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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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190話 孤高のキリン Ⅰ 2


「ミラ様、あなたが選ばれた道は間違ってはおりません」


 サルディオーネの言葉が――ミラの胸を熱くさせた。大声で泣きだしてしまいそうだった。


「あなたは、姉を見捨てたと、姪を見捨てたと、心の奥で自分を責めておられる。けれど、それは違います。あなたがマッケランを支え続けられたがために、姪御さんは救われる。――あなたがマッケランの当主でなかったら、こうも簡単に、地球行き宇宙船のチケットは落札できないでしょうから」


 彼女は、後半を少しおどけた調子で言ったので、ミラは涙目でほんの少しだけ、笑うことができた。


 それから気づいて、はっとした。ミラはまだ、彼女に何ひとつ話していないのだ。相談ごとも、自分の身内のことも――。


「あなたは――」


 ミラは何か言おうとしたが、サルディオーネは苦笑して、さえぎった。


「申し訳ない。たった一時間しか時間がない。このまま続けさせていただきます」


 ミラは黙った。この少女の話を、最後まで聞いてみようと思ったのだ。


「最初に申し上げます。姪御さんは、マッケランの命綱になる。カレン様がマッケラン当主になれば、マッケランは安泰です。これからも末永く続いていく。けれど、あなたの娘さんのアミザ様では、これからの難局を乗り切っていくことはできないでしょう」


 それは、ミラも感じていたことだ。ミラは確信を持った。ミラがカレンを当主にと選んだ選択は、間違っていなかった。


 アミザは、ミラと同じで、いままでのマッケランを維持していくことはできるかもしれないが、恐らく、変化を必要とするこれからの時代に、大きな決断をすることはできないだろう。アミザは、安定を重視する――だが、その安定すら奪われかねない現状なのだ。


「軍事惑星には、“大変革”の象意が」


 サルディオーネが宇宙儀を回した。

 ミラには、宇宙儀のことは、なにがなにやらさっぱりだったが、大変革が起ころうとしていることは、分かる。ミラは最近、それを肌でひしひしと感じている。


「L18に、一番大きな変革が起こります。三千年に一度の大変革。L18は百八十度、変わってしまう。ここ十年のうちにそれは起こり、あたらしくL18は生まれ変わる」


「生まれ変わる?」


「はい。L18は生まれ変わる。ですが、生まれたばかりの新生児は、だれかが育て上げねばなりません。その役割を、L20とL19が担うでしょう」


 ミラは、ごくりと喉を鳴らした。


「ドーソンは――」


「はっきりとは申し上げられませんが」

 言いつつも、サルディオーネははっきりと言った。

「“新”L18には、ドーソンの身の置き所は、ないでしょう」


 言葉通りに取れば、ロナウドの計画が成るということだろうか。

 ミラには、想像もつかなかった。ドーソンのいない、L18。

 ――新しいL18とは、なんなのか。


「軍事惑星群のバランスは、いままでどおり、L18、L19、L20の三星でとっていかねばなりません。ひとつでもくずれると、大参事になる。新生児を放って置くわけに行かないのは、母であるあなたならおわかりでしょう」


「つまり、新しくなったL18を、L19とL20で抑えねばならないということだね」


「そうです。そのときに、L20の軍事力や立場が劣化していますと、新生L18を抑えられない――抑止力とならない。ですから――これからL20が背負わねばならない責務を、L19に投げてはなりません」


 ミラは、悩みのひとつを看破されて、はっと顔を上げた。


「L20は、おそらく、これから混乱したL18の役目を背負わされることになるでしょう。それは大変困難な道ですが、L19に助けを求めてはなりません。L20がすべてを成し遂げねばなりません。L19に助けを求めれば、L19は引き受けます。それは一見すれば、素晴らしいことのように見える。L19とL20が協力して軍事惑星を支えていく――ですが、後々を見ればよくないのです。L19の抑止力だけでは、新生L18を抑えることはできない。L20の、マッケランの抑止力がすたれてはならぬのです。L20がL18の肩代わりをすることは、それだけで、おそらく十分な抑止力となり得る。――それが成し遂げられなければ、マッケランの抑止力は落ちます」


