表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~導きの子ウサギ篇~
390/948

167話 布被りのペガサス Ⅴ 1


 夜の遊園地。これで何度目だろう、この夢を見るのは。


 ルナが両手を見ると、相変わらずもっふりとした毛皮で、ピンクのウサギだった。

 めのまえにはコーヒーカップの遊具。動いてはいない。


 近くには、ホットドッグとポップコーンの屋台があって、ランプがついていた。何度かここには来たはずなのに、屋台の存在には気づかなかった。


 ルナが恐る恐る屋台を覗くと、「いらっしゃいませ」と中から声がかかる。


 アライグマ――でも、アライグマにしては随分と大きい――影が、細長いパンに焼きたてのソーセージを挟み、たまねぎをのせて、マスタードとケチャップをかけている。

 大きなアライグマは、ホットドッグを油紙で包み、紙袋に、熱々のそれを四つ、詰めた。


「毎度どうも」


 そういってアライグマは、ルナに紙袋を差し出した。ルナが受け取って、お金を探すと、屋台のランプは消えていた。アライグマも、影も形もない。


 ルナが隣の屋台を覗くと、今度はコウノトリ――が首だけをひょこっと屋台から出して、ルナのほうを見ていた。


「お待たせしました」


 コウノトリが差し出したのは、香ばしいポップコーンがあふれるほど入った、バケツのほどの大きさのカップだった。ルナはポップコーンを受け取り、「あの、お金」と言うと、「あなたもう、払ったじゃありませんか」とコウノトリは言った。


 ルナは払った覚えがない。

 コウノトリがいた方の屋台のランプも消えた。


 ルナが両手に、ホットドッグとポップコーンを抱えたまま呆然としていると、カポカポと、(ひづめ)の音がした。振り返ると、そこにいたのはペガサス。白い発光体。

 ルナは思い出した。この子は「布被りのペガサス」だ。

 あのときほど大きな布は被っておらず、頭にちょんと、ベールみたいにハンカチをかぶせている。

 

「お言葉に甘えて、来ちゃったわ」


 ペガサスは自分の背に、天秤の様に紐をかけて、小さな(かめ)をふたつぶら下げていた。


「わたしが持ってきたのは、はちみつ酒と、すもも酒なの。ウサギさんはホットドッグとポップコーンなのね。美味しそう」

「う、うん」


 ルナは、展開が読めなくてうなずくしかなかったが、やっとルナではないルナ――ピンクのウサギが現れた。ルナはいつのまにかルナにもどっていた。めのまえには、小さなピンクのウサギ。


「お待たせしちゃって」

 ウサギは言った。

「さあ、フクロウさんに会いに行きましょう」


 フクロウさん?


 ウサギが先導し、ルナとペガサスが後ろをついていく。ペガサスが、ルナにも説明してくれた。


「“天翔(あまか)けるペガサス”さんと出会ったのはいいけれど、彼、とっても忙しいの」


 自分はまだペガサスとして未熟で、彼と一緒にあちこち飛んでいくことはできないのだと、布被りのペガサスは哀しげに言った。


 以前、この布被りのペガサスは、ピンクのウサギに導かれて、同じペガサス仲間――“天翔けるペガサス”に出会った。仲間がいなくて寂しがっていた二頭を、ウサギが引き合わせたのだが、せっかく出会ったのに、なかなか一緒にいることができないのだそうだ。


「せっかく番いに出会ったのに――わたしはほとんどひとりぼっち。寂しくて、寂しくて……。コーヒーカップに乗って泣いていたら、ウサギさんが来て、友達を紹介してくれると言ったの」


 それはよかったね、とルナが言うと、ペガサスは嬉しげに微笑んだ。


「彼女も――フクロウさんも、お友達がいなくて、とっても寂しがり屋なんですって。わたしと気が合いそう」


 今日は、そのフクロウとペガサス、そしてピンクのウサギとで、食べ物を持ち寄って、お茶会をするのだとか。


(なるほど、このホットドッグとポップコーンは、おみやげなんだね)


 ペガサスの弾んだ声を聞きながら、やがて三人(ひとりと一匹と一頭?)は遊園地の敷地内の、深い深い森の奥へと入っていく。


 この森は、先日、巨大な蛇たちと会ったところだ。木々のざわめきが、すこし怖い。

 ルナも怖かったが、ペガサスも怖かったようで、「ウサギさん、ウサギさん。ほんとうに、こっちでいいの? こんなところにフクロウさんが?」と何度も聞いた。


 ピンクのウサギは、「あら、フクロウさんのすみかは、森の中と相場が決まっているものよ」と笑って取り合わない。


 ペガサスとルナは怯えて寄り添いながら、ウサギのあとをついていく。


 やがて真っ暗な森に、ぽうっと明かりがついている場所が見えた。不揃(ふぞろ)いな、音楽の音も聞こえる。


「なんて音だ! 耳障りな! そんな下手な演奏で、僕の友が満足できると思っているのか!」


 鋭い声に、ペガサスとルナはひゅっと飛び上がった。


「処刑だ処刑だ! 連れて行け!!」

「お、お許しください閣下! “残虐なフクロウ”さま!」


 バイオリンを演奏していたフクロウが、ほかのフクロウに引きずられて行こうとするのを、あわててルナは止めた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ルナの制止に、一番大きなフクロウが首をくるりと真後ろに向けて睨んだ。ぎょろりと動く金色のまなこ。ルナはその視線の鋭さに、ふたたび飛び上がりかけた。


「――だれだ? ……おや!“月を眺める子ウサギ”さんじゃないですか。これはこれはようこそ。いらっしゃい、いらっしゃい。遅かったですね、心待ちにしていましたよ。楽団の演奏練習を、もう百回もしていたところなんです。こいつらときたらちっともうまくならない! ああ、そんなことはどうでもいいんです、僕にお友達を紹介してくれるなんて、あなたはなんて素敵なウサギなんだ! ありがとう、ありがとう。ほんとにありがとう! さあさ。パーティーの用意はできてます。座って座って!」


