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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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185話 ペリドット 1


 きのうの豪雨が嘘のように空は晴れ渡っていたが、外に出るとふっと青いにおいがする。

 軒下にぽつぽつと滴が落ち、地面は濡れていて、残った水気が、空気をしっとりと潤ませていた。


「お、おいしそ~!!」


 食卓に並べられた朝食は、カレンの目には、朝露に輝く陽の光そのものであった――大げさ。

 魚の干物を焼いたものと、卵焼きに、ホウレンソウのおひたし、お漬物とひじきの煮物が添えられ、あつあつのお味噌汁と、ごはん。

 カレンの目からは感動の涙が。


「ルナ! 愛してる!!」


 カレンはルナに抱きついたが、「うひゃあ!」というルナの悲鳴も聞こえず、今度はルナのまえに並べられた弁当箱にくぎづけになった。


「何コレ!?」


 ルナはカレンに後ろから抱きつかれたまま、なんとか体勢を立て直して、タコさんウィンナーを弁当箱に詰めた。

 弁当箱はみっつ。保温型のもので、ひとつは大きめのラメ入りホワイトの弁当箱。あとふたつは、片方は青い花柄で、もうひとつはオレンジの花柄だ。


 ルナは手早くウィンナーをつめ、温めておいたスープを調理台の方に取りに行った。


 弁当の中身は、タコさんウィンナーに、唐揚げに、きのうの残りである、アズラエルのつくった謎の卵料理。エビのフリッターに、アスパラガスのベーコン巻き、プチトマト。


 俵型のひとくちおにぎりが、花柄のほうはみっつ、白いほうは六つ、入っていた。

 海苔を巻いたおにぎりは、青菜の緑や梅の赤と、カラフルだ。


 ルナは熱いコンソメスープを水筒型の保温容器に注ぎ、クルトンとパセリを散らして、やっと口をきいた。


「今日、ジュリさんが校外学習でしょ? おべんとうだって聞いてたし。ミシェルも絵を描きに行くから、持たせてあげようと思って」

「その白いのは、だれの?」


 いつのまにかミシェルとジュリもルナのうしろにいて、ジュリが顔を輝かせていた。


「白い弁当箱はクラウドの、だけど」


 そういったとたんに、ミシェルが「ええ!?」という顔をした。


「ルナちゃん! これ、あたしの!?」

「うん、ジュリさんの」


 ジュリは子どもみたいに目をキラキラさせて、オレンジ色の弁当箱を持ち上げ、


「すっごく美味しそう! ありがとうルナちゃん!」

「あったかいまま食べれるからね」


 ルナが言うと、ジュリは弁当を持ったまま、グレンの方にかけていった。弁当を見せびらかすためだ。

 カレンがうらやましそうにそれを眺めて言った。


「今日、ジュリはその辺のスーパーかコンビニで、弁当買っていく予定だったんだよ」

「い、いつもできるわけじゃないけど、今日はちょうど、ミシェルの分も作る約束してたから……」


 ミシェルが半分泣きそうな顔で、ルナの肘をひっぱった。


「(ルナ、あたし一人分でいいっていったじゃん)」

「(だって、クラウドの分なしって……ペナルティーにしてもかわいそうだよ)」

「(ちがうって、あたし、クラウド連れて行くつもりないんだって!)」

「(え!?)」

 ミシェルの言葉には、ルナが飛び上がった。

「(ぜ、ぜったいクラウド、ついていくつもりでいるよ?)」

「(だから、弁当がなかったらあきらめるかもしれないでしょ!)」

「(い、いや~? 無理だと思う……)」


「ふたりで、なにをこそこそ話してるの」

 クラウドが皿を取りにキッチンに入ってきてしまったので、ルナとミシェルは内緒話をやめた。


 さて、カレン曰く、神々しいまでにまばゆく、うまい朝食を平らげたあと――だった。

 昨日同様、四つの冷蔵庫――今朝はクラウドとカレンがチェンジした――がキッチンで皿洗いに勤しんでいる間、ミシェルが弁当箱をもったまま、口をとがらせてルナに催促していた。


「ルナ! たまごやきが入ってないよう!」

「あ、うん。だって、アズの卵料理入れたから、卵焼きはいらないかなって思って」

「ええー? あたしたまごやき欲しい。このアヤシイ青いたまごはクラウドの弁当に詰めちゃって! いつものあれ作って! 出汁入りのたまごやき!」

「しょ、しょうがないなあ……」


 言いつつもルナは、冷蔵庫にストックしてあった、今朝つくったばかりの出汁に卵を割って、かきまぜはじめた。


「……やってくれるよね、ミシェル」


 自分の弁当箱から、クラウドの弁当箱に、むりやり青い卵の料理を移動させているミシェルを遠い目で見つめながらクラウドは、昨夜絶対に手をつけまいとしていた料理の外観に思いをはせた。


