182話 新しい生活 K27区ハッピータウン・ガーデンハイツ・ブランカ Ⅰ 1
地球行き宇宙船は、今日も順調な運航。天気は晴れ。
七月も間近な、日差しが強いくらいの昼どきだった。
ルナは、自分の分を食べるのも忘れて、ぼうぜんとテーブルを眺めていた。
セルゲイたちが引っ越してきた、翌々日の、昼食の時間である。
「ルナ! ハンバーグってうめえな!!」
「ピエトくん、ちっちゃいくせによく食べるね~」
皿にのっけられた、大きな三個のハンバーグと目玉焼きふたつをぺろりと平らげたピエトに、ジュリが目を剥く。
「ちっちゃくねえよ! 俺もっと食えるもん!」
「じゃあ、あたしのいっこ、あげるね」
「姉ちゃん、いいやつだな!」
「あたしはジュリだよ」
ルナもアズラエルも止めなかった。実際、ピエトはよく食べる。よく動くし、よく食べる。今のところ、食べ過ぎで腹を壊したことはないので、放っておいた。ほんとうにピエトは病気なのだろうかと、ルナはたまに疑わしくなる。
グレンもアズラエルも、無言でガツガツと食べた。食事の間だけは、猛獣二頭のケンカはなかった。
ふたりの間でハンバーグの取り合いがなかったのは、真正面にいる閻魔大王が、不気味なほどの威圧感で見張っていたからだ。
「ルナ、ハンバーグ、もうねえのか」
アズラエルが足りない、と不満げな顔をしたが、ルナはぽかっと口を開けたままぷるぷるし、「あたしのいっこあげるよ」と言ってアズラエルの皿に置いたのに、グレンがフォークを突き刺した。
「なにすんだ! これは俺のだ!!」
「早い者勝ち……っで!」
「ケンカしない。半分こにしなさい。ケンカするなら六等分にするよ」
グレンとアズラエルの頭に、パコン! と新聞紙を丸めた凶器で一発ずつ。セルゲイの笑顔の奥に隠された、どんな怪物も瞬殺しそうな威圧に、ふたりは素直に半分に分けた。
ハンバーグを虎視眈々と狙っているのはグレンだけではない。
ハンバーグを成型するのはアズラエルがやったので、けっこうな大きさなのに。おにぎりとハンバーグは、成型する人間の手の大きさを無視できない。手のひらと同等。
「……セルゲイ、足りた?」
ルナは恐る恐る聞いたが、セルゲイは「うん、ちょうどよかったよ」と笑った。
「ちょうどよかった?」
「腹八分目ってとこかな」
「はちぶんめ!」
ルナはアホ面になった。
絶対、残されると思ったのに、セルゲイの皿にも、みなの皿にも、ハンバーグはもうなかった。ジュリとミシェルはひとつでじゅうぶんだったらしく――ルナもだ――だってハンバーグはけっこうな大きさだ――残りはカレンたちの皿に乗せられた。セルゲイだって、四個は食べたのに。
「私はちょうどよかった。でも、グレンとアズラエルと、カレンは足りないね、きっと」
「クラウドも足りないよね――うん、足りない顔してる」
ミシェルの分を二個も食べておいてクラウドは、まだ足りないという顔をしている。ルナは遠い目をした。
セルゲイとグレンと、カレンとジュリが、K27区に引っ越してきたのはおとつい。
その日のうちに、向かいのアパートのレイチェルたちに手土産を持って、「引っ越してきました」と挨拶しに行ったセルゲイたちだった。グレンが向かいに越してきたことに、シナモンが大歓喜していたのは見ないふりをした。
バーベキューパーティーをいっしょにしたので、知らない仲でもない。四人は、歓迎してくれて、そのままマタドール・カフェでともに夕食となった。
次の日は、カレンたちは四人が四人、用事があったのか、ルナたちの部屋に顔を見せることはなかった。アズラエルはしきりに「おかしい、おかしい」と言っていたが、その翌日には、やはり四人そろってルナたちの部屋に押しかけてきた。
そのときの、アズラエルの苦い顔は、歴代の中でも一位か二位かというくらいだ。ルナは日記にそう書いた。
アズラエルの嫌な予感は的中し、カレンとジュリの、「ルナのごはんが食べたい!!」という猛烈なラブコールに負け、ルナは昼食をつくることになった。
ジュリのリクエストはハンバーグ。セルゲイは「ルナちゃんの作ったものならなんでもいい」で、グレンは「肉」。カレンは、「おいしい味噌汁とごはん。ハンバーグも付けてくれるなら、あたし一生ルナのそばで皿洗いしてもいい」という切実そのものの顔で言ったので、ルナは朝から大量のひき肉をこねることになった。
