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キヴォトス  作者: ととこなつ
第一部 ~再会篇~
38/932

18話 タキおじちゃんからの電話 2


「アズ!!」


 携帯電話に飛びついたルナだったが、液晶画面に表示されているのは、知らない電話番号だ。


「局番は、L77だけど」


 実家ではない、友人の家でもない。固定電話だ。


「もしもし……」

 おそるおそるルナが出ると、すぐに『もしもし』という声がした。男の声だ。

『ルナ?』

 知らない声だ。

「はい、あたし、るなです」

 おそるおそる、そう返事をした。


『タキお兄ちゃんだけど、俺のこと、おぼえてる?』


 ルナは一瞬真顔になり――それから、「タキおじちゃん!?」と叫んだ。


『おじちゃんはやめて!』


 電話の向こうから、悲痛な叫びが聞こえる。ルナはあわてて謝った。


「ご、ごめごめんなさい。でも、あの、ホントにタキおじ……お兄ちゃん?」

『覚えていてくれたんだ、うれしいねえ』


 相手が破顔(はがん)したのが、ルナにもわかった。相手がタキ“お兄ちゃん”だとしたなら、局番がL77なのも理解ができた。知らない電話番号は、きっと真月(しんげつ)神社だ。


 本名はタツキ。でもみんな、「タキ」と呼んでいた。


 ルナの住んでいた街、ローズ・タウンにあった大きな神社で、バラの名所。バラが満開になる夏には、おまつりがある。


 ルナは子どものころから、よく神社に遊びに行っていた。母親とも、ツキヨおばあちゃんとも、リサやミシェルとも。子どもたちの格好の遊び場でもあったのだ。

 神社の神主マホロは、きさくで陽気な女性で、ルナのことも可愛がってくれた。


 ルナが物心つかない3歳ころだっただろうか、マホロの親戚だとか、知人だとかいう男の子が遊びに来ていて、いっしょに遊んだことがある。ルナは、三日間しかいなかったそのふたりの男の子に、ずいぶん懐いた。三日間連続で遊んでもらって、四日目にふたりがいなかったので、大泣きした。


