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キヴォトス  作者: ととこなつ
第五部 ~エキセントリックな子ネコと介護士のチワワ篇~ 
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151話 布被りのペガサス Ⅱ 1


 ルナが立っていたのは、またしても遊園地だった。それに、どうしていつも、夜なのだろう。


 遠目に、観覧車なのか、八つの頭の龍なのか分からない、真っ黒なものがぐるぐる回転している。目が回りそうだったので、ルナはそれから目を離して正面を向き、びっくりした。


 めのまえに立っていたのは、自分――? 

 ピンク色の、小さなウサギ。


「あなたはわたし。わたしはあなた」

 ピンクのウサギはそう言って、微笑んだ。

「紹介したいひとがいるの」


 ピンクのウサギは、さびれたホットドッグの売店の方へ向かって手を振った。ルナは、売店の影から、銀色の――(まぶ)しいくらいの光が(こぼ)れているのを見た。


「こっちよ」


 ウサギは重ねて呼ぶが、その光の主は、こちらへ来ることをためらっているように見えた。


 カポカポと、(ひづめ)の音――二の足を踏む――やがて、大きな布を被った馬が、ルナとウサギのそばにやってきた。


 ルナには、布の隙間から零れるキラキラ輝く光と、馬にしか見えない前足と蹄しか分からなかったのだが、その馬はとても大きかった。さっき見た、八ツ頭の龍ほどではないけれど。ピンクの子ウサギは、馬の前足の関節くらいまでしかない。


「こ……こんにちは」


 馬は、とても小さな声でそう言った。


「わたしは“布被りのペガサス”です。よ、よろしく……」


 たしかに、厚い布を被っている。全身を覆うほど、大きくて厚い布を。

 ルナはふと思った。

 この馬さん、どこかで見たことがある?


「こ、こんにちは! ルナです」


 馬が――ペガサスがお辞儀をしたので、ルナもお辞儀を返した。

 今は夜だから、こんばんはだったろうか?

 ペガサスが布を被っているのは、光を(さえぎ)るためだろうかとルナは思ったのだが、そうではないらしかった。


「あの――わたし――馬でもなくて、鳥でもないの。だから、みっともなくてこんな布を被っているの。失礼を承知で。……ごめんなさい」


 ペガサスは、おずおずとそう言った。ルナはなんだか、ナターシャを思い出した。会ったばかりのころのナターシャと、雰囲気が似ている。口調が徐々にフェードアウトしていくところなんか特に。


「わたしね、馬さんのところへ行くとおまえは馬じゃないって言われるし、鳥さんのところへ行ってもあなたは馬でしょうと言われるの。白鳥さんと羽根が似ているから、白鳥さんなら仲間に入れてくれると思ったのだけど、馬が来たって逃げられてしまったわ。だから一人ぼっちなの。ずっと――やだ、わたしったら愚痴ばかり」


「でも、ペガサスさんは、キラキラしてて、綺麗だよ?」


 ルナは励ますつもりでそう言ったのだが、ペガサスはますます恥じるように、布の奥に隠れてしまった。


「わたし、目立ちたくないの」

 ペガサスは泣きそうな声で、そう言った。

「目立ちたくないのに、こんなに光ってばかりいて――バカみたい」


 ルナは困ってピンクのウサギを見たが、ウサギは微笑んでいるだけだ。


「ウサギさんはいいわね」ペガサスは、あわてて言った。「仲間がいっぱいいて、うらやましいわ」


 そう言ってから、ペガサスはしまったという顔をしてまた縮こまってしまった。自分が発した言葉が空気を悪くしたと思って、会話を(つな)いだのはいいが、また卑屈(ひくつ)な言葉を発してしまい、恥じた様子。ずいぶん気が回る上に、引っ込み思案なペガサスだとルナは思い、でもウサギは、そんなペガサスを気に留めることもなく、ずっとルナを見て微笑んでいる。


 仲介役であろうはずのウサギがなにも言わないので、ルナは仕方なく、「じゃあ、ペガサスさんは、おともだちが欲しいよね」と聞いた。


 ペガサスは、

「そうね――でもできれば、ペガサスの仲間が欲しいわ。わたし、産まれてこの方、自分以外にペガサスを見たことがないの」と言った。


「ええ?」


 それは大げさだろうとルナは思ったが、ウサギが同意した。


「そうね。そうかもしれないわね。ペガサスはとても数が少ないから」

「少ないの?」

「ええ。龍やペガサス、鳳凰なんかは、とても数が少ないわ。とても希少なのよ。八つ頭の龍なんて、今のところたったひとりしかいないし、鳳凰も、ここ千年ほど現れていないわ。幻想上の動物を冠する“人間”は、ある意味特別だから。とても大きな役割を持って生まれてくるからね」