あまりに大人数なので――しかも、よく食べる人間ばかりなので、量も多い。
さすがにルナと、pi=poのちこたんだけでは手が回らず、途中から、ミシェルとアズラエル、カレンも手伝ってくれた。
だが、一同の食欲は、ルナの想像を絶していた。
カレンがお椀を両手で持ち、「至福……こんなうまい味噌汁、久しぶりに食べた……」と目を潤ませる。
カレンは味噌汁ばかり、三杯もおかわりしていた。
「ほんと、引っ越してきてよかったわ……」
「焼き鮭と卵焼きのあさごはんとか、最高だよ。あとぬかづけとか浅漬けとか」
向かいのミシェルの台詞に、カレンがテーブルに両手をついて身を乗り出した。
「あんたたち、いつもそんな朝食食べてんの!?」
「うん。パンと玉子とスープのときもあるけど」
「みそしるもしみるぜ!」
ピエトも、このあいだ覚えたばかりの言葉を叫ぶ。
「う、うらやましすぎる……」
カレンのボヤキに、「ふりかけとごはんだけの朝食ばっかりだったよね。あたしたち」とジュリが口をとがらせて言った。
「――食パン大量に焼いて、あとはコーヒーだけ、とか。破裂していたけれども、ゆで玉子があれば最高と言ったところか」
セルゲイも心なしか遠い目だった。
「あとはたまに、エレナの焼いた、真っ黒焦げの玉子焼きがついたな……」
グレンの黄昏じみたつぶやき。
「エレナのつくるごはんは、すごくしょっぱくて、すごく甘いの。なんでだろうね」
ジュリが首を傾げた。
「それでも、いつも作ってくれていたんだから、感謝しなきゃダメだよ」
閻魔大王の声も、なんだか力がなかった。
「あたし、pi=poの設定をしに行ったんですけども?」
ルナは不思議な顔をした。ルナはわざわざ、彼らに頼まれて、新しいpi=poの設定をしに行ったのだ。
結局、あのとき修理に出していた「ステラ」は壊れてしまっていて、修理代が新調するよりかかるのであきらめたのだった。ルナが設定した「シャープナー」は、育児アプリを追加して、エレナたちが持って行った。今は大活躍中だろう。
セルゲイは彼らしくない、沈鬱な顔でつぶやいた。
「うん……みんなで勧めたんだよ? シャープナーにご飯をつくってもらおうって。まぁ、pi=poの料理はあまりに正確すぎて、飽きてくるってひともいるけど。でも、ルナちゃんがたくさんレシピを入れてくれたのは分かっていたし、外食だってかまわないのに」
「エレナはね、自分でごはんをつくりたかったんだよ」
ジュリが口をはさんだ。
「ルーイのお母さんが自分でごはんをつくるんだって聞いてから、あたしもそれなりにしなきゃいけないって、すごくがんばったの!」
「無駄な努力とは、いいたくねえけどな……」
グレンも眉をしかめた。
「……エレナの料理は、そんなにヤバかったのか」
たしかにあいつは、料理が下手だったなとアズラエルが口を挟むと、カレンが弱々しく首を振った。
「ちがうよ。エレナはね、砂糖と塩を、入れずにはいられないんだよ……」
「ああ。いきなり血圧が上がって、病院に運ばれてもな」
「びょういん!?」
ルナが叫んだ。
グレンの解説によると、エレナは一度、自らの塩分糖分過多の食事のために、調子を悪くして病院に搬送されたことがあるという。
「エレナじゃなくても、だれかが倒れてたよ。あんな食事続けてたら」
「だれか止めなかったの」
クラウドの当然の疑問には、セルゲイが答えた。
「止めたよ? でもね、エレナちゃんは、カレンが言うように、砂糖と塩を入れずにはいられないんだよ」
カレンが横で、重々しくうなずいている。
「もうほんとに、味付け濃~くしないと気がすまないの。不思議だよね」
「pi=poのレシピ通りにつくっとけば無難だったのに」
「エレナは、『栄養とらなきゃ、栄養とらなきゃ』っていってたからな。味付けが濃ければ、栄養が取れてると思ってたんだろうな」
「グレンは、びんぼうしょう? ってゆってたよね」
「余計なこというんじゃねえよジュリ」
「お医者さんに注意されて、やっとやめたよね。それからは、エレナちゃんもあまりつくらなくなって。『あたしがつくると、味付け濃くなっちゃうから』っていって」
「そう、あかちゃんにわるいよってゆわれて、やっとやめた……」
「エレナ、魚焼こうとして、あやうく火事にしかけたしね……」
「ゆでたまご破裂させるのって、ルーイだけじゃなかったんだな……」
「煮物はぐちゃぐちゃだったね」
