189話 ルナ、ZOOの支配者になる 2
「――治らない、アバド病?」
「ああ。症状はアバド病。だからアバド病の治療は施しているし、薬も飲んでいる。だが、治らない」
ルナとペリドットは、コテージ風の宿舎のほうへ、移っていた。
カレンはセルゲイに抱きかかえられ、ベッタラと一緒に区役所のほうへ向かい、グレンはアズラエルとともに、おじいさんたちに連れられて、血だらけになった服を着替えに行った。
ルナは、アズラエルも血まみれになっていたのを呆然と眺めた。
シュナイクルたちは、明日も店があるので、カレンの心配をしつつ、一度帰った。トラックに、すっかり寝てしまったルシヤが、シュナイクルに抱えられて乗り込んだ。
開け放たれた扉の向こうに見えるのは、相変わらずの宴の喧騒――カレンが倒れたことなど、だれも気づいていない。
ルナは、いまごろ怖くなった。カレンが吐いた血の量を思い出して――。
「カレンの寿命はあと三年ほどしかない」
「――え?」
ルナは凍りついた。
「地球に着くころ――カレンは死ぬ」
ペリドットは、厳かに告げた。ルナは唇を震わせながら、聞いた。
「アバド病は……治るん、でしょ?」
「治るよ。ふつうはな。――だが、カレンの場合は悪化する一方で治らない。どんな手を尽くしてもダメだった。マッケラン家の資産をもって、あらゆる手を尽くしても。思いつめた義理の母親が、カレンを宇宙船に乗せた。一縷の希望を託して――」
「……」
「この宇宙船は、奇跡が起こると言われてるそうだからな」
ペリドットは、他人事のように小さく笑った。
カレンとペリドットは初対面のはずだ。なぜそんなにもカレンのことを知っているのか。そこまで知っているなら、カレンがどうしたら助かるのかも、知っているのか――。
「カレンの寿命を延ばす方法は、ただひとつ」
ペリドットが、ルナの考えを読んだかのように言った。
「カレンが、マッケランの次期当主になることだ」
「次期、当主……」
「だが無理だろう。カレンの義理の母親――ミラ首相と娘のアミザは、カレンを当主にすることを望んでいる。だが、一族の者は許さないだろう。カレンの母親の末路がひどすぎた」
「カレンがマッケランの次期当主になれればいいの?」
「カンタンに言うなよ? いまのところ、九割がた不可能なんだ」
「あたしのうさこがなんとかする!」
ルナは叫んでいた――涙声で。
「あたしと――あたしの、その、うさこ、が、」
ルナはぼたぼたと涙をこぼした。
「うさこ? “月を眺める子ウサギ”のことか?」
ペリドットが優しく聞いてきた。
ルナはうなずき、唇を引き結んで、さっきのセルゲイと同じように、木の床とにらめっこした。
カレンの様子も気がかりだが、ルナが泣いているのはカレンのことだけではない。ペリドットには、何もかもがお見通しのようだ。
ペリドットは、ルナの頭を、乾いた大きな手でぽんぽんとやった。
「おまえとしては、嫌なんだろう。アズラエルもグレンも、セルゲイも――奴らだけじゃない。たくさんの人間が、おまえのために、危ない橋を渡ろうとするのが」
また、ルナのつぶらな瞳に大きな涙粒が浮かんだ。
ルナには、あまりにちがう世界で、想像も追いつかない。
メルーヴァの軍と戦う――戦争になる? アストロスで?
