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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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191話 孤高のキリン Ⅱ 3


 カレンは泣き疲れるようにして、眠った。ベッドに沈んだカレンに毛布をかけてやると、グレンは立った。


「俺は先に、車で帰る。――ルナは、クラウドとミシェルと帰れ」


 俺と二人きりはあとあと、アズラエルがうるせえからなと言い置いて、グレンは病室をあとにした。


 ルナは、口を真一文字に引きむすんで、カレンの寝顔を見つめていた。


 昨夜すでに、ルナはペリドットからカレンの寿命を聞いていた。そのおかげで、朝食もほとんど喉を通らなかったくらいだ。駐車場役員の彼が、ルナに勧めてくれたおいしいおかゆも、ルナは半分しか食べられなかった。

 皆は、二日酔いだと思っていたようだが――。


(うさこ)

 ルナは、朝からずっと、月を眺める子ウサギに問い続けていた。

(うさこはなにを考えてるかな? うさこは知ってるかな――カレンが助かる道を)

 

「ルナちゃんどうする? 俺たちとシャインで帰る?」


 急にクラウドに話しかけられ、ルナはぴょこん! とうさ耳を跳ね上げた。


「――あ、えっと、」

「ごめん。ルナちゃんは置いていってもらってもいい?」


 セルゲイの言葉に、ルナは「え」という顔でセルゲイを見、クラウドは、ルナとセルゲイの顔を交互に見――「分かった」と返事をした。


「あとで俺かアズが、シャインで迎えに来るよ」

「ありがとう」


「お大事にね」と言って、ミシェルもクラウドも病室から出た。セルゲイはパイプ椅子をすべて畳み、カレンの髪の毛を整えて、ルナを伴って病室を出た。


 一階のカフェで、ルナとセルゲイはテーブルを挟んで座った。セルゲイもだいぶ、疲労していた。寝ていないのかもしれない。ルナは、セルゲイの疲れ顔も、心配だった。


「――昨日は、とんでもない話を聞いたね」


 コーヒーを飲んでひといきついて、セルゲイはテーブルに突っ伏した。ルナはびっくりして、返事をすることも忘れた。どんなに疲れていてもセルゲイは、ルナの前でいつも毅然としていて、余裕があって、――ひと目も(はばか)らずカフェのテーブルに突っ伏すことなど、ないはずだったから。

 こんなに心身ともに疲れ切っているセルゲイは見たことがない。


「……病室にもどって、セルゲイも寝る?」


 あそこには、付添人用の、仮ベッドもあった。

 セルゲイは身を起こし、ソファにもたれかかって、ふーっとため息を吐いた。


「気分転換くらいさせてくれ」


 苦笑しながら、セルゲイは、角砂糖をひとつつまみあげて、コーヒーにトポン、と落とした。


「ああ、くたびれた。いろいろと。――だから、俺が今なにを言っても、眠すぎて理性が崩壊した男の、ひとりごと」


「……セルゲイ?」


「カレンの命はあと三年しかない。ちょうど、地球につくころが、カレンの命が終わるとき。だから、カレンを愛するママたちは、カレンを地球行き宇宙船に乗せた。奇跡の起きる宇宙船だ。カレンにも奇跡が起きないかなって、一パーセントも望みをかけたかな。でも、カレンの病は治らない。なぜかな。本来なら治る病だ。――でも、カレンのそれは、治らない。悪化していく一方だ。原因不明。いままで両手の指を超える医者に見せたけど、みんなダメだと言ったって。どうして治らないのかわからない。ほかの病かもしれないと何度も検査をしたけど、アバド病以外ではありえない」


 ルナは息を呑んだが、黙って聞いていた。


「なんとか助けたいと願っている、そばで見守る男はある日、気づいた。もしかしたらカレンの病は、アバド病ではなく、――恐ろしいほどの孤独なんじゃないかって」


「――孤独?」


「そう。彼女の中の、孤独と絶望が、病を膠着(こうちゃく)させている――もう生きていても仕方がないと思う、その、絶望が」


 まるで永久凍土のような孤独が、カレンの胸に貼りついている。薬で消えないアバドの細菌は、消えないカレンの孤独のありさま。


「カレンに、……生きる意味を与えたいと思った。でも、彼女が求める、生きる意味は、この宇宙船で地球にたどり着き、あたたかい仲間に見守られながら亡くなることじゃない。たとえ孤高に進んでも、L20の長として立つことなんだ。革命家メルーヴァを捕らえ、L系惑星群に平和をもたらすこと――」


「……」


「カレンの立場は厳しい。カレンの本当のママがしたことで、カレンもまた、一族の中では悪く見られているんだ。ほんとうは、カレンが正式なマッケラン当主の跡継ぎだけれど、一族には認められていない。カレンを育てたミラ首相――カレンのママの妹だけれども、彼女の実の娘のアミザを、次期当主にと望む声の方が大きいんだ」


 ルナは、「カレンの本当の母親がしたこと」というのをセルゲイに聞けなかった。口を挟めるような雰囲気ではなかったからだ。


「カレンは孤独だ――L20では」


 セルゲイは、コーヒーをスプーンで掻きまわす動作を、ピタリと止めた。


「俺もカレンのママも、彼女には宇宙船にいて欲しい。孤独じゃない、仲間に守られた環境で、幸福の中で終息を迎えて欲しい――助からないのなら。でも彼女は、どうせ自分の命が三年しかないのなら、その命をL20のために捧げたいと願っている。困難すぎる道だ。苦悩が、カレンの寿命を短くする可能性だってある――俺は、彼女の願いをかなえてあげたいけれど――俺は、最期までそばにいるつもりだけど――辛い道は、選ばせたくないんだ」


