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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
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183話 新しい生活 K27区ハッピータウン・ガーデンハイツ・ブランカ Ⅱ 1


「あれ、どうしたのカレン」


 買い物に行くと言ってでかけ、五分も経たずにカレンは一人で帰ってきた。


「ダメだ。人手足りねえ」

 カレンはメモをセルゲイの前に突きつけた。

「こんな量、どう考えてもあたしとキックふたりじゃ無理だ。セルゲイも来て」

「わかった、じゃあ、お米はあとで行こう。食材を買った後に――ジュリちゃんは?」

「リズンで、学校の友達みつけて、一目散にそっちに走ってった。……ジュリの手助けは、今日はないと見ていいね」

「仕方ないな」

 セルゲイは嘆息した。


 カレンも食器を片づけるのを手伝い、休憩とばかりに、おとなたちは五人そろってエスプレッソを片手に、テーブルに着いた。


「あんたたち、ずいぶん優雅な生活してたんだね」

 おいしいエスプレッソに舌鼓をうちながら、カレンがうらやましげにぼやく。

「美味しいごはんが出てきてさ、食後にのんびり、コーヒーブレイクだなんて」


「エスプレッソマシンくらい、どこにでも売ってるだろ」


 アズラエルの台詞に、カレンが食って掛かる。


「分かってねえなあ! エスプレッソマシンはついで! ついでだよ! あたしが言いたいのは主においしい食事がってことで!」

「私たちは、どことなく、毎日の食事は栄養補給の手段って感じで。ほとんど外食か、あるもの食べてすませるって感じだったからね」

 セルゲイも言った。

「そうだな。エレナとジュリが住むようになってからだな。一緒に食卓囲むようになったのは。それまでは、メシは好き勝手に食ってた」


「そうだよね。……でも、なんだか」

 カレンがうつむいた。

「なんだか……楽しかったな」


 皆が、驚いた顔でカレンの横顔を見たが、セルゲイだけはふっと相好を崩してカップに口をつけた。


「ところで、やっぱりここに引っ越してきたのは、ルナちゃんが理由なの?」


 クラウドが、微妙な空気を感じ取って、話題を変えた。カレンの様子は変わらない。さみしそうな顔でうつむいたのは、錯覚だったかのようだ。


「そうだよ、ほんとうは一ヶ月前あたりから、計画してたんだ」

「一ヶ月前?」


 アズラエルの問いに、セルゲイが答えた。


「うん――というよりも、マルカに行ったときからね。グレンと話はしていたんだ。やはり、私たちもルナちゃんのそばにいたほうがいいねって」

「……」

「アズラエルには邪魔に思われるかもしれないけど」

「邪魔だけどな、実際」


 アズラエルの言葉に苦笑しつつ、セルゲイは続けた。


「ルナちゃんがマルカに降りたとき、連絡をもらえたのは、カザマさんに、ルナちゃんがほかの惑星に寄るときは教えてくださいって言っておいたからだ。そうでなければ、ルナちゃんがマルカに降りたことすら知らずにいたわけだよ。私の担当役員のタケルにとっても、グレンのほうの、チャンさんにとっても、我々は基本的にはお客様だから、ルナちゃんのことに、関わらせるわけにはいかないわけだ。――本当のところは」


