160話 キラとロイドの結婚式 Ⅰ 2
「で、何人出てるの」
「宇宙船の警察二十五人態勢、レストランの警備員として入って、レストランの周囲に一般人に紛れ込ませて三十人。軍もL20の小隊待機させておくとさ。とんでもねえ厳戒態勢だ――裏ではな」
クラウドがアズラエルに尋ねたのは、結婚式場であるマルカのレストランに配置される予定の、警備の人数である。
だれのための警備かなどは、いうまでもない。
メルーヴァがルナを狙うとしたなら、マルカか、E353か、アストロス――。
ZOOコンペの時から、周知されていることである。
このことは、ZOOコンペに集った人物――役員ではバグムントとチャン、船客ではグレンとセルゲイのみしか、知らない事実だ。
ルナの友人の中ではミシェルにだけ知らされている。リサとキラは、ルナがL03の革命家に命を狙われているなんていうことは、知らない。ロイドも、その相棒のミシェルもである。だからこの警備も、ルナの担当役員であるカザマが極秘に配置した警備態勢であり、キラとロイドに、知らされてはいない。
――ルナにも、だ。
カザマは、ルナがマルカに降り立つとなったときに反対すると思ったのだが、アズラエルたちの予想に反して、反対はしなかった。
「ルナさんは普通の娘さんです。……本当は、ルナさん本人には、わたくしたちも知らせたくなかったのです。メルーヴァのことは」
カザマは、沈鬱な表情で、アズラエルとクラウドに言った。
「ルナさんが知らない間にメルーヴァが逮捕されて、それで済めばいいと思っていました。でも――運命のいたずらと申してよいものかどうか――ルナさんは、自身から、そういった真実に近づいてしまう」
カザマは、できるなら、ルナには普通のL77からきた船客として、普通に宇宙船旅行を楽しんでもらいたかったのだと言った。メルーヴァのことに囚われずに。
「……あんな言葉で脅しておいて、いまさら何をとおっしゃるかもしれませんけれども」
カザマの苦笑を、アズラエルもクラウドも笑うことはできなかった。カザマの気持ちは、痛いほどわかった。
カザマとて、L77から乗る、普通の少女に過ぎない子が、革命家メルーヴァに命を狙われるなど、まったく予想できない出来事だったに違いない。
それとも、もともと特別派遣役員であるカザマには、危険やVIPとは無縁のL77の少女の担当役員になった時点で、ある程度、予測はできていたのか――あるいは逆説、ルナは宇宙船に乗るまえから、「L03の高等予言師の予言に記された人物」であり、メルーヴァに命を狙われることが分かっていたから、その救済のために宇宙船に乗ることになったのか――クラウドには分からない。
そこのところは、カザマはクラウドたちにも告げることはなかった。
ルナは、幼いころからL77という平和で穏やかな世界で、平凡に育ってきた普通の子だ。
たとえ親が傭兵でも。そういった死だの革命だの、物騒な世界を知らずに育ってきた。
L03の革命家に命を狙われていると聞いたなら、繊細な子であれば恐怖と不安から、心を病んでしまうかもしれない――そういう、危険もあったのだ。
それでもカザマは、その事実をルナの両親にも話してはいない。一度息子を亡くしている彼らに、たったひとりの大切な娘が命の危機に晒されている、などということを告げたら、どれほどの不安に陥れることになるか。
ルナだとて、日常を暮していることで、ふだんは忘れているが、日々、その現実を突きつけられたら平静ではいられないだろう。ルナの笑顔が消えてしまうことは、アズラエルだって本意ではない。
ルナに危険が迫ることを自覚したなら、ミシェルだって悲しみ、怯えるだろう。こちらも、クラウドの望むところではなかった。
だから、なるべくなら、ほんとうにメルーヴァの、ルナの命を狙うという行動が目に見えてくるまで、よけいな不安を与えずに暮らさせてやりたいと願うのが、アズラエルやカザマをはじめ、みなの共通した願いだった。
