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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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192話 石像かついでリハーサル 1


 ルシアンの警備のバイトは、とどこおりなく済んだ。


 グレンはちっとも眠くなかった。もともと、一晩の徹夜でどうこういっていたら軍人などやっていられないが、人間だから眠いものは眠い。だが、今日のグレンはちっとも眠くなかった。妙に神経が高ぶっている。


 仕事上がり、頭の中身を占めているのは、いつもなら大抵、朝飯に何を食おうかとか、家に帰って寝るか、ラガーでひっかけて寝に帰るか、そんな程度だ。今日はめずらしく、ひとりの人間のことで頭がいっぱいだった。


 ルナではないところが、グレンは我ながら不思議――カレンのことだ。


 タクシーで家路に向かう道中、グレンは、同じ軍事惑星の名家の跡取りであるカレンのことを考えた。


 もし、運命の歯車が狂わなかったら――歯車が正当に動いて今の状況なのか、グレンにはわからなかったが、なにごともなくグレンがストレートに跡を継いでいたなら、カレンとグレンは互いに、軍事惑星を支えていく、ドーソンとマッケランの君主として、出会っていたことだろう。


 そんな形で出会っていたとして、果たして今のような関係が築けたか。

 答えは、あきらかにノーだった。


 この地球行き宇宙船で出会った――不如意(ふにょい)な、偶然。


 互いを、ドーソンとマッケランという大荷物をおろした状態で会った、こんな形での出会いでなければ、親しくはなれなかったはずだ。


 当主として会えば、おそらく、互いの中身を一ミリたりとも見せず、腹の探り合いで終わる。


 現に、最初はそうだった。


 宇宙船に乗って、部屋が隣同士になり、交友は始まった。グレンがドーソンの嫡男と知ったときから、カレンの愛想は急転直下し、こんなふうに同居できるようになったこと自体奇跡だ。


 最初の、あの反応からすれば――。


 カレンが、「ドーソンの嫡男」としてではなく、グレンという人間を見てくれるまで、時間はかかった。グレンも同じだ。カレンを、「マッケランの嫡子」という目で見たくはなくても、どうしてもフィルターはかかる。


 互いにそのフィルターを取り払うのに、時間と根気と、まわりの人間の協力が不可欠だった。


(冗談じゃねえぞ、カレン)

 グレンは心中だけでつぶやいた。

(地球で、おまえを看取れっていうのか)


 カレンの寿命があと三年しかない――ちょうど地球に着くころが、カレンの寿命が尽きるとき、というわけだ。


 地球に着くことを、ルナのように夢見がちにとらえているわけではないグレンだったが、友人の死を看取るために地球に着くことなど、真っ平御免(ま  ぴらごめん)だった。


 そして、カレンの死より、この宇宙船で起こる奇跡のことを考え始めている自分を、変わったなあと心のどこかで思ったのだった。


 K27区のアパートに着き、自室でシャワーを浴びてから、グレンはちょっと考えたのち、階下に下りて、ルナの部屋のインターフォンを押した。


 ぱたぱたぺたぺたと、ドア向こうで、だれかが玄関に到着した。ドアがガチャリと開く。ルナがひょこりと顔を出した。


 pi=poはどうした。


「グレン、おかえり!」

「ルナおまえ、相手をたしかめてから、ドアを開けろ」


 アズラエルにも、いつも言われていることだったが、ルナはすぐに忘れる。ふくれっ面をしたルナだったが、すぐに室内にもどっていった。用を聞かないということは、勝手に入っていいのか。グレンはそのこともルナに注意しようとしたが、肩を竦めるだけで、あきらめた。


