22話 旅行へ出発!
おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん……。
ルナは重いまぶたを開けた。
「――おに、」
「おい、だいじょうぶか!?」
渋い声だが、アズラエルのものとちがう。無論、“おにいちゃん”とも――おにいちゃん?
「え?」
ルナは、ぱっちり目を開けた。焦った顔で、ルナを揺り起こしているのはグレンだった。
「はれ?」
「あー……びっくりした。ゆすっても怒鳴っても起きねえから……」
ようやくほっとした顔で、グレンが離れた。
「怖い夢でも見たのか?」
「ゆめ?」
「“おにいちゃん”がいるのか? おまえには」
ルナは返事につまった。それは、兄がいるかいないかという事実確認の話ではなくて、なぜグレンがここにいるんだろうという疑問が先に来たせいだった。
グレンはルナから返事が返ってこなかったので、話をつづけた。
「俺は、きょうだいはいないんだが、いとこが大勢いる。――なんとなく、思い出したな。年下のいとこを、寝かしつけてたことなんか」
ルナはまだ、返事をしなかった。グレンは仕方なく続けた。
「朝だから、起こしに来たんだ。ドアをノックしたら開いてて……。入るつもりはなかった。でも、ひどいうなされようだったから」
「あ――あたし、うなされてた?」
「ああ」
グレンがウソを言っているとは思えなかった。たしかに最近、緊張して寝付けないこともあったし――。
久しぶりに、ぐっすり眠った気がする。
(また、夢を見ていた?)
ルナはほとんど覚えていない夢を反芻しようとしたが、うまく思い出せなかった。
(おにいちゃん? がでてきたの?)
「ああ、そうだ。頭は無事か?」
頭?
ルナは頭に手をやったが、別に痛いところはない。だが。
「いっ……!!」
背中のほうにひきつるような痛みを感じた。おそるおそる手をやると、大きな絆創膏が貼ってある。
ルナはやっと思い出した。
昨夜、酔っぱらったジュリが部屋に突入してきて、ジュリは、ルナがカレンを膝枕しているのを見て泣き出し、わめきだした。だれかが止める間もなく、ジュリはルナを突き飛ばした。ルナは見事にどこかに当たって、気絶したのだ。
(宇宙船に乗ってから、ふんだりけったりです!)
ルナは心中だけでそう叫んだ。
「おまえが気絶したのを見たら、今度はジュリがパニクって泣きだした。死んだかと思ったらしい。ジュリをなだめるのに苦労したぜ。おまえとカレンがなんでもねえって誤解は解けたんで、いまはおとなしくしてるが――」
「ギャー!! 十時!!」
ルナは枕元の時計を見て叫んだ。朝ごはんをつくるという約束だったのに、たいそうな寝坊をしたものだ。
「……ゆっくり寝かせておこうって話はしてたんだ。カレンもまだ起きてこねえし」
グレンは付け加えた。
「この部屋を出て左側に、二階の廊下を行けば、だれにも気づかれずに浴室まで行ける。顔を洗ってきな」
「ルナちゃん、起きた?」
ドアが開き、部屋にグレンの姿を認めたセルゲイは、メチャクチャ怖い顔をした。グレンもちょっと冷や汗をかくほど。
「電話、すんだのか」
「え――え? あ、ああ、すんだ」
「おまえも大変だな。せっかく病院やめたのに」
グレンがセルゲイの肩をポンと叩いて、部屋を出た。
「ルナちゃん、この部屋、鍵があるっていったはずだけど――」
そういえば、昨夜ルナは自分でこの部屋に入って寝たわけではなかった。
「すまない。カギを閉め忘れたのは私だった」
セルゲイはまた額を押さえた。
「あっ。荷物の中からパジャマを出して君を着替えさせたのはジュリちゃんだから! 私たちは見ていないからね!?」
セルゲイは真っ赤な顔で言い訳をして、部屋を出ていった。
ルナは、「ぷ」とひとつ息を吐いて、すとんと肩を落とした。できればシャワーを浴びたいくらい、汗と涙でぐしゃぐしゃなのはほんとうだった。
