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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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191話 孤高のキリン Ⅱ 2


「生きてるか」


 グラディエーターを筆頭に、ぞろぞろと集団で押しかけた病室は、個室。さすがマッケラン家のお嬢様――もといお坊ちゃまだと突っ込みながら、アズラエルは病室のドアを開けた。


「おお、グラディエーター」

「「だれがグラディエーターだ」」


 アズラエルとグレンのハモりようが絶妙で、クラウドはついに我慢できずに笑ってしまった。


「あ、ちがった。なんつったっけ。アストロスの兄弟神?」

 そこには、いつもどおりのカレンがいた。


「元気そうじゃねえか、え? 心配して損したな」


 グレンがこめかみを震わせながら言い、セルゲイが、「心配かけたね」と言って椅子を取りに立った。


「元気だっつの。進行度レベル3の初期段階だから、ほんとはまだ、入院しなくてもいいんだ」


 あまり血の気がなかったが、カレンはもともと色白なので目立たない。口調にも張りがある。


「なんであんたまでいるんだよ、クラウド」


 クラウドが無言で携帯電話を出すと、カレンもセルゲイも納得して、それから呆れた。


「あんたに内緒ごとってできないわけ」

「俺だっていつもみんなの動向を監視してるわけじゃない。今日は、アズラエルに用があって、どこまで帰って来てるかなって探知したら、分かっちゃったんだよ」


「あっそ……」

 だれかがなにか言うまえに、カレンは肩をすくめて言った。

「悪かった、先に謝っとく。アバド病のことを内緒にしてたのは、あたしが病人あつかいされたくなかったから。現に、レベル3の初期段階ってのは、薬はちょっと強くなるけど、無茶しなきゃだいじょうぶなレベルなんだよ」


「無茶しなきゃって、どの程度だ」

 グレンが聞くと、

「ひと晩徹夜くらいは、だいじょうぶ――あたしはね。でも、もう一回軍事教練入れって言われたら、ドクターストップがかかるかも。――つまりさ、日常生活送ってる限りじゃ、そう心配することないわけ」

「てめえは、きのう派手に血を吐いたじゃねえか」


 俺のTシャツ、ジーンズもスニーカーも、まとめてゴミ箱行きだ、と言うグレンの台詞に、カレンはめずらしく素直に謝った。


「だから、マジで悪かった。――きのうは今までになくごっそり行ったよ。なんであんなに吐いたんだろ」


「お医者さんも不思議がってたよね……」

 セルゲイが、ぽつりと言った。


「マジで不思議なんだけどさ、きのう、血と一緒にアバド病の細菌も出てったのかなあ。今朝の検査で、レベル2に下がってんの」


「ええ!?」

 ルナたち女の子組とピエトが、大声を上げた。

「吐いたら、出ていくものなの?」


「まさか。そんな話は聞いたことがないよ」

 カレンも首を傾げた。

「あたし、うつろに覚えてんの。自分と、自分の周りが真っ赤っかになったの。あたし、血をぜんぶなくしちゃうのかなあと思った。そのくらい、出てった。でもまさか、吐いたからって細菌まで、」


「俺も、いっぱい吐いたら、出てくかなあ……」


 ピエトが思いつめた表情で胸を押さえるので、カレンはあわてて言った。


「あたしのは特別! ピエトはふつうに薬飲んで治しな! 薬飲んでりゃ、ふつうは治るんだからさ!」


「よしピエト、時間だ。学校行くぞ」

「ええっ!? もう!?」


 多少強引ではあったが、アズラエルは話に割って入った。ピエトがここにいると、これ以上深い話が聞けない。


 アズラエルは、学校のことなどほんとうはどうでもいいのだが、(学生時代、じゅうぶんにサボり気味だった男である。)これから聞くカレンの病状によっては、ピエトを怯えさせてしまうかもしれないと思ったためだ。