あまりに途方もない出来事だった。でも、ルナにもわかることは、皆がルナを守ろうとしていることだ。
ルナを守り、だれかはメルーヴァを捜し、だれかはメルーヴァと戦う覚悟をしている。メルーヴァの軍と――あるいは、メルーヴァ本人とも。
アズラエルがメルーヴァと戦って死んでしまったら? グレンも――カレンもセルゲイも。シュナイクルたちも。
ルシヤをボディガードにすることが、とてつもなく怖いことのように思えてきた。
ルナをかばって、あの子が傷ついたら。――死んでしまうようなことがあったら。
今日、ここで一緒に話を聞いたみんなだけではない。カザマも、アンジェリカも――クラウドもミシェルも、ルナを守ろうとして、戦いに巻き込まれて命を落としたら――。
ルナは、嫌だった。
それが一番嫌だった。
自分が生き残っても、だれかが死んでしまったら。
でもルナにも、どうしたらいいか分からない。
ルナはアズラエルたちのように、武器を持って戦うことができない。サルーディーバたちのように、不思議な力がつかえるわけでもない。クラウドのように、特別に頭がいいわけでもない。
L77という、どこよりも平和な星で、のんきに育ってきた人間に過ぎない。
ペリドットは、ルナの独白を黙って聞いていたが、やがておだやかに言った。
「気持ちが、分かったか」
「え?」
「気持ちが分かったかと聞いているんだ。――遺された者の気持ちが」
遺された者の、きもち?
「メルーヴァ姫が、ラグ・ヴァダの武神とアストロイの兄神の戦を止めようと、自分の身を彼らの戦いに投じたあと――平和の女神を失ったアストロスの民が、どれだけ絶望したか、悲憤したか――分かったか」
「……!」
「おまえは、自分が犠牲になれば皆が救われると思ってやったのだろうが、遺されたものは――守られた者は、今のおまえと同じく、悲しかったんだぞ」
「……」
ルナはしゃくりあげながらも、鼻をかみながらも――泣くのをやめた。
「あたしは――あたしは、どうすればいいの」
どうすれば、よかったの。
ルナは、途方に暮れてつぶやいた。
「あ、あたしは――」
あたしは、なんにもできない平凡な子。本を読むのが好きで、ツキヨおばあちゃんと温泉に行ったり、ともだちとお茶するのが好きだった。それでよかった。
引っ込み思案で、いつも自信がなくて、みんなみたいにやりたいこともない。得意なこともない。ご飯を作るのは好きだけど、ただそれだけ。
どうしてアズラエルやグレンみたいな人が、あたしを好きになってくれるのか分からない。そう考えるのもいやな子だって。卑屈だって分かっている。
あたしはなんてちっぽけなの。
こんなちっぽけなあたしのために、なんでみんなは危険な目にあうの。そんなのはいやだ。みんなが危険な目にあうことなんてない、あたしは、あたしはそうなるくらいだったら――。
「“ウサギ”はよく、そう言うな」
ペリドットは微笑み、
「なにもできない? バカを言うな。おまえにしかできないことがある」
ルナは、顔を上げた。
「“月を眺める子ウサギ”だったら、こう言うだろうな」
「“ルナ? あなたには、物語をハッピーエンドにする力があるのよ”」
ペリドットの口から、ルナの声――しかももっと高貴にしたような――声が飛び出たので、ルナは仰天した。
「ルナ、ただひとつ、言えることがある」
ペリドットは、ルナの涙を拭って言った。
「神は、絶望してはいけない」
「――え?」
「神様が絶望したら、世界は真っ暗なんだ。おまえは絶望しちゃいけない。どんなことがあっても、絶望しない――それが、神の力だ」
「……」
「おまえがしなくてはならないことは、絶望しないことだ。そして、“物語をハッピーエンド”にすること。そのためには、おまえらしく生きることだ」
「あたし、らしく?」
「そう。ちっぽけな自分も、自信がない自分も、卑屈な自分とも一緒に生きるんだ。自分を犠牲にせずに。おまえのしあわせに、アズラエルたちが不可欠なのと同じくらい、おまえの存在も、あいつらの幸福には不可欠なんだぞ。それを忘れるな」
ルナは思い出した。灰色ウサギの言葉を。
――幸せに、生きておくれ。
『君には信じがたい話かもしれないが、わたしは実に幸せだった』
ZOO・コンペのときだ。ユキトおじいちゃんの盟友だったエリックが、灰色ウサギの姿になって現れて、ルナを励ましてくれた。
そのときのことを、ルナは思い出したのだ。
