表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
440/950

186話 ラグ・ヴァダの神話 Ⅰ 1


「ルナぁ!!!!!」


 駐車場に停めたとたんに、ルシヤの声がした。ハンシックから猛然と走ってくる姿が見える。


「アイツ、足早ぇ!!」

 ピエトも驚いて、ぴょんっと背を伸ばした。


「ルナ!!」

「うわぁ」


 勢いよく飛びついてきたルシヤを、ルナはなんとか受け止めた。


「久しぶり! ルナ!」

「うん! るーちゃんひさしぶり!!」

「会いたかった! ルナも、こっちに引っ越してくればいいのに――パルキオンミミナガウサギはあれから出てないけど、店でカレーを出すようになったよ! けっこう評判がいいんだ。それから、トラックが壊れたからまた買った! ルナに、ルナに、話したいことが、いっぱいある!!」


 すさまじい勢いでそこまでしゃべったあと、ピエトの存在に気づいた。


「おまえだれ?」

「おまえこそだれだよ」


 アズラエルもルナも皆――おとなたちは、ピエトに、ルシヤの話はしていなかった。なんとなく、気が合いそうだとは思っていたので。


「わたしは、誇り高きルチヤンベル・レジスタンスの末裔、ルシヤ!!」


 胸を張って、草原の向こうまで響き渡る大声でそう叫んだルシヤに、負けず劣らずでかい声で、ピエトも怒鳴った。


「お、俺は、エルトのラグ・ヴァダ族、ピエトだ!!」


「おまえ、ラグ・ヴァダ族なのか!?」

 ルシヤは目を見開いた。


「いくつだ」

「えーっと……」ピエトは指折り数えた。「たぶん十一歳」

「わたしより、年上か!!」


 ルシヤは忌々し気に唸った。


「しかたない。兄と、敬ってやろう……しかたないけど」


 ルシヤは不満気にブツクサいった。大人たちは笑いをこらえ、ピエトは不思議そうな顔をしている。


「なんで俺がおまえの兄ちゃん?」

「おまえ、アズラエルの子だろう。わかるよ」


 ルシヤの宣言に、ついに大人たちは吹き出した。

 アズラエルだけだ。ピエトと同じ不満気な顔をしたのは。


「ちがうんだよ。俺と血はつながってねえ」

「は!? そっくりだよ?」


 ピエトは納得いかない顔で、しきりに首を傾げた。


「おまえこそ、どういう意味だよ。俺の弟はピピだけだ。おまえは俺の弟じゃねえよ」


 大人たちは爆笑の(うず)に頭を突っ込んだ。ルシヤは頭から噴火する勢いで叫んだ。


「わたしは! 女だ!!」


 そこからさらに、いくつか悶着(もんちゃく)があったあと、ルシヤとピエトはハンシックまで競走した――ルシヤがわずかに速かった。ふたりとも、信じられないくらい足が速かったが、僅差でルシヤの勝ちだ。

 ピエトは、自分より足の速いヤツがいるとは思っていなかったので、とても悔しげだった――けれど、一気に仲良くなった。


「でも俺、いきなり妹が二人になるっていわれても、よくわかんねえよ」


 ルシヤは、「これが、もうひとりの妹だ」と、ルナとルシヤふたりで撮った写真をピエトに見せた。


「だっておまえ、ルナとアズラエルの子なんだろう? だったら、わたしたちときょうだいだよ」

「……まぁいいよ。よく分かんねえけど」


 ピエトは首をかしげてうなずき、ジャーヤ・ライスをひと口頬張って、「うめえ!」と叫んだ。

 

 ハンシックは相変わらずのどかだった。以前来たときと変わったところがあったといえば、トラックが新品になっていたことくらいだ。


「中古を買ったら一ヶ月でイカレてな……もう思い切って、新車を買ったよ」

 シュナイクルは肩をすくめて言った。


 彼らがルナたちのために用意してくれていた昼食は、ジャーヤ・ライスとラグ・ヴァダのスープ、トワエのサラダ。原住民のパンが数種類に、ソーセージやチーズの盛り合わせ。取れたて野菜が丸かじりできるように、ディップが添えられている。

