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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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193話 アストロスの兄弟神 Ⅰ 2


 今日、ふたりは朝から奥殿の絵とにらみ合っていたのだが、そこへ三羽烏がやってきて、ナンパをはじめた。話の流れで、ルナの知り合いだと分かって――盛り上がりかけたところへ、真砂名神社の神官が駆けてきた。


 石像を抱えた者が、階段を上がって来ようとしている。こんな光景は初めてだ、見ておいた方がいい、と。


 ルナは驚いた。気付くと、まわりはやじ馬でいっぱいだった。

 階下には、ナキジンやカンタロウたちの姿も見える。


「クラウド助けて! ふたりが死んじゃうよ!」


 ルナが涙声で縋ったが、クラウドも、状況を把握しきれていなかった。

「何が起こってるんです?」

 クラウドはもう一度聞いた。


「イシュマールじいちゃん、あんた、“リハーサル”は、もうちょい先やいうとったろ」


 キスケが困り顔をした。


「“リハーサル”?」


「うん。アストロスの武神が、この階段上がるかもって話は、けっこう前からあったんよ」


 いつも綺麗な着物姿のキキョウマルも、冷や汗まじりに石像を見上げた――。


「ペリドットは来とるん? アンジェは? 用意はできとったん?」


 オニチヨが畳みかけるようにして聞く。


「アンジェは不調で、お休みや。ペリドットは昨日からこっち来とったんやけど。どうやろ。ミヒャエルも来る予定で――わしも分からん。なんでいきなり……」

 おじいさんは、首を傾げた。


「ペリドット、“回帰術”に入っだど!!」

 奥殿のほうから、子ども姿のフサノスケが駆けてくる。


「おお、入ったか。よかった」


 わずかにほっとした顔を見せるイシュマールに、クラウドが再度聞いた。


「ごめん、俺たちにもわかるように、説明を……」


「おまえさんには、ふたりの上にそびえたつ石像が見えんか」

 と問うた。


 ミシェルには見えているようだった。「どうしたのあのふたり!?」という台詞は、どうしてあのふたりの背中に石像が乗っかっているのか、分からないから言ったようだった。

 クラウドには見えないようだ。


「なにかが乗ってるの?」


 とルナにも聞いたが、詳しく話を聞いている暇はないようだと確信した。アズラエルたちのただならぬ様子は、嫌でも分かった。


「ミシェルとルナちゃんはここにいて。様子を見てくるから!」


 イシュマールたちは、クラウドを止めなかった。


 クラウドはすばやくアズラエルとグレンのそばまで下りて行き、ふたりの首に手を添えて脈を測った。ずいぶん弱々しい。

 さすがのクラウドも、この緊急事態に、脂汗が噴き出した。


「なにがあったか――聞いてる余裕はなさそうだね」


 アズラエルに肩を貸そうとしたところで、ニックの制止の声が。そこでクラウドはやっと、肩を押さえて座り込んでいるニックと、口の端から血を流しているベッタラの存在に気付いた。

 顔を青くして倒れている、尋常でないアズラエルたちの様子に、周りを見る余裕すらなくしていたのか。


「クラウド君、君じゃ無理だ」

「でも、君も無理だよね」


 あきらかに、ニックの肩は外からでも分かるくらい変形している。ベッタラも何があったのか、腹を押さえて、立っているのもやっとの状態だ。

 そして、アズラエルの周りに倒れ伏している、屈強な男たちの山積み。


「状況説明を求めるのは、あとだな」

「ちょ、クラウド君、待っ――」


 クラウドは、アズラエルの腕を持ち上げた瞬間、異変に気付いた。人間の身体が、尋常ではない重さなのだ。まるで強力な接着剤で階段にはりつけたように、アズラエルの身体が動かない。


「ぐっ……っ!」


 それでも持ち上げようとしたところで、ふうっと風圧を感じた。頭上にだ。


「――!?」


 クラウドも目を疑った。落ちてくれば確実に即死確定の大きな剣の先が、自分めがけて落ちて来るではないか。


「うわあああああ!!!」


 クラウドは絶叫し、アズラエルを庇って頭を抱えた。


 ――だが、剣は落ちてこない。

 クラウドは恐る恐る目を開け――剣が、だいぶ上の方で、バチバチと音をさせる稲光に包まれているのを見た。――何度も、目を擦りながら。


「俺――正気かな」


 クラウドも目を擦る。電光を引き起こし、剣を空中で止めているのはミシェルだった。


「――ミシェル」


 ルナは、親友が、剣の方に向かってまっすぐに右腕をのばしているのを見た。ミシェルの目は焦点が合っていない。


 ルナは、ミシェルそっくりの青年がミシェルと重なるようにして現れ、右腕につかんだ錫杖(しゃくじょう)を剣の方に伸ばしているのを見た。彼はミシェルそっくりの顔で、ルナに向かってウィンクした。