ルナは部屋の鏡を見て嘆息した。
これでは、グレンに心配されるはずだ。
ルナはグレンのアドバイス通り、そろーっと二階の階段を伝って、だれにも気づかれないように浴室まで行った。
シャワーをつかわせてもらい、身支度を整えてリビングに顔を出すと、「あ、ルナちゃーん!!」とジュリが両手を振っていた。昨夜はあれだけ泣きわめいてルナを突き飛ばしたというのに、けろりとしている。
「おはよーっ!!」
「お、おはよ――ございます」
「バッカ、ジュリ、まずはごめんなさいだろ」
カレンが叱る。ジュリはバツが悪そうに、「ごめんなさい……」と謝った。
「アイツはアル中のうえに男狂いで、いうこともコロコロ変わる。まともに相手をするな」
「ふぎ!?」
グレンがルナの真後ろにいた。いつのまに。
「エレナの話じゃ、遊郭に来たときからああだったそうだ。ガキのころ、娼館に売られたらしい」
とんでもないことをさらりと口にするグレンに、ルナは口を開けた。
「あまり関わるなよ。たぶん、おまえは振り回されるぞ」
みんなはまだ、朝食をとっていなかった――ルナが起きてくるのを待っていたらしい。
ルートヴィヒだけがおらず、かわりにジュリという存在が増えていた。おまけに、朝食をつくってくれるというルナのために、愛用のエプロン――ジュリだって料理などできないのだから、一度もつかったことがない――を貸してくれた。
ピンクのチェック柄である。ご丁寧にフリルが満載だ。自分で買うのだったら絶対選べない(選ぶ選ばないの問題ではなく視界にすら入らないデザイン)だったが、これしかないのだからしかたがない。
おもちゃみたいなエプロンをつけてキッチンに立つと、
「いいね。新妻」
カレンが一番先に口を開いた。
「うらやましいだろ、俺の嫁だぜ?」
「残念だが私がいる限りそうはならない」
いないルートヴィヒの代わりに、突っ込み役はセルゲイだった。
「ごめんね、寝坊して。いますぐつくるから、待ってて」
「あたしら邪魔かな? なにか手伝えることはある?」
カレンが真っ先にそばにやってきた。
「えーっと」
まずは、鍋にミネラルウォーターと出汁パックを入れて沸かす。カレンにお願いした。
まないたがないことに今さら気づく。薄揚げをどこで切ったら――。
「ぺげ!!」
最新式のグリルは、つかいかたがよくわからない。へんな煙が出始めたので、あわてて電源を切って中をのぞく。ようするにまだつかっていないので、一度空焼きをしなければならなかったらしい。
「ほげ!」
野菜を刻んでいるうちに、出汁がふきこぼれそうになって、あわててボタンを止めた。
「あぶねえぞ、ルナ」
いつのまにかとなりにいたグレンが、みそ汁の鍋を持ち上げていた。止めたと思っていたのに。みそを入れるまえでよかった。
「あ、あ、あ、ごめん!」
「皿はどれくらい必要だ?」
グレンが食器棚に手を伸ばし、ほとんどつかったこともない皿を出してきた。
「あ、グレン、一度洗浄機で洗って」
「了解」
セルゲイも、洗浄機から出した皿を拭くために、つかっていないタオルを持ち出してきた。ちなみに、布巾などというものはこの家に存在しない。最新式のキッチンがありながら、食器洗浄機のつかいかたも分からない住民たちである。
「セルゲイ、これ、このボタンを押せば乾燥できるのです」
「ごめんルナ。まないたなかった」
「だいじょうぶなのです!」
カレンがしょんぼりしてそう告げた。まないたのゆくえは結局わからなかった。ルナは牛乳パックの上で野菜を切りながらカレンを励ました。
「おかあちゃん、この牛乳飲んでいいの?」
「おかあちゃん!?」
ジュリの言葉に、ルナはぐりんと体ごと振り返った。ジュリが悪びれもせず笑っていた。
「えへへへへ、間違えちゃった~」
「お母さんか……」
カレンがふと、思い出したように言った。
「そういや、ここにいる全員、母なし子だね」
母なし子?
