19話 再会 Ⅳ 1
さて、こちらはルナ。
栗色頭のウサギ。
携帯電話をポケットにしまい、ドアを開けて、リビングへ降りようとした――。
「うお! ウサギちゃん!?」
リビングには、セルゲイとカレンのほかに人が増えていた――金髪の男の人と。
「どうしておまえがここにいるんだ」
キョトンとした目で見上げている、銀髪男――そう、マタドール・カフェで、チンピラを殺しかけ――先日、スポーツセンターでふたたび出会い、また助けてもらった――あの。
「ギャー!!!!!」
ルナは叫んだ。
「ギャー!!!!!!!!!!!」
叫んで、部屋に引っ込んだ。
(なんであのひとがここにいるの!!!!!)
ルナはさっそく人見知りを発動し、部屋の内側でウサ耳をぷるぷる震わせていたが、やがてウサ耳をぺったり垂らしながら、こわごわ、ドアを開けて出てきた。
四人そろって、ルナのほうを直視していた。
やっぱりあいつだ。マタドール・カフェで見た銀髪男、グレンだ。
「ギャー!!!!!」
叫んだルナが再度引っ込もうとしたが、カレンがあわてて叫び返した。
「ルナ、大丈夫だよ! コイツ怖そうに見えるけど一般人には嚙みつかないから!」
ウサギは、セルゲイが迎えに行くまでドアから出てこなかった。しかし、「ルナちゃーん」だの、「ルナ~」だの呼び声がしつこく響くので、目を完全に座らせ、セルゲイの後ろに隠れたまま、ぴこぴこついてきた。
「どうしてここにいる?」
グレンが聞いたが、ウサギは目を座らせたままセルゲイの陰に隠れ、返事をしなかった。
「グレン、ウサギちゃんを怯えさせるんじゃねえよ」
金髪の男が、腰を曲げ、大らかな笑顔で自己紹介した。
「俺はルートヴィヒ・S・クレンドラー。ルーイって呼んで。よろしく」
大きな手を差し出してきた。
超高級時計をつけ、音楽機器とつながったヘッドホンを首にひっかけ、黒いTシャツの上にこれまたブランド物のトレーニングウェアを着ていた。金色のライオンヘアは、後頭部でキッチリまとめられている。
ルナはおそるおそる出てきて、握手を交わした。
「あたしはルナです。ルナ・D・バーントシェント」
「うん。名前だけは知ってる」
「えっ?」
「俺、アズラエルとはともだちのつもりなんだけどな。それに、コイツがマタドール・カフェでチンピラ撃退したとき、俺も一緒にいたんだ」
ルートヴィヒが申し訳なさそうな顔で後方のグレンを指さすと、ルナのウサ耳がビーン! と立った。
「あのときはホントごめんな? コイツ、ちょっとやりすぎだよな」
両手を合わせて平謝りに謝るルートヴィヒは、悪い人ではなさそうだった。
「俺はグレン。グレン・J・ドーソン」
黒いTシャツに、ルートヴィヒと同じブランドのトレーニングウェア。高そうなサングラスをポケットに引っ掛けている。両耳にピアスがいっぱいくっついているし、なかなか派手目の外見は、パンクバンドのメンバーみたいだった。
ソファに腰かけ、腿に肘をつき、興味深い目でルナを見ている。
ルナは初めて、マジマジと彼を見た。
かつてルナが彼におびえたのは、無理もなかった。ルナは、はじめてそれがわかった。
ルートヴィヒもグレンも、ふたりともアズラエルと同じくらい大きいし、体格もいいが、ルートヴィヒの百倍は、グレンのほうが硬質な感じがした。目も鋭く、とても迫力があった。ブルーグレーの瞳は氷結した湖のよう。
アズラエルと同じくらい表情の起伏がない感じがする。
そのくらい、彼の表面にはヒヤリとする氷の膜が張っているようで、誰も寄せ付けない空気があった。
彼は、ルナに握手をもとめなかった。
「なんでここにいる?」
グレンはふたたび聞いたが、ルナが答えと、先日の礼を言うまえに、
「あのなぁグレン。おまえは見た目も態度も迫力あるんだから、もう少し優しく聞けよ」
ルートヴィヒが言った。グレンが肩をすくめる。
「セルゲイが連れて来たんだよ」
カレンが説明した。端的に。
「ていうか、マタドール・カフェでなにがあったのさ」
カレンが聞いた。カレンは、グレンがチンピラを撃退したことを知らないらしい。あのときグレンと一緒にマタドール・カフェに来ていたのは、ルートヴィヒだけだったのか。
グレンは淡々と、「邪魔だったからどかせただけだ」と告げた。
あとからマタドール・カフェのデレク――リサ――経由でルナはチンピラの末路を知った。彼は内臓の一部が(!)損壊していたらしい。怖い。
手術が必要なほどの大怪我だったそうで――。
「よく通報されなかったよね」
カレンの呆れ声。
「ほとんど奇跡だよ……」
あのときの後始末に奔走したグレンの幼馴染みは、額をおさえた。
「グレンがやったってバレなかったの」
「いやバレたよ。殴られたってあのチンピラが訴えたもんな。でも、乱暴なナンパはみんな見てたし、グレンがルナちゃんを助けたってことで正当防衛になった」
ルートヴィヒが、あんなことはもうこりごりだという顔で言った。
「あれは俺もやりすぎたかなとは思った。でも、運命の相手がめのまえに現れたんだから、しかたがない」
「「「運命の相手!?」」」
異論を込めて怒鳴ったのは、カレン以外の三人だ。ルナ含む。
「ああ、そうだ。俺の運命の相手。手放したくないバラに気づいた王子だ。分かってくれ」
