19話 再会 Ⅳ 3
明日の朝食はともあれ、夕食は梅小鳩という和風レストランに移動した。マンションを出て、五分ほど歩いた場所にあった。ロッジ風の建物で、「梅小鳩」と可愛らしい字の看板が掲げられている。
「ここはそんなに高くはないから」
セルゲイは、ルナを安心させるように言った。
店内は、夕食時もあって、すでに大勢の人でにぎわっていた。混んではいたが、席に案内されたのはすぐだった。
「じゃあ、再会を祝して、カンパーイ!」
ルートヴィヒがビールジョッキを掲げて言った。
「“再会”?」
グレンが眉を上げる。
「再会だろ? 俺たちは、すでにマタドール・カフェで会ってる」
「まともにしゃべったのは、今日がはじめてだけどな」
カレンは茶化すように言い、やはりジョッキのビールを、ルナの果実酒グラスと軽くかち合わせた。
四人はビール、セルゲイはすぐウィスキーに切り替える。ルナはこの店オススメの果実酒だ。
「おいしい……♪」
ルナのほっぺたがバラ色に染まるのを、四人は小動物の食事風景でも見るような目で見つめていた。
「変わったモンを飲みたがるねえ。なんだって? ラプ……L82の果実酒?」
カレンが一口欲しがったので、ルナは飲ませてあげた。
「すっぱ!」
ちょっと酸味が強い、梅酒のような味だ。カレンは口をすぼませた。
「おお、来たぞ」
料理が運ばれてくる――定食類もあるが、ほとんど居酒屋メニューだ。
揚げ物に焼き鳥、サラダに枝豆――ルートヴィヒとグレンが、それぞれソーセージの乗った鉄板をひとつずつ頼んでいたのにルナは笑い、ルナが山盛りのサラダをしゃくしゃくと食べている姿を見て、カレンが「やっぱりウサギちゃんだ」と笑った。
そのカレンのチョイスは、豆腐につくねに魚の焼き物で、和食党はほんとうのようだった。彼女は日本酒を注文した。
「ルナ、ソーセージ分けてやるよ」
ルナの取り皿に、ルートヴィヒがマスタードとソーセージを取り分けてくれた。
「から揚げ食うか」
グレンがルナの取り皿にから揚げを乗せた。ステーキは、セルゲイが切り分けてくれる。
「おいひい、れす」
ほっぺたをまん丸くしたウサギは、まるでリスだった。
「和む……」
「リスかウサギ飼いたくなってきた」
ルートヴィヒとカレンが、ルナのほっぺたをつついた。ルナは口いっぱいの食べ物をやっと飲み込んで、言った。
「このお店、チェーン店なの? L77じゃ見たことないよ」
「そうか? L74に出張したときは、入ったことあるけど」
ルートヴィヒは言った。
「チェーン店だけど、この店は、オリジナル色強いみたいだな。酒の種類も豊富だし、ルナが飲んでる酒は、この店のオーナーの手作りだろ」
「とってもおいしいです!」
「軍事惑星でもねえよな」
「うん、ない」
グレンとカレンが首を振り、「おまえらチェーンなんか入らねえだろ」とルートヴィヒに突っ込まれた。「お坊ちゃまのくせに」
「戦争出たら、レーションばっかだぞ。こちらのお坊ちゃまは」
グレンが片眉を上げるのに、カレンがはじけるように笑った。
「そう! L18のクラッカー、くそまずい。シチューもゲロみてえ」
「カレン、食事中!!」
ルートヴィヒがむせた。セルゲイも笑いながら言った。
「L19の将校クラスは、戦場でも十時と三時にケーキが出る」
「ホント!?」
ルナは絶叫した。
「ほんと。L18でもL20でもあるだろ。ケーキのお時間――コーヒーだけはなぜか、泥水レベルだけどな」
カレンが肩をすくめ、今度はグレンが「ゴホッ」とむせた。ルナは笑った。
人見知りのルナが、不思議なほど馴染んでいた。
まるで、ずっとずっと昔からの、友人だったように。
そして、おなかがいっぱいになったころには、ミシェルやロイドたちと初めて会ったときのように、出身星の話になった。
ルートヴィヒは水泳のインストラクターで、転勤で星を移動することが多い。さまざまな星の、おもしろい話を聞かせてくれた。セルゲイも相槌を打ちながら、ルナの星のことを聞いてくれる。
グレンとカレンは、自身のことはあまり話さなかったが、ルナはこの短い時間に、グレンの灰青の目が、やさしくゆるむところを何度か見た。怖いだけではなかった。
カレンはカレンで、たまに思いつめた顔で窓の外を見つめることもあった。
「そいでね、ミシェルがあたしのことをアルちゅんっていうの」
「アルちゅん!!」
カレンが大笑いした。
「アル中のまちがいだろ」
ルートヴィヒも笑いながら言った。