「――ま、それは当然だろうね」

 クラウドはうなずいた。


「私のルナちゃんセンサーとやらは、ほんとにアテになるかどうかなんて分からないし、ルナちゃんに危機が迫ったとき、すぐ駆けつけられないのは嫌だから」

「ちょ、ちょっと待ってセルゲイ――」


 メルーヴァ関連のことは、カレンには話していない。クラウドがあわてて止めたが、カレンが呆れ声で遮った。


「知ってるよ、もう。ルナがメルーヴァに命を狙われてるとかいうことだろ」


「おまえら、コイツに言ったのか!?」


 かん口令が敷かれるほど信憑性(しんぴょうせい)のある話ではないが、簡単に話していいことではないだろう。アズラエルがグレンとセルゲイを睨んだが、


「ったく、水くせえよなあ。あたしだけ仲間外れだなんて。グレンからもセルゲイからも聞いていないよ。この話は、ララ経由で入ってきたの」


「ララだって?」

 クラウドが聞き返した。


「クラウドあんた、ララのそばに侍ってたっていうわりには、アイツのこと何も知らないんだね」


 カレンの笑いに、クラウドは顔を覆った。


「やめて……! 俺の黒歴史をほじくり返さないで……!」


 クラウドにとっては、よほどダメージの大きい過去らしい。同じくほじくり返されたくない過去を持つカレンとしては、そのネタでいじるのはやめてやることにした。


「……ララってのは、実のところ、何者なんだ?」


 グレンの、実に率直な質問だった。カレンは「どこから聞きたい?」と焦らした。

 クラウドもアズラエルも、ララと関わりを持っていたが、その実、なにも彼のことを知らないらしい。

 だが、それももっともなことだとカレンは感じていた。


「ララ――本名は、アイザック・D・ヴォバール。E.S.Cの有力株主の一人で、ヴォバール財団の、実質上トップだ」


「ヴォバール財団だって!?」


 意味が分かり、驚いたのはクラウドだけで、ほかの三人は無反応だった。


「ほかに、表向きの肩書で有名なのは、世界遺産保護団体と、芸術協会の理事――L44で、高級娼館“ローレライ”を経営してる。本人もそこの高級娼婦だった。ララって名は、そのときのふたつ名だよ」

「前身がマフィアの財団か――」

「マフィアだと?」


 クラウドのつぶやきに、アズラエルが反応する。


「ヴォバール財団は、かつてマフィアだったんだ。その名残で、傭兵斡旋(あっせん)仲介業もやってる。――あの、白龍グループ」

「白龍グループがどうした」


 グレンも興味を示した。


「白龍グループがヴォバール財団の前身か、それともヴォバール財団が白龍グループの前身か――とにかく、昔から深いかかわりがあるって話だ」

「白龍グループと関わってる財団か……」


 アズラエルが苦い顔をした。うさんくせえな、と吐き捨てたアズラエルだったが、ルナがここにいたなら、「アズがつくったマフィアじゃない!」とぷんすかうさこたんになっていたことはあきらかだ。


「ああ。白龍グループとヴォバール財団はつながってる」

 カレンもうなずいた。

「ララは、L20の軍部高官にも知り合いがいる。あたしの母さんである、ミラ首相とも、知己だ」


「ララが、ルナちゃんのために財団を動かしたって、こと?」


 カレンがあいまいに首を傾げた。


「う、う~ん……そんな大げさな話じゃないだろうけど、メルーヴァの逮捕に向けて、軍や調査隊をうごかすのに、財団がバックについたことはたしかだよ。ララがあたしに話しをしてきたってのはね、ルナにボディガードつけてくれないかって話でね」

「ボディガードだと?」

「あたしに話をしてきた時点では、ララはルナのこと、そう、よく知らなかったよ。メルーヴァの件に動いたのは、サルディオーネやカザマさんに頼まれたから、みたいだけど、きのうの夜、血相変えて電話してきたんだ。なんだか知らんけど、ララ、ルナに会ったのかな? 急に話が大げさになった。ルナを守るためにL20の特殊部隊派遣しろだとか、とんでもないこと言ってきやがったよあのオッサン」

「……」


「つかむしろアズラエルとグレン、ルナをあのオッサンから守れよ?」

「はァ?」


 猛獣二頭は、なに言ってやがるという顔をした。だが、次にカレンの発した言葉は、二頭の闘争本能に、見事着火した。


「ララのやつ、相当ルナにイカれてるよ。あと、ミシェルちゃんにも。ふたりが可愛い可愛いって、電話口でうるさいのなんのって。――クラウド、ララってじっさいのところ、オス? メス?」