「L53に行けばきっと大丈夫だよ。ルーイのお母さんは料理上手だという話だから、きっとエレナちゃんも覚えるよ。いままでの失敗は、エレナちゃんに正しい料理を教えられる人が、周りにいなかったせいだからね……」
「だから、pi=poはどうなんだよ」
「エレナちゃんは、結局機械を信用してなかった」
エレナと暮らしていた四人は、あのころの食事を思い出して、しばし沈黙した。さすがのジュリも、エレナの手料理を思い出すと、気が遠くなるらしい。
エレナが病院に搬送されたあとは、やっと「シャープナー」に調理を任せ始めたらしい。それも、つい最近のことである。
食卓は一時沈黙したが、ピエトの元気良い「おかわり!」の声に、おとなたちははっと正気に返った。
「あ、おかわりね、はいはい。ごはんならまだあるよ、いっぱい炊いたから……」
ルナがそう言って立つと、
「おかわり!」
「おかわり!」
「あたしもおかわりー!」
「おかわり」
グレンとアズラエルと、ジュリとカレンがごはん茶碗をルナに差し出した。
「そんなに一斉に手を出したら、ルナちゃんが困るだろ」
セルゲイが、自分のごはん茶碗と、カレンとジュリのを持って立った。ルナはクラウドとピエトの分を。遅れてミシェルが、アズラエルとグレンの分の茶碗を持って、炊飯ジャーに殺到する。
ルナがみんなの分をこんもりと茶碗に盛りつけていると、カレンが自ら立ってキッチンに来て、味噌汁のおかわりを椀によそう。
「ルナ、マジ美味い味噌汁。最高、マジ最高。塩加減もちょうどいい。しょっぱくない、出汁きいてて、マジうまい。涙でそう。いやむしろ出てる」
「あ、ありがと……」
「カレンー、あたしにもおみそしるちょうだいー」
「俺も」
「自分でやりなさい。セルフサービスだよ」
セルゲイが窘めるのに、グレンとジュリも仕方なく立った。アズラエルとピエトも並んだ。味噌汁の鍋の前に順番待ち。一般庶民のキッチンで順番待ちの列ができるとは。ルナは、口をぽっかりとあけた。
「ルナちゃん、私の分ある?」
セルゲイの質問には、ルナが口をぽっかり空けたまま、ぷるぷる首を振るのが答えだった。
ごはんは辛うじて、全員分間に合ったが、最後のアズラエルで、味噌汁は消えた。すっからかんに消えた。
「やれやれ……味噌汁も全滅か……」
セルゲイの呆れ声のあとに、「ルナちゃん、味噌汁残ってる?」とクラウドが鍋を覗いたが、肩を落としてテーブルにもどって行くことになった。
「ごはんは一升炊いたんだよ? おみそしるも、一番おっきななべでつくった! ハンバーグはひとり三個! めだまやきも欲しい人には二個! サラダは大皿! ……なんでたりなくなったんだろう」
「需要に対して、供給が追い付かなかっただけさ」
ルナの叫びに、グレンが物足りなさそうに言った。デザートには、ミシェルがK05区でおみやげに買ってきた餡菓子が、ひとり一個配られたが、トラは一口でのみこんでしまった。
「一升炊きの炊飯ジャーが、二個いるよね」
カレンが指を二本立ててみせた。
「今日はウチの持ってきたけど、ルナのも、ミシェルのも、最大五合だろ?」
「クラウド、けっこう食べるんだよね」
ミシェルもお茶を飲みながら嘆息した。
「あと、でかいなべ。さっき味噌汁入ってたなべの倍の大きさはいるよね。午後から、買ってくるか」
「食材の買い出しもね」
クラウドも、物足りなさそうな顔だ。
「これからは、ちこたん一台じゃ買い出しは無理だな。毎回、荷物持ちがふたりはついていかないと」
「まかせろ!」
ピエトが元気よく言ったが、大人たちは換算していた。ピエトプラス二人だ。
「まあ、私たち六人で一升炊きを空にしていたからね。アズラエルたちもくわえて一升じゃ、足りなかったわけだ」
「一升!? 消えてたの!?」
セルゲイの言葉にルナが絶叫すると、カレンが笑った。
「消えてたな。でもまあ、家で食べるときは、おかずが少なかったからね」
「なっとうと、おみそしるばっかり! あとふりかけ!」
ジュリが、それがかたきの名でもあるかのように叫んだ。
「……味噌汁、ルナが作ってくれたみたいに、手製の出汁なんか入ってなかったなあ……」
カレンはふたたび目を潤ませた。
「……おまえら、ルナのメシ目当てに来たんじゃねえだろうな」
アズラエルの唸り声に、ジュリは正直にうなずき、セルゲイとカレンとグレンは、「まあ、それもある」と声をそろえた。