「気味が悪いなら、食うなっていっただろうが」


 気分を害しているのは、その青とピンクと緑と黒が混在した料理をつくったアズラエル張本人である。


「見た目はアレだけど、おいしかったんだよ? この青い卵もチーズみたいな味して」

「見た目がアレすぎても、食欲は失せるものなんだよ」


 ルナがフォローしたが、ミシェルは青い卵を全否定した。色の組み合わせがだいたい、よくなかったらしい。アズラエルも最初に見たときは引いたが、味は悪くなかったので、自分でもつくってみたのだが、評判はさんざんだ。


 フライパンの上で卵生地をくるくると巻き、出汁巻卵を成型したルナは、まな板の上で均等に切り分けて、ミシェルのお弁当箱に入れた。


「もっといれて。いっぱい」

「ちょ、ぎゅうぎゅうになっちゃうよ?」


 ミシェルは詰められるだけ詰めたいらしい。ルナは苦心して、なんとか三つ詰めたが、ミシェルはまだ詰めようとしている。


「う、……うまい!」

 横からひょいと手をだし、つまみ食いしたカレンが立ちすくんだ。

「美味いけど、俺はもうすこし甘いのがいい」

 グレンも言い、ジュリが、「ルナちゃん、あたしのにもいれて!」とすでにバッグに入れた弁当箱を持ち出してきた。


「あ、あたしの分なくなっちゃうよ!」


 ミシェルはあわてて自分の弁当箱を保護した。ジュリは、卵焼きがもうないことを知ると、泣きそうな顔をしたが、次回はかならずたまごやきを入れた弁当をつくるとルナが約束し、その場はおさまった。

 食べ物のうらみは、恐ろしいのである。


 ルナがクラウドの弁当もつくってしまったがために、ミシェルの「クラウドは連れて行かない」作戦は水泡に帰したので、ミシェルは渋々、謎の卵料理をクラウドに押しつけ、画材道具のいっさいを持たせ、玄関先でスニーカーをはいた。

 ミシェルの下僕と化したクラウドは、それでもこぼれるような笑顔だ。ひさびさに、ミシェルと二人ででかけられるから。


「いい? あたしが絵を描くのを一秒でも邪魔したら、帰れっていうからね!」

「分かってる、分かってる。俺はミシェルの邪魔はしない」

「どうだか……」


 それでも、弁当があるのでご機嫌なミシェルは、「いってきまーす!」と、元気よく出かけて行った。


「ジュリ、今日、いっしょにいかねえのか?」

「うん……今日は、学校で科学センターに行く日だから、遊べないの、ごめんね?」


 きのう、ゼラチンジャーごっこに付き合ってくれたジュリは、今日は校外学習でいっしょにでかけられないし、遊べない。ピエトはがっかり顔を隠そうともせず、ジュリのTシャツの裾をつかんでいた。


「学校がない日に、また遊ぼうよ」

「……」

「ほらピエト、ジュリさんもでかけなきゃならないから、ね?」

「……」


 こういうピエトの拗ねた顔を見ていると、やはり年相応なのだなとルナは思い、なんとなく微笑ましかった。


「ごめんね、ピエト、また今度ね」


 カレンに、「また遅れるよ!」とせっつかれて、ジュリはあわてて玄関に向かった。今日は、学校からバスでK29区に向かう。遅刻の常習犯のジュリだが、今日は絶対に遅れてはいけない日なのだ。

 ジュリは大慌てに慌て、弁当の入ったバッグをひっつかむと、行ってきますも言わず、飛び出していった。


「だ、だいじょうぶかな、あんなに慌てて……」

 ルナは心配そうにつぶやいたが、カレンが、

「だいじょうぶだよ。最近はああやって、ひとりで学校に行けるようにもなったしね」


 地図もある程度読めるし、バスの時刻表も見られるようになったよとカレンは笑った。


「あのジュリが、団体行動できるようになったってだけでも、感動ものだよ……」


 カレンは目を潤ませていた。いや~、ここに来てから、あたし、泣いてばっかりだよ、とルナに頬ずりしながら。


「ルナ、あたしにもお弁当つくってね! いっしょに公園で食べようね!」

「う、うん!」


 カレンに力任せに頬ずりされて、ルナはもみくちゃになった。


「俺たちも出かけるぞ、K33区はけっこう遠いからな」


 アズラエルが、すっかり片付いたキッチンから、リビングに顔を出して言った。

 K33区は、K05区と同じく北方面の、山のふもとだ。タブレットの地図を見ながら、アズラエルたちは算段した。


「K27区からなら、高速乗って中央区入って、そのまま北上だな、まっすぐ。で、K03からK33区に入るか」

「ハンシックに寄るんだぞ」

「あ、そうだったな」

「昼めし時には着きそうだが、あそこ、昼はやってないんじゃ」

「昨日電話したら、昼めしつくってくれるってよ」


 道順で、猛獣二頭の対決は起きなかった。


 ルナたちがでかけて、三十分ほどしたころだ。

 レイチェルは、いっしょにスーパーに行こうと、ルナの家のベルを鳴らした。だが、鳴らせど鳴らせど、返事はない。

 ミシェルの部屋のベルも押してみた。こちらも、返事はなかった。


「今日もいないのね……ルナもミシェルも」


 肩を落として、ドアを背にするレイチェルは、いつになくさみしげにもどって行った。





(――ここがK33区か)


