表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
464/946

194話 アストロスの兄弟神 Ⅱ 2


 L05首都アミターバでは、そのころ、気温が五十度を越し、緊急避難指示が出されて、すべての民は屋内に籠っていた。


「太陽の神も、真昼の神も、大いに動かれておられる……」


 太陽の神、真昼の神双方を祀った寺院で、ごうごうとうなりを上げて燃え盛る神火を、僧たちは緊張の面持ちで見つめていた。


 この二神がみずから動くことは滅多にない。妻神、真昼の神の火はすでに鎮まっているが、太陽の神のほうの火は、今まさに、かの神が動かんとする証のように燃え盛っている。


 この猛烈な暑さも、二神が動かんとする証。


 ひとたび動けば、天地をひっくり返すような神の力を調整するために、祈祷していた僧たちは、暑さにやられてばたばたと倒れた。


「ええい! この程度の暑さで倒れていては、“本番”を乗り切ることはできんぞ!」

 大僧正たちの怒号が飛ぶ。


「ついに、メルーヴァとの対決が?」


 若い僧たちの声に、寺院を預かる、最高齢の大僧正は首を振った。


「いや、アストロスに着くのはまだ先じゃ。これは本番ではない、予行練習とでも思うとれ」

「予行練習……」

「神の力をようよう知るときじゃ。ラグ・ヴァダの武神を倒すには、地球の四柱の神と、アストロスの武神を動かさねばならぬ。だが、この神々は、ひとたび動けば天地を揺るがす。神の力をはかりかねれば、アストロスは滅ぶ。神を動かさんとするは、人じゃ。じゃから、ひとは、神の力の巨大なるを知らねばならぬ。つかいかたを誤るまえに」

「ご教授、ありがたく頂戴いたしまする」


 僧たちは、この暑さの中で汗ひとつかいていない大僧正に畏怖(いふ)しながら、お辞儀をして下がった。


(イシュマールよ、“真実をもたらすトラ”に、“真実をもたらすライオン”よ。神の力を見誤るでないぞ)

 




「――え? 今日、マホロさん、いらっしゃらないの」

「いることにはいるんですが、今日は大事な祈祷があって、外には出られないんですよ」


 L77新興住宅街ローズ・タウン――ルナたちが住んでいた街である。

 その名の通り、バラで有名な土地だが、神社にも、今や満開のバラ園があった。


 リンファンは、心配ごとに沈んでいた目元を伏せた。バラの香りに慰められるようにして、お参りを済ませたあと、社務所に寄った。だが、この真月(しんげつ)神社の神主であるマホロは、祈祷のため、今日は出てこられないのだという。


「そうなの……残念だわ」


 残念だが、仕事ならば致し方ない。リンファンは気を取り直して、マホロと食べるつもりだった手製のゼリーを神官に預け、もう一度お参りをするために、参道を、(やしろ)の方に向かった。


(どうか神さま、ツキヨさんの心臓病が、治りますように) 


 リンファンの心中は、いまや混乱を極めていた。

 心臓病で入院しているツキヨ――そして、彼女から聞いた衝撃の事実――。

 まさか、宇宙船で、ツキヨの孫であり、大親友だったエマルの息子であるアズラエルと、ルナが出会い――いっしょに暮らしているだなんて――。


(アズ君と、ルナが)


 リンファンは、幼いころのアズラエルをよく可愛がっていた。おとなしい子で、エマルもアダムも、この子は傭兵には向かないかもしれないと心配していた。あまりにおとなしいから、アズラエルが無口なドローレスの子で、ルナの兄であったセルゲイが、アダムの子だと、勘違いされたこともあったくらいだ。


 リンファンは参道の途中で足を止め、顔を覆った。


 真月神社の女性神主マホロは、リンファンと同じくらいの年ごろで、エマルのように豪快で、気さくな人柄だった。だがその豪快さとは真逆に、ひとの話をよく聞いてくれ、うわさ話も悪口もぜったいに口にしない。それゆえ、彼女を相談相手に、長々と話をしていく近所の住人は多かった。


 リンファンも、この土地に来てから、何度彼女に助けられたかしれない。

 彼女と、話がしたかった。


(どうしたらいいの)


 アズラエルを(いと)うわけではない。だがリンファンは、ルナを軍事惑星に連れて行ってほしくはなかった。ツキヨには悪いが、ルナとアズラエルの仲を応援する気には、とてもなれない。


(病気のばあちゃんの、最期の願いだと思って聞いておくれ)


 ツキヨはリンファンとドローレスにそう願った。二人の仲を認めてほしいと。ツキヨが倒れたのは、このことを自分たちにどう話したらいいか、それを悩んだゆえの、心労であっただろう。

 リンファンもドローレスも、すぐにうなずくことはできなかった。


(――ルナ)


 あの子だけは、もう軍事惑星群には関わらせたくないのだ。L7系のおだやかな、ふつうの人と結婚して、死の危険のない生活をしてほしい。


(わたし――どうしたら)


 リンファンは、苦悩を抱えたまま、参道に(たたず)んでいた。




 