 グレンがまっすぐキッチンまで行くと、ルナ以外、この部屋にはだれも居ないようだった。


 だれもいない。ルナと二人きり。


 以前の自分だったら、こんなラッキーな状況はじゅうぶん有効活用したかもしれないが、長く一緒に暮らしていくためには、よけいなもめ事は起こさないに限る。


 ルナが、ほかの男と部屋にふたりきりの状況を許せるほど、アズラエルは大人ではないし、自分もそうだ。

 グレンは一旦引き返そうかと思った――が。


「ごはんあるよ!!」

「……は?」


 グレンは何か言うまえに、目的のものをルナに差し出されたので拍子抜けした。


「あさごはん、でしょ?」


 ルナはちがうの? という目でグレンを見ている。たしかに、なにか食うものはないか、それを聞きにルナを訪問した。運がよかったら、朝食の残りか何か――。

 だが、グレンはウサギに、強引にダイニングテーブルに着かされた。


「ちょっと待っててね」

「ルナ、別に凝ったモンじゃなくて、いいんだ」


 グレンは言ったが、ルナはてきぱきと用意をはじめた。どうやら、サラダを乗せた白い皿はすでにスタンバイされていたらしい。フライパンに卵をおとすジュウジュウという音、バターの香り。


「グレン、ベーコンとソーセージどっちがいい?」

「ソーセージ」


 グレンがおとなしく椅子に座っている間に、完璧な朝食がめのまえに差し出された。


 きつね色のトーストに、オムレツと野菜サラダとトマト、たくさんの小さなソーセージ。コーヒーとフルーツヨーグルトまでつけてもらったグレンは、

「最高だな」

 と、最大級の賛辞を口にした。照れたルナが、あつあつのコーヒーがたっぷり入ったコーヒーサーバーをゆかにぶちまけなかったのは、グレンがうまくキャッチしたからである。


「俺の分も取っといてくれたのか」

 グレンは五枚目のトーストをくわえて言った。

「無理しなくていいんだぞ」


「べつに無理じゃないもん!」

 なにが気に障ったのか、ルナはぷんすかしながら言った。

「あたしは、みんなにごはんを食べてもらうの! みんなの食生活はあたしがまもります!」

「あ、ああ……」

「グレンにビールだけの生活はさせないからね!」


 ルナの中では、グレンはビールしか摂取していないというイメージがあった。


「さすがにビールだけで生活してるわけじゃ」

 グレンは言い訳をしたが、途中でやめて、

「カレンの容体のこと、あれからなにか聞いたか。セルゲイは病院?」

 と聞いた。ルナはうなずいた。

「うん。今朝、セルゲイも帰ってきて、グレンみたいに朝ごはん食べて行ったよ。カレンのことはなにも……」

「そうか」


 昨夜の夕食は、皆でバリバリ鳥のシチューを食べた。ピエトの感想は、「エルトで食ったのよりうめえ!」とのことだったので、パパは満足したようだ。


 たのしい夕食のあと、故郷のシチューを食べて元気になったピエトから、クラウドはラグ・ヴァダの神話の歌を聞いた。そして、ピエトを寝かしつけてから、みんなで、夜遅くまでいろいろなことを話しあった。


 カレンのこと、K33区であったこと、ペリドットのことやベッタラのこと。クラウドがK05区でイシュマールに聞いた神話の話など。

 たくさん聞いた、驚くような話の数々を、共有した。


「それでね、ジュリさんはきのうも帰って来なかったんだけども、セルゲイも言っていたんだけど、――ジュリさんには、カレンの病気のことは話すけど、その――寿命のことは、ないしょにしようって」

「……」

 グレンは、賛成だったので黙っていた。

「ジュリさん、エレナさんが宇宙船を降りちゃって、やっぱりものすごく落ち込んでるんだって」

「だろうな」


 ジュリの男遊びは、だいぶ落ち着いていたのだ。ジュリが学校に通うようになり、エレナに赤ん坊が生まれてからずっと。

 だが、寂しさのせいか、男遊びが再開されてしまった。カレンも、ジュリが宇宙船に乗ったばかりのころにもどってしまうのではないかと、心配しているらしい。


「そんなときに、カレンの病気のことを話したら、もっとたいへんになっちゃうんじゃないかって、セルゲイがね」

「正解だな――で、ジュリに連絡つけたのか」

「今朝セルゲイがゆってたけど、きのうのうちに、セルゲイがしたみたい。今日でいいっていったのに、きのう面会時間外に病院に押しかけてきて、びっくりしたって。大泣きに泣くもんだから、カレンは死ぬわけじゃない、だいじょうぶだって、ちゃんとわかってもらうのにすごくたいへんだったって。ジュリさんも、いま病院にいるみたいだよ」


