表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~ラグ・ヴァダの神話篇~
432/952

182話 新しい生活 K27区ハッピータウン・ガーデンハイツ・ブランカ Ⅰ 1


 地球行き宇宙船は、今日も順調な運航。天気は晴れ。

 七月も間近な、日差しが強いくらいの昼どきだった。


 ルナは、自分の分を食べるのも忘れて、ぼうぜんとテーブルを眺めていた。

 セルゲイたちが引っ越してきた、翌々日の、昼食の時間である。


「ルナ! ハンバーグってうめえな!!」

「ピエトくん、ちっちゃいくせによく食べるね~」


 皿にのっけられた、大きな三個のハンバーグと目玉焼きふたつをぺろりと平らげたピエトに、ジュリが目を()く。


「ちっちゃくねえよ! 俺もっと食えるもん!」

「じゃあ、あたしのいっこ、あげるね」

「姉ちゃん、いいやつだな!」

「あたしはジュリだよ」


 ルナもアズラエルも止めなかった。実際、ピエトはよく食べる。よく動くし、よく食べる。今のところ、食べ過ぎで腹を壊したことはないので、放っておいた。ほんとうにピエトは病気なのだろうかと、ルナはたまに疑わしくなる。


 グレンもアズラエルも、無言でガツガツと食べた。食事の間だけは、猛獣二頭のケンカはなかった。

 ふたりの間でハンバーグの取り合いがなかったのは、真正面にいる閻魔大王(えんまだいおう)が、不気味なほどの威圧感で見張っていたからだ。


「ルナ、ハンバーグ、もうねえのか」


 アズラエルが足りない、と不満げな顔をしたが、ルナはぽかっと口を開けたままぷるぷるし、「あたしのいっこあげるよ」と言ってアズラエルの皿に置いたのに、グレンがフォークを突き刺した。


「なにすんだ! これは俺のだ!!」

「早い者勝ち……っで!」

「ケンカしない。半分こにしなさい。ケンカするなら六等分にするよ」


 グレンとアズラエルの頭に、パコン! と新聞紙を丸めた凶器で一発ずつ。セルゲイの笑顔の奥に隠された、どんな怪物も瞬殺しそうな威圧に、ふたりは素直に半分に分けた。


 ハンバーグを虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのはグレンだけではない。


 ハンバーグを成型するのはアズラエルがやったので、けっこうな大きさなのに。おにぎりとハンバーグは、成型する人間の手の大きさを無視できない。手のひらと同等。


「……セルゲイ、足りた?」

 ルナは恐る恐る聞いたが、セルゲイは「うん、ちょうどよかったよ」と笑った。

「ちょうどよかった?」

「腹八分目ってとこかな」

「はちぶんめ!」

 ルナはアホ面になった。


 絶対、残されると思ったのに、セルゲイの皿にも、みなの皿にも、ハンバーグはもうなかった。ジュリとミシェルはひとつでじゅうぶんだったらしく――ルナもだ――だってハンバーグはけっこうな大きさだ――残りはカレンたちの皿に乗せられた。セルゲイだって、四個は食べたのに。


「私はちょうどよかった。でも、グレンとアズラエルと、カレンは足りないね、きっと」

「クラウドも足りないよね――うん、足りない顔してる」


 ミシェルの分を二個も食べておいてクラウドは、まだ足りないという顔をしている。ルナは遠い目をした。


 セルゲイとグレンと、カレンとジュリが、K27区に引っ越してきたのはおとつい。


 その日のうちに、向かいのアパートのレイチェルたちに手土産を持って、「引っ越してきました」と挨拶しに行ったセルゲイたちだった。グレンが向かいに越してきたことに、シナモンが大歓喜していたのは見ないふりをした。


 バーベキューパーティーをいっしょにしたので、知らない仲でもない。四人は、歓迎してくれて、そのままマタドール・カフェでともに夕食となった。


 次の日は、カレンたちは四人が四人、用事があったのか、ルナたちの部屋に顔を見せることはなかった。アズラエルはしきりに「おかしい、おかしい」と言っていたが、その翌日には、やはり四人そろってルナたちの部屋に押しかけてきた。


 そのときの、アズラエルの苦い顔は、歴代の中でも一位か二位かというくらいだ。ルナは日記にそう書いた。


 アズラエルの嫌な予感は的中し、カレンとジュリの、「ルナのごはんが食べたい!!」という猛烈なラブコールに負け、ルナは昼食をつくることになった。


 ジュリのリクエストはハンバーグ。セルゲイは「ルナちゃんの作ったものならなんでもいい」で、グレンは「肉」。カレンは、「おいしい味噌汁とごはん。ハンバーグも付けてくれるなら、あたし一生ルナのそばで皿洗いしてもいい」という切実そのものの顔で言ったので、ルナは朝から大量のひき肉をこねることになった。