 フクロウは、「処刑だ!」と言ったことなどすっかり忘れたようにルナの手を羽根でとり、テーブルに招こうとした。

 開けた庭には、たくさんのランプとロウソクが灯り、まるで昼間の明るさだ。大きなテーブルには、ケーキや丸ごとのチーズ、スコーンやサンドイッチがところ狭しと並べられ、不恰好な花束が、花瓶に突っ込まれて飾られていた。

 フクロウたちの楽団までいる。


「あの……フクロウさん、とにかく処刑はやめて」


「処刑は中止だ!」

 フクロウは叫んだ。


「ああ……ありがとうございます閣下……ウサギさん……」


 処刑と言われたフクロウは解放され、涙を流してお礼を言った。


「そうですね。よく考えたら、こんな楽しい席で処刑なんてするものではなかったな。すみません。部下どもは甘やかしちゃならないんです。これでもフクロウですから!」

 

 ルナはマジマジと、“残虐なフクロウ”といわれたフクロウを見た。

 よく見れば、右羽根は折れているのか、不恰好に曲がっていて、それに数多(あまた)の傷と、眼帯。

 残虐な、なんて形容詞がつくだけあって、恐ろしげで、とても堅気(かたぎ)のフクロウには見えなかった。マフィアのボスとか――処刑人とか――そういう形容詞がよく似合う。


 こんな怖そうなフクロウを、ペガサスの友達に? 


 ピンクのウサギは自分だが、自分ながらよくこんなことを考え付いたものだと、ルナは呆れた。


「さあ、ペガサスさん、席に着きましょう」


 ピンクのウサギがペガサスを促した。フクロウは、そこで初めて、自分の友となるペガサスを見た。


「……美しい!」


 ぽうっと、フクロウの頬に赤みが差した。


「いえあの――ペガサスは美しいものだとは聞いていましたが――僕は初めて見ました。――なんて美しい――あの――ほ、ほんとうに、ペガサスさんが僕のお友達に――? いいんですか? ――ほんとに?」


 フクロウは、さっきの凶暴さがなりを潜めたようにどぎまぎし、花瓶から、そっとバラの花を一輪とって、ペガサスへ(うやうや)しく差し出した。


「あの――これは、記念に」


 ペガサスは、花を受け取らなかった。わなわなと震え、二歩、三歩と後ずさる。


「“残虐な”フクロウですって!?」

 ペガサスは前足を高々と上げ、

「ウソでしょ!? わたしのお友達になってくれるひとって、このフクロウさんなの? ウソよ、ウソだと言って!」

 金切り声で叫び、羽ばたいて逃げようとした。


 ルナは、フクロウがとても傷ついた顔をするのを見た。

 彼女は(この恐ろしいフクロウは女性だった!)ひどく悲しげな顔で、そっと、バラの花を地面に落とした。


「あっ……、いえ! いいんです。ウサギさんのせいではありません」


 ルナがなにか言う前に、フクロウは、ポロポロと涙をこぼしながらそっと背を向けた。


「僕はどうせ日陰の身。フクロウですから。それに残虐なフクロウなんて、名前を聞いただけで、嫌われてしまうのには慣れています。いいんです、フクロウですから! 僕は残虐なフクロウ。それだけのことをしてきたのですから。これからも僕は残虐なことをするでしょうし、そうしなくてはいけません。だって、それが僕の役割だから。僕は孤独です。残虐だから、孤独なんです。フクロウたちは僕を恐れ、ほかの生き物もみな、僕の姿を見た途端に怯えます。いいんです。今さら、友達が欲しいなんて、そんな虫のいいお願いが叶うなんてことは――ましてや、こんな綺麗なペガサスさんが僕の友達になんて、もったいない――」


 ルナはなんだか、フクロウがかわいそうで、そっとその傷ついた羽根を撫でた。

 だが、フクロウの独白を聞いたのはルナだけではない。気づけば、ペガサスが、自身が持ってきたはちみつ酒の(かめ)を、そっとテーブルに置いたではないか。


「ご、ごめんなさい――わたしの悪いクセ。見かけだけで判断してしまうなんて」

 ペガサスは申し訳なさそうに謝り、

「わたしも寂しかったの――友達が欲しかったのよ。だからフクロウさん、お友達になって」


 フクロウは、信じられないことを聞いたかのように、くるくると首を、三百六十度、回した。


「ほ、ほんとに――いいんですか――僕なんかで――」

「こ、こちらこそ――わたしなんかで、いいのかしら――わたし、つまらないペガサスよ?」

「つまらないペガサスなんていやしません! 僕だって、こんなつまらないフクロウです……!」


 ペガサスとフクロウでは、握手は難しかったが、手を取り合わんばかりの勢いで、ふたりは寄り添った。

 よかった、仲良くなれそう、とルナがほっとしたところで、ピンクのウサギが手を叩いた。


「さあ! パーティーを始めましょう!」


 ルナもウサギもペガサスもフクロウも――たくさんの部下フクロウたちも、それはそれはたくさん食べた。サンドイッチやチーズやハムも美味しかったし、ホットドックも美味しかった。

 ペガサスが持ってきたお酒で、みんな上機嫌になり、フクロウは自らバイオリンを弾き、楽しい宴は朝まで――ルナが目覚めるまで、続いた。


 目覚めたのは、ルナだけではない。

 遠くL系惑星群、L20。

 首都マスカレードの、高級住宅街。


「……チーズまじうまい……」


 目覚めたフライヤの、第一声がそれだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