『ユキトと出会えたことも、地球に行けたことも、あのバブロスカ革命のことでさえも、わたしには僥倖だった。あの牢獄生活が苦しくなかったとは言わない。だが、いまのわたしは、実に歓喜に満ちている。わたしは己の役割を果たした、精いっぱい生き切ったと思っている。ユキトも、ほかの皆もそうだ』
灰色ウサギは、微笑んだ。
『ウサギは本来ならば、どの動物よりも幸福に満ち溢れるカード。それを我々ウサギに教えてほしいのだ』
『あ、あたし、そんなことできないし、分からないよ……!』
ルナは言ったが、灰色ウサギは首を振る。
『言葉で教えるのではない。あなたが、あなたらしく生きてくれればそれでいいのだ』
――あなたが、幸せだと思う生き方をすれば、それでいい。
エリックもそう言ったのだ。ルナがしあわせに生きたら、それでいいのだと。
「……あ、あたしが、しあわせに生きたら、みんなのしあわせになる?」
ルナの問いに、ペリドットは深くうなずいた。
「ああ。おまえが探すんだ。“ハッピーエンド”になる道を」
周りに、命を懸けさせたくないと願うのなら、命を懸けさせるな。
そのためになら、俺もアズラエルたちも、皆が協力する。
おまえを守るために命を捨てるんじゃない。
おまえが考えた、ハッピーエンドになる道をつくるために、俺たちは力を尽くすんだ。
――おまえが、自分も、だれをも犠牲にしない道を考えるというのなら。
「精一杯考えるんだ。――これは案外、むずかしい道だぞ」
ルナは、気難しい顔で膝頭を見つめていたが、やがて、ほっぺたを膨らませて、しぼませた。そして力強くうなずいた。
「――うん!」
「よし。よく決意した」
ペリドットに頭をガシガシと撫でられて、ルナはまたぼんやりと涙を滲ませながら、思った。今度はペリドットのことを。
――このひとは、パパみたいだ。
「立派な決意をした褒美に、いいものをやろう」
ペリドットが、部屋の隅に置いてあった、銀色の布でつつまれた箱を持ってきた。布を取り払うと、銀色の取っ手が付いた箱。大きさは、化粧道具や、裁縫道具を入れておく箱ほどで、三日月を彫刻した、金色の錠がついていた。
「神話のことも話したかったが、おまえにこれを渡したかったんだ」
ルナは、ペリドットが、これがなにかをいうまえに、口にしていた。ルナはその化粧箱に見覚えがあったのだ。
「これって――もしかしてZOOカード――?」
「ご名答」
アンジェリカの箱は紫色の化粧箱サイズだったが、ルナに渡された箱は白銀色。箱を彩る彫刻にも、月の女神とウサギが描かれている。
まるで、ルナのために作られたもののようだ。
ペリドットが指を鳴らすと、錠が勝手に外れた。蓋が開き、中には藤色のトランプケースサイズの箱が、いくつも納まっている。もう一度彼が指を鳴らした。すると、中から白金色の輝きをまとうカードが飛び出した。
“月を眺める子ウサギ”だ。
「月を眺める子ウサギよ――おまえを、期限付きで、“ZOOの支配者”に任ずる」
ペリドットが宣言し、ちょい、とカードに指先を触れさせると、キラキラとカードが輝きを増し、カードの中のウサギの頭に、王冠が浮かび上がった。
「これでよし」
「はわあ……!」
ルナはいつもどおりぽっかりと口をあけ、一部始終、見惚れていたわけだが――はっと我に返った。
「えっ!? うさこがZOOの支配者? えっ、これ、あの……!!」
「おまえにやるよ」
ペリドットがあっさりと言い、ルナの膝の上に箱を乗せた。
「ええっ!? で、でもあの、あたし無理! サルディオーネじゃないし、つかいかた分からな、」
「適当につかえ。俺もてきとうだ」
「ええ!?」
さっきまで、ルナを優しく導いてくれていたパパ・ペリドットはどこかへ行った。立派な顔には時間制限でもあるのか、すっかり面倒くさがりの根無し草にもどっている。
「さっきもいったが期限付きだ。期限は、メルーヴァのことが片付くまで。好きにつかえ。サルディオーネに聞くより、自分で調べた方が早いときもあるだろ?」
「……でも、あの、」
「ZOOの支配者になった記念に、さっそく頼みたいことがあるんだがな」
ペリドットは、ノンキにそう言った。ショットグラスに酒を注いで、一気に飲み干してから。
「アンジェリカを、助けてやってほしいんだ」
「ア、アンジェを!?」
ルナの叫びの裏には、アンジェリカがどうかしたのかという思いと、どうやってZOOカードをつかえばいいか分からないという思いと、錯綜していたのだが――。
「不肖の弟子を、助けてやってくれ。頼む」
「アンジェがどうかしたの!?」
「たぶんアイツ今、ZOOカードがつかえなくなってるはずなんだ」
「ハイ!?」
アンジェリカが――ZOOカードをつかえなくなっている?