 ウサギはそう言って微笑んだが、持ち上げられれば持ち上げられるほど、ペガサスはますます小さくなっていく。心なしか、光も(かげ)った気がした。


「わたしも、ペガサスは、彼女以外には、もうひとりしか見たことがないわ」


「もうひとり?」

 ウサギの言葉に反応したのは、ルナではなくペガサスだった。

「もうひとりって――だれか、わたしのほかにペガサスがいるの?」


「ええ。いるわ」

 ウサギは大きくうなずく。「だから、あなたに会わせたかったのよ」


 ルナは、てくてく歩くウサギとペガサスのあとを、一歩遅れてついていく。


「でもわたし、やっぱり恥ずかしいわ」とか、「会っても、なんて挨拶していいか分からないもの」と、ためらいがちなペガサスをふたりで励ましながら、遊園地の遊具の隙間を縫って歩いた。


 だれもいないポップコーンの売店や、菓子のごみが散らばったベンチのまえを通り過ぎながら、やがて、メリーゴーランドの前まで来る。


 メリーゴーランドは、だれも乗っていないのに、陽気な曲に合わせて回っていた。

 煌々と、明るいライトに照らされて。


 布被りのペガサスは、メリーゴーランドの入り口のところで立ち止まって動かなくなってしまったので、ルナはペガサスを追い越して中へ入った。ルナは、メリーゴーランドのまえに佇む、ほのかな銀色の明かりを見た。


 光源は、真っ白い、大きなペガサスだった。このペガサスは布を被っていないから、その美しさははっきりとルナにもわかった。堂々たる体躯の、輝く毛並みの馬の背に、真っ白い大きな翼が生えている。


「こんにちは。“天駆(あまか)けるペガサス”さん」

「やあ、こんにちは。“月を眺める子ウサギ”さん」


 ピンクのウサギの挨拶に、布を被ったペガサスより一回りも大きいペガサスは、渋い声で返事をした。このペガサスは男性のようだ。


「また、ここにいたのね」

「僕には仲間がいないからね」


 雄々しいペガサスは、苦笑して言った。


「ここへ来ると――たくさんの仲間がいるような気がして、慰められるんだ」


 そう言って、彼は、ギクシャクと上下しながら一定の速度で回り続けるメリーゴーランドの馬たちを眺める。たしかに、回り続ける機械の馬には、小さな羽根が申し訳程度にくっついていた。


「本物の仲間が、欲しくはないの?」


「欲しいさ、それは――」

 天駆けるペガサスの声が、少し沈む。

「欲しいけれど、ペガサスは数が少ない。僕の祖父に当たる人がペガサスだったが、彼以外のペガサスを知らない。近年では、まるで見ないね」


 寂寥が滲(せきりょう  にじ)むペガサスの背に、ルナはここにペガサスがいるよ! と叫びたかった。でも布を被ったペガサスはまた二の足を踏んでいる。カポカポカポ。


「どうしようかしら……だって、……でも」


 とブツブツ言いながら、ゆっくりと後ずさりしていく布被りのペガサスに、ルナはじれったくなって、ついに布を剥いでしまった。


「きゃあ!」


 布に隠れていたペガサスは悲鳴を上げ、前足を上げていなないたが、遅かった。遮るものがなくなった光が、閃光のように周囲に溢れた。これほど強い光は、隠そうとて隠しておけるものではない。煌々(こうこう)と光り輝くペガサスの姿は、もちろん、天駆けるペガサスの視線もとらえた。


「これは――、これは」

 天駆けるペガサスが、二、三度目を瞬いた。「なんとまあ、可愛らしいお嬢さんだ」


 布被りのペガサスがあわてふためいているうちに、天駆けるペガサスが、大股でパカパカと蹄を鳴らし、ルナたちのほうへやってきた。


「驚いた。君はペガサスだね。僕と同じ」


 隣に立つと、天駆けるペガサスの大きさがよくわかる。布被りの彼女より、一回りも大きく、たくましいのだった。


「はい。はい――、は、はじめまして。あの、わたし……」


 震える声で、布被りのペガサスは自己紹介をしようとしたが、天駆けるペガサスは、大人の余裕でもって、彼女に微笑みかけた。


「布被りのペガサスなんて、もうやめなさい。君はこんなにも輝いて美しいのだから。むろん、僕とともに羽ばたいてくれるのだろうね?」

「ええ……!? え、わ、わたしなんか――え、……ええと……あの……はい。――ど、どうかこれからも末永く――わたしは――ふ、不束者(ふつつかもの)ですけれど――」

「ははは。清楚(せいそ)なお嬢さんだ」


 ほがらかに笑う天駆けるペガサスと寄り添う彼女は幸せそうで、キラキラした銀の輝きが、ほんのりピンク色を帯びているようにルナには見えた。


 こちらまで微笑ましくなってくる光景を祝福するかのように、メリーゴーランドの音楽も、なんだか甘く、恋人たちを祝福するかのような音色を奏で始めた。


 ピンクのウサギは、ルナに向かってニッコリ、笑ってみせた。


「――あれ」


 あれはなんだろう。


 ルナだけが気づいた。遠くに見える観覧車の手前――あれは、蛇だ。とぐろを巻いた大きなヘビが、こちらを覗いていたのだ。ペガサスも、ウサギも気づいていない。


 ルナと目が合うと、あわてたように大ヘビは、ひょこっと逃げて、姿を消した。






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