ルナのウサ耳がにょきんと伸びて、聞き耳を立てる。
(みんな、お母さんがいないんだ?)
「あたしのおかあちゃんはまだ生きてるよ。会いたくないけど。お金のことしかいわないし」
ジュリがしかめっ面をした。
「あたし、ルナちゃんみたいなおかあちゃんがいいな」
ジュリがそう言って、パックからコップにうつした牛乳をがぶがぶ飲む。
(たぶん、ここのおうちのひとたちは、お母さんでなく、家政婦さんが必要です)
ルナは確信した。キッチンから見えた洗面所付近の、山のような洗濯物を見つめて。
部屋だけは、申し分なくきれいなので、クリーニングサービスが入っているのだろうが。
高性能pi=poもあるのに、まったく役に立っていない。
(あとでpi=poに、せんたくものをおかたづけする設定くらい、してあげなきゃ)
ルナがあっけにとられているあいだに、ふたたび鍋がふきこぼれかけた。
「ぴぎー!!」
「朝めしだー!!!!!」
カレンの目が輝いた。すでに昼になっていたが、無事ひとそろいの朝食が出来上がった。
カレンとジュリには和食。だしまき玉子とアジの干物とほうれんそうのおひたし、海苔に納豆、炊き立てごはんと、じゃがいもと玉ねぎのお味噌汁。カブのそぼろあんかけ。
グレンとセルゲイには、目玉焼きとたくさんのソーセージ、ハム、野菜サラダにチーズ、トーストが数枚、バター蒸しの白身魚。
イチゴ、バナナ、キウイが入ったフルーツヨーグルトを添えて。
コーヒーとミルク、りんごジュースはご自由に。
「こんな朝ごはん久しぶり!」
ジュリも金切り声を上げた。
「うまそうだ」
「ルナちゃんも座って。食べよう」
グレンも口角を上げたし、セルゲイも浮き立った声で言った。ルナは、約一名の行方不明者の名をあげた。
「ルーイはどこ?」
「用事があってでかけてる――アイツの分はいいから」
グレンはさっそく白身魚にナイフを入れていた。
「ルナ、あたしとジュリもサラダもらっていい」
「あ、サラダはいっぱいつくったから、あるよ」
「私も、このカブを食べてみたい」
「俺も」
「この野菜、味がついてるよ」
ジュリはむしゃむしゃとサラダを食べた。
「ほんとだ。ドレッシングかかってないのに」
「パウダータイプのドレッシングだよ」
「そんなのがあるの!」
カレンも山盛りのサラダをもらい、グレンとセルゲイは箸がつかえないので、カブにスプーンを添えた。
ジュリは料理がならんだとたんに、ミルクもコーヒーも放り出し、昼間からウイスキーのがぶ飲みをはじめた。
「今日ね、あたしのたんじょうびなのよね。うれしいな。こんなうれしい誕生日初めて。こんなおいしいごはん、初めて食べたよ。誕生日なんて、あたしお祝いしてもらうのはじめてなの」
そういえば、リズンに来たとき、1日がどうとか、言っていた気がする。
(誕生日だったのか)
ルナのウサ耳がぴこたんと立った。
「なんでお祝いになってるんだよ。これは朝めし! ケーキはあとで買ってあげるから」
カレンは苦笑した。
ジュリは、悪い人間ではないのだろう。常に酔っぱらっているせいで、言っていることが支離滅裂だとしても。
先ほどグレンが言ったことがほんとうなら、彼女は、L44――リリザとは別の意味での歓楽星――別名「遊郭の星」の出身なのだろうか。
「ジュリちゃんの誕生日だったのか、それはおめでとう」
セルゲイが笑み、グレンもコーヒーのおかわりをマグに注いでから、言った。
「ケーキのひとつも買ってくるか」
「ケーキ! すごーい!! あのね、チョコの字かいてるやつにして!」
「ああ、あのハッピーバースデーって書いてるやつね」
ジュリはそうそう! と体いっぱいでうなずいた。
ルナはカブをリスのようにほおばりながら、ジュリの様子を見つめていた。
(ほんとに子どもみたいな人だなあ)
しかし、誕生日パーティーは結局、行われることはなかった。