「たぶん、グダグダ悩んでるか落ち込んでる。というわけで、なんとかしてやってくれ、よろしく」
「――」
ルナは口をぽっかりあけたまま絶句していた。このペリドットという人のいい加減さは相当なものだ。
「ぺ、ペリドットさんは――?」
「俺か? 俺は面倒くさいから、何もしない」
ペリドットは笑顔で言い、瓶ごと呷りだした。
(だめだ! だめなひとだこのひと!!)
ルナは心の中で叫んだが、ペリドットは、「そう言うなよ。まあベンキョーだと思ってガンバッテ」と取り合わなかった。
「まあ、今日は、この部屋で休め。もう少ししたらアズラエルたちがもどってくるだろ」
ルナは箱を抱きしめ、気になっていたもうひとつのことを聞いた。
「カレンは――だいじょうぶかな」
「カレンはだいじょうぶだ。――ほんとうだ。俺を信じろ。明日は、ここで朝メシを食って、中央区の病院に見舞いに行ったらいい」
「うん――」
「じゃあ、おやすみ」
ペリドットがルナを元気づけるように言い、酒を持って部屋を出ていく。ペリドットと入れ替わりに、アズラエルとグレンが部屋に入ってきた。
「いい部屋じゃねえか」
ルナは目を見張った。ふたりの変わり果てた服装にだ。膝上の半袖貫頭衣に、きれいな刺繍ベルトで腰を締め、膝までの編上げサンダルに、腕にも細工がついた皮の手甲。青い布を肩から下げて――。
「ふたりともかっこいいよ! かみさまみたいだ!」
ルナは褒めたつもりだったが、男二人は苦笑いどころか、どろどろのコーヒーを飲んだみたいな顔をした。
「ルゥ、それは褒め言葉じゃねえんだ」
「おまえからもらって嬉しくない褒め言葉、第一位にランクインしたぜ」
ふたりは備え付けの冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出してきて、キャップをひねりながらベッドに腰掛けた。
「あのTシャツはもう捨てるしかねえな。気に入ってたのに」
「俺は、ジーンズとスニーカーもだ――ルナ、その箱はなんだ」
ルナの膝の上に乗っていた、高級そうな化粧箱を見てグレンが言った。
ルナは得意げに叫んだ。
「ペリドットさんがくれたの。ZOOカードなの。あたし、ZOOの支配者になったの!」
アズラエルが遠慮なく水を吹いた。
「なんだ? ZOOの支配者って」
グレンが説明を求めたが、ルナが何か言うより先に、アズラエルが的確な言葉で、シンプルに、要点をまとめて説明した。グレンは苦くないはずの水を飲んで苦い顔をし、「おまえらといると、無駄にL03の知識が増えていくんだ」と言った。
「おまえら、じゃねえ。このチビウサギと俺をいっしょくたにするな」
「今日はもう、てめえとケンカする気はねえ。ところで、この部屋しかねえのか」
「え?」
ルナはZOOカードボックスを抱えたまま、ぽへっとした顔をした。
「俺もここに泊まるんだよな? ――ルナと一緒に」
グレンの台詞に、三人の目は、この部屋にひとつしかないキングサイズベッドに向かった。ルナの顔がみるみる、青ざめた。
「あたし外で寝る! アズとグレンがきょうだい仲良く、このベッドで寝たらいいの!」
「俺たちは兄弟じゃねえ!」
兄弟神は怒ったが、やがて怒鳴ることもくたびれたように、ふたりは肩を落とした。