 しかし、それきりだ。その後、彼らと真月神社で会ったこともないし、連絡もない。ちいさなころの思い出のひとつだった。


 あのころ、ルナから見たら、タツキはずいぶんおとなだった。十代後半か、二十代だったろうか。

 だから、マホロが「タキおじちゃん」と呼べと、ルナに刷り込んだのだ。

 それにしても、なぜ突然――。


『元気にしてる?』


 タツキの声など思い出せない。こんな声だったろうか。


「げ、元気です。“ゼンゼンお兄ちゃん”は、元気ですか」


 タツキといっしょにルナと遊んでくれたもうひとりの男の子の名。ちゃんとした名前も覚えていない。それくらい、あいまいな記憶だ。顔も思い出せない。


『元気だよ。元気すぎるくらいだ』


 いったいどうして、電話をくれたのだろう。ひさしぶりに真月神社に来て、ルナは元気にしているかなという思い出話を、マホロとでもしたのだろうか。


『ルナが地球行き宇宙船に乗ったって、マホロから聞いて』

 ルナの予想は、大方、外れていないようだ。

「う、うん! 幼馴染みのリサにチケットが来て、それで乗ったの」

『そうか。楽しい?』


 ルナは一瞬アンジェラのことを思い出してつまったが、「楽しいよ!」と叫んだ。


『楽しいか、よかったな。宇宙船はね――楽しいところも、旨い店もいっぱいあるよ。あちこち行った? まだひとつきじゃ、そんなに回れねえか』

「タキおじ、お兄ちゃん、地球行き宇宙船に乗ったことがあるの?」

『あるよ』


 アズラエルにも匹敵する渋い声で笑った。タツキはおそらく、年齢から行けば、三十代後半から四十代だろう。ずいぶん渋いおじさんになっているかもしれない。


『K08区のエトランゼってケーキ店は老舗だよ。創設時からずっと開いてる名店』


「うわっちょっとまって!」

 ルナはあわてて日記帳を開いた。メモ帳代わりに書き込む。


『中央区にあるシャンパオって中華料理屋もいいよ――あと、ルナ、ラーメン好きか』

「うん!」

『じゃあ、K12区の雷天ってラーメン屋』

「らいてん……」


『あと、中央区の逍遥亭(しょうようてい)のウナギ。マホロがよだれの出そうな顔でこっち見てる。俺はウナギもいいけど、あの店のう巻が好き』

「うまき?」

『卵焼きの中にウナギが入ってる』

「たまごやき!!」


『おまえ、むかし食ったことあるんだぞ』

「へ?」

『真月神社でいっしょに食ったろ――逍遥亭のウナギ弁当に入ってた俺のう巻、ぜんぶ食っちまいやがったくせに』

「ホント!?」


 ルナは、それが本当なら、タツキにウナギを送らねばならないと思った。


『あいかわらず卵好きか』

「うん!」

 タツキは笑った。

『すまん。食い物の店ばっかりだな――だけど、どこもうまいよ。ぜんぶパンフレットにのってるはずだ。行ってみな』

「う、うん、ありがとう」


『まあ、それはそれとして』

 タツキの声が急にワントーン、低くなった――気がした。

『なにか困ってること、ないか?』


「――え?」

 ルナは聞き間違いかと思った。


『困ってること』


 まるでタツキは、ルナのそばにいて、話をしているかのようだった。ルナはあわてて言った。一瞬でもつまったことを、ごまかすように。


「な、なんにもないよ」

『ほんとに?』


 タツキの声に笑みが混じっているが、彼はそれで切り上げなかった。


『たとえば――“性悪のオバサンに、イジワルされてる”とか』


「……!?」

 ルナは今度こそ、言葉に詰まった。


 まるでタツキは、ルナが陥っている状況を、なにもかも分かっているような口ぶりだ。ルナは混乱した。どうして、タツキがそんなことをいうのか、ルナには分からなかった。


 タツキがいう「性悪のオバサン」とは、アンジェラのこと?

 まさか――でも、それしか見当がつかない。

 しかし、どうして、タツキがそのことを?


 だが、アンジェラのことを言ってしまえば、タツキからマホロ、マホロから母親につたわって、「帰ってこい」と言われてしまうのではないか。

 ルナはそう思って、あわてて滑りそうになった口を引き締めた。


「な、ななななんでも、なにも、なにもないのです。ないよっ」


 ルナはせわしなく言った。今度は、電話向こうでタツキが苦笑した。


『マホロにも、お母さんにも言わねえよ? 俺と、ルナだけの秘密』

「にゃ、にゃにも……」


 ルナが言い(つの)るので、タツキはしばらく沈黙した。そして、ちいさな嘆息と同時に。

『……ホントか?』

 ともう一度聞いた。


「ほ、ほんと」

 ルナは深呼吸をして、きっぱり、言い切った。


『平気?』

「うん」

『ルナは強い子だ』


 タツキが、電話向こうで威勢よく笑った。


『なにかあったら、すぐ連絡するんだぞ』

「う、うん。ありがとう。タキお兄ちゃん、しばらく真月神社にいる?」

『今日から一週間は滞在することにしてる』

「そう、わ、わかった」

『じゃあな。宇宙船は楽しいところだからな。リリザも楽しいぞ。めいっぱい遊べよ』

「うん!」


 電話は、切れた。


「あ」


 いつでも連絡してというわりには、タツキの連絡先は知らないし、教えてもらえなかった。彼が電話してきたのは、真月神社からだ。


(タキおじちゃんと、ゼンゼンお兄ちゃん)