グレンが受けた一本の電話のせいだった。ルートヴィヒがどうやら、面倒ごとに巻き込まれたらしい――ルナにはさっぱり分からなかったが、グレンは幼馴染みのためにいなくなり、カレンとジュリも姿を消した。
セルゲイは苦笑して言った。
「ジュリちゃんは誕生日パーティーって言ったけど、ほんとうは、今夜、カレンとふたりででかける予定なんだ」
ジュリのいうことは話し半分に聞けというグレンの忠告を思い出した。
「だから、誕生日パーティーはやらないからね」
「そうなの」
「ケーキくらいは買ってこようと思うけど、明日の話だ」
パーティーはやらなくても、お近づきのしるしに、ささやかなプレゼントくらい見繕ってこようかな、とルナが考えたときだった。
今度はセルゲイに電話がかかってきた。セルゲイは液晶画面を見て顔をしかめ、ちいさな嘆息とともに電話に出た。
「いえ、ですから、その話は……」
こちらも、ややこしい話のようだった。困惑気味のセルゲイの声が、こちらにも聞こえてくる。やがて電話を切った彼は、ルナのところにもどって言った。
「直接行かないとダメだな――ルナちゃん、ちょっと出かけてくるから」
「う、うん、あのね、あたしも」
「うん?」
ルナも実は、これで失礼しようと思っていた。ジュリの誕生日パーティーがないのなら。
ミシェルたちのところへも、一度顔を出してきたいし――。
だが、セルゲイが心配性にもほどがあることを思い出して、口をつぐんだ。
「すぐ帰るよ」
ルナの様子には気付かず、セルゲイは慌ただしく出ていった。
「ごめんね」
ルナは「お世話になりました」の書き置きを残し、バッグを肩にひっかけ、マンションをあとにした。
「ルナちゃん……!」
部屋にもどったセルゲイは、書き置きを見てがく然とした。
「危ないって言ったのに、ひとりでどこへ」
「セルゲイ」
カレンが呆れ声で、同乗者の名を呼んだ。
「あんた、ホントに心配し過ぎだよ。どうかしちゃったの」
さすがにカレンも不審を感じてそう言った。セルゲイ自身も、自分の心配が度を過ぎているのは分かっていた。だが、ルナに関しては、なにか――特別に、そういった気持ちが沸き起こってしまうのだった。
「アンジェラがルナに危害を加えたら、今度こそ監獄星行きだぞ」
グレンはなだめた。
「さすがにそこまではしねえだろ。アズラエルひとりのことで、いままでの名声と人生をふいにするか?」
「グレンのいうとおりだよ」
カレンも同意する。
「ララだって、まさかそんなことはさせないだろうし、第一、もうすぐリリザだ。個展の準備で、そんなヒマないだろ」
「でも、なんで突然出て行ったんだろうな」
「もしかしたら、アズラエルが帰ってきたのかもよ」
カレンの意見は、いささか男たちの肩を落とさせた。
「そうかもしれねえな」とグレンは言った。
「……」
セルゲイは、ずっとうなだれていたが、やがて、重苦しい声でつぶやいた。
「やっぱり、これでいいのかも」
「は?」
「私は、ルナちゃんに近づくべきじゃないんだ」
グレンとカレンは、顔を見合わせた。セルゲイは悄然としていた。
「心配しすぎて、閉じ込めちゃいそうな気がする……」
「フゴッ?」
カレンはなにも飲んでいないのに噎せた。グレンも目を瞬かせた。
「どうしちゃったんだ? おまえ」
さて。
監禁をまぬがれたウサギはそのころ、ウサ耳をぴこぴこさせながら、K12区のショッピングモールにいた。
二階の、ファストフード店が軒なみ連なったところに――見渡すくらい広い場所に、ずらりとならべられたテーブルの窓際を選んで座り、肘をついて景色を見渡した。
「試験とは、いったい、なんぞや……」
ひとりになれば、考えることは試験のことばかり。
そういえば、セルゲイたちとは試験の話をしなかった。それを聞いてみてから来ればよかったと、のんきにルナは思った。