無論、一番いいのは、ルナにしれぬところでメルーヴァが逮捕されること。ルナの気づかぬうちに、すべての危険がなくなることだ。
今回の厳戒態勢も、ルナはもちろん、ミシェルやキラ、リサたちにも知らされず、水面下で実行されているのにはそういう理由がある。
それに、カザマがルナのために動けるのは、ルナがこの宇宙船にいるたった四年間だけなのだ。カザマが担当役員の権限を持って、ルナのために軍や警備隊を動かせるのも、四年間だけ。その四年を過ぎれば、ルナは宇宙船の乗客ではなくなるから、その先は、カザマにも如何ともしがたい。
メルーヴァの動向を伺い、危険が迫ればルナに知らせることくらいはできるかもしれないが、今のように身近にいて、守ってやることはできない。もしルナがL77にもどったときに、メルーヴァがルナを殺しに現れたら、ひとたまりもない。
この宇宙船にいる間が勝負なのだ。
アズラエルは、この先もずっとルナを守るつもりでいるが、相手は、いまのところ、あまりにも実体のない敵である。めのまえに敵が現れたなら、コンバットナイフでも銃でも立ち向かうことができるが、今分かっているのは、「メルーヴァがルナの命を狙っている」というその事実だけ。
メルーヴァの姿も存在も、どこにも見えない。ほんとうに、メルーヴァがルナを狙っているのか、それも疑わしくなるような現実味のなさ。
しかし事実、メルーヴァは革命が収束しても、L03にはもどらず、何か別の目的のために姿を消し、行動していることはたしかなのだ。
カザマが、なにがなんでも、この四年間の間にメルーヴァを捕らえ、ルナを救おうとしている意気込みは、彼らにも分かり過ぎるほど分かった。
「さいわい、メルーヴァがこの近辺に現れたという気配はありません。メルーヴァとて人の子。警備隊に押さえられれば為すすべはありません。ですから、最悪の事態に備えて万全の警備はしておいて、ルナさんには、結婚式を楽しんでいただきます。マルカの観光もね」
カザマは、いざとなったらその身を盾に、ルナを守る気でいる。
メリッサといい、カザマといい、L03の女は肝が据わっていると、アズラエルとクラウドは感嘆のため息を漏らした。
「うわあ~っ!! ステキ!!」
ルナとミシェルの歓声は、頭の中身が仕事モードに入っていた男二人の表情筋を緩ませるのにはじゅうぶんだった。
ルナとミシェルには秘密の厳戒態勢であるから、なるべく普通を装おうとしていたアズラエルとクラウドだったが、普段から一緒にいるルナたちには、様子がおかしいのはどうしても見抜かれてしまうわけで。
けれど、アズラエルは普段から仏頂面だし、クラウドは、例のゴリラを探してくれているのだとルナが勘違いしたおかげで、ふたりの不自然に怖い雰囲気は相殺された。
マルカに降りてからは、彼氏のことなど眼中になくはしゃぎ出したので、男二人はほっとした。
水の惑星、マルカ。
L系惑星群の太陽系から遠く離れた星ではあるが、まだここはL系惑星群の管轄区である。
それを示すように、身分証明の提示はルパス(パスポート)のみ。ビザは必要ないし、通貨の単位も同じ「デル」だった。
地球行き宇宙船から、マルカ唯一の「移動しない」陸地である、首都ダグマルカのスペース・ステーションへ。
そこから、キラとロイドの結婚式会場である「レストラン・ポルバッカ」まで、海中旅行だ。
「ポルバッカは、“ミッドマルカ”のほうか……」
クラウドが、携帯電話の地図を見ながら思案する。
マルカには空路がなく、陸地から陸地への旅も、水中を移動することになる。しかも、マルカの島々は、天然、人工問わず、海流ベルトに乗って常に移動するのだ。唯一移動しない――移動するにしても何万年単位で一センチ、という島は、この首都ダグマルカだけだった。
しばらく地図アプリを眺めていたクラウドは、苦笑いしてアプリを閉じた。
「やっぱり陸路より、海中移動のほうが早そうだ。じゃあみんな、深海の首都“ミッドマルカ”に向かおう」