 セルゲイは、力なく笑った。


「俺は――彼女の願いをかなえてあげたいけれど、辛い道は、選ばせたくない」


 ルナは思わず、セルゲイが組んだ両手を、そっと、握った。


 セルゲイは、カフェのソファで三十分ほど眠った。ルナは隣で肩を貸した。セルゲイがそれでいいといったからだ。ルナはずっとセルゲイの手を握っていた。セルゲイは予告した通りほんとうに三十分で起きて、ふたたびルナと一緒に病室へもどった。


 カレンはすやすやと、気持ちよさそうに寝ている。

 ルナは、セルゲイが寝ていた間も考えていたが、やはりカレンの寝顔を見守りながら、考えた。

 カレンがたすかる道をだ。

 カレンだけではない、セルゲイもみんなも、“ハッピーエンド”になる道を。

 ウサギの口をして考えたが、いい考えはさっぱり浮かばない。


(ペリドットさんは、だからあたしに、ZOOカードをくれたのかな)

 ――カレンを、助けるために?


 時計が午後二時をさしたころ、セルゲイとルナを迎えに来たのは、クラウドでもアズラエルでもなく、ミシェルだった。


「カレン、どう?」

「今はよく眠ってるよ。私も一度帰って、カレンの着替えを用意して、また病院に来ることにした」


 この一週間は、病院と家との往復になると思う。セルゲイが言い、


「悪いけど、この一週間だけでいいから、シャインをつかえるカード、貸してもらえないかな?」

「そのことなんだけどね……」


 病院内のシャイン・システムのまえ、ミシェルは言った。


「まあいいや、あたしがいま説明するより、行った方が早いや。リズン前の公園に出るからね。リズンに寄って帰るから」

「え?」

「アントニオが、セルゲイさんに渡したいものがあるんだって」


 ミシェルもきのう、真砂名神社でいろいろあったらしい。その上、カレンの病のことを知り、頭が煮詰まったので、ミシェル曰く最大の癒しである、リズンのカフェ・モカを飲まずにいられなかった。そこで、ひさしぶりにアントニオと対面した。それで伝言を受け取ったのである。

 セルゲイに渡したいものがあるから、何かのついででもいい、リズンに寄ったら、声をかけるように言ってくれと。


「私に? なんだろう――」

「たぶんね、シャインのカードじゃないかと思うの。アントニオが持ってたから」


 三人がリズンに着くと、アントニオがいた。店長自らテラスのテーブルを拭いている。店はめずらしく閑古鳥だった。


「ひさしぶり! 元気にしてた?」


 アントニオと会うのも、久しぶりだったかもしれない。気が沈んでいたルナとセルゲイは、アントニオのパッと咲くような笑顔にずいぶんと癒された。


「さっそく連れてきてくれたの? ミシェルちゃん、ありがと」


 アントニオは、エプロンのポケットから、シルバーの電子カードを取り出して、セルゲイに渡した。


「アントニオさん、これは――」

「それ、シャインをつかえる、役員用のカード。ルナちゃんとミシェルちゃんがもらったのは、株主専用だからゴールドなのね。――前から渡しておこうと思ったんだけど、ついつい忘れてて」


 アントニオはあっけらかんと笑った。


「え――あの――俺に?」


 セルゲイは戸惑ったが、アントニオは、「うん。だいじょうぶ。これはちゃんと許可をもらったやつだから。だれもペナルティにはならないよ」と笑うだけだ。


 一般船客は、シャインの使用は許可されていない。シャインの存在すら知らされていないのだ。ハンシックの事件のときに、グリーン・ガーデンからの移動に使ったシャインのことを知るまでは、セルゲイも船内にシャインがあることを知らなかった。


 役員しか使えないはずの、シャインのパスカード。

 当然、親しくなったからといって、役員が船客に、ほいほい渡していいものではないだろう。


 セルゲイは受け取ったカードをしばらく眺めたのち、理由は聞かずに礼を言って、ポケットにしまった。

 必要としていたのもたしかで、なんとなく、渡された意味もわかった。アントニオがこれを自分に渡したのも、おそらく――。


「――ありがたく、つかわせてもらいます」

「まあ、あまり大っぴらに使わなきゃ、普段使うのも目を瞑ってくれるそうだから。ほかの船客の目もあるから、そのあたりは気を付けてください」


 ルナとミシェルは、決まり悪げに目配せしあった。

 いままでシャインの周囲はひと気が少なかったからよかったが、そんなところまで気を配っていなかった。たしかに、シャインのカードを持っているということは特別扱いだ。ほかの船客が気付いて、「なんで私はもらえないの」と役所の方に訴えられたら、ララにも迷惑がかかるかもしれない。


「あの――アントニオさん」

「なんでしょ?」


 セルゲイは、ポロシャツのポケットにカードを仕舞い込みながら、アントニオに言った。


「一週間後あたり、お時間取れますか。お話したいことがあって」


 ずいぶん深刻なセルゲイの顔だった。アントニオは、寸時真顔にもどって、すぐいつものゆるんだ笑顔で承諾した。


「ええ! いつでも仰ってくれれば空けますよ。コレ、いきますか」と、盃を傾けるようなしぐさをした。


 セルゲイの固い表情が安心に、ゆるんだ。


「すみません――日が決まったら、また連絡します」



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