 なつかしの味。数ヶ月しか経っていないのに、何年も来ていないような気にさせられる。


「今日は、クラウドとミシェルは別行動?」

 いつも通り、サラダばかりモシャモシャ食っているバンビが聞いた。

「うん。ミシェルは、真砂名神社の河原に絵を描きに行ったの」

 ルナが答えた。

「絵? あの子、絵なんか描くの?」

「うん! 絵も上手だけど、アクセサリーなんかも上手につくるよ」


「……ああ、うめえ。このソーセージ、久々に食ったぜ」

 グレンが、エラドラシスの腸詰肉(ソーセージ)を感慨深く噛み締めていると、ジェイクが笑いながら背中を叩いた。 

 むせる。

「そういうならもっと頻繁(ひんぱん)に来いって!」


「少し遠かったからね。でも、ルナちゃんが、シャインのカードをとある筋からもらったから、これからはもっと頻繁に来られるかも」

 セルゲイが、マケロッタの薄切りパンに、こんがり焼いたサラミを乗せ、頬張った。


「ほんとう!?」

 ルシヤが満面の笑顔になる。


「話には聞いてたけど、マジでメッチャうまいわ~。シュナイクル……シュンさんだっけ。シュンさんって呼んでもいい? バーベキューに持ってきてくれたお肉も美味しかったけど、このジャーヤ・ライスってのもサイコー」

 カレンは親指を立てた。


「そりゃよかった。好きなように呼んでくれ。……ところで、俺もおまえたちに話があったんだ」


 シュナイクルが、ルナとアズラエルに向かって言った。 


「ええっ!?」

「ルシヤが、ルナのボディガードになっただと!?」


 アズラエルの絶叫と、皆の絶句の向こうには、胸を張って自慢げなルシヤ。意味が分かっていないピエト。ルナのアホ面が混在していた。


「ああ。つい、おとといの話でな。今日、おまえたちが来るって連絡がなかったら、今度の休みにでも会いに行こうと思っていた」


 シュナイクルの話を要約するとこうである。


 一週間前、ルナの担当役員の、ミヒャエル・D・カザマから、電話があった。

 用件は、ハンシックでの事件の概要(がいよう)を聞くためだったが、それだけでは終わらなかった。

 大事な話があるから、長く時間をもらえないかということだったので、シュナイクルは休みの日を指定した。


 来たのは、一昨日(おとつい)の午前。


 アンディの事件の概要を四人から聞いたあと、調書をまとめたカザマは、席を立たず、今度は自分が語りだした。


 話は、午後にまで及んだ。


 L03の革命家メルーヴァが、ルナを襲うかもしれないという話から、マ・アース・ジャ・ハーナの神話の話に至るまで――ずいぶん壮大な話を聞かされた。

 そして、最終的に、ルシヤにルナのボディガードをお願いしたいという結論に落ち着いた。


 当然だが、前後の話を整理するだけでも、シュナイクルたちには大変だった。なにせL03の君主にして生き神のサルーディーバ、稀代(きだい)の占術師サルディオーネ、革命家メルーヴァが関わってくる内容である。