宴もたけなわ。そろそろ、酔っ払いすぎてなんでもおかしくなってくるターニングポイントにきたようだ。
「でもあたしがスズメみたいにナッツポリポリしててミシェルも酔っぱらってたからアル中ってゆおうとしてアルちゅんになったと思うの。アルちゅんウサギ」
「ウサギなのかスズメなのかどっちかにしろ!」
ルートヴィヒはついに腹を抱えて笑った。店もにぎやかになってくるころで、大声で笑っても周囲の音量にかき消される。ルナがなにか話すたびに四人が笑うので、ルナはほろ酔い顔で、スズメみたいにくちばしをとがらせていた。
「そいで、あじゅは買い物に行ってツナ缶を買おうとしてネコ缶をまちがえて買ってきたのしかもなんだか二千デルもする高級なねこかん」
「ブハハハハ!」
カレンがテーブルをたたいて大笑いした。
「そいでつぎはさば缶を買ってきてツナじゃないって怒ってるの! アズってたまにヘンなとこがある」
「サバ缶ってなに?」
「カレン、サバ缶を知らないですか!?」
「初耳です」
「それで、ネコ缶どうしたんだよ」というルートヴィヒの問いにさえぎられた。
「あじゅネコ缶食べてた! ふつうにツナだってゆってた!!」
「食ったのかよ!!!」
すこし遅れて「フははははは」という大魔王みたいな笑い声が聞こえたので、いきなり四人は真顔になった。それから互いの顔を見合い、その音の発生場所がセルゲイだということに気づいて、爆笑になった。
「セルゲイの……っわら、笑い声……っ!」
ルートヴィヒが引きつるような声でテーブルに突っ伏した。
「今の大魔王はセルゲイですか?」
ルナの問いに、グレンがビールを「ホゴッ!」と噴きかけ、カレンが「魔王降臨!!」とテーブルを叩いて笑いだしたものだから、セルゲイはかなり微妙な表情になった。
「ルうナーぁ。もう一軒、もう一軒いこうよおおお」
店を出るころには、すっかりカレンは出来上がっていた。ずいぶん飲んだ自覚はルナにもあったが、結局彼らはルナから三千デルだけもらって、あとはセルゲイがまとめて支払っていた。優しい魔王さまだった。
カレンは小さいルナの体に腕をまわして、もたれかかるようにふらふらと歩いている。カレンの大きな体に振り回されるように歩いているルナに、見かねてセルゲイが手を出す。しかし、カレンはセルゲイの手をはねのけて、ルナにもたれかかる。ルナは転びそうになった。今度はグレンがルナごと抱きとめる。
「おまえな、自分でしっかり歩け。ルナとどれだけ体格差あると思ってんだ」
「うっさいなあ。あらしはルーナーとーのーむの!」
「ごめん、ルナちゃん」
「ら、らいじょうぶ、です」
「もう一軒――もう一軒。星空見ながらお酒を……」
「百パー無理だろ、もう」
ルートヴィヒが呆れ顔で、カレンの肩をルナからひったくった。もう片方の肩を、セルゲイがかつぐ。カレンはふたりに、ズルズル引きずられていった。
「コイツがこんなに酔うなんて、めずらしいな」
「それだけ楽しかったんだろ」
「あんなに笑ったの、ひさしぶりだったしねえ」
セルゲイは言ったが、あの大魔王笑いが、セルゲイの最高の大笑いだったことをグレンとルートヴィヒは悟り、さっきのセルゲイ以上の微妙な表情を見せた。
セルゲイとカレンの部屋には、ルナだけでなく、グレンとルートヴィヒもついてきた。
「明日はいっしょに朝めし食うんだろ」
「ゲストルーム貸してくれ」
セルゲイはカレンを担ぎ上げながら言った。
「いいけど、窓側の部屋はルナちゃんの部屋だから、浴室側。ふたりでつかって」
リビング真ん中のソファにカレンを寝かせ、
「ごめん、ルナちゃん、カレン、寝相が悪いから、落ちないように見ていてくれる?」
「うん」
カレンの部屋に向かうセルゲイの後ろ姿を追い、ルナもソファに座った。
「うう~ん」
カレンは、そのまま頭をルナの膝の上に乗っけて、寝息をたてはじめてしまった。
ルナは口を開け、それから思い出した。
そう言えば、人の膝を勝手に枕に使ったやつ、ほかにもいたっけ。
「なんてうらやましいことしてやがる……」
「明日の朝、締めあげるぞ」
ルートヴィヒとグレンがのぞき込んで唸ったが、カレンはもうぴくりともしない。
「カーレンー!!!」
夜だというのに、近所迷惑も省みない、すさまじい絶叫がした。
「お、騒がしいのが来た」
グレンが廊下の方を見、ルートヴィヒが苦い顔をした。
「げ、ジュリだ」
ジュリ?
ルナは振り返った。
ドタバタとリビングに飛び込んできたのは、アフロヘアのジュリ。
そして。
そのうしろには、ジュリの同乗者、エレナが立っていた。