 なんとなく、アズラエルの直感だったが、カレンのそれは、ピエトの病のように、薬を飲めば治るものではない気がしたのだ。


 ――アズラエルのいやな予想は、的中したが。


「夜はバリバリ鳥のシチューだ。学校いかなきゃメシ抜きだぞ」

 シチューを食べ損ねるわけにはいかない。ピエトは観念した。

「バリバリ鳥のシチューって、なんだか美味そうだな」

 カレンがつぶやいた。


「その調子じゃ、今日帰れるんだろ?」

「いや。一週間検査入院」

 残念そうに、カレンは言った。

「なんで急に数値が下がったか、検査してえんだって」


「……そうか。バリバリ鳥は逃げねえよ。それにまた、K33区に行くから、買ってくるよ」

「また行くの? 近く?」

「ああ――ペリドットが、おまえのことが落ち着いたら、来いって」


 ペリドットは、朝、ルナたちが帰るのを見送りながら、アズラエルとグレンに向かって言った。話があるから、また来いと。カレンの具合が落ち着いたら――。

 一週間後くらいか、と彼は言っていたが。


「一週間の検査入院ね……」


 アズラエルは顎を掻いた。

 ペリドットも、アントニオと似たようなヤツだった。笑いながら、ふつうに不可思議なことを捻じ込んでくる。


「あたしも行くよ。ベッタラに礼を言わなきゃ」

「ベッタラに?」

「あいつすげえよ。馬駆るのうまいっていうか――あいつがあたしたちより先に区役所行って、病院に連絡して救急隊呼んでくれたんだ。あたしがセルゲイに運ばれて区役所着いたときは、もう救急隊が待ってた。ホント助かったよ」


「ベッタラ?」

 クラウドがだれだというように聞いたが、その話はあとだ。


「じゃあ、安静にしてろよ。病院で酒飲もうとするなよ」

「グレンじゃあるまいし、しねえよ、じゃあね」

「……俺だって、病院で酒は呑まねえよ」

「カレン、ちゃんと寝るんだぞ!」

「はいはい、ありがとピエト。また一週間後ね」


 カレンは心配そうな顔のピエトに、安心させるよう、笑顔で手を振った。


 アズラエルがピエトを連れて病室を出ていくと、さっそくグレンがカレンの頭を小突いた。


「オイ、なんでいわなかったんだ」

「あいた! なにすんだよ」

「分かってる。君が病人あつかいされたくないっていう気持ちもね。でも、俺個人の気持ちとしては、機会を見つけて話して欲しかったな」

 クラウドは言った。

「家族とまでは言わないでも――俺たちはいっしょに暮らしてる。――その前からも、ともだちだろ?」


 カレンが急に顔をゆがめた。ピエトがいなくなって、強がる必要がなくなったからか――鼻の頭が真っ赤になっている。


「――ごめん」

 グレンは小突くのをやめ、カレンの肩を揺さぶった。

「いつからなんだ」


「二十一の年。――L85の、ラグ・ヴァダ過激派の討伐で、長期滞在してたんだ。咳き込むようになって、熱が出て、なんかおかしいなって検査受けたら、もうレベル2の初期だった」


「二十一? 七年経っても、治らないの?」

 クラウドが、不審な顔で聞いた。


「アバド病は、早期発見で薬を飲み続ければ、一年くらいで治るはずだ。重い状態でも、手術と投薬で治った例はいくらでも――」

「あたしのアバド病は、治らない」

「――え?」

「医者が、もう(さじ)投げたんだ。治らないって。進行する一方だって――あたしの命は、あと三年しかない」


 カレンは、すべてをぶちまけるようにしてしゃべった。アバド病だということを告げてしまったのだから、いっそすべて言ってしまえと。セルゲイも、止めなかった。


「おまえ、だから――」

 グレンの、カレンの肩に置いた手が力を増した。

「この宇宙船に乗ったのか?」


 カレンは小さく、うなずいた。

 グレンは絶句した。クラウドもだ。ルナは目を真っ赤にしてうつむいて、ミシェルも状況が信じられないのか、戸惑い顔で椅子に固まっていた。

 セルゲイも、無言でうつむいたままだ。


「カレン」

 グレンが、ぐいとカレンを、自分の肩口に引き寄せた。

「悪かった――俺が悪かった。言いたくないことを、言わせて、悪かった」

 カレンが、ぎゅうとグレンの肩口をつかんだ。

「おまえ、ずっと耐えてたんだろう。言いたくなかったんだろう。悪かったよ」

 カレンの身体が小刻みに震えだしたのが、グレンには分かった。

「でも俺たちが、いっしょにいるからな。――おまえをひとりにはしない」


 その言葉が、決壊の合図だった。グレンの肩に顔を押し付けて、カレンは泣いた。


 静かな、静かな嗚咽(おえつ)が、病室を満たした。




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