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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
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19話 再会 Ⅳ 2


 四人が、「どうして!?」という顔を同時にした――なにが気に入らなかったのか、という顔だ。

 グレンの硬質な表情もちょっと崩れた。実際に口に出したのは、カレンだ。


「なんで? な、なにか、イヤだった?」

「あの――あのね、あたし、そもそも、たぶんこのお部屋代も払えないし、それに、こんなセレブなところで毎朝食べてたら、破産しちゃうです」


 四人は、顔を見合わせた。


「部屋を一室貸すだけだ。家具類は備え付けだし、部屋代はいらないよ」

 セルゲイは言ったが、ルナは首を振った。


「朝食代くらい、俺が出すよ」

 ルートヴィヒが太っ腹なところを見せたが、ルナは首を振った。


「ついでに夕飯はあたしがおごる」

 カレンの台詞にも首を振り、


「なら、俺と結婚するとか」

 と極論をぶちかましたグレンに、「「「「なんでだ!!!」」」」とルナプラス三人のツッコミが刺さった。


「俺と結婚すれば部屋代の心配もないし、メシ代くらい俺が稼ぐだろ」

 しれっとのたまうグレン。


 カレンは頭痛がする頭を押さえ、

「あ~、もう、話になんない。でも、とにかく今日の夕飯は決まりだな」

 さっきは「食べあきた」といったルートヴィヒも、「梅小鳩(うめこばと)だな」とあきらめた。

「あそこが一番安いもんな」


「ご、ごめんね。あたし、あんまりお金持ってなくて……」


 それでも、母星にいたころよりはずっとセレブなのだ。ルートヴィヒは苦笑した。


「ルナが謝ることじゃねえよ。ルナはこの宇宙船からもらう分だけでの生活だろ? もしかして」

「うん」

「俺たちは、それぞれ仕事持ってるからな……懐具合がちがうのはしかたない」


「ルナ、とにかく、ルームシェアのことはあとで考えよ」

 カレンは言った。

「あのさ、ここにいれば安全なことは安全だろうけど、セルゲイが心配するほど、アンジェラのことは、もう気にしなくてもいいと思うんだ」


「傭兵野郎の女がらみの件か」

 グレンが鼻を鳴らした。


「アンジェラはたしかに常識はずれだし、メチャクチャだよ。ルナのとこにジルドを派遣したっていうのにはあたしもあきれたけど、もう彼女はリリザに出発したし、船内にもどることもない」


 ルナはようやく、カレンの右腕に巻かれた包帯に気づいた。長袖ニットでかくれてはいるが、襲われたときにしたケガだろうか。

 セルゲイはなにか言いたげだったが、グレンもルートヴィヒもカレンと同じ意見で、セルゲイが心配しすぎだと思っているようだ。


「だから、ルナが無理っていうならルームシェアを強制するつもりはないし――でも、あたしたちはもうともだちだから、不安になったら、いつでもここに来ていいんだよってこと。分かる?」


 カレンは微笑んだ。ルナは涙ぐみそうになった。


「あ、ありがとう……」


「アズラエルが、どのくらいで帰ってくるかは分からないし、それまでいたっていいし、でかけたってかまわないよ。でも、二、三日は泊まっていきな。そのくらいならだいじょうぶだろ?」