 あまりに大人数なので――しかも、よく食べる人間ばかりなので、量も多い。


 さすがにルナと、pi=poのちこたんだけでは手が回らず、途中から、ミシェルとアズラエル、カレンも手伝ってくれた。


 だが、一同の食欲は、ルナの想像を絶していた。


 カレンがお椀を両手で持ち、「至福……こんなうまい味噌汁、久しぶりに食べた……」と目を潤ませる。

 カレンは味噌汁ばかり、三杯もおかわりしていた。

「ほんと、引っ越してきてよかったわ……」


「焼き鮭と卵焼きのあさごはんとか、最高だよ。あとぬかづけとか浅漬けとか」


 向かいのミシェルの台詞に、カレンがテーブルに両手をついて身を乗り出した。


「あんたたち、いつもそんな朝食食べてんの!?」

「うん。パンと玉子とスープのときもあるけど」

「みそしるもしみるぜ!」


 ピエトも、このあいだ覚えたばかりの言葉を叫ぶ。


「う、うらやましすぎる……」


 カレンのボヤキに、「ふりかけとごはんだけの朝食ばっかりだったよね。あたしたち」とジュリが口をとがらせて言った。


「――食パン大量に焼いて、あとはコーヒーだけ、とか。破裂していたけれども、ゆで玉子があれば最高と言ったところか」

 セルゲイも心なしか遠い目だった。


「あとはたまに、エレナの焼いた、真っ黒焦げの玉子焼きがついたな……」

 グレンの黄昏(たそがれ)じみたつぶやき。


「エレナのつくるごはんは、すごくしょっぱくて、すごく甘いの。なんでだろうね」

 ジュリが首を傾げた。


「それでも、いつも作ってくれていたんだから、感謝しなきゃダメだよ」

 閻魔大王の声も、なんだか力がなかった。


「あたし、pi=poの設定をしに行ったんですけども?」


 ルナは不思議な顔をした。ルナはわざわざ、彼らに頼まれて、新しいpi=poの設定をしに行ったのだ。


 結局、あのとき修理に出していた「ステラ」は壊れてしまっていて、修理代が新調するよりかかるのであきらめたのだった。ルナが設定した「シャープナー」は、育児アプリを追加して、エレナたちが持って行った。今は大活躍中だろう。


 セルゲイは彼らしくない、沈鬱(ちんうつ)な顔でつぶやいた。


「うん……みんなで勧めたんだよ? シャープナーにご飯をつくってもらおうって。まぁ、pi=poの料理はあまりに正確すぎて、飽きてくるってひともいるけど。でも、ルナちゃんがたくさんレシピを入れてくれたのは分かっていたし、外食だってかまわないのに」


「エレナはね、自分でごはんをつくりたかったんだよ」

 ジュリが口をはさんだ。

「ルーイのお母さんが自分でごはんをつくるんだって聞いてから、あたしもそれなりにしなきゃいけないって、すごくがんばったの!」


「無駄な努力とは、いいたくねえけどな……」

 グレンも眉をしかめた。


「……エレナの料理は、そんなにヤバかったのか」


 たしかにあいつは、料理が下手だったなとアズラエルが口を挟むと、カレンが弱々しく首を振った。


「ちがうよ。エレナはね、砂糖と塩を、入れずにはいられないんだよ……」

「ああ。いきなり血圧が上がって、病院に運ばれてもな」


「びょういん!?」

 ルナが叫んだ。


 グレンの解説によると、エレナは一度、自らの塩分糖分過多の食事のために、調子を悪くして病院に搬送されたことがあるという。


「エレナじゃなくても、だれかが倒れてたよ。あんな食事続けてたら」

「だれか止めなかったの」

 クラウドの当然の疑問には、セルゲイが答えた。

「止めたよ? でもね、エレナちゃんは、カレンが言うように、砂糖と塩を入れずにはいられないんだよ」


 カレンが横で、重々しくうなずいている。


「もうほんとに、味付け濃~くしないと気がすまないの。不思議だよね」

「pi=poのレシピ通りにつくっとけば無難だったのに」

「エレナは、『栄養とらなきゃ、栄養とらなきゃ』っていってたからな。味付けが濃ければ、栄養が取れてると思ってたんだろうな」

「グレンは、びんぼうしょう? ってゆってたよね」

「余計なこというんじゃねえよジュリ」

「お医者さんに注意されて、やっとやめたよね。それからは、エレナちゃんもあまりつくらなくなって。『あたしがつくると、味付け濃くなっちゃうから』っていって」

「そう、あかちゃんにわるいよってゆわれて、やっとやめた……」

「エレナ、魚焼こうとして、あやうく火事にしかけたしね……」

「ゆでたまご破裂させるのって、ルーイだけじゃなかったんだな……」

「煮物はぐちゃぐちゃだったね」

「L53に行けばきっと大丈夫だよ。ルーイのお母さんは料理上手だという話だから、きっとエレナちゃんも覚えるよ。いままでの失敗は、エレナちゃんに正しい料理を教えられる人が、周りにいなかったせいだからね……」

