183話 新しい生活 K27区ハッピータウン・ガーデンハイツ・ブランカ Ⅱ 2
「ルナちゃんが真砂名神社で、サルーディーバやサルディオーネと出会ったこと、セルゲイのルナちゃんセンサー、どれもが理屈では説明のつかないことばかりだ。本来ならルナちゃんは、レイチェルたちのように、平和な星で生まれ育った平凡な子で、ここに来たって平和な生活を過ごしているはずなんだよ。いくら恋人がアズラエルだからって、――いや、俺は、ルナちゃんの恋人がアズラエルってことも、ルナちゃんのカオスを説明できる一要因だと思う」
「クラウド、あんたの説明、難しすぎる」
カレンが顔をしかめた。
「つまりはさ、カレン、君自身の、ルナちゃんとの不思議な縁も否定するのかってこと」
「え?」
「ふつうは、無理なんだ。どんなにルナちゃんが可愛くても、アズラエルの好みでも、いつものアズなら、たぶんルナちゃんに怯えられた時点で接触をあきらめてた」
「――それは、否定できねえな」
やっとアズラエルは、ひとこと言えた。
「何度も言うけど、ルナちゃんは、レイチェルと同じ平和な惑星の子だ。……いくら、この宇宙船がL系惑星群のすべての星から人間が集まるのだといっても、ルナちゃんみたいに家とスーパーの往復で日々を暮している子が、傭兵と出会う確率が、どれだけあると思う。ルナちゃんは、K27区内をほとんど出たことがない。俺たちも、ふつうなら、このK27区なんて、用はない。おそらく、通り過ぎるか、宇宙船の中にいても来ることのない区画のひとつだったんじゃないかな?」
「そうだね。私もデレクがマタドール・カフェにいなければ、K27区に来ることはなかったと思う」
セルゲイもうなずいた。
「日常というものは、一種、閉鎖的でワンパターンだよ。だれだって、生活パターンというものが決まってくる。ルナちゃんとアズの生活パターン、それはよほどのことがなければ交差しない――アズとルナちゃんの出会いは、いわばこれは、非常に特異な現象なんだ」
「出会いって、たいがい、そんなもんだろ……」
カレンの口を尖らせたぼやきは、フェードアウトした。
「カレン、君は?」
「え?」
「君がこの宇宙船に乗って、ふつうに暮らしていて、ルナちゃんと出会う可能性。出会ったとしても、友達になれる可能性――どれだけレアな確立だと思う?」
「……」
カレンは、黙った。
「アズは、いまだにルナちゃんと付き合ってはいない。そういわれ続けている。なのに、ボディガード扱いだとしても、そばにいる理由は? いままでのアズの性格からしても考えられない」
「つきあってなくて悪かったな」
アズラエルは気分を害した。
「え? つきあってないの?」
カレンが口をはさんだが、ここを追及すると際限がなくなるので、セルゲイが首を振って止めた。
クラウドはつづけた。
「アズは、ルナちゃんのことはどうしてもあきらめられなかった。アンジェラの妨害が入ってもね。これを運命の相手と、単純に片付けられるかい? アズは、ルナちゃんとつきあって上手くいくとは決して思っていなかった。それはそうだ。あまりに価値観のちがう相手は、一緒に暮らしてみればうまくいかないことのほうが多い。だけど、ルナちゃんとアズはいまのところうまくいってる」
「今のところだろ」
いつか破綻するさ、と笑ったグレンの後頭部を殴ったアズラエルの後ろの窓で、稲光が光った気がしたので、ふたりは睨みあうだけにとどめた。
「サルーディーバがふつうの子に話しかけるかい? 食事に誘う? 星賓にもなるサルディオーネがルナちゃんをともだち扱いする、その現状をカレンはどう説明する? セルゲイのルナちゃんセンサーを、説明できるかい? ルナちゃんに、サルーディーバ記念館から絵が送られてきた理由は? ――ルナちゃんの周囲には、つねに理解しがたい現象が起こる」
「だから?」
カレンがイライラと足を踏み鳴らした。
「だから俺たちは、ルナちゃんがメルーヴァに命を狙われているということは、まるっきり信じてもいないけど、疑うこともできない、というわけさ」
「最初から結論を言えよ!」
「おまえはほんとにせっかちだな」
カレンの怒鳴り声に、アズラエルの呆れ声が飛んだ。
「でもまあ、クラウドの説明が回りくどいことは俺も認めるが、だいたい、そうだ。俺もすべてを信じちゃいねえが、聞き流せる話でもねえってことだ」
「回りくどくて悪かったね」
クラウドは非常に気分を害した。
「まあ――分かったよ。とにかく、あんたらが盲信してるわけじゃないってことは分かった」
カレンは手をぶらぶら振り、長くなった話に打ち止めのサインを示した。
「ようするに、とっととメルーヴァを逮捕できればいいってわけなんだろ」
「単純に考えりゃ、そうだ」
アズラエルがうなずき、「……L20の軍隊も、L25の特殊捜索隊も、やっぱりまだ、メルーヴァを見つけられねえのか?」と聞いた。
「ああ――見つからない」
カレンは、肩を落としてエスプレッソの残りを飲み干した。
「こんなに探しても見つからないんだからって、S系惑星群の方にも足をのばしてるけどね。ダメだね。そもそも、L03の研究家と王宮護衛官たちと、軍と捜索隊のトップが衝突してんだ」
「なんでまた」
「さっきのクラウドの話じゃないけど、理屈に合わないことと、合うこととの衝突さ。研究家とL03の王宮の人間は、メルーヴァは特別な予言師だから、普通に探したって見つかるわけがない、捜索隊の行くところはぜんぶお見通しだって譲らない。じゃあどうすればいいんだっていう捜索隊に、メルーヴァが出てくるまで待て、かならず姿を現すから、の一点張りで。おたがいにバカなこと言ってるって協力し合わない。泥沼なんだ」