 アンジェリカは、K33区に来るのは初めてだ。ドキドキしながら、シャイン・システムの扉から一歩、足を踏み出した。


 K33区の区役所内は、ほかの区の区役所と同じで近代的な建物だが、一歩出れば、そこには自然そのものの光景が広がっている。


 眼前には山林、舗装もされていない道路、草木生い茂る、原っぱ。

 緑ゆたかな畑と果実の木々。


 アンジェリカは、サルディオーネとしての正装を身に着け、区役所で聞いたペリドットの居場所に向かって、ぬかるんだ道を歩いた。昨日の雨で、舗装もされていない道はどろどろだったが、編上げのサンダルが汚れても、かまいはしなかった。


 ペリドットの居場所といっても、「K33区のどこかにいるだろう」という、めちゃくちゃ大ざっぱな答えだ。だいたい、人が集まっているところにいるだろうから探してみてくださいとのこと。彼らは悪意があって投げたのではなく、この地区の者は、基本的に大ざっぱなのだった。


 区役所の役員は区長に似るといわれているが、まさしくそのとおりだ。


 K33区といっても広い。アンジェリカは足が棒になるほど歩き回っても、彼を探し出すつもりでいた。


 しかし、そんなアンジェリカの気負いもはかなく、あっさり、彼はいた。

 五分も歩かず、見つかった。

 区役所を出てすぐの集落の広場で、数人の原住民と火を囲んでいた。七月も近いというのに、この地区は肌寒い。


(あの衣装は、――アノールの民)


 ということは、ここはアノールの集落か。


 アノールの衣装を着た原住民たちの中に、ラグ・ヴァダの衣装をきた男性がひとりいる。


 半袖のダボッとした衣服に、茶色い袴のようなズボン。紫がかった、ボロボロの長い布を巻きつけ、宝石などの装身具を手首や足首につけている。


 身体は大柄で、うしろからでもがっちりした肩の筋肉がわかる。金の蓬髪(ほうはつ)、褐色の肌のご面相には、ラグ・ヴァダの王族を証する刺青が。


 ――彼が、ペリドットだ。


「し――失礼いたします!」


 K33区は、原住民の巣といえども、皆が温厚で、部族間の争いもないと聞いた。だが、礼儀に反した真似をすれば、追い出される可能性もある。今日はボディガードのひとりも連れてきていない。


 アンジェリカは慎重に――だが怯えた態度を出さぬようはっきりと、声をかけた。


 アノールの民たちが、いっせいにアンジェリカを見た。

 蓬髪の男――ペリドットも。


「失礼――わたしは、アンジェリカと申します。ペリドット様でございますか」

「様ァ?」


 顔全体をしかめて吐き捨てたペリドットは、アンジェリカの想像をこえて野放図(のほうず)だった。星々を転々としてきた――とアントニオが言っていたが、まさしくそれを伺わせる、粗野(そや)だった。身なりはラグ・ヴァダ王族のそれだが、無精ひげだらけの顔は汚れている。


 だが――威厳がある。

 まるで、神官として真砂名神社に君臨したときの、アントニオのように。


 異相だと、アンジェリカは思った。

 いままでたくさんの人間を見てきたアンジェリカが、一度も見たことのない類の人間であり――魂だった。


 王の威厳と貧者の粗野が混在し、だれをも受け入れるようなふところを見せながら、その懐は、アントニオが持っているような温かさではない、むしろきびしさだ。

 おだやかな相貌に、笑みがない。


 アンジェリカは圧倒され、こくりと喉を鳴らした。


「ペリドット様。わたしはアンジェリカと申します。ZOOカードを扱います、サルディオーネです。突然で不躾かとは思いましたが、真のZOOの支配者たるあなたさまに、ご教授いただきたく、ここまで参りました」

「……」


 アンジェリカは三度、礼をした。膝をつき、手を羽ばたかせ、深々と頭を下げる。L03で賓客や目上に対して行う、正式な礼の作法――。


 ペリドットは最初のうち、だれだコイツは、という顔で見ていたが、やがてそれは困った表情にシフトし、ぼりぼりと頭を掻いた。


 アンジェリカが行くことは、アントニオが事前に話しているはずだ。アンジェリカがペリドットに会いに行くと言ったら、「じゃあ、俺が連絡しておいてあげる」と彼は言ったからだ。



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