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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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189話 ルナ、ZOOの支配者になる 2


「――治らない、アバド病?」

「ああ。症状はアバド病。だからアバド病の治療は施しているし、薬も飲んでいる。だが、治らない」


 ルナとペリドットは、コテージ風の宿舎のほうへ、移っていた。


 カレンはセルゲイに抱きかかえられ、ベッタラと一緒に区役所のほうへ向かい、グレンはアズラエルとともに、おじいさんたちに連れられて、血だらけになった服を着替えに行った。


 ルナは、アズラエルも血まみれになっていたのを呆然と眺めた。


 シュナイクルたちは、明日も店があるので、カレンの心配をしつつ、一度帰った。トラックに、すっかり寝てしまったルシヤが、シュナイクルに抱えられて乗り込んだ。


 開け放たれた扉の向こうに見えるのは、相変わらずの宴の喧騒――カレンが倒れたことなど、だれも気づいていない。


 ルナは、いまごろ怖くなった。カレンが吐いた血の量を思い出して――。


「カレンの寿命はあと三年ほどしかない」

「――え?」

 ルナは凍りついた。

「地球に着くころ――カレンは死ぬ」


 ペリドットは、厳かに告げた。ルナは唇を震わせながら、聞いた。


「アバド病は……治るん、でしょ?」

「治るよ。ふつうはな。――だが、カレンの場合は悪化する一方で治らない。どんな手を尽くしてもダメだった。マッケラン家の資産をもって、あらゆる手を尽くしても。思いつめた義理の母親が、カレンを宇宙船に乗せた。一縷の希望を託して――」

「……」

「この宇宙船は、奇跡が起こると言われてるそうだからな」

 

 ペリドットは、他人事のように小さく笑った。

 カレンとペリドットは初対面のはずだ。なぜそんなにもカレンのことを知っているのか。そこまで知っているなら、カレンがどうしたら助かるのかも、知っているのか――。


「カレンの寿命を延ばす方法は、ただひとつ」

 ペリドットが、ルナの考えを読んだかのように言った。

「カレンが、マッケランの次期当主になることだ」


「次期、当主……」

「だが無理だろう。カレンの義理の母親――ミラ首相と娘のアミザは、カレンを当主にすることを望んでいる。だが、一族の者は許さないだろう。カレンの母親の末路がひどすぎた」

「カレンがマッケランの次期当主になれればいいの?」

「カンタンに言うなよ? いまのところ、九割がた不可能なんだ」


「あたしのうさこがなんとかする!」

 ルナは叫んでいた――涙声で。

「あたしと――あたしの、その、うさこ、が、」

 ルナはぼたぼたと涙をこぼした。


「うさこ? “月を眺める子ウサギ”のことか?」

 ペリドットが優しく聞いてきた。


 ルナはうなずき、唇を引き結んで、さっきのセルゲイと同じように、木の床とにらめっこした。


 カレンの様子も気がかりだが、ルナが泣いているのはカレンのことだけではない。ペリドットには、何もかもがお見通しのようだ。


 ペリドットは、ルナの頭を、乾いた大きな手でぽんぽんとやった。


「おまえとしては、嫌なんだろう。アズラエルもグレンも、セルゲイも――奴らだけじゃない。たくさんの人間が、おまえのために、危ない橋を渡ろうとするのが」


 また、ルナのつぶらな瞳に大きな涙粒が浮かんだ。

 ルナには、あまりにちがう世界で、想像も追いつかない。


 メルーヴァの軍と戦う――戦争になる? アストロスで? 