「――あいだを取り持てる人物は、いないの」
クラウドの問いに、カレンは首を振った。
「ほぼいないって言ったほうが、いいね。……L20はこのあいだのエラドラシスの戦で、L03に根本的な恐怖を植え付けられちまって、L03に対する悪感情はうなぎのぼり。メルーヴァの捜索の件でも、L03の言い分も理解して、軍事的観点からL03に、L20の立場や、やりかたを納得させられる指揮官が――逆も然り、だけどね――いればいいんだけど、なかなか、いないんだ」
「……」
「クラウドが言うように、あいだを取り持てる人間がいない。それってけっこう致命的だよ。L20にはL20のプライドがあって、L03にはL03のやり方がある。両方のことを熟知して、まとめられる人間がいないってのはね……、」
クラウドたちは押し黙り、テーブルには重い沈黙が流れたが、カレンがため息交じりに沈黙を破った。
「ここだけの話だよ。ほんとうかどうか、確信はないし、証拠はない」
と前置きして言った。
「だからこれは、ルナがメルーヴァに命を狙われてるっていうのと同じくらい、信憑性の不確かな話だと思ってほしい」
「なにか、目新しい情報が?」
クラウドが身を乗り出した。
「これは、L20の心理作戦部と軍部のトップ、首相付近でしか周知されていない話だ」
カレンは、グレンを横目で見つつ、ためらいがちに口にした。
「――メルーヴァの逃亡支援に、ドーソン一族が一枚噛んでるって話」
「なんだと!?」
ちょうど、その一族の嫡男がこの場にいた。
「シェハザール・A・マハーバート。メルーヴァの側近で、懸賞金三十億デルのもと王宮護衛官」
「知ってる。メルーヴァの側近中の側近で、乳兄弟だって――」
「ヤツが、心理作戦部A班に出入りしていたって情報がある」
「なんだって?」
「考えてもみなよ。メルーヴァがL系惑星群の指名手配犯になってから、メルーヴァの顔写真は全土に散らばって、ふつうの革命家だったら、もうとっくにつかまってる。メルーヴァの不思議な力どうこうより、L20は、メルーヴァのバックに有力な組織がついていると見ている。最初から、その線で追っていた。出て来たのがこれだ」
「どうしてドーソンが、メルーヴァを支援する……?」
理解しがたい顔で唸ったのは、当の嫡男であるグレンだ。
「それは知らない。だけど、そうでなければ説明がつかない部分も多々あるのさ。たとえば、メルーヴァが惑星間を移動するための宇宙船――」
「――そうだね。民間の宇宙船には当然乗れないし、モグリのそれも、危険といえば危険だ。すでにメルーヴァ達には法外な懸賞金がかかっている」
モグリの宇宙船を運行しているのは、原住民の一部や傭兵組織、マフィアなどだ。メルーヴァ達にかけられた懸賞金を目当てに、警察に引き渡さないとも限らない。モグリの業者をつかうのは危険だろう。
だとすれば、やはりカレンの言うように、大きな組織がメルーヴァを匿い、支援していると見ていい。
「ドーソンが裏で手をひいている、か。考えなくはなかったけど……」
「おまえ、そんなこと考えてたのか!?」
グレンが心外だと言う顔で叫んだが、クラウドはそれを無視して言った。
「それはひとつの可能性に入れていた。なぜなら、L系惑星群の各地で戦火がひろがれば、その分、L11の監獄星にいるドーソン一族のトップたちを、呼びもどせとの世論も大きくなるからさ」
「――あ」
カレンが、ほんとうに「あ」という顔でクラウドを指さしたまま固まった。
「メルーヴァがL4系やL8系の原住民過激派を先導して、戦争の火種を大きくした――メルーヴァが戦火をあおればあおるほど、L系惑星群の民の危機感はつよくなる。すなわち、監獄星に捕らえられているドーソンの幹部たちを呼びもどさなければならなくなる。――彼らを更迭したために、今L18は大混乱をきたして、L4系や8系の戦乱を抑えきれなくなっているわけだからね。L18に残ったドーソンの者たちが、それを謀ったとしてもおかしくはない。メルーヴァにどんどん戦火をあおらせ、世論をつよくする。ドーソンの幹部たちを呼びもどせという方向に」
「……」
「監獄星の幹部たちがもどされる、か。……L系惑星群の危機だからね。その可能性もなくはないよね」
カレンの深刻なつぶやき。グレンは唸ったまま腕を組んでだまってしまった。
「それに、ドーソンがバックについているなら、メルーヴァはもうL系惑星群にはいないということも考えられるんじゃないのかな」
「うん――そうも、考えられるよね」
同意はしたが、カレンはその先を続けなかった。クラウドの言葉を、神妙に考え込んでしまったのだ。
セルゲイが、椅子に貼りついてしまった腰を上げる。
「むずかしい話はそのくらいにしておいて、買い物にいこう。雨が降ってきてしまうよ」
さっきの稲光はまぼろしでもなく、セルゲイのいたずらでもなかったようだ。ゴロゴロと不穏な音がし、こころなしか曇ってきたように見える。
「ほんとだ。早くいかなきゃ、ミシェルたちが帰って来ちゃうな。どうする? 食材を先に買いに行く? それとも米?」
クラウドの言葉に、グレンが「……そのことだけど」と小さく言った。
「米って、注文すれば届けてもらえるんじゃねえか?」
「「「「あ」」」」
グレンをのぞく四人は、間抜けな声をあげて固まった。
『お米を、注文しますか?』
お仕事ができたちこたんが、どこか嬉しそうにそういった。




