195話 革命家のライオン Ⅱ
――月を眺める子ウサギよ。あなたは今、どのあたりにいるのでしょう。
私は今、アストロスの北、ラグ・ヴァダの武神が封印された地にいます。
三千年まえ、偉大なるアストロスの神官が、武神を封印した遺跡のまえに。
私が見ている星の光を、あなたは今、どこで見ていますか。
地球行き宇宙船は、どのあたりまで来ているのでしょう。
あなたのことを考えると胸が弾みます。そのことを、私は憐みを持って受け止めています。
――何に? 私自身と、あなたと、私の恋する者の運命のために。
ラグ・ヴァダの武神を身に宿し、「革命家のライオン」として生きる私の中には、たしかに月を眺める子ウサギ、あなたを恋しく思う気持ちも溢れています。きっと、今からこの封印を解き、武神を完全によみがえらせると、なおいっそう、この想いは強くなるのでしょう。
でも私――「白ネズミの王」は、決して真実、愛する人を忘れたりはしません。
忘れもしない、三千年前。
ラグ・ヴァダの武神に私は殺され、愛する妻を奪われた。愛する妻は、武神の子を身ごもり、気を狂わせながら子を産み、死んでいった。武神は一時の気まぐれで奪い、孕ませたあわれな私の妻を捨て、アストロスのメルーヴァ姫、あなたを愛した。
けれどメルーヴァ姫、あなたも武神の本性を知り、ラグ・ヴァダ星に行くのを拒んだせいで、アストロスで神同士の戦いが起こってしまった。
そして、あなたも武神の刃に引き裂かれた――。
メルーヴァ姫、あなたも哀れ、私の妻も、また哀れ。
今度こそ、本懐を遂げましょう。
二千年前、千年前――「私たち」は何度もラグ・ヴァダの武神を滅ぼそうとしながらも、月を眺める子ウサギ、あなたの「宿命」に負けた。
あなた――いいえ、「あなたたち」夜の神と月の神、船大工の兄弟が織りなす哀しい宿命に。
三千年前、アストロスの兄神は、ラグ・ヴァダの武神からあなたを守ろうとして、あなたを死なせてしまった。
二千年前、あなたの姉として生まれ、あなたを愛したアミは、姉弟で生まれた宿命ゆえ、あなたの妻になれないことを恨んでイシュメル、あなたを刺した。
千年前、アロンゾは、自分のものにならない愛人ルーシーを、その手で射殺した。
なんという運命の皮肉だろう。
我々は、ラグ・ヴァダの武神に負けたのではない。
常に、「あなたたち」の宿命に負けて来たのだ。
二千年前のイシュメルは、ラグ・ヴァダの武神を倒す力も、仲間も、才も、天機さえ持ち得ながら、姉の持つちいさなナイフによって死んだ。
予言されたメルーヴァということを知らずに生きたルーシーも、疫病という災禍となってよみがえった武神を鎮めるために、疫病の研究に投資しようとした矢先に、アロンゾに殺害された。
今度こそ、今度こそ。
今度こそ、ラグ・ヴァダの武神を倒しましょう。
アズラエルさん、グレンさん、セルゲイさん――ルナさん。
どうか幸せになってください。
宿命の歯車に呑みこまれないように。
どうか幸せになって。
「すべては終わったのです」。
今度こそ、アストロスの兄弟神が、ラグ・ヴァダの武神を倒すのです。
そのために、「私」は何度だって生まれ変わって、ラグ・ヴァダの武神をこの身に宿し、あなたたちのまえに立ちはだかります。
すべては、ラグ・ヴァダの武神を完全に滅ぼすため。
世界のためといってしまえば、どうにも美しいように聞こえるけれど、そんなものではないのです。
無念の死を遂げた私自身――なにより、哀れな末路を迎えた、愛する妻のため。
さあ、月を眺める子ウサギ、今こそ“シャトランジ”の謎を解き、私を迎え撃つ用意を。
地球行き宇宙船K19区――あなたがルーシーだった時代につくった場所。
「私」と月を眺める子ウサギ、ふたりでつくった、“遊園地”。
この時代のために、かつての「私」が用意した、秘策です。
「私」に宿ったラグ・ヴァダの武神は、「私」の前世と“シャトランジ”をつかって、あなたたちの軍を迎撃するでしょう。
そうなれば、あなたたちに勝ち目はありません。
“シャトランジ”はすべての戦を支配する占術。
“シャトランジ”に支配された戦には、勝てません。
アントニオも、ペリドットも知らない秘術です。
月を眺める子ウサギ、あなたが見破り、「白ネズミの女王」を助け出さねば、あなたたちは負ける。
ここ、アストロスの遺跡に眠る、武神の封印を解けば、もう私――「白ネズミの王」の意識はなくなってしまうでしょう。
「私」に会えるのは、もう“シャトランジ”の中だけ。
月を眺める子ウサギ、「私」はあなたを待っています。今か今かと待っています。あなたが、謎を解き、“シャトランジ”の中から「私」を見つけ出してくれるのを。
さよなら、「私」の愛する姫。
今生も、また結ばれることはなかったね。
でも、「私」は一度だけあなたに触れた、ただ一回だけのキスを思い出に、最後の戦いに向かいます。
だから、だから――今一度、あなたに告げたい。
何度生まれ変わっても、「私」はあなたを愛します。
船大工の兄弟たちが、未来永劫、いついつまでも、月の女神、あなたを愛するように。
「私」の愛する、「白ネズミの女王」。
――大好きな、アンジェ。
第五部 完