 あまりに途方もない出来事だった。でも、ルナにもわかることは、皆がルナを守ろうとしていることだ。


 ルナを守り、だれかはメルーヴァを捜し、だれかはメルーヴァと戦う覚悟をしている。メルーヴァの軍と――あるいは、メルーヴァ本人とも。


 アズラエルがメルーヴァと戦って死んでしまったら? グレンも――カレンもセルゲイも。シュナイクルたちも。


 ルシヤをボディガードにすることが、とてつもなく怖いことのように思えてきた。


 ルナをかばって、あの子が傷ついたら。――死んでしまうようなことがあったら。


 今日、ここで一緒に話を聞いたみんなだけではない。カザマも、アンジェリカも――クラウドもミシェルも、ルナを守ろうとして、戦いに巻き込まれて命を落としたら――。


 ルナは、嫌だった。

 それが一番嫌だった。

 自分が生き残っても、だれかが死んでしまったら。


 でもルナにも、どうしたらいいか分からない。

 ルナはアズラエルたちのように、武器を持って戦うことができない。サルーディーバたちのように、不思議な力がつかえるわけでもない。クラウドのように、特別に頭がいいわけでもない。

 L77という、どこよりも平和な星で、のんきに育ってきた人間に過ぎない。


 ペリドットは、ルナの独白を黙って聞いていたが、やがておだやかに言った。


「気持ちが、分かったか」

「え?」

「気持ちが分かったかと聞いているんだ。――遺された者の気持ちが」


 遺された者の、きもち?


「メルーヴァ姫が、ラグ・ヴァダの武神とアストロイの兄神の戦を止めようと、自分の身を彼らの戦いに投じたあと――平和の女神を失ったアストロスの民が、どれだけ絶望したか、悲憤したか――分かったか」

「……!」

「おまえは、自分が犠牲になれば皆が救われると思ってやったのだろうが、遺されたものは――守られた者は、今のおまえと同じく、悲しかったんだぞ」

「……」


 ルナはしゃくりあげながらも、鼻をかみながらも――泣くのをやめた。


「あたしは――あたしは、どうすればいいの」


 どうすれば、よかったの。

 ルナは、途方に暮れてつぶやいた。


「あ、あたしは――」


 あたしは、なんにもできない平凡な子。本を読むのが好きで、ツキヨおばあちゃんと温泉に行ったり、ともだちとお茶するのが好きだった。それでよかった。


 引っ込み思案で、いつも自信がなくて、みんなみたいにやりたいこともない。得意なこともない。ご飯を作るのは好きだけど、ただそれだけ。


 どうしてアズラエルやグレンみたいな人が、あたしを好きになってくれるのか分からない。そう考えるのもいやな子だって。卑屈だって分かっている。


 あたしはなんてちっぽけなの。

 こんなちっぽけなあたしのために、なんでみんなは危険な目にあうの。そんなのはいやだ。みんなが危険な目にあうことなんてない、あたしは、あたしはそうなるくらいだったら――。


「“ウサギ”はよく、そう言うな」

 ペリドットは微笑み、

「なにもできない? バカを言うな。おまえにしかできないことがある」


 ルナは、顔を上げた。


「“月を眺める子ウサギ”だったら、こう言うだろうな」


「“ルナ? あなたには、物語をハッピーエンドにする力があるのよ”」


 ペリドットの口から、ルナの声――しかももっと高貴にしたような――声が飛び出たので、ルナは仰天した。


「ルナ、ただひとつ、言えることがある」

 ペリドットは、ルナの涙を拭って言った。

「神は、絶望してはいけない」


「――え?」


「神様が絶望したら、世界は真っ暗なんだ。おまえは絶望しちゃいけない。どんなことがあっても、絶望しない――それが、神の力だ」


「……」


「おまえがしなくてはならないことは、絶望しないことだ。そして、“物語をハッピーエンド”にすること。そのためには、おまえらしく生きることだ」


「あたし、らしく?」


「そう。ちっぽけな自分も、自信がない自分も、卑屈な自分とも一緒に生きるんだ。自分を犠牲にせずに。おまえのしあわせに、アズラエルたちが不可欠なのと同じくらい、おまえの存在も、あいつらの幸福には不可欠なんだぞ。それを忘れるな」


