表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~時の館篇~
46/1034

23話 リハビリ夢の中 Ⅳ ~貴族の娘と庭師の恋~


 むかしむかし、ウサギさんは、パンダ伯爵に見染められて結婚をしました。


 ウサギさんのおうちは、裕福な男爵の家柄でしたが、先代の浪費(ろうひ)がたたって、いまはすっかり財産がなくなってしまいました。

 お父さんのトラさんはまじめな人でしたが、その前の主人がとても浪費家だったのです。

 名前だけは有名なおうちでしたので、そのおうちの位が欲しくて、トラ男爵の一人娘のウサギさんへの結婚の申し込みはあとを絶ちませんでした。


 そんなとき、パンダ伯爵のおうちからも結婚の申し込みが来ました。


 パンダ伯爵はおうちをついだばかりで、まだ若い伯爵でしたが、お金もたくさん持っていましたし、なにより立派な方でした。ウサギさんはたいそうかわいらしいお嬢様だったので、パンダ伯爵は気に入ったようです。

 パンダ伯爵も、素敵な紳士でした。


 しかし、ウサギさんはおとなしくて引っ込み思案なお嬢様だったので、結婚は嫌でした。ウサギさんのパパのトラ男爵も、可愛い一人娘をお嫁にやりたくはありません。まだ幼かったのですから。


 でも、トラ男爵が一生懸命がんばっても、先代の残した借金は莫大(ばくだい)なものでした。トラ男爵は、ついに身体を壊し、亡くなってしまいます。


 たったひとりのお父さんを亡くし、ウサギさんは天涯孤独になってしまいました。

 パンダ伯爵はそんなウサギさんがますます気に入って、いっしょうけんめいウサギさんにプレゼントを贈り、やさしく言葉をかけ、ウサギさんの心をときほぐしました。ウサギさんはついに折れました。


 だれもがうらやむ、すばらしい結婚式でした。


 ふたりのくらしは、それはそれはしあわせに、平穏に過ぎゆきました――けれども。

 ウサギさんは、しあわせではありませんでした。


 なにしろウサギさんは、一歩も外に出してもらえなかったのですから。


 ウサギさんはおとなしくて読書が好きなお嬢さんでしたが、それでもあんまりでした。広いお庭の散歩すら、パンダ伯爵が一緒でないと許してもらえませんでしたし、もちろん社交場に顔を出すことなんてあり得ませんでした。


 パンダ伯爵は、それはそれはウサギさんを大事にしていましたし、ウサギさんをたいそう可愛がりました。でもそれはまるで、人形を愛するような愛し方でした。ウサギさんは、パンダ伯爵の優しい笑顔しか知りません。ほんとうに、それしか知らなかったのです。


 そんなある日、ウサギさんを愛していたパンダ伯爵は突然、ウサギさんを裏切りました。

 本当に突然でした。

 パンダ伯爵の浮気相手は、美しい金色の髪をもったキリンさんです。背が高く凛々しく、ウサギさんとはまるで正反対のキリンさん。

 キリンさんと浮気を始めたパンダ伯爵は、家に帰ってこなくなりました。でも、パンダ伯爵は、それでもウサギさんを外へは出してくれませんでした。


 そんなときです。ウサギさんと、庭番のライオンさんが出会ったのは。


 ウサギさんにとっては、ものすごく勇気のいることでした。でも、ウサギさんは気づいていました。

 庭番の若いライオンが、ウサギさんをうっとりとした目つきで眺めているのを。


 ライオンさんにとって、ウサギさんは、不思議なほど可愛らしい、浮世離れしたお姫様に見えていました。


 幼いころから使用人として、貴族の屋敷を転々としてきたライオンさんにとって、一見優雅に見える貴婦人達が、どれだけ「けもの」であるかを知っているライオンさんにとっては、いつも窓から見える、(はかな)い悲しげな顔をしているお姫様が、ウサギさんでした。


 ライオンさんにとっても青天の霹靂(へきれき)でした。ウサギさんがまさか、自分を誘惑してくるとは思わなかったのです。


 ライオンさんは裏切られた気持ちになり、がっかりしました。ライオンさんは怒り任せにウサギさんを食い散らかしましたが、ウサギさんはそれでも何度も、ライオンさんを誘惑しました。


 ウサギさんは自分が、パンダ伯爵の人形であることがわかっていました。その怒りが、ウサギさんをゆがませました。

 ウサギさんにとって、ライオンさんは、ただのおもちゃでした。パンダ伯爵に当てつけ、自分の運命をのろうかのような八つ当たりの相手にすぎなかったのです。


 でも、いつからでしょう。ライオンさんが、本気でウサギさんを好きになってしまったのは。手の届かないおひめさまから、愛しいウサギさんになったのは。


 ウサギさんはライオンさんをおもちゃ扱いするのは変わりませんでしたが、それでもきっといつのまにか心は動いていたのでしょう。


 愛しあったあとは、よくウサギさんが東洋の細工の、綺麗な小箱から眼鏡を取り出して、本を読みました。そのしぐさがライオンさんはとても好きでした。

 ウサギさんが読むのは子ども向けの本です。すこしずつすこしずつ。貧しかったので、字を読み書きできないライオンさんに、ウサギさんが読み聞かせてくれるのでした。


 頭のいいパンダ伯爵が、気づかないはずはありませんでした。そのうち、ウサギさんはライオンさんの子どもを妊娠してしまいます。ウサギさんは半狂乱になり、ふさぎこむようになりました。なぜなら、パンダ伯爵が、ウサギさんが子どもを産んだら、その子どもを殺そうとしていることを知ってしまったからです。


 パンダ伯爵は、ウサギさんが浮気をしたことを怒りはしませんでしたが、それはなによりも残酷な制裁でした。


 パンダ伯爵は、ふさぎこんでしまったウサギさんを、別の国にある別荘へ連れて行こうとしました。パンダ伯爵はウサギさんを愛していたのです。

 

 ライオンさんは庭師をやめさせられるその日、ウサギさんの部屋にやってきました。


 大きな、ナイフを持って。


 パンダ伯爵が駆け付けた部屋には、血まみれになったウサギさんの死体がベッドに寝かされていました。


 パンダ伯爵は号泣しましたが、もう遅かったのです。


 ライオンさんは川の下流で見つかりました。


 ――東洋の細工の、小さな小箱を握りしめて。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