クラウドの案内についてシャイン・システムに入り、ドアが開くと、そこは一面、水の世界だった。
「うっ……わあーっ!!」
ルナとミシェルが歓声を上げた。
「ここはもうひとつの首都、ダグマルカの真下、ミッドマルカだ」
野球場ほどもあるドームの半球体上面はすべて透明の壁で、外側を生きた魚が泳いでいる。まさしく、ここは海の中だ。
「見て見て! ミシェル、魚がこっち向いてる!」
「ほんとだ!」
黄金色に輝く、縦長に平べったい魚が、透明な壁の向こうからルナたちのほうを見てひらひらと鰭を揺らしていた。ルナとミシェルはつんつん、と魚の口あたりを突つく。すると魚は、すうっと濃い青の向こうへ消えていった。
海は透明度が高く、サンゴ礁や色とりどりの魚の姿も、ずいぶん遠くまではっきりと見える。
「ずっとここにいたい……綺麗……」
ルナとミシェルが透明な壁に張りついてしまったので、男二人は苦笑しあったが、急かすことはなかった。時間には余裕を持って出てきたからだ。
「あれ? ――うわ!!」
壁に張り付いていたミシェルが驚いて手を離した。壁がいきなり粘土のような弾力性を持って、ぐにょん、とミシェルの手を飲み込んだからだ。
「この壁、やわらかい……?」
ルナも、ぷにょぷにょと壁を押した。
「ぷるぷるしてる」
「わらび餅みたい」
「それだ!」
ルナとミシェルは面白がって、壁をぐにょぐにょ押した。ふたりの様子を見ていた子どもが真似をし始める。やがて、親に窘められて泣く泣く去っていったが、ルナとミシェルを止める者はだれもいなかった。
「あんまり進みすぎると、外に出ちゃうよ」
クラウドにいわれて、ふたりはやっと手を離した。気づけば、クラウドとアズラエルは椅子に座ってアイスコーヒーを飲んでいる。
「あっ! ずるい!!」
ルナとミシェルも売店に行って、マルカのソーダ水を買ってきた。マルカには二十四の海があるらしく、それぞれ海の名と色がついたソーダに、カラフルな綿あめと果物、アイスクリーム、海洋ソルトがのっている。
「外に出るとどうなるの」
ミシェルがやっと、クラウドに続きを聞いた。アイスのおいしさにネコ耳をピコピコさせながら。クラウドはすっかりコーヒーを飲み干し、
「君たちは空気入り“わらび餅”に包まれて、海上まで運搬されちゃう」
「え?」
「つまり、マルカの先住民以外専用の、避難装置だよ」
「もしものとき用――ってことだ。俺たちは、海中で息ができる生物じゃないからな」
港内に目をやると、ルナたちと同じ人間の姿ばかりではなく、人の姿はしているが、耳がキラキラした鰭でできていたり、手足に鱗があったりするひともいる。
「あれがマルカの先住民だな。ま、混血も進んでるし、マルカもマルカロイドばっかりじゃなくて、エルミネイシュやリリシュ、E353からもけっこう移住してるって聞いてるけど」
「あのひとたちは海中で息ができるの?」
「そうらしい」
どうやら大きな観光バスが到着したようだ。周囲に人が増えた。
おおぜいの人々が行きかうなか、「観光、ナサイマスカ?」と機械音声が聞こえたので、ルナが振り返ると、球形のマシンがそばにいた。二人乗りの座席シートを備え付けた、移動式マシンだ。L系惑星群の言語とマルカの言語と思しき言葉で、“ペッシェ・ヴォランテ”と車体には書かれている。
「観光はまたあとで。レストラン・ポルバッカに行けるかい」
クラウドがマシンに告げると、「承知シマシタ。レストラン・ポルバッカ。五番ストリートB358764。三十分後、十一時三十二分到着予定デス」と返ってきた。
「乗ろう」
「おい、あっちにシャインがあったぞ」
クラウドの言葉に、アズラエルがトイレ近くのシャイン・システムの扉を指さした。
陸地ダグマルカからここミッドマルカへの移動も、有料だったがシャインが使えた。レストラン・ポルバッカにもシャインで行けると聞いていたのだが。
「あたしこれに乗りたい!」
「あたしも!!」
多数決であっけなくアズラエルが敗北した。