 あそこは個室で、付添人が泊まってもいいみたいだから、とルナは言った。

 グレンはジュリのパニックぶりがだいたい想像できて、苦笑した。


 今日はみんな、もうでかけたそうだ。セルゲイとジュリは病院、ピエトは学校、ミシェルとクラウドは、もう一度真砂名神社のギャラリーを見に行ったと。その足で、ハンシックに行って、カレンのことを伝えてくるらしい。

 アズラエルは、アントニオに会いに行った。


「おまえは、今日、どうするんだ」

「あたしはね、もう一時間ぐらいZOOカードをがんばってみて、それでも開かなかったら、真砂名神社に持っていってみようかと」

「ZOOカード?」


 おとついもらったという、化粧箱か。


「箱があかねえってことか?」

「うん。あかないの。がんばってるんだけど」


 ルナは、リビングの方に置いてある箱をじっとながめてそう言った。足がうさ耳のようにブラブラ揺れている。そわそわし始めたルナを見、グレンは苦笑した。


「わかった。がんばってみろ。メシ美味かったよ、ごちそうさん」


 グレンが食器を持って立つと、ルナもいっしょに食器を片付けようとしたが、「いい、自分で洗う」とグレンはルナを止めた。


 ルナはリビングにまっしぐらに駆けて行き、ZOOカードの前に正座した。開かないというくらいだから、ドライバーや工具を持って箱に挑むかと予想していたグレンは、皿を洗ったら自分が開けてやろうと考えて――予想が外れて、ルナのように口を開けかけた。


 そして、その次にウサギが取った行動は、ウサギの奇行に慣れた大トラにも、ついに口をぽっかり開けさせてしまった。


「羽ばたけウサギ! ウサギボックスよ開け! ひらけごま! うさ――ウサギよひらけ! 箱があきます! あくのです! いざ開かん! 箱! ZOOカードよひらけ! ひらけごま! ごま! うさこ! うさこよ出てこい! 月を眺める子ウサギ現れろ!!」


 グレンは言いたいことを我慢して、背を向けて食器を洗った。つかっていない全自動食器洗い機を横目で眺め、ひたすらもくもくと、皿二枚とコーヒーカップを洗った。


 途中で、掃除を終えたちこたんが、『洗いましょうか?』と言ってきたが、「俺が洗うよ」と言って断った。


 洗い終わると、ウサギの奇行をちょっと離れたところで眺めた。ルナは一生懸命、箱に向かってなにか怒鳴っている。時折、指を鳴らそうと腕を振りながら――グレンは、さすがに口を挟んだ。

 

「おまえ、何してんだ?」


 聞かずにはいられなかった。ルナは大声で叫んだ。


「ZOOカードを開けようとしています!」


 グレンはルナのうしろに同じように座り、ルナを膝上に抱え上げた。ルナのつむじと一緒に、ZOOカードボックスを視界に入れた。


「これを開けようと?」

「そうです!」


 ルナは言ったあと、また意味不明の語句を叫び始めた。


「眠れ、そして目覚めよ! うさこよ目覚めよ! ウサギよ羽ばたけ! ウサギの予感! ウサギの時間! うさこのきもち!!」


 グレンは、この上なく気の毒な者を見る目でルナを見た。

 かわいそうに、いろいろな話を聞きすぎて、ルナも混乱状態にあるのだろう――しかし、いままでだってこのウサギはカオス極まりなかったが、ここまでとは――。


 グレンは恋人(仮定)がおかしくなってしまったと、かなしみを胸に秘めながら、ルナの後ろから長い腕を伸ばすと、武骨な指で、南京錠の掛け金を動かしてみた。南京錠の底に穴がないので、キーレスタイプか――この南京錠は飾りではないかと思ったのだ。


 グレンの予想は的中し、南京錠はふつうに外れた。ただの飾りだ。南京錠が外れれば、留め金は簡単に開く。グレンが留め金を外して蓋をあけると、藤色のカードボックスが姿を現した。


「……」

 蓋と同時に、ルナの口も開いた。

「あいた!」


「……開いたな」

「あいたよグレン!!」


 ルナが叫ぶと、グレンは物言わずルナを見た。――かわいそうなものを見る目で。


「グレンはあたしをそんな目で見ちゃいけないんだ!!」


 だって、ペリドットさんが指をぱっちんして開けていたもの……! 