このコワモテ顔のどこから、そんなアレな台詞が出てくるのか――カレンが、「これだからL18の男は……」と歯をむき出し、ルナは呆気にとられた。
グレンはおおげさに両手を広げ、その冷たい指先でルナの手を取って、手の甲に口づけした。
「!?」
「傭兵野郎と別れて、俺と付き合ってください」
ルナは意識が遠くなりかけた。モテ期にしたって、やっぱり度が過ぎている。
「ちょっと待ちなさい、グレン」
今度はセルゲイの目が座っている。
「お兄ちゃんは認めないよ」
「お兄ちゃん……」
カレンは、もはやつぶやいただけで突っ込まなかった。
ルナはほっぺたをふくらませ、「そもそも、アズはあたしの恋人じゃなくて、試験のパートナーで、ボディガードなんですよね」といったが、だれも信じてくれなかった。
これもアズラエルの女グセの悪さのせいか――さすが趣味が女あさり。
「あいつといたっていいことないだろ。あいつの女グセが悪いせいで、ヘンな連中にはつけられるわ、宇宙船を降ろされそうになるわ、ヘンなパーマの男に突撃訪問されるわ」
どうしてそんなことまで知っているんだろう。ルナは思ったが。
「……その件については、このあいだはありがとうございました」
ルナはぺこりと頭を下げた。
「あんたの女グセも同レベルだと思うけどね」
「アズラエルの女グセに文句をつけられる立場かよ」
カレンとルートヴィヒが口をはさんだ。
「あーもう。ルナ、L18の男に口説かれても、マトモにとっちゃいけないよ? こいつらにとってはあいさつみたいなもんだから」
カレンが言い含める。グレンはそれに対してひとことありそうだったが、
「てか、ルナちゃん――ルナでいいよな? それで、ルームシェアは俺も賛成だけど、アズラエルはルナがここにいること知ってるの?」
ルートヴィヒが話を変えた。ルナが困っているのを見てだ。
「ううん。アズは知らないのです」
「「「「アズ」」」」
四人、声をそろえた。
愛称が、そんなにめずらしいか。クラウドも「アズ」と呼んでいるのに。
「アズ……アズかぁ……」
カレンはとっくに座っていたが、ルナの座るスペースを開けるように、すこし腰をずらしながら言った。
「アイツのことアズって呼ぶのは、家族と幼馴染みのクラウドしかいないんだよ」
「へっ?」
ルナのウサ耳が、ぴょこりん、と立った。
「アイツを小さいころから知ってるバーガスが言ってた。バーガスはね、アイツを“アダムの息子”って呼ぶの。アダムはアイツの親父の名前ね。有名な傭兵だよ。アズラエルは自分がアズって呼ばれるの、アダムの息子、と同じくらいバカにされてる気がして嫌なんだって。だから、ジュリがアズって呼んだとき、返事をしなかった。それから、こういったの。『俺をアズって呼ぶなら、二度と返事はしねえ』ってね」
「……」
「もちろん、いままで、つきあった女のだれにも、“アズ”呼びは許してなかったと思うよ」
ルナはそれを聞いて、まぼろしのウサ耳を、徐々に垂れさせた。
「……アズは」
ルナは思い返し――うつむいた。
彼は自分から、「アズでいい」と言った。
(こんなところで、アズのことを、またひとつ知るなんて)
ルナは少し神妙な顔をしたが、やがてはっと気づいた。みんなが生ぬるい目でルナを見ている。
これでは、ますますアズラエルが恋人だと思われてしまっているのではないか?
「あっ! ホントに、ほんとのホントに、アズは、アズラエルは、あたしの恋人じゃないです……!」
「ルームメイトが増えたなら、歓迎会をしねえとな」
グレンがあっさり話題を変えた。
「今夜はどこに行く?」
ルートヴィヒも乗った。照れなくてもいい、わかっているといった顔で――結局、誤解は解けなかった。
夕飯の話題を出すにはまだ早い時間だったが。
カレンはすかさず言った。
「近場で、梅小鳩はどう」
「梅小鳩かあ……うまいけど、だいたいあそこは食べつくしたな」
ルートヴィヒは眉尻を下げた。
「でも、ルナははじめてだよ」
「ルナちゃんは、どこがいい」
「え?」
「どこに行きたい?」
セルゲイが聞いたが、ルナはK35区の地理にくわしくはない。
グレンが、テーブルにあったチラシをルナに渡した。
「このマンションの一階と最上階にもレストランはある。一階にファストフードとカフェ、中華レストラン――最上階は、バーとビュッフェ式のレストラン」
ルートヴィヒは、最上階のゴージャスなレストランの写真を指さして言った。
「ちなみに、朝めしはいつもここで食ってる」
「……!?」
ルナは戦慄した。どこもかしこも、お高そうだ。メニューの金額がひとケタちがう。
「こ、ここここのご朝食は、おいくら……」
「5000デルかな。安いほうだよ」
「5000デル!!」
ルナは絶叫した。四人とも、「安いし旨いし、最高だよな」と涼しい顔をしている。ルナは論外だった。こんな朝食を毎朝食べていたなら、あっという間に破産する。
(そういえば、このひとたちはセレブなのだった)
L5系とL7系では、金銭感覚がまったくちがう。
グレンとカレンは軍事惑星の名家のお坊ちゃま、セルゲイは医者、あとから知ることになるのだが、ルートヴィヒはセレブ御用達の水泳のインストラクターだった。
(やっぱり無理だ)
ルナは、早めに宣言することにした。
「あ、あのね、あたし――ルームシェアはできません」