 ――アントニオが、燃えている。


 ルナとミシェルは、思わず、「消火器!」と叫ぶところだった。


 真砂名神社の拝殿から出てきたアントニオは、猛火につつまれていた。


 高僧の姿の彼は、錫杖(しゃくじょう)をついた状態で、真っ赤な火の塊と化していた。


 何メートルも離れているルナたちでさえ、(あぶ)られる熱気に目を開けているのもつらいのに――。

 だが、火の中心にいる彼は燃えてはいない。


 一歩ずつ進むたびに草を燃やし、火の道を作っていくアントニオは、まさに太陽が地上に降りてきたようだ。


 アントニオを覆う火が真砂名神社に燃え移り、神官たちが泡食って、燃えるそばから水をかぶせて、消している。


 アントニオは、階段の手まえで、止まった。そして、左手で持ち上げるようなしぐさをしたかと思うと、アズラエルとグレンの身体が宙に浮きあがった。


「うおっ!?」


 アズラエルたちの唸り声が、ルナのところまで届いた。

 石像も、みるみる火炎に包まれて炎上した。

 アントニオが、二人の身体を、手繰るように引き寄せる。


「――おお!」

 群衆から、歓声があがった。


 アズラエルたちも火に包まれたので、ルナは一瞬焦ったが、彼らもアントニオ同様、燃えてはいないようだ。石像は業火の中で、超然とふたりを見下ろしている。


 宙に浮いた状態で浮遊していたアズラエルたちは――十段目に当たる位置で、見えない壁に(はば)まれた。


 アントニオが手を下ろすと、二人の身体は階段に着地する。

 ふたりは、久方ぶりに、自分の足で立った。


「見て! ルナ、立ってる!」

「う、うん……!」


 ミシェルとシグルスと、三人でしがみつきあって、ルナはその光景を見ていた。


 まるで熱くないのが不思議で――アズラエルとグレンは、火に包まれた自身の両手を眺めたが――。


「イデッ!」

「くっそ……!!」


 ふうっと火が消えた途端に、ふたたび重みがのしかかってきて、膝をついて倒れ伏した。

 

 グラリとアントニオの身体が揺れ――すべての火が、彼の身体に吸い込まれるようにして消える。


「きゃああ!」


 ルナとミシェルは、火が吸い込まれるのと同時に起きた風圧で飛ばされそうになり、木の幹につかまった。シグルスが、彼女らとおじいさんを庇うように上から腕で覆ってくれた。さらにその上から、三羽烏とウワバミが守っていた。


 ルナたちが恐る恐る顔を上げると、あたりを燃やし尽くしていた火はすっかり消え、焦げ臭いにおいと煙が立ち上っている。尻もちをついていたアントニオが、「イテテ……」とうめきながら立ちあがった。


「あいてて……くそ、少し動かすだけでこの被害かあ……」

 アントニオは周囲を見渡し、困ったように頭を掻く。


 アズラエルとグレンは、七十三段目に到達した。 


 アントニオが立ちあがったのを合図に、灼熱の太陽は空から消え――みるみる、商店街の雨雲が、階段と真砂名神社上空も覆い出した。


 残り火を消すように、雨がしとしとと降りだした。


 あとすこし――。

 ルナもミシェルも、駆け出した。

 ルナたちに引きずられるようにして、やじ馬も階段前に殺到する。

 ――殺到したはずだったが、ルナたち以外は、階段をのぞき込んだあと、皆逃げるように拝殿の近くまであとずさった。

 

(――死んだ)

(これは俺、死んだな)


 かろうじて意識が残っているアズラエルとグレンは、自分を見下ろす魔王の様な男を見て、そう感じた。

 金色に、らんらんと輝く双眸(そうぼう)――身体中から、漆黒のオーラが立ち上っている。

 ポロシャツに、スラックスと革靴という姿に、これほど恐怖を感じたのははじめてだ。


 どの神かはわかった。一発で分かった。

 

 眉は鋭く跳ね上がり、炎のような金色が目尻から揺らめき、口から青黒い瘴気が漂っている――覗く牙が。

 肉食獣も真っ青なほど、鋭く大きい。

 さっきの鬼の、比ではない。


「こっわ!!」

「おめ、ひとのごど言えだ義理か!」


 キスケとフサノスケが突っ込みあっている。

 セルゲイにいろいろオプションを加えると、こんなに怖い見かけになるのか。

 すくなくとも、助けてくれそうな容姿はしていなかった。


「……ラスボスだ」

 かなりヤバい系の。ミシェルがつぶやき、

「わたしが敵にしたくないのはあっちだね」

 ララも同意した。


 だが、夜の神は、見かけに反して実に親切だった――アズラエルとグレンを、手を使わずに浮き上がらせると、そのまま、両肩にかついだ。そして、ずしん、ずしん、と重さを響かせるような足音で、十段、上がる。


 十段目でやはり彼も立ちどまり、それ以上上に行けないことを不思議がるように、見えない壁を押していたが――やがて無駄だとわかると、ふたりを下ろすために片膝をついた。


 八十三段目で、ふたりを階段に降ろすしぐさも、セルゲイの名残が残っていた。彼は少なくとも、重さにかこつけて乱暴に落としはしなかった。ふたりを階段に座らせ、ゆらりと離れる。


(おいおいおい――足が、地面から離れてるぜセルゲイ)


 突っ込む勇気は、グレンにはなかった。

 黒雲のなかに漆黒の煙が立ち消えるように、夜の神がセルゲイの身体から抜けて行った。

 夜の神の黒い煙は、一度ルナの周囲を取り巻き――キラリと光って、真砂名神社の拝殿へ吸い込まれていく。

 同時に、夜の神の塔の火も消える。


「……」

 助かったけど、怖かった。


 アズラエルもグレンも――ついでにクラウドとニックとベッタラも、鬼たちも、セルゲイには逆らわないことにしようと、固く心に誓ったのだった。


 セルゲイが、グレンとアズラエルに被さるように倒れる。


「ぐおっ!?」

「重い!!」

「あっ、ご、ごめん……!」


 意識が飛んでいるわけではなかったらしい。セルゲイはあわてて立ちあがった。


「ああ――なんかすごかった――」

 セルゲイはぐったりくたびれたように嘆息し、

「ふたりとも、いったいどうし……、」


 二人に理由を聞くまえに、セルゲイはララとクラウドに促されて、階段を上がらせられた。次の手助けが待っている。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