 カザマは、返事は急がない――しかし、なるべく早く。ダメならダメで、次を当たらなければならない――と言ったのだが、ルシヤには迷いがなかった。

 その場で、二つ返事で引き受けたのだという。

 シュナイクルには、ルシヤが決めたことに反対する理由はなかった。


「ミヒャエルさん――には、不満があったそうだ」

 シュナイクルは言った。

「九庵のことも、それ以前も、ルナにはボディガードが付けられていた。だが、それはミヒャエルさんにも知らされていない人物だったそうだ」


「カザマも知らなかった、だって?」

 アズラエルが不審な顔をした。


 彼にも覚えがある――ルナと出会ったばかりのころ感じていた、ひとの気配。あれはやはりボディガードだったのか。どうりで殺意はないと思っていた。

 しかし、カザマも知らなかったとは。

 結局、その気配はいつのまにか消えていた。アズラエルとルナが同居し始めたころはもうなかった。


 ルナはもしかしたら、タキおじちゃんではないかと思っているのだが、それはここでいってはならないことなので、だまっていた。


「そこで彼女は、自分の信用が置ける人間をルナのボディガードにしたいと言った――それも、女性のほうがいい。九庵もトイレにまでは付き添えないからな。それから、なるべくルナのストレスにならない人物、ということで、うちの孫にスポットが当たったそうだ」


「――おまえは、いいといったのか」

 アズラエルが困惑顔で聞いた。ルシヤではなくシュナイクルに。シュナイクルは真剣な顔でうなずいた。


「実際に任務に就くのも、緊急時のみということだ。ふだんは普通の生活を営んでもらってかまわない。……メルーヴァがL系惑星群内で逮捕されれば、もとよりこの話はなしになる」


「心配、いらない!! メルーヴァだろうが、何だろうが、ルナに、わるものは近づけさせないから!!」


 そういって、ゼラチンジャーのポーズを決めたルシヤに、ピエトが笑顔になった。


「おまえも見てんの!!」

「わたし、ゼラチンブルーだ!!」

「じゃあ俺ゼラチンレッド!!」

「ジェイクは、粉寒天! 秘密の組織のナンバー2だよ!」

「ウィッス」


 ジェイクが大人枠から外れた。全員、困惑よりの表情になったので――ゼラチンジャーのせいではない――シュナイクルは言った。


「このとおり、ルシヤがその気なんだ。止めても無駄だ」

「……危険があるかもしれないんだぞ?」

「このあいだの事件より、上の危険か」


 だれもその質問には答えられなかった。メルーヴァのことは、アンディのとき以上に、まだまだ不確定要素が多すぎるのだ。

 バンビが考え込む顔で、つぶやいた。


「どっちにしろ、一筋縄ではいかない案件のようなのよね……だから、すこしクラウドと話してみたかったんだけど」


 今日、クラウドは同行していない。


「それに、俺たちも、メルーヴァ討伐軍のメンバーに入れてもらったからな」

「は!?」


 アズラエルがシュナイクルの言葉に、口を開けた。


「水臭いぞ! まぁ、俺だって、不思議はもう真っ平だけど、いっしょにアンディとルシヤちゃんを助けた仲じゃねえか!」


 ピエトとルシヤがふたりで盛り上がり始めたので、粉寒天役はもどってきた。


「おいおい……本気か?」


 呆れているのはアズラエルだけで、カレンやセルゲイ、グレンは大歓迎といった顔だった。


「いやどう考えても頼もしいだろ。もとルチヤンベル・レジスタンスにレンジャーに、科学者だって?」


 カレンが笑いながら歓迎する。


「ミヒャエルさんに聞いた話の中でも、興味深い話がいくつかあった。特にマ・アース・ジャ・ハーナの神話の話」


 バンビが人差し指を立てた。

 マ・アース・ジャ・ハーナの神話と聞いて、ピエトとルシヤもゼラチンジャーごっこをやめて、興味を示した。


「どうやら、K33区にペリドットさんがもどってるらしいのよ」

「なんだと?」

「宴会に招待されてるの。よかったら、あんたたちも行かない? 彼はラグ・ヴァダの王族らしいから、マ・アース・ジャ・ハーナの神話で、本に載っていないことも聞けるかもしれない」


 シュナイクルは微笑んでいるだけだ。


「バリバリ鳥の肉なら、うちで仕入れてるぞ。持っていくか?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