 ――手伝ってあげるのは、三段だけ。まだミシェルには、私との同化は、難しいだろう――


 ルナははじめて彼をはっきりと見た――百五十六代目サルーディーバ。


 ルナは、サルーディーバに向かってこくりとうなずき、クラウドに向かって叫んだ。


「クラウド、三段だけ! アズをグレンと同じ段に運んで!!」


 クラウドにも、ミシェルの様子は見えただろうか――彼はうなずくと、アズラエルを抱えて、重そうに、一段ずつ上がった。

 アズラエルが四十三段目に来たところで、ふっと剣を止めていた光が消えた。それと同時に、ミシェルも崩れるように倒れた。


「ミシェル!!」


 あわてて駆け寄ったルナだったが、ミシェルが止めていた剣はまた、まっすぐに落下してくる。


「またか!!」


 クラウドの絶叫が、ルナのところまで聞こえた。

 だがふたたび、剣は空色の光に包まれて制止し――ガラスが割れるように、破片を散らばせて砕け散った。


「ミヒャエル! やっと来おったか!」

 おじいさんが、階段を下りはじめた。

「ええか、ルナ。おまえさんは最後じゃぞ。出番が来るまで、絶対にここを動いちゃならん」


「動けるモンは集まれ!」

「ウワバミボウズ! 今日は大人の格好しとけや」

「うっせえなカラスども!!」


 キスケの号令で、三羽烏と、フサノスケが大人の姿になって、階段を駆け下りていく。


 ルナは、まばゆい空色の光が、石像を浮き上がらせているのを見た。アズラエルとグレンを押し潰している石像が、持ち上がっているのだ。


「すごい……」


 周りから感嘆の声が洩れ、ルナも思わず、見惚れていた。

 ルナは、階段をゆっくりとあがってくる、L03の衣装を着た美しい女性がだれなのか、最初は分からなかった。だが石像を持ち上げているのは彼女で、ルナが、カザマだとわかったのは、彼女がアズラエルたちの近くまでやってきてからだ。


 ――わたくしがお手伝いできるのは、十段だけです――

 

 グレンを、オニチヨとキキョウマルが、アズラエルを、キスケとクラウドが支えた。

 カザマが石像を持ち上げてくれているので、ふたりとも生来の重さにもどっている。それでも重いことに変わりがなかったが、四人は、ゆっくりとだが、グレンを背負って階段を上がった。


「よいしょ、……重いんやこの筋肉ダルマ!」

「さっきはもっと重かったよ」


 クラウドとキスケは、苦笑しあった。


「ミヒャエルさま……! すごいお力……!」


 キラキラと空色の光に包まれたカザマは、その容姿も相まって、ほんとうに神のようだ。

 野次馬の女官たちが、感動の声を上げるのを聞いて、ルナもミシェルを介抱しながら、自分の担当役員を呆然と眺めていた。


(ほんとにすごいよ、カザマさん……!)