 ルナはふと思った。


「宇宙船にふたりが乗ってたら、きっとおもしろかったのに」


 3歳児の思い出である。ルナが20歳なのだから、ふたりは30台突破だ。そんなふたりと子ども時代のようにリリザで遊べるわけもなく、ルナは「無理か」とショボンと肩を落とした。


「エトランゼは、もしかして、タキおじちゃんが経営してるお店なのかな……?」


 アズラエルがもらってきたケーキは、イチゴのショートケーキと、チーズケーキとフルーツタルト、オペラ、モンブランだった。小ぶりだけど甘さもちょうどよくて、どれもものすごくおいしかった。


「えへへ。今度は自分で買いに行こう」


 ルナは気を取り直して、タツキに教えてもらった名店のリストをバッグにしまった。





「タキ、顔が超気持ち悪い」


 マホロに言われても、ニヤケ面を押さえられない上機嫌のタツキは、携帯電話を切るなり、忍び装束(しょうぞく)(たもと)にしまい込み、「可愛いなあ……ルナ」と一年に一度するかしないかの、満面の笑顔になった。


 彼の携帯電話の液晶画面には、20歳になったばかりのルナの笑顔がきらめいている。ルナが真月神社で、マホロの飼いウサギ、グレーのネザーランドドワーフ「もりそば」を抱きしめている写真。

 けっして隠し撮りではない。マホロに高級懐石をごちそうして、やっともらった一枚だ。


「キモ」


 しかめっ面の真月神社の神主はさておいて、「さて、ルナはどこへ行くかな」と口笛を吹いた。

 エトランゼ、シャンパオ、雷天(らいてん)逍遥亭(しょうようてい)――どこも、タツキの息がかかった場所だ。


「そんな回りくどいことしなくても、ルナちゃんはすぐ“真砂名(まさな)神社”に行くって」

 マホロは、もりそばを撫でながら嘆息した。

「どうかな。あの子の行動パターンは読めないところがあるから」


 タツキはほんとうに不思議な男だと思う。マホロがウサギをナデナデしているあいだに、真っ黒な忍び装束から、同じ色の高級スーツに変化していた。

 いつのまに着替えたのか。それとも最初からスーツだったのかと錯覚するほどだ。数分前はネクタイなんかなかったし、同色の足袋(たび)をはいていたはずだ――今は黒い靴下。

 傭兵というものは、ほんとうに不思議な生き物だと、マホロは思う。


「ある程度、“道案内”はしてあげないと」

「あんたも行くの」

「もちろん。まだこの距離なら、地球行き宇宙船に乗っても、すぐもどれるからな」

「結局、四年間同行するの」

「それは無理だな。俺にも仕事がある。ルナが俺を選んだらなんとかして残るけど」


「それも無理だな」

 あっさりマホロは言い、

「そもそもきっと、あんた、ルナちゃんに会えないよ」


「それは、アイゼン様もそうおっしゃっていた」

 タツキは肩をすくめ、

「でも、一度くらい顔を見たい。それくらいなら許されるだろう? それに、俺が同行できないなら、九庵にボディガードを頼んでこないと」


「そこまでする必要あるかな? “まだ”だいじょうぶな時期だと思うよ?」

 マホロはあきれた。

「あまり物々しいことしないで、リリザくらいまでは、楽しく過ごさせてあげなよ」


 タツキが、自分の手の者をボディガードとして宇宙船に送り込んでいるのは、マホロも知っている。彼の部下だから、けっしてルナにも、周囲の者にも、存在を気づかせないだろうが。


「俺もそうしたい。できることならな。でも、さっそくトラブルに巻き込まれてるぞ」


 タツキは困り顔で言った。


「ええっ」

「宇宙船を降ろされるだけで済むならいい。俺がチケットをもう一枚買うだけだ。ついでに俺も一緒に乗るさ――今度こそな。だが、それですまなかったら大ごとだ――厄介な女に目をつけられたもんだ」