 ルナは思い出した。灰色ウサギの言葉を。


 ――幸せに、生きておくれ。


『君には信じがたい話かもしれないが、わたしは実に幸せだった』


 ZOO・コンペのときだ。ユキトおじいちゃんの盟友だったエリックが、灰色ウサギの姿になって現れて、ルナを励ましてくれた。

 そのときのことを、ルナは思い出したのだ。


『ユキトと出会えたことも、地球に行けたことも、あのバブロスカ革命のことでさえも、わたしには僥倖だった。あの牢獄生活が苦しくなかったとは言わない。だが、いまのわたしは、実に歓喜に満ちている。わたしは己の役割を果たした、精いっぱい生き切ったと思っている。ユキトも、ほかの皆もそうだ』


 灰色ウサギは、微笑んだ。


『ウサギは本来ならば、どの動物よりも幸福に満ち溢れるカード。それを我々ウサギに教えてほしいのだ』


『あ、あたし、そんなことできないし、分からないよ……!』


 ルナは言ったが、灰色ウサギは首を振る。


『言葉で教えるのではない。あなたが、あなたらしく生きてくれればそれでいいのだ』


 ――あなたが、幸せだと思う生き方をすれば、それでいい。


 エリックもそう言ったのだ。ルナがしあわせに生きたら、それでいいのだと。


「……あ、あたしが、しあわせに生きたら、みんなのしあわせになる?」


 ルナの問いに、ペリドットは深くうなずいた。


「ああ。おまえが探すんだ。“ハッピーエンド”になる道を」


 周りに、命を懸けさせたくないと願うのなら、命を懸けさせるな。

 そのためになら、俺もアズラエルたちも、皆が協力する。

 おまえを守るために命を捨てるんじゃない。 

 おまえが考えた、ハッピーエンドになる道をつくるために、俺たちは力を尽くすんだ。


 ――おまえが、自分も、だれをも犠牲にしない道を考えるというのなら。


「精一杯考えるんだ。――これは案外、むずかしい道だぞ」


 ルナは、気難しい顔で膝頭を見つめていたが、やがて、ほっぺたを膨らませて、しぼませた。そして力強くうなずいた。


「――うん!」

「よし。よく決意した」


 ペリドットに頭をガシガシと撫でられて、ルナはまたぼんやりと涙を滲ませながら、思った。今度はペリドットのことを。


 ――このひとは、パパみたいだ。


「立派な決意をした褒美に、いいものをやろう」


 ペリドットが、部屋の隅に置いてあった、銀色の布でつつまれた箱を持ってきた。布を取り払うと、銀色の取っ手が付いた箱。大きさは、化粧道具や、裁縫道具を入れておく箱ほどで、三日月を彫刻した、金色の錠がついていた。


「神話のことも話したかったが、おまえにこれを渡したかったんだ」


 ルナは、ペリドットが、これがなにかをいうまえに、口にしていた。ルナはその化粧箱に見覚えがあったのだ。


「これって――もしかしてZOOカード――?」

「ご名答」


 アンジェリカの箱は紫色の化粧箱サイズだったが、ルナに渡された箱は白銀色。箱を彩る彫刻にも、月の女神とウサギが描かれている。


 まるで、ルナのために作られたもののようだ。


 ペリドットが指を鳴らすと、錠が勝手に外れた。蓋が開き、中には藤色のトランプケースサイズの箱が、いくつも納まっている。もう一度彼が指を鳴らした。すると、中から白金色の輝きをまとうカードが飛び出した。