「だから、pi=poはどうなんだよ」

「エレナちゃんは、結局機械を信用してなかった」


 エレナと暮らしていた四人は、あのころの食事を思い出して、しばし沈黙した。さすがのジュリも、エレナの手料理を思い出すと、気が遠くなるらしい。


 エレナが病院に搬送されたあとは、やっと「シャープナー」に調理を任せ始めたらしい。それも、つい最近のことである。


 食卓は一時沈黙したが、ピエトの元気良い「おかわり!」の声に、おとなたちははっと正気に返った。


「あ、おかわりね、はいはい。ごはんならまだあるよ、いっぱい炊いたから……」

 ルナがそう言って立つと、

「おかわり!」

「おかわり!」

「あたしもおかわりー!」

「おかわり」


 グレンとアズラエルと、ジュリとカレンがごはん茶碗をルナに差し出した。


「そんなに一斉に手を出したら、ルナちゃんが困るだろ」


 セルゲイが、自分のごはん茶碗と、カレンとジュリのを持って立った。ルナはクラウドとピエトの分を。遅れてミシェルが、アズラエルとグレンの分の茶碗を持って、炊飯ジャーに殺到する。


 ルナがみんなの分をこんもりと茶碗に盛りつけていると、カレンが自ら立ってキッチンに来て、味噌汁のおかわりを椀によそう。


「ルナ、マジ美味い味噌汁。最高、マジ最高。塩加減もちょうどいい。しょっぱくない、出汁きいてて、マジうまい。涙でそう。いやむしろ出てる」

「あ、ありがと……」

「カレンー、あたしにもおみそしるちょうだいー」

「俺も」

「自分でやりなさい。セルフサービスだよ」


 セルゲイが(たしな)めるのに、グレンとジュリも仕方なく立った。アズラエルとピエトも並んだ。味噌汁の鍋の前に順番待ち。一般庶民のキッチンで順番待ちの列ができるとは。ルナは、口をぽっかりとあけた。


「ルナちゃん、私の分ある?」


 セルゲイの質問には、ルナが口をぽっかり空けたまま、ぷるぷる首を振るのが答えだった。

 ごはんは辛うじて、全員分間に合ったが、最後のアズラエルで、味噌汁は消えた。すっからかんに消えた。


「やれやれ……味噌汁も全滅か……」


 セルゲイの呆れ声のあとに、「ルナちゃん、味噌汁残ってる?」とクラウドが鍋を覗いたが、肩を落としてテーブルにもどって行くことになった。


「ごはんは一升炊いたんだよ? おみそしるも、一番おっきななべでつくった! ハンバーグはひとり三個! めだまやきも欲しい人には二個! サラダは大皿! ……なんでたりなくなったんだろう」

「需要に対して、供給が追い付かなかっただけさ」


 ルナの叫びに、グレンが物足りなさそうに言った。デザートには、ミシェルがK05区でおみやげに買ってきた餡菓子が、ひとり一個配られたが、トラは一口でのみこんでしまった。


「一升炊きの炊飯ジャーが、二個いるよね」

 カレンが指を二本立ててみせた。

「今日はウチの持ってきたけど、ルナのも、ミシェルのも、最大五合だろ?」


「クラウド、けっこう食べるんだよね」

 ミシェルもお茶を飲みながら嘆息した。


「あと、でかいなべ。さっき味噌汁入ってたなべの倍の大きさはいるよね。午後から、買ってくるか」

「食材の買い出しもね」

 クラウドも、物足りなさそうな顔だ。

「これからは、ちこたん一台じゃ買い出しは無理だな。毎回、荷物持ちがふたりはついていかないと」


「まかせろ!」

 ピエトが元気よく言ったが、大人たちは換算していた。ピエトプラス二人だ。


「まあ、私たち六人で一升炊きを空にしていたからね。アズラエルたちもくわえて一升じゃ、足りなかったわけだ」

「一升!? 消えてたの!?」


 セルゲイの言葉にルナが絶叫すると、カレンが笑った。


「消えてたな。でもまあ、家で食べるときは、おかずが少なかったからね」

「なっとうと、おみそしるばっかり! あとふりかけ!」


 ジュリが、それがかたきの名でもあるかのように叫んだ。


「……味噌汁、ルナが作ってくれたみたいに、手製の出汁なんか入ってなかったなあ……」

 カレンはふたたび目を潤ませた。


「……おまえら、ルナのメシ目当てに来たんじゃねえだろうな」


 アズラエルの唸り声に、ジュリは正直にうなずき、セルゲイとカレンとグレンは、「まあ、それもある」と声をそろえた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