 なんて力持ちなんだろう、と見当違いの感動を覚えながらルナは、その様子を手に汗握って見守った。

 しかし、五十三段目で、昼の神の手助けは終わった。


「うわっ!?」

「おおう!」


 クラウドたちは、そのままアズラエルとグレンの下敷きになって、べちゃっと階段に突っ伏す。


「もうすこし、待たんかい!!」


 せめてふたりを降ろすまで待たんかとキスケは叫んだが、カザマは申し訳なさそうな顔で謝るだけだ。


「すみません、でも、ほんとうに十段だけの約束でして」


 カザマはそのまま、四人には目もくれずに、ふわふわと踊るように階段を進む。


「えっちょっ待ちい!!」

「……っ! なんとかならんか! つぶれるつぶれる!!」

「重すぎじゃろ!?」

「ちょ、助けて!」


 四人の悲鳴に、ベッタラとニックがあわてて駆け寄ったが、けが人ふたりではどうすることもできない。


「おんどりゃ」


 フサノスケが、周辺の倒れた人間を片付けたあと、アズラエルを抱え込んだが、ビクともしない。


 カザマはふわりと舞い上がり、ひといきにルナの前まで来ると、微笑んだ。


「真昼の神様……!」


 やじ馬の神官たちがうっとりと眺め、伏し拝むのをルナは見た。

 ルナは、カザマのようでいてカザマでない――昼の神をはじめて見た。


 野次馬が、(おそ)れるようにさぁっと道を開ける。ルナに微笑んだ昼の神は、そのまま吸い込まれるように、まっすぐ真砂名神社の拝殿内へと姿を消した。


 ルナは思わずそれを目で追い――口をあんぐりと開けたまま、固まった。


 昼の神が拝殿内へ姿を消したとたん、ゴゴゴ……と雷の音がした。一気に、黒雲が空を覆っていく。ぽつ、ぽつと雨が降り出したかと思うと、一気にバケツをひっくり返したような大雨になった。


 ルナはあわてて、ミシェルを引きずって、拝殿へあげた。雨の当たらないところへミシェルを寝かせ、濡れるのもかまわず階段までもどった。

 やじ馬たちも、雨に濡れても、この場を移動しない。息をのんで、この“儀式”を見つめている。


「だいじょうぶですか!? 今そちらへ向かいますから!」


 不可思議な世界に現れた、突如現実に引きもどすようなサイレンの音。ルナは階段の下に救急車が到着したのを見た。やはり先ほどだれかが救急車を呼んだのか。

 担架を持った救急隊員が、階段を上がろうとしたが――。


「ちょっと待って! 階段からは来ないで!」


 ニックが必死の思いで叫んだが、間に合わなかった。救急隊員は一歩、階段に足を踏み入れた途端に、それ以上先に行けないことを知った。

 足が、石畳にはりついて動かなくなってしまったのだ。


 それ以上の侵入を拒むように、救急隊員のすぐ隣にあった樹木に雷が落ちた。バリバリと木肌が裂けて、階下のやじ馬から悲鳴が上がった。


 いかずちの衝撃を受けた救急隊員ひとりが卒倒し、残りふたりが大慌てで、彼を救急車に担ぎ込んだ。


「なんとかしてくれ! 足が動かない!!」


 びしょぬれになりながら悲鳴をあげ、無茶苦茶にはりついた足を取ろうともがいているのは、先頭に立った救急隊員。


「なっ……なんなんだよ、これは!!」

 三人がかりで彼の足を階段から剥がそうとしても、外れない。

「やめてくれ! 足がもげそうだ!」


「あんた、この階段上がったことないのかい!?」


 ナキジンが駆け寄って叫んだが、意味の分からない救急隊員は、がむしゃらに足を動かすだけだ。ほかの救急隊員も、この非常事態に、一気にパニックに陥った。


「そんな……むりやり剥がしちゃいかん!」

「いったい、何が起こったんだ!?」

「あんた、K05区のもんじゃないだろう! どっから来た!? この階段じゃなくて、裏道から上がったらよかろうに!」


 やじ馬も加わって、パニックが倍加した状況で――どうあがいても階段から剥がれないその足を、片手でひょいと持ち上げたのは、たった今やじ馬に加わった、スーツ姿の男だった。


「――!?」


 三人がかりで剥がそうと思っても剥がれなかった足が。

 その男が右手で乱暴に持ち上げただけで、すっと離れた。


「あ、ありがとうございます!! ありがとうございます!!」


 平伏しかねない勢いで感謝の涙――雨にまみれてどっちかわからない――を流す救急隊員に、ララは怒鳴った。


「一度もこの階段を自力で上がったことがないやつが、人を助けになんぞあがるな! 面倒ごとを増やすだけだよ!! ――なにやってんだ? あいつらは」


 ララには、石像のすがたは見えなかった。だが階段の中腹に怪我人が何人もいて、その中には見知った顔もいる。


 おそらくこの階段の洗礼を受けたのだろうが、ここまで大ごとになっている状況に出くわしたのは、ララも初めてだった。


 ララは、シグルスにこの場で待っているようにいい、階段を上がって行った。


「必要になったらすぐ呼ぶから、ここにおいで」

「はい。承知しました、ララ様」

 


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