「冗談だ、冗談。――俺が外で寝ると言いたいところだが――今日はベッドで寝たい」
グレンは疲れ切った声で言った。
「とんでもねえ話を聞いたうえに、カレンがアバド病だと? 冗談じゃねえ。冗談にもできねえよ。俺は、とりあえず寝る」
ルナが「あ」と口を開けているうちに、グレンはベッドに身を放り投げるようにして寝てしまった。それに対して、アズラエルが何も言わないのも、アズラエルも相当疲れている証拠だった。
「ルゥ、ペリドットは何か言ってたか」
「う、うん――あした、ここであさごはん食べて、カレンのお見舞いに行ったらどうだって。今日は寝なさいってゆってた」
「そのとおりだな――俺も一服して寝る。風呂場に浴槽があるぞ。タオルも寝間着も――湯、張ってやろうか?」
「あ、ううん。あたしやる」
ルナはぺぺぺっと浴室に行って、コックをひねって浴槽に湯を張りはじめた。
部屋にもどると、灯りは薄暗がりになっていて、ベランダで宴の喧騒をながめながら、アズラエルがタバコを吸っていた。
宴はまだ賑やかに続いている。とっくに深夜を過ぎているのに。
「明け方まで続くさ、あれは」
アズラエルはタバコを揉み消した。グレンはベッドの端に丸まったまま、ピクリとも動かない。
「アズ」
「ん?」
「カレンが病気だってこと、グレン、知らなかったんだね……」
グレンも、カレンがアバド病だという事実に衝撃を受けていた。グレンも知らなかったのだ。
「たぶん、セルゲイ以外は、知らなかったんだ」
アズラエルの顔色は、ルナの位置からは暗くて伺えない。
「グレンが知らねえとなれば、エレナもルーイも、ジュリも知らなかっただろ。――だけど、ここまでバレたら、もう黙ってるわけにゃァいかねえな」
毎日顔を合わせる皆には、告げなければならないだろう。今日ここにいない、クラウドとミシェルにも。
「セルゲイが言うか、カレンが言うか。まあ、あのふたりのどちらかが言うまでは黙ってろ。ミシェルはけっこう、あっさりしてる方だが、クラウドはああ見えて仲間意識が強いからな。俺たちが知ってて自分が知らなかったとなれば、信用されてないとかなんとか――落ち込むに決まってる――メンドくせえな」
アズラエルは顎ヒゲをぽりぽりとやった。
「マジでめんどくせえ――疲れたな」
疲弊しきった顔でアズラエルが言ったので、ルナはアズラエルの手を握ってあげた。
「アズも寝た方がいいね。さきにお風呂入る?」
「いや、朝シャワー浴びる」
ルナは浴槽でうとうとしながら考えごとをし、お風呂から上がって部屋にもどると、妙に静かだった。ベランダから外を見ると、宴は終わっていた。井桁の火はまだ赤々と燃えていて、火の番をする何人かはいたが。
ルナは扉を閉めた。虫よけの香の、いい匂いが部屋に漂っていた。
アズラエルもグレンも、ベッドの両端に背を向けあって寝ていて、真ん中はルナが二匹おさまりそうな広さになっている。ルナは感嘆した。人の気配があればすぐ起きるはずのアズラエルから、寝息しか聞こえない。
ルナはいちばん広いまんなかを占拠し、薄い毛布をかぶり、両側の広い背中という名の壁を交互に見た。おやすみなさい、と小声でつぶやいた。