 なんて聞きようだとセルゲイは思ったが、いまさらだ。クラウドは顔を覆ったまま、「完全なる――オスです」と告白した。

 ララの素っ裸を見たことがあるのは、生憎(あいにく)とこの中では、クラウドだけだ。

 今この時ほど、クラウドが気の毒に思ったことはないと、アズラエルは後ほど語った。


「じゃあ、やっぱヤバいよ。ララ、完全にあのふたりに惚れてるよ。――ララが髪切ったって、セレブ連中の間で大騒ぎでさ、」


「髪を切った?」

 あの、足元まで擦るような長い髪をか。


「ああ――そっか、アズラエル、あんたしばらくムスタファのとこ行ってないもんね。きのうバーガスから届いた写真、見る?」

 カレンが携帯電話をいじって、写真を探す。

「もうララ様かっこいい、素敵だって、女どもがすごい騒ぎだって。バーガスも最初見たとき、ララだって分かんなかったって、――ほら」


 男三人は――セルゲイ以外――携帯画面に殺到した。


「だれだコイツ!?」


 アズラエルの叫びは無理もなかった――画面には、とてもララとは似つかない、ふつうの男――ふつうというよりイケメン寄り――がいたからだ。


 あの、足元まであったような長い黒髪はあとかたもなく短い髪にセットされ、いかにも御曹司然としたすがた。シャツの襟元が緩んではいるが、茶褐色のスーツ姿で、ドレスではない。五十すぎのジジイには見えなかったが、ただの三十代後半の美男子だ。化粧もしていないララの素顔など、クラウドもアズラエルも初めて見た。


「――意外と、普通の顔だね」


 クラウドの感想は、化け物が人間の姿をしていたことに驚いたという類のものだ。


「ララの変貌ぶりにはみんなびっくりしてさ――話によると、願掛けが叶ったから髪は切った、とか言ってるそうで」

「……」

「本名は公表してなくて、ララのままだけど――男にもどったのって、ルナとミシェルちゃんに会ったせいなんじゃない? つかあいつもともと男――え? いや、どっちなの? 生誕時はどっち? まあ、どっちでもいいや。とにかくもう、この話題で持ちきりらしいよ。あのセレブ住宅地あたりじゃあ――」


「だから俺、言ったじゃないかアズ!!」

 クラウドが悲鳴のような声を上げた。

「ミシェルもルナちゃんも――ララに会わせるのは反対だって!!」


「――完全な盲点だったぜ」


 アズラエルも絶句した。


 ララは美しい若者も可愛らしいお嬢様も好むが、そこに芸術的才能がひとかけらもなければ、興味を示さない。クラウドがララのベッドに招かれたのは、もと心理作戦部という役職の特異性にララが興味を示したのと、クラウドが、美男の中でもとりわけ美しい容姿をしていたからだ。


 まさか、まさか。

 芸術的才能もなく、容姿も平凡の域を出ないルナが、ララのおめがねにかなってしまうなんていうことは――。


「冗談じゃねえ」

 アズラエルも(うめ)いた。

「ララなんぞに手を出されてたまるか! あいつにルナを食われるくらいなら、まかりまちがってもおまえらが……」


 アズラエルとしては、思わず口から出た言葉だった。


「え? ならくれよ。俺に」

「私がもらうよ」


 グレンとセルゲイは聞き流さなかった。アズラエルは失言を後悔した。


「だれがやるか!」


「とーにーかーく!!」

 カレンがどうどう、と両手を広げた。

「ルナがメルーヴァに狙われてるだなんて――あんたたちも、マジで信じてるわけじゃないんだろ?」

 

 とたんにアズラエルたちは沈黙した。そろいもそろって、全員。


「――え? まさか、信じてるわけ? あんたたちが?」


 カレンは、ルナがメルーヴァに命を狙われているという話より、そんな話を、大の男が四人も集まって信じているということに驚いたのだった。


「だって、それってL03の予言師とやらが予言しただけって話で、メルーヴァがルナを名指しで暗殺予告したとか、そういうのじゃないんだろ?」


 アズラエルですら無言で、あっちのほうを向いている。


「メルーヴァのいる場所すらつかめてない今だよ? メルーヴァの部下がこの宇宙船に乗り込んできたりとか、ルナが一度でも命の危機にあったとか、そういうわけでもなく――」


「命の危機に遭ってからじゃ、遅いだろうが」

 グレンが苦すぎる顔でぼやいた。


「そりゃそうだ。だけど、そんな信憑性のない話、あんたたちが――」


「信憑性はない、たしかにない」

 クラウドが嘆息しつつ、言った。

「だけどね――カレンも、ルナちゃんとしばらく暮らしてみればわかるよ。彼女の身の周りに起きることは、信憑性がない、そのひとことで片付けられるような、単純な様相ではないってことさ」


 アズラエルは、無言でクラウドを睨んでいた。カレンに説明する言葉を持たない彼は、押し黙るしかない。



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