 ルナは言い訳を繰り返したが、グレンの哀れな視線は変わらない。ルナがほっぺたを膨らませ始めたところで、玄関のドアが開く音がした。


「ただいま――ルゥ」


 リビングにやってきたアズラエルは目を剥いた。妻(仮)の浮気現場を目撃してだ。


「てめえ――俺がいねえ間に何してやがった!!」


 すかさずグレンの膝の上からウサギを掻っ攫(か  さら)った男に、グレンは遠い目をしながら言った。


「メシ食ってた」

「ついでにルナも食ったとか言い出しやがったら、ブチ殺すぞ――」


 すごんだアズラエルは、箱が開いているのを見て、怒りの矛先が雲散霧消(うんさんむしょう)した。


「開いたのか!?」

「すごいよアズ! グレンが開けてくれたの!!」

「おまえ、どうやったんだ!?」


 アズラエルは、アントニオにZOOカードの箱の開け方を聞きに行っていたのである。アントニオの返事は、「え? なんで開かないんだろ」という疑問形だった。忙しそうだったので、アズラエルは相談することもできず、早々にもどってきたわけだが――。


「普通に開いたぜ。この鍵は飾りみてえだし」

「どうやって開けたかって聞いてんだ!」

「普通に開けたよ! 鍵を外して、蓋をあけた! 俺がやったのはそれだけだ!」


 グレンが怒鳴り、アズラエルは箱を見――それからルナを見た。グレンと同じような視線で。


「アズもそんな目であたしを見る!!」

「見たくもなるぜ」


 箱というものは、まず呪文を唱えるまえに手で開けてみる。ルナにはいい教訓になっただろう。

 

「かわいそうに、ルナ。顎にカビ生えてる傭兵野郎と生活してるせいで、頭にカビが生えちまったんだな」


 よしよしとルナの頭を撫でるグレンの胸ぐらをつかみあげ、アズラエルは凄んだ。


「俺の顎にあるのはヒゲだ。だから、いちいちルゥに触るんじゃねえよ」

「あたしのあたまにかびなんかはえてないんだ!」

 ルナも凄んだが、いまいち迫力に欠けた。


 この仲がいい(ルナ視点)兄弟にかまっている暇はないのだ。ルナはZOOカードで、一刻も早く調べ物をしなくてはならない。


 “真実をもたらすトラ”がだれかということ。サルディオーネを助けてやってくれとペリドットにも言われているし、カレンの様子も気にかかる。


 ZOOカードの箱は、グレンのおかげでようやく開いたが、この先は手でどうにかしようと思っても、無理な相談だ。この何枚あるかわからないカードのなかから、トラのカードを一枚一枚探していくのは、気の遠くなる作業であることは違いない。


 ルナはもう一度、指を鳴らしてみて、それから「ウサギのカードよ出てこい!」と叫んでみたが、やはり藤色の箱はピクリとも動かない。


 そして、決定的な事態が起こった。ルナが藤色のカードボックスに手を伸ばすと、キラッと光り輝いて、ルナの手を弾いたのだ。


「――!?」


 今の様子は、グレンもアズラエルも見た。アズラエルがそっと藤色のカードボックスに触れようとすると、今度はバチッと静電気のような大きな音がして、アズラエルの手を弾いた。ルナは痛くなかったが、アズラエルは「いてっ!」と呻いて手を離した。


「やっぱりあたし、真砂名神社に行くよ!」


 ルナは箱のふたを閉め、アズラエルからかっぱらった鳳凰のバッグにZOOカードボックスを入れた。


「アズとグレンは仲良くおるすばんする?」

「仲良くお留守番する気はねえよ」

「俺も行く」


 猛獣二頭はついてくるようだ。


「なんだか邪魔な気がする!」


 ルナはいつぞやのミシェルのようにはっきり言ってやったが、二頭はがるがる唸るだけだった。


「グレンが邪魔なのは分かるが、俺を邪険にするのはどういう魂胆(こんたん)だルゥ」

「俺を置いていくってンなら、てめえも外には出さねえ」


 グレンはルナを膝上に置いて、腰を落ち着けてしまったので、ルナはしかたなく、二人がついてくることを了承した。ミシェルのようにうまくはいかないものだ。



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