 ミラは絶句していた。そうしようと思っていたところだったのだ。L19に軍事惑星群の全権を預けることを了承し、L20が補佐にまわる。


 辺境の惑星群に弱いL20では、L18の肩代わりは重荷に過ぎた。L19も、移譲されることをかまわぬと言っているし、任せきりにするわけではなく、L20も、協力は惜しまない。


「それではいけません。L20は、L19の“下”に回ってはならない。L19と同じ、――いいえ、それ以上の力があることを世論に示さねば、抑止力は落ちます」


 だが、それではダメなのか。L20が全力を持って、L18の役目を果たさねばならない。それだけの軍事力があると世論に示さねば、そうしなければ、L20の面目と、抑止力が成り立たない。


 L20に抑止力がなければ、軍事惑星の三つ巴のバランスが崩れ、崩壊する。

 L18の変化は、我らの想定をも超えたものなのだ。


 ――おそらく、オトゥールやバラディアの想定すら超えた――。


「その改革期に、カレン様のお力が必要なのです」

「でも、一族は、カレンが当主になるのを反対するものが多い」


 ミラは、ひとりごとのようにつぶやいた。


「一族会議で八対二だね。カレンの肩を持つのは――」

 あたしと、アミザだけ。


「はい。ですがミラ様」


 小さな顔を覆う薄いベールの向こうで、サルディオーネが小さく笑んだ気がした。


「L20は、“白鳥”ばかりではないのですよ」

「――白鳥?」


 マッケランの家章は「白鳥」。

 ミラのカードが「嘆きの白鳥」というカードであることからも、サルディオーネのいう白鳥とは、マッケラン家のことを指しているのだろうか。


 L20を支えているのはマッケランだけではない。それはたしかだ。だが、マッケランの一族を無視しては、立ちゆかない。そこがミラの悩みどころなのだ。


 サルディオーネは、さっき出したカードの中から二枚――“残虐なフクロウ”と、“布被りのペガサス”のカードを、ミラのまえに置いた。


 ミラは、フクロウのカードを、思わず手に取った。すると、カードの名称がチラチラと点滅するように変わった。――“忠誠を誓う黒いフクロウ”。


 テーブルに置けば“残虐なフクロウ”にもどり、ミラが手にすると“忠誠を誓う黒いフクロウ”にもどる。


 しかも、これは、見知っただれかに、相貌が似ている気がした。黒い眼帯に、羽根は片方傷ついた、いかめしいフクロウ。


「これは――」

「このふたりは、カレン様の一生を支える右腕と、左腕とになるでしょう」

「え?」


 意外なことだった。ミラの直感に間違いがなければ――これは。

 この、フクロウは。


「ご心配なく。ミラ様は八対二と仰られましたが」


 サルディオーネは、ミラのカードの隣にペガサスとフクロウ、二枚のカードを置いた。


「このふたりは、ひとりで五人分の価値があります。ですから八対十二で圧勝でございます。――カレン様が当主」


 サルディオーネのメチャクチャな勘定に、ミラは笑ってしまった。


「五人分の価値、だって?」

「ええ。―― “白鳥たち”は、彼らの意見を飲まざるを得ないでしょう。つまり、このふたりがカレン様を当主にと押し上げたら、反対はできない」

「なんだって?」

「彼らは、それだけの功績を果たすのです。カレン様が当主になるかならぬかの決断のころには、“白鳥たち”も悟ります。今まで通りにはゆかぬのだと。このふたりは、カレン様のお味方です。しかし――そうなさるのは、あなたです、ミラ様」

「――!!」

「このふたりが、カレン様のお味方になるよう、あなたさまがご尽力ください」

「わ、わかった――でも、このふたりは、いったい――」


 このフクロウは、だれかだいたい見当がついた。意外といえば意外だが――なるほど、彼女ならミラの願いを聞いてくれるだろう。

 だが、このペガサスはまったく心当たりがない。


「フクロウが、連れてまいります」

 サルディオーネは、確信を込めて告げた。

「ペガサスは、フクロウのもとに」


 ――心理作戦部に、そんな存在が? 