「う、うん……」


 ルナは財布の中身を思い浮かべ、うなずいた。どちらにしろ、乗ってまだひとつき弱。あちこちで遊べるお金もたまっていないし、旅行に行くといっても、限度がある。


「ルナがっていうより、セルゲイが心配し過ぎだよ」


 いわれたセルゲイは、困り顔で苦笑するのみだ。


「あとは朝メシのことかな――まあ、ビュッフェも毎日だと飽きるよ」

 カレンはため息交じりに言った。

「家でメシつくれればいいんだけど、だれも料理したことないし」


 ルナのウサ耳が、にょきんと伸びて、ピコン! と立った。セルゲイが不思議そうにルナの頭上を見つめている。


「あ、あのね」

 八つの目が、ふたたび一斉にルナを見た。

「ぴぽは、ないの?」


「あるけど――まぁ、しまいっぱなしかな」


 カレンが肩をすくめた。セルゲイもクローゼットのほうをながめて、付け足した。どうやらこの家のpi=poは、クローゼットに収納されているらしい。


「外食でいいだろ」

「なんか、pi=poのつくったメシって、飽きるんだよね。ワンパだし」


 カレンの言葉に、ルートヴィヒも同意した。


「まアな。アプリのメニュー増やせばいいって話だけど、やっぱり手作りには負ける。それに、自分の好みの味をpi=poにおぼえさせるまでがメンドクセーし」


 Pi=Po「ピ・ポ」は汎用型家庭用管理ロボットで、どの部屋にもそなえつけられている。


 この部屋のものは150センチ程度の人型ロボットだったが、円形や動物型、簡易な人型まで形式はさまざま。ただ、ヒューマノイド法によって、人間そのものに姿を似せることは禁じられている。


 簡単な会話は可能。陸地も水地も、空中でも自在に動き、呼べばそばまで来てくれる。今では家庭に一台必須の家具である。


 主な用途はテレビ電話やインターネットなどの通信、防犯、留守番機能だが、性能が良いものを買えば、ひととおりの家事、日曜大工、自動車の運転や専門的な技術までなんでもこいの便利ロボットであった。


 ちなみに船内のタクシー運転手は、ほとんどがpi=poである。富裕層専用タクシーのみ、人間が運転する。

 軍事惑星と警察星、K8系の一部と、L3系とL5系、L6、7系でもっぱら普及していて、L8系では、金持ちの家にはあるという認識である。


「じゃあ、キッチンはつかえないの」


 八つの目は、ルナから、遠いキッチンに視線を移した。


「つかえるが、つかってないだけだ。冷蔵庫をあけるときしか、あそこには行ったことがない」

 護衛術の講師は、論外なことを言った。

「たまにつくるよ……レトルトカレーとか」

 セルゲイが、さんざん悩んで、メニューを口にした。

「醤油はある」

 カレンがなぜか威張(いば)りくさって宣言した。


「あの、もし……」


 ルナはおどおどと言った。なにしろ、ここにいる方々はセレブだ。ルナがつくった食事が口にあうかもわからない。しかし、一、二泊ならまだしも、ただで長期間泊めてもらうのは、気が引けた。


「朝ごはんだけでも、あたし、つくるわけには……」


 八つの目が、すさまじい勢いを持って、ルナにもどった。


「え!?」

「つくってくれるの」

「メシつくれんの!?」

「マジで!?」


 平均身長百八十センチ超えが、飢えた獣のごとくウサギに襲いかかったので、ルナはソファの影にかくれた。


「お、お口にあうか、分からないけども……!」

「お口のほうを合わせるわ!!」


 ルートヴィヒが絶叫した。




 ルナは、四人の了承のもとに、キッチンに立った。冷蔵庫と、キッチン下の収納を確認する。


「このおうちにある食材は……」

「ルーイ、うちにあるものも持ってこいよ」

「ビールとラーメンと缶詰めしかねえよ」


 言いながらも、ルートヴィヒは自分の部屋にもどった。


「インスタントラーメン、うちにもあったよね」


 セルゲイが袋入りのラーメンを両手に抱えるくらい大量に――なぜか浴室と思しき場所から持ってきた。


 レトルトのカレーやシチュー、中華のパックがいくつか、袋入りラーメンと、それから炊いたご飯が大量に残っていて、あとは冷蔵庫に使いかけのキャベツと人参と玉ねぎ、卵があった。だいぶ野菜は傷みかけていたが、かろうじて卵は、賞味期限を過ぎてはいなかった。


 調味料も、不思議なものがそろっているくせに、肝心なものがない。

 塩はある。砂糖がなく、ごま油が手つかずに残っていて、サラダ油がない。バルサミコ酢はあるのに、ふつうの酢がない。なんでもカレンは、バルサミコ酢を醤油と間違えて買ったらしい。しかし醤油はなぜか大きな瓶が三本もあって、ぜんぶあけられている。


