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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~エキセントリックな子ネコと介護士のチワワ篇~ 
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154話 パンクしていたエキセントリックな子ネコ Ⅱ 3


「うちの母は、それはもう、キラちゃんの服装や装いに神経質になっていたの。でも――そうね、あの服装はキラちゃんのアイデンティティなのね。奇抜な格好をやめて、化粧もせず――母が化粧をしないことを好んだから――地味な服装になって、キラちゃんは、目に見えて元気がなくなっていったわ。部屋に閉じこもりがちになっていったの。ロイドちゃんが心配して、ロイドちゃんがうちの母にお願いしたわ。『結婚式のときは普通にするから、普段は、キラが好きな格好でいるのを許してやってくれないかな』って。大好きな『孫』に言われて、母は、一度はうなずいた。でも――キラちゃんの姿を見ると――またあの奇抜な格好のキラちゃんを見ると、怒り出すの」


「――ロイドは、ただの介護士だろ。あんたらが雇った」


 アズラエルがはじめて口を利いた。

 メアリーは、アズラエルを静かに見つめ、「その通りよ」とうなずいた。


「でも、母の中ではね、ロイドちゃんは『孫』で――ロイドちゃんも、理想の『孫』になろうと必死なの。……さっき、アズラエルさん。あなたのお話で、意味が分かったわ。ロイドちゃんは、私の母を、育ての母に重ねているのね。そして、強く家族のきずなを求めている」


「ああ、そうだな」

 アズラエルは肯定した。


「そしてキラちゃんは、優しすぎる子だった」

「……。で? ロイドとキラはどんなケンカをしたんだ?」

「それは――」


 メアリーは、ロイドとキラの言い合いを思い出していた。キラが出ていく前の、二人の言い合いを。


 あれは、キラがまた私服を着て、母を怒らせたあとのことだ。キラの傷ついた顔がメアリーには忘れられず、キラに謝りに行こうと、メアリーは二人の部屋まで来た。中から声が聞こえたので、メアリーは部屋に入れなくなり、ずっと扉の前で彼らの会話を聞くことになってしまった。


『キラ、キラごめんね。……ぼく、なんとか、おばあちゃんのこと説得するから、』

『それは無理だよロイド。――だいじょうぶ! あたし、結婚式までなんとか我慢するからさ』

『結婚式まで?』

『うん。まあ、家族ぐるみで仲良くできればって思ってたけど、あたしの恰好がダメならそれはそれでしょうがないじゃん。でも、いろいろお世話になってるし、もう結婚式のこととかもけっこう話進んじゃってるし、ロイドが自分のおばあちゃんみたいに思ってるの、あたしも分かってるし、……あたしが、ちょっとの期間我慢すれば、すむわけであって……』

『ちょっとの期間って? じゃあキラは――結婚式が終わったら、おばあちゃんとはもう、会わないってこと?』


 ロイドの泣きそうな顔と、キラの表情がなくなったのを、メアリーは見た。


『おばあちゃんは、キラのこと大好きなんだよ? それなのに、もう会わないっていうの?』


『会わないとは言ってないよ。……でもさ、ロイドだって分かるでしょ? 今おばあちゃんの具合悪くしてる原因、だれも言わないけど、たぶんあたしだよ……。だから、おばあちゃんに会うときはあたし、おばあちゃんの好きな格好して会いに行く。それじゃダメなのかな?』


『会いに行くって――この家を出るってこと?』


 どうも話が噛みあわないと感じているのは、キラも同様のようだった。メアリーは、ロイドの気持ちもわかったし、キラの気持ちもわかった。


『だって――ロイドは、その、……あたしと結婚してもこの家に住み続けんの?』

『だ、だって、ぼくは――おばあちゃんは、ぼくの家族で――』


 キラは苦い顔をして、言い淀んだ。メアリーは、なぜキラが「それ」を言わないのかが、手に取るようにわかった。

 キラはロイドを、傷つけたくなかっただけだ。それでも、キラは、もう我慢ができなかったのだろう、口調は荒くなった。


『じゃああたし、もう友達と会えないってこと? もう一生、好きな格好もできなくて、好きなおもちゃも買えないってこと? 趣味もなし? ロイドとの、カレーの食べ歩きもできなくなっちゃうの?』