 “月を眺める子ウサギ”だ。


「月を眺める子ウサギよ――おまえを、期限付きで、“ZOOの支配者”に任ずる」


 ペリドットが宣言し、ちょい、とカードに指先を触れさせると、キラキラとカードが輝きを増し、カードの中のウサギの頭に、王冠が浮かび上がった。


「これでよし」


「はわあ……!」


 ルナはいつもどおりぽっかりと口をあけ、一部始終、見惚れていたわけだが――はっと我に返った。


「えっ!? うさこがZOOの支配者? えっ、これ、あの……!!」


「おまえにやるよ」

 ペリドットがあっさりと言い、ルナの膝の上に箱を乗せた。


「ええっ!? で、でもあの、あたし無理! サルディオーネじゃないし、つかいかた分からな、」

「適当につかえ。俺もてきとうだ」

「ええ!?」


 さっきまで、ルナを優しく導いてくれていたパパ・ペリドットはどこかへ行った。立派な顔には時間制限でもあるのか、すっかり面倒くさがりの根無し草にもどっている。


「さっきもいったが期限付きだ。期限は、メルーヴァのことが片付くまで。好きにつかえ。サルディオーネに聞くより、自分で調べた方が早いときもあるだろ?」

「……でも、あの、」

「ZOOの支配者になった記念に、さっそく頼みたいことがあるんだがな」


 ペリドットは、ノンキにそう言った。ショットグラスに酒を注いで、一気に飲み干してから。


「アンジェリカを、助けてやってほしいんだ」

「ア、アンジェを!?」


 ルナの叫びの裏には、アンジェリカがどうかしたのかという思いと、どうやってZOOカードをつかえばいいか分からないという思いと、錯綜していたのだが――。


「不肖の弟子を、助けてやってくれ。頼む」

「アンジェがどうかしたの!?」

「たぶんアイツ今、ZOOカードがつかえなくなってるはずなんだ」

「ハイ!?」


 アンジェリカが――ZOOカードをつかえなくなっている?


「たぶん、グダグダ悩んでるか落ち込んでる。というわけで、なんとかしてやってくれ、よろしく」

「――」


 ルナは口をぽっかりあけたまま絶句していた。このペリドットという人のいい加減さは相当なものだ。


「ぺ、ペリドットさんは――?」

「俺か? 俺は面倒くさいから、何もしない」

 ペリドットは笑顔で言い、瓶ごと呷りだした。


(だめだ! だめなひとだこのひと!!)


 ルナは心の中で叫んだが、ペリドットは、「そう言うなよ。まあベンキョーだと思ってガンバッテ」と取り合わなかった。


「まあ、今日は、この部屋で休め。もう少ししたらアズラエルたちがもどってくるだろ」


 ルナは箱を抱きしめ、気になっていたもうひとつのことを聞いた。


「カレンは――だいじょうぶかな」

「カレンはだいじょうぶだ。――ほんとうだ。俺を信じろ。明日は、ここで朝メシを食って、中央区の病院に見舞いに行ったらいい」

「うん――」

「じゃあ、おやすみ」


 ペリドットがルナを元気づけるように言い、酒を持って部屋を出ていく。ペリドットと入れ替わりに、アズラエルとグレンが部屋に入ってきた。


「いい部屋じゃねえか」


 ルナは目を見張った。ふたりの変わり果てた服装にだ。膝上の半袖貫頭衣(かんとうい)に、きれいな刺繍ベルトで腰を締め、膝までの編上げサンダルに、腕にも細工がついた皮の手甲。青い布を肩から下げて――。


「ふたりともかっこいいよ! かみさまみたいだ!」


 ルナは褒めたつもりだったが、男二人は苦笑いどころか、どろどろのコーヒーを飲んだみたいな顔をした。


「ルゥ、それは褒め言葉じゃねえんだ」

「おまえからもらって嬉しくない褒め言葉、第一位にランクインしたぜ」


 ふたりは備え付けの冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出してきて、キャップをひねりながらベッドに腰掛けた。


「あのTシャツはもう捨てるしかねえな。気に入ってたのに」

「俺は、ジーンズとスニーカーもだ――ルナ、その箱はなんだ」


 ルナの膝の上に乗っていた、高級そうな化粧箱を見てグレンが言った。

 ルナは得意げに叫んだ。


「ペリドットさんがくれたの。ZOOカードなの。あたし、ZOOの支配者になったの!」


 アズラエルが遠慮なく水を吹いた。


「なんだ? ZOOの支配者って」


 グレンが説明を求めたが、ルナが何か言うより先に、アズラエルが的確な言葉で、シンプルに、要点をまとめて説明した。グレンは苦くないはずの水を飲んで苦い顔をし、「おまえらといると、無駄にL03の知識が増えていくんだ」と言った。