 奇妙な味の、ルナが見たことのない調味料も手つかずで残っている。乾燥わかめがあったが、開けられてすらいなかった。

 調味料だけを見ると、どうやら、カレンとは食文化が似ているらしい。


「カレンは、和食派ですね……!」

「なぜわかった!?」


 カレンが驚愕(きょうがく)した。ルナは探偵のように鋭く目を光らせ、材料を物色する。


「ウチはひいばあちゃんの代から、朝めしは和食なの」

「私の実家では、トーストと卵と魚料理」


 セルゲイがさりげなくアピールしているあいだに、ルートヴィヒが両手に食材を抱えてもどってくる。


「ソーセージが一袋と、カップラーメンと、オイスターのオイル煮の缶詰め、ソーセージの缶詰め、ソーセージの缶詰め、ソーセージの缶詰め、ソーセージの缶詰め、ソーセ」

 ルナは叫んだ。

「ソーセージしかない!!」


「俺たち、ソーセージが好きなんだ」

 ルートヴィヒが頭を掻きながら言った。


「じつはあたし、朝がゆとかいいなって」

 ビュッフェには白米はあってもおかゆがないし、下の中華料理店の粥は多すぎるし、とカレンは言い、

「きのうご飯炊いたの。そののこりで、なんとか、つくれる?」


「おかゆってなんだい? どうやって作るんだ? ……あれ? そういやパンもなくなってる」

「なくなったんじゃなくて、カビたから、きのう捨てたんだよ」

 カレンが悲しげに言った。


「なんてザマだ」

 グレンが苦い顔をし、ルートヴィヒが冷蔵庫をのぞき込んで悲鳴をあげた。

「なんだこりゃ、このまっくろいやつ。……うえ、すげえにおいする。腐ってんじゃねえか?」


「腐ってねえよ! 漬物だそりゃ」

「腐ってはいないみたいだよ。それはカレンが買ってきたもので“ツケモノ”とかいうやつらしいよ。食べ方が分からなくて、パンにはさんでバター塗って食べたらこの世のものとは思えない味がしたよ」

 セルゲイは身震いした。カレンが抗議した。

「パンにはさむなよ!」


「それでも食うだけ、おまえもチャレンジャーだよ」

「そのとき、パン以外にコレしか食べるものがなかったんだ」

「ビュッフェ行けよ」

「たまにあるだろ、朝からどこにも出たくないときが」

「デリバリー」

「選んで頼むのすら面倒なんだ」

「卵あんじゃねえか。ゆでるか?」

「……それ食えるのか? いつのやつだ」

「ゆで方なんて知らねえぞ」

「私は半熟でないと食べられないんだ」

「水にぶちこんでゆでるだけだろ」

「だったらお前やれよグレン」

「やったことねえんだ。セルゲイ、できるか?」

「私も料理はまったくできない。ゆでたまごって、水の中に卵を割って落としてゆでる、のかな。卵、うまく割れないんだが」

「おふくろは、殻ごとゆでてた気がする……」

「ゆでたまごくらい、pi=poもつくれるだろ」

「ルーイ、おまえセッティングしろよ」

「めんどくせえ」

「ダメじゃねえか」

「卵のゆで方くらい初期設定で入ってるだろう……」


 ルナは吹き出すのを必死でこらえていた。


「とりあえず、賞味期限が切れていないから、たまごは大丈夫そうです!」

「どうだ? 朝めし、つくれそうか?」


 グレンだけではなかった――期待のこもった視線八つがルナを見ている。


「あとで、パンとかは買ってこないとね!」


 ルナは笑顔でそう言った。

 近くのスーパーに車を出してもらい、明日の朝食の材料をそろえてきた。


「この冷蔵庫に、こんなに食材が入ったの、はじめてじゃない?」


 カレンが嬉しそうに言った。



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