 ロイドは、とんでもないことを言われたように、大きく首を振った。


『なっ……何言ってるの? そんなことになるわけ――』

『だって今、現実的にそうだよね?』


 キラは興奮して叫んだ。


『ロイドは、ここにきてからおばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん! なんでもかんでもおばあちゃん優先! 四六時中おばあちゃんのことばっかり。それでもいいよ、仕方ないよ、それがロイドの仕事なら! でも、ロイドのおばあちゃん大好きに、あたしがそこまで付き合う必要ある? ロイドの仕事に、あたしが趣味我慢して、友達と会うのも我慢して、おばあちゃんの希望通りのあたしになって、付き合う必要、どこにあんの? あたしここに来てからどれだけのこと我慢してたと思う? ルナとリリザに行きたかったのも我慢して、K37区のともだちと飲みに行くのも我慢して、バーベキューパーティーだってあたし行きたかった! レイチェルたちの結婚式にも! だけど、おばあちゃんがみんなと過ごしたいっていうから、行けなかった。バーベキューパーティーだって、メアリーさんたちは行っておいでって言ってくれたじゃない。結婚式だって。毎回、あたしたちがでかけるってなるとおばあちゃんが『みんなで過ごしたい』って邪魔みたいなこという。メアリーさんたちだって分かってる。だから、メアリーさんもパドリーさんも、おばあちゃんからあたしたちを隠すみたいにして、いつも行きなさいって言ってくれる。ロイドはさ、ふたりの気遣いも無駄にしてるよ。バーベキューパーティーなんかしたらおなか壊すって、そんなの言うこと聞いて、バカじゃないの!?』


『だ、だから――キラは遊びに行っていいんだよ……ぼくの事なんか気にせずに……』


 今度は、キラが傷ついた顔をした。


『……ロイドさ、おばあちゃんと一緒にいたくて、みんなの話聞いてないでしょ』

『え?』


『メアリーさんもパドリーさんも、いっつも言ってる。遊びに行くときは二人で行けって。なんでか分かる? ロイドとあたしはさ、セットでおばあちゃんの頭にインプットされてんの。ロイドがいてあたしがいないと、おばあちゃんはヒステリー起こすの。分かる? 逆でもそう。でも、ロイドとあたし、二人が居なければ、おばあちゃんはもともとあたしらがいなかったものとして認識するの』


『……』


『ロイドのそのセリフって、あたしと別れたいって言ってるように聞こえる』

『……っそ、』

『つまり、あたしは邪魔?』


 そんなことはない、と必死で首を振るロイドはもう泣きそうだった。


『それなら、あたしがここから完全にいなくなるしかないじゃん』


『ち、ちがうよ、キラ、それは、』


『なにがちがうの? じゃあロイドは、ずっとあたしに我慢しろって? 趣味も服も我慢して、あたしに自分殺して、ずっとおばあちゃんにあわせてろって、そういうことだよね? 結婚してもこの家に住む気なんでしょ? あたしは、結婚したらこの家出ると思ってた。てゆうか、あたしたち、もともとあの人たちと他人だよ? でも、あたしだって、おばあちゃんのこと嫌いじゃないよ。だから、会うときくらいおばあちゃんが喜ぶ格好したっていい。でもさ――毎日は別。それが日常になっちゃうのは、無理』


『キラ、』

『あたし、深入りしすぎたかもって思ってる』

『ふ、深入りって――』


『ロイド。……あたしらの結婚式を準備するとか、あたしのドレス作るとか、みんな、おばあちゃんが決めたこと。――でも、お金払ってんのはだれ? パドリーさんだよね?』


『……』


『メアリーさんもパドリーさんも、優しいひとだとおもうよ。だから、あのひとたちがジェニファーさんに楽しい、幸せな思いをさせてあげたくって、あたしの結婚式とかドレスとか用意してくれたんだよ。これはね、あたしやロイドのためじゃないの。ジェニファーさんのためなの』