「この数日で、ともだちがいっぱい増えたなあ」
ケヴィンにアル、それからセルゲイにグレン、カレン、ルートヴィヒ。
まさか、ジュリとまで友人になるとは、思いもしなかったルナだ。
古い友人(?)のタキおじちゃんからも電話がかかってくるし――。
「にぎやかだ」
母星で、静かな生活をしていたころにくらべれば、ずいぶんせわしない日々だった。
まさか、こんなふうに、ひとりであちこち旅行することになるなんて、思いも及ばなかった。
「さて、これからどうしようか」
多くはない通帳の残高を思い浮かべ、リリザで遊ぶ分は、すこしは残しておきたいなと算段する。
まもなく、リリザに着く時期だ。
ルナは、ふたたびパンフレットを開いた。
じつは、逍遥亭とかいうところのウナギ弁当をタキたちに送ろうと思って、行ってみたのである。懐石料理とうなぎの専門店。ひとりで入るのをためらうような店構えだった。しかし、店は休みだった。店の前に置いてあるチラシをもらって来たのだが、値段を見て仰天した。
「いっこ一万デル……」
弁当は一番安いものでも、超豪華折詰弁当で、一万デル。う巻はちゃんと入っていた。タキとゼンゼンお兄ちゃんと、マホロの分を送ったら、合計三万五千デルはかかる。
「来月の、支払い……」
ジニーのバッグの支払いもあるというのに。定期預金に貯金を始めてしまったし、このままではリリザで遊ぶお金が――財布のひもが固いウサギだったが、リリザへは来月、あらたにお金が振り込まれてから行くことに決めた。パパとママには、リリザでおみやげを買おう。
ルナは、あらためて来ることにした。
「アズと食べに来ます!」
アズはうなぎを食べたことがあるだろうか。好きだろうか。
ルナはパンフレットをめくりながら、ふと目を留めた。
(この宇宙船にも、真砂名神社っていうのがある)
ルナの席のななめまえに、無料パンフレットやチラシが、所狭しとならべてあるコーナーがあった。そこには、いつか毬色で出会った女性からもらった、無料パンフレット「ソラ」もあった。
『温泉特集! K05区の天然温泉へようこそ』
『巨大恐竜レボラックがやってきた――K07区オリンガ・サファリパーク』
『リリザから大物歌手がやってくる! サマンサのディナーショー。限定300名』
『イルカと泳ごう――K15区スクロート水族館』
「サマンサはお年寄り向けです」
ツキヨおばあちゃんが行きたがるだろうなとルナは思いながら、温泉特集を手に取った。
「これ、よいかも」
部屋に個室露天風呂つきの、「椿の宿」が信じられないくらい安い値段で宿泊できる。
一泊食事つき、四千五百デル。
『椿の宿は、女性の憩いの場。ご友人、また、大切なお方と、あるいはおひとりで、旅の疲れをゆっくりとお癒しください』
(いい旅館なのに、安いなあ)
すぐさまネットで確認――クリスマスや年末以外は予約なしでも泊まれるようで、ルナは明日の日付で予約を取ることができた。
K05区へは明日向かうことにして、今日はこのショッピングセンターの端にあるビジネスホテルに宿泊することにした。
「イルカはいっしょに泳ぐのだし? あたし泳げないし? 動物園は、ミシェルとかと行きたいなあ――恐竜だって」
ありったけのチラシをかき集めたルナは、それぞれに目を通しながら、クラウドとミシェルに、「元気だよ」という電話をした。
そして、セルゲイに、「だまって出てきてごめんね」とメールを送った。彼からはすぐに電話が来て、「気を付けて行動するんだよ」というアドバイスのほかにはなにも言われなかった。
アズラエルからは、やはりメールも電話もない。
ルナはウナギのかわりに、モジャ・バーガーでチーズバーガーのセットを黙々と食べ、ビジネスホテルに向かった。
部屋に辿り着き、シャワーを浴びると、すっかりくたびれて、ベッドに倒れこんだ。




