知らない男性。

 アンジェリカが、サルーディーバの顔を見ると、大声を上げた。


「姉さん聞いた!? いまの! すっごい神さんが笑ってた!!」


 姉さん。……ということは、サルーディーバは、女性か。

 男性も笑って言った。


「うわはははははーってね。今ここ抜けてったよな」


 ふたりはようやく、ルナの小柄な体を見つけてくれたようだ。


「あっルナ! 姉さんと会ったの」


 ルナは、さっき会ったばかりの女の子にまるで旧知のように呼びかけられて、ふたたびびっくりしてウサ耳を立たせた。


「ええ。さきほど、神社で」

 サルーディーバが、微笑んでルナに向き直った。


 ルナがふたたび首をかしげていると、男のほうが目をまんまるに見開いて怒鳴った。


「あれ? ルナちゃんじゃないか!」

(だれだっただろう?)

「えーっと、そうだよな。ルナちゃんは知らないだろな」


 ルナが不審げな顔をしたからか、男は困り顔で一度頭をかいて、苦笑いした。


「いつもお店に来てくれてありがとう。リズンの店長のアントニオです」

「ぷ!?」


 リズンは、いつもミシェルと行く近所のカフェだ。でも、店長さんの顔は一度も見たことがなかった。


「こちらがリズンの店長のアントニオ、古い友人です。そしてこの子が、わたくしの妹のアンジェリカ」


 サルーディーバが、ふたりを紹介してくれた。




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