『キラ!』

 めずらしくロイドが声を荒げた。

『あの人たちの優しさをそんなふうに取るなんて――ぼ、ぼくは!』


『ロイドはさ、メアリーさんたちの優しさを、結婚式用意してくれるとか、この家に住まわせてくれるとか、そんなことでとらえてたの? それは違うと思う』

 キラは悲しげに言った。

『ロイドって――ほんとのひとの優しさが、分かんないんだ』


 ロイドがひどく、傷ついた顔をした。言葉に詰まり、それ以上なにも言わなくなった。

 しばらく、重い沈黙がふたりを遮り、やがてキラが首を振って、静かに言った。


『分かった。あたしじゃ、ロイドの欲しかったものにはなれないんだね……』

『――え?』

『あたしは、ロイドと結婚したかった。でも、ロイドが欲しかったのはそういう家族なんだ』

『キラ――どういうこと』

『もういいや!』


 キラは、両手を上げて深呼吸をした。吹っ切れたというように。


『ロイドは、ほしかったものを手に入れたんだよね? 家族っていう――。でも、あたしは、ロイドが思ってるような家族にはなれない』

『え……っ』

『ここまで結婚の話進ませておいて、メアリーさんたちにも申し訳ないと思うけど、――あたしK27区に帰る』


『ま、待ってキラ……!』


『ロイドにもきっとまた、運命の人が現れるよ』

 キラのその言葉に、ロイドは絶句して立ちすくんだ。

『ロイドの家族に見合う、だれかがさ』





「あの――バカ」


 アズラエルが舌打ちした。ルナはアズラエルの形相が実に怖かったが、メアリーはさほどに感じていないようだった。


「私たちは、次の日の朝、キラちゃんの手紙を読みました。キラちゃんは、朝、私たちに、『今までありがとうございました』とだけ言って、タクシーに乗って行ってしまったの。朝食前よ。あまりに唐突(とうとつ)のことで、理由を聞く間も、引き留める間もなかった。キラちゃんはタクシーに乗り際、私に手紙をくれて。そこには、ロイドちゃんとは別れたとのこと、急に決めて、結婚式の用意もしてもらったのに申し訳なかったとのこと、そういうことと、私たちへの感謝の言葉だけで(つづ)られていて」


 アズラエルの苛立ちが最高潮に達したようだ。彼のこめかみがブチ切れる音を、ルナは聞いた気がした。


「結婚式のことは、もういいんですのよ。夫もそう言っています。キラちゃんのいうとおり、私ども夫婦があの子たちに無理を言ったの、母のために。あなた方がやりたい形もあるだろうけれど、合わせてやってくれないかしらとね。キラちゃんは躊躇(ためら)ったけれど、いいと言ってくれた。キラちゃんはロイドちゃんのため――私どもは、母のためです。すべてはそう。――つまりは、私どもがバカだったのです。あの子たちがいつも、こちらの希望を飲んでくれることに、甘えていたのね」


「仕事は仕事だ」

 アズラエルは吐き捨てるように言った。

「雇い主の要求は、できうる限り呑む――それが仕事ならな。だが、私情を挟むことは、また別だ」


 メアリーはアズラエルの言葉に小さく笑み、「……あの子たちは優しいから」と言った。


「ロイドちゃんは、キラちゃんが帰ってしまってから、まったく元気がなくなってしまったわ。――母や私たちには普通に接してくれるけれど、目に見えて元気がなくて。私たちはロイドちゃんに、キラちゃんを追うよう勧めたけれど、もう嫌われてしまったから無理だと、ロイドちゃんは――」


「わかった」

 アズラエルはうんざりした顔でため息を吐いた。

「もうわかった。もういい。ロイドに会えますかね?」


 メアリーは微笑んでうなずいた。


「ロイドちゃんなら、自宅に。母は数日前からひどい風邪をひいて、宇宙船内の病院にいますのよ。ですから、ゆっくりお話しなさって」


「ひとつだけ聞きてえんだが」

 アズラエルは言った。

「あんたは、ロイドのことを家族だと思ったことはないんだろ」


 ルナは、またアズラエルの足を踏んだが、今度は踏みかえされた。ルナは辛うじて、いたいと叫ぶのだけは我慢した。


 メアリーは、また穏やかな目でアズラエルをじっと見つめた。静かに間を置き、そして言った。


「ええ。あの子を家族と思ったことは、一度もありません」




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