「やっかいな女」

 マホロはウサギを抱えて、ふがふがと吸った。


「リリザでもトラブルの“象意(しょうい)”が出ている。ペリドットがそう警告してきた――まったく、ろくでもない」

「なんとかできないの」


 タツキは鼻で(わら)った。


「あの女がララのお気に入りでなきゃ、一週間以内に存在ごと消している」

「聖域でぶっそうなこと言わないでよ」


 これだから夜砂名(やさな)神社の神官は……とマホロは文句を言ったが、タツキがこたえていないのは目に見えている。


「ララは敵に回すと面倒だからな。ちなみに、ルナと俺の関係も明かすわけにいかない」

「あんたとルナの関係なんて、十数年前にたった三日、遊んだだけの関係ですけど」


 冷ややかなマホロの視線も、伝わっていなかった。

 タツキは悲しげにつぶやいた。


「ルナはやっぱり“直線道路”を選んだ。俺を選べば、アンジェラに関わることもなく、リリザで最高の贅沢をさせてやったのに」

「おだまり、ロ●コン」

「しかたない。ルナが選んだなら、それはそれでしかたない」

「未練タラッタラだなおまえ」

「――それで、逍遥亭の弁当は、特上で?」

「うん! 特上の、梅! うなぎ倍増しで!」

「了解」


 逍遥亭の最高級弁当が、ここ数日の滞在費の代わりだ。特上も、松、竹、梅とあって、梅が最上級。そして中身がすこしちがう。

 タツキは「じゃあ、ちょっとでかけてくる」と至極まともに挨拶をして、玄関に向かった。


「ああ、ちょ、ちょっと待って」

 マホロがもりそばを抱えて追いかけて来た。

「悪い。けっこう聞き流してたんだけどさ――ルナちゃんが“直線道路”を選んだってことはさ」


 マホロがタツキの言葉を聞き流すことはよくある。タツキもそうだ。この二人の会話は、互いの話をほとんど聞いていないというのが難点だった。ふたりとも聞き上手の評判が高いのに、なぜかふたりで会話をするとこうなる。

 よほど気が合わないのだろう、と互いに思っていた。


「どうしていつもちゃんと人の話を聞かないんだ?」

「おまえの話はなぜか耳に残らない」


 マホロは首を傾げた。タツキはしかたなく言った。


「俺たち分かれ道組は、完全な“(ソンブラ)”になる。九庵(きゅうあん)はもともとそういう役割だが、俺みたいに、ルナに横恋慕してるヤツは、どうあっても影になるしかないだろうさ。真砂名の神の邪魔はできない」


「おまえの恋愛についてはどうでもいいんだよ!」

 マホロは怒りを込めてもりそばを万歳させた。

「ルナちゃんがまっすぐ道を進んで、九庵さんのとこにも、あんたのとこにも行かなかったってことは――」


「ああ。今回は、“封印”じゃないのかもしれない」


 それを聞いて、マホロが急に真顔になった。

 タツキが、革靴を履いて立つ。来たときに履いていたわらじはどこへ行った。


「まじで」

「あくまでも予想。言っとくけど、“予言”じゃなくて“予想”な。全員見方はちがうんだ。アンジェは『これが正統なルートだ』って主張してるし、ペリドットは『真砂名の神の“台本(ギオン)”』に変化したと言った」


「“ギオン”……」


「おそらく、ラグ・ヴァダの武神は、封印でなく――こうなるかも」


 タツキは、長い人差し指で、バッテンをつくって見せた。マホロの目が見開かれた。


「それって、だいじょうぶなの」

「なにが」

「彼らの“輪廻転生のさだめ”は――」

「もう、終わったはずだ」


 タツキはそれだけ言い、ガラスの引き戸を開けた。そして、グレーのウサギに投げキッスをした。


「もりりん、バイバイ♪」


 ウサギは、「ぷう」とも鳴かなかった。







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