「おまえら、じゃねえ。このチビウサギと俺をいっしょくたにするな」

「今日はもう、てめえとケンカする気はねえ。ところで、この部屋しかねえのか」

「え?」


 ルナはZOOカードボックスを抱えたまま、ぽへっとした顔をした。


「俺もここに泊まるんだよな? ――ルナと一緒に」


 グレンの台詞に、三人の目は、この部屋にひとつしかないキングサイズベッドに向かった。ルナの顔がみるみる、青ざめた。


「あたし外で寝る! アズとグレンがきょうだい仲良く、このベッドで寝たらいいの!」

「俺たちは兄弟じゃねえ!」


 兄弟神は怒ったが、やがて怒鳴ることもくたびれたように、ふたりは肩を落とした。


「冗談だ、冗談。――俺が外で寝ると言いたいところだが――今日はベッドで寝たい」

 グレンは疲れ切った声で言った。

「とんでもねえ話を聞いたうえに、カレンがアバド病だと? 冗談じゃねえ。冗談にもできねえよ。俺は、とりあえず寝る」


 ルナが「あ」と口を開けているうちに、グレンはベッドに身を放り投げるようにして寝てしまった。それに対して、アズラエルが何も言わないのも、アズラエルも相当疲れている証拠だった。


「ルゥ、ペリドットは何か言ってたか」

「う、うん――あした、ここであさごはん食べて、カレンのお見舞いに行ったらどうだって。今日は寝なさいってゆってた」

「そのとおりだな――俺も一服して寝る。風呂場に浴槽があるぞ。タオルも寝間着も――湯、張ってやろうか?」

「あ、ううん。あたしやる」


 ルナはぺぺぺっと浴室に行って、コックをひねって浴槽に湯を張りはじめた。

 部屋にもどると、灯りは薄暗がりになっていて、ベランダで宴の喧騒をながめながら、アズラエルがタバコを吸っていた。

 宴はまだ賑やかに続いている。とっくに深夜を過ぎているのに。


「明け方まで続くさ、あれは」


 アズラエルはタバコを揉み消した。グレンはベッドの端に丸まったまま、ピクリとも動かない。


「アズ」

「ん?」

「カレンが病気だってこと、グレン、知らなかったんだね……」


 グレンも、カレンがアバド病だという事実に衝撃を受けていた。グレンも知らなかったのだ。


「たぶん、セルゲイ以外は、知らなかったんだ」

 アズラエルの顔色は、ルナの位置からは暗くて伺えない。

「グレンが知らねえとなれば、エレナもルーイも、ジュリも知らなかっただろ。――だけど、ここまでバレたら、もう黙ってるわけにゃァいかねえな」


 毎日顔を合わせる皆には、告げなければならないだろう。今日ここにいない、クラウドとミシェルにも。


「セルゲイが言うか、カレンが言うか。まあ、あのふたりのどちらかが言うまでは黙ってろ。ミシェルはけっこう、あっさりしてる方だが、クラウドはああ見えて仲間意識が強いからな。俺たちが知ってて自分が知らなかったとなれば、信用されてないとかなんとか――落ち込むに決まってる――メンドくせえな」


 アズラエルは顎ヒゲをぽりぽりとやった。


「マジでめんどくせえ――疲れたな」


 疲弊(ひへい)しきった顔でアズラエルが言ったので、ルナはアズラエルの手を握ってあげた。


「アズも寝た方がいいね。さきにお風呂入る?」

「いや、朝シャワー浴びる」


 ルナは浴槽でうとうとしながら考えごとをし、お風呂から上がって部屋にもどると、妙に静かだった。ベランダから外を見ると、宴は終わっていた。井桁の火はまだ赤々と燃えていて、火の番をする何人かはいたが。


 ルナは扉を閉めた。虫よけの香の、いい匂いが部屋に漂っていた。


 アズラエルもグレンも、ベッドの両端に背を向けあって寝ていて、真ん中はルナが二匹おさまりそうな広さになっている。ルナは感嘆した。人の気配があればすぐ起きるはずのアズラエルから、寝息しか聞こえない。


 ルナはいちばん広いまんなかを占拠し、薄い毛布をかぶり、両側の広い背中という名の壁を交互に見た。おやすみなさい、と小声でつぶやいた。






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