 ミラは首をかしげたが、それとなく探ってみようと決意した。


「あなたのお姉さまの“アラン”という名は、なぜつけられたか、ご存知ですか」

「――え?」


 唐突に、そんなことを問われてミラは戸惑った。

 ――理由? 分からなかった。特別な理由などあったのだろうか。


「あなたのお姉さまは、“ルチヤンベル”の英雄の名を戴いたのです。あなたの親族で、ご存知の方がいらっしゃるはず」

「ルチヤンベル、だって……!?」


 その名は、軍事惑星から消されたはず。

 太古の昔、軍事惑星創成期に、四名家としてその名を連ねるかもしれなかった一族。

 どうしてこんなときに、その名が。


 一時間はあっという間だ。L03の女官が「あと五分です」と告げに来ると、サルディオーネは「あと十分延長して!」と叫び返し、急いで、残り二枚のカードをミラに手渡した。


「あ、あたしに――?」

「はい。六枚のカードは差し上げます」


 残り二枚のカードは、“パンダのお医者さん”と、“月を眺める子ウサギ”。


「パンダとともに、カレン様を地球行き宇宙船に乗せてください」


 早口のサルディオーネにつられ、ミラもあわただしくうなずいた。パンダが今のところだれなのか、まったく予想もつかないのだが、時間に急かされた今、だまってうなずくことしかできなかった。


「すべての縁を結ぶのが――“月を眺める子ウサギ”。彼女のもとに導くのが、“パンダのお医者さん”。この子ウサギに導かれた暁には――」


 女官二人に急かされ、サルディオーネは剣呑な声でふたりを叱ったが、共通語ではなかったので、ミラにはなにを言っているか分からなかった。

 ありがたかった。彼女は、時間を過ぎても、しっかり最後まで伝えようとしてくれている。


「カレン様は、生まれ変わってもどって来られる。――どうかそれまで、ミラ様はお待ちください。フクロウとペガサスを見出し、カレン様のためにお育てになって」


 一時間は、瞬きのようだった。

 女官二人にせわしなく追い立てられながら部屋を出ていくサルディオーネは、それでも去り際、ミラとしっかり握手を交わした。


「お姉さまのご生涯は、ルチヤンベルの英雄にも負けぬ、ご立派なものでした」と言った。

 ミラを励ますように。


 たとえこの占いが外れても、ミラはサルディオーネという彼女に会えただけでも良かったと思った。


 ミラに希望を与えてくれた。八方ふさがりだったミラに、現実にそうなるかは別としても、希望を見出してくれた。


(カレン)


 ミラは、一縷(いちる)の望みをかけて、カレンを宇宙船に乗せた。


 地球行き宇宙船のチケットを購入したのは、サルディオーネに相談するまえだ。奇しくも、サルディオーネにも、宇宙船に乗せるよう勧められたが。


 パンダは、間違いなければセルゲイだろう。彼は医者だ。ミラは自宅にもどってから気づいたのだ。カレンのために主治医になってもらったカウンセラーを。


 カレンに奇跡が訪れるよう願って、チケットを購入したのではなかった。生まれたときから壮絶な運命をもったあの子を、その運命をもたらすマッケランから離してやりたいと、そう考えたからだった。


(そういう意味なら、あたしも同じだ、バクスター)


 バクスターを許す気にはならない。けれどバクスターも同じだ。ミラと同じ気持ちで、グレンとの縁を切ったのだろう。


(一族というものは、あたしたちに重きをもたらしすぎた)


 カレンには、宇宙船でしあわせに暮らしていってほしい。あとわずかな命しかないのなら、余計に。


 友達や、愛する人に囲まれて、美しいものを見ながら――逝けるように。


(カレンは私の娘)


 ミラは、カレンの写真に口づけた。忙しい合間を縫って、アミザとカレンと三人で、高原に出かけたときに撮った写真だ。ミラの宝物。


(姉さんの分まで、もっと、あんたを愛してあげたかったのに、ごめんね――)


 ミラはひとすじ、涙をこぼした。

 ミラのカードである“嘆きの白鳥”は、今もカードの中で、自らの涙の海に浸かっていた。




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