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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜ZOO・コンペ篇〜
343/956

149話 鍵 Ⅲ 1


「……アダムさん、絶対怒ってるって」

「怒ってねえって。だから気にすんな」


 砂嵐がごうごうと唸る野外は、出歩ける状態ではない。


 中途半端なL系惑星共通語を話すこの店の店主から聞いたが、今は、このあたりは猛烈な砂嵐の季節なのだそうだ。一日に一度は、すさまじい嵐で、屋外へ出られなくなる。砂ぼこりで視界が遮られるだけでなく、人が吹き飛ばされる強さの風だから、絶対に外へ出てはならないのだそうだ。


 こんな時期に来る観光客はあんたらくらいだと冷やかされ、食事をしていればそのうちやむと教えられた。だから、オリーヴとフライヤは、この店で早めの昼食をとることに決めたのだった。


「なんだこの、気持ちわりイ食いモン」

「このあたりの郷土料理よ。見た目はたしかにアレだけど、……味は悪くないわ」

「ゲロみてえ」

「それ言わないで。あたし食べられなくなっちゃう」


 ふたりは、皿に盛られた、リゾットとも、ふやかしすぎたオートミールとも呼べない、緑と白のマーブルな液体を、慎重にスプーンですくって、口に運んでいた。


「これ、なあに?」


 フライヤがなんとか作った笑顔で、皿の中身を尋ねると、ウェイトレスは笑顔で答えてくれた。料理の名と、原材料と調理法を。そして、どれだけ栄養があるのかをコンコンと話して聞かせた。共通語ではなかったので、オリーヴは「なんて言ったんだ?」とフライヤに聞いた。


 フライヤは吐きそうな顔をして、「聞かない方がいいよ」と言った――だが、オリーヴは好奇心に負けて、さらに聞いた。


「……虫だって」


 このあたりでよく取れる、でっかい虫。

 フライヤは、調理法は言わなかった。オリーヴは、皿の中身をぶちまけそうになったが、これを食べないと腹が減るし、このあたりでは、ここが一番うまい店だと聞いたのだ。


 聞かなきゃよかった。


 ふたりはひどく後悔しながら、ミネラルウォーターとともに、なんとかそれを流し込んだのだった。


「うっげ……。もういやだ。もう絶対ヤダ。二度と、現地人と同じモン食わねえ」

「五十メートルも歩けば、ハンバーガーショップがあったよ」

「なんでそれ、先に言わねえんだよ!!」

「オリーヴが言ったんじゃない。ここに入るって」

「だって、砂嵐が目前に来てたしよ……。親父も言ったんだよ。まず、星に行ったら、その星の、土地のモン食えって」

「お父さんの言い分は悪くないし、今回は、あたしたちの当たりが悪かったのよ」


 フライヤは、歩きながら端末を(いじ)っている。


「あそこ、このあたりじゃ一番おいしい店だって、駅でも言ってたしね。L05だって、首都近くに行けば、あたしたちが普段食べてるものと変わらないものが出てくるよ。……このあたり、原住民とのミックスが多いんだね。田舎だし。だから、ああいう、ちょっと変わったものがでてくる」


「ちょっとォ? ちょっとかなァ~?」


 砂嵐がやみ、薬みたいな味のするコーヒーを飲んだあと、ふたりは店を後にした。まだ風は強いが、砂が視界を遮るほどではない。


 現地人に紛れ、大きな一枚布を巻きつけた格好であることに変わりはないが、オリーヴとフライヤの容姿は、対照的だ。


 染めた金髪に、濃い化粧ではあるが、もとはアジア系の平坦な顔のオリーヴ。彼女は父親に似て、アジアの血が色濃く出ていた。体格も父親に似て大柄で――ベッカー家はどちらに似ても大柄になることは間違いないが――丈の短いTシャツと、下着の見えそうなショートパンツのなかに、豊満な身体を押し込んでいた。


 対して、フライヤは、オリーヴよりちょっぴり高い身長だが、縦にひょろ長く、体形に凹凸が少ない。漆黒の髪をふたつに結わえて、黒縁の大きな眼鏡をかけていた。大きな目をした、華やかな容姿を持っているのに、地味にしか見えないのは、フライヤの性格が地味だからだろう。同じくTシャツとジーンズの服装だったが、世辞にも洒落(しゃれ)ているとは言えなかった。すっぽりとフードを被ると、童話に出てくる魔女みたいになる。


「次の砂嵐は明日の午前五時――ね」

「だいじょうぶだろ。仕事なら、夜半前にすむさ」

「……オリーヴ。さっきのコーヒー……」

「え?」


 フライヤが、泣きそうな顔で画像をオリーヴに見せた。


「あれも虫だって」


 ネットの画面には、この土地のコーヒーと呼ばれるものは、虫の抽出液で、現地の人と同じものを飲むと腹を壊すという解説が書かれていた。ご丁寧に、虫の画像まで添えられて。


 虫しか食わねえのかこの辺は! 絶叫するオリーヴを、道を歩く僧たちが不審げに眺めていく。


「……フライヤ」

「なに?」

「あそこのハンバーガー屋で口直ししねえ?」

「賛成」


 L系惑星群全土にあるチェーン店に入った二人は、ようやく本物のコーヒーにありつけた。見慣れた紙コップに入った濃い味のコーヒーに、ふたりは涙を流さんばかりに喜んだ。


「これこれ! これがコーヒーだよな!」

「最初から、こっちに入っていれば良かったんだよね」


 嫌味とも取れるフライヤのセリフに、オリーヴはしかめっ面をしたあと、「さて、作戦は今夜決行。……どうすっかな」とつぶやいた。


 オリーヴの任務は、今は博物館になっている、百五十六代目サルーディーバの別荘に忍び込んで、ある手紙を調達してくることだった。


 その手紙は、「船大工の兄弟」という、マ・アース・ジャ・ハーナの神話の絵の、裏側に挟まれているらしい。


 手紙の中身は鍵だそうだ。それを調達したのち、グレン・J・ドーソンに送付する。


 それが、メルーヴァから依頼された任務。

 オリーヴは、父親の代わりにその任務を実行中なのだった。


 無論オリーヴも、グレンのことは知っている。兄が毛嫌いしていた男。それ以前に、ドーソン一族で、アカラ第一軍事教練学校の生徒会長も務めていたとなれば、オリーヴたちの年頃では、知らないという方がめずらしい。


 そのグレンに、どうしてL03の革命家が、鍵など送るのか。彼らの間に、なんのかかわりがあるのか。


 それは過ぎた好奇心であり、傭兵が追及してはならないところだ。オリーヴもよくわかっている。伊達に、傭兵一家の中で育ってきたわけではない。オリーヴは、彼女らしく一瞬の好奇心を覗かせたあとは、疑問をすべて頭の中から追い出した。


 己の任務は、鍵を博物館から盗みだし、特定の人物に送る仕事である。


 オリーヴがL05に到着したのは今朝だ。今は、L03が革命で混乱状態のために、辺境惑星群全体の検閲が厳しくなり、入星しにくくなっている。L18から出発したはいいが、惑星群入口のL09で一週間の足止めを食わされ、今日やっと、L05に入れたのだった。


「傭兵なのに、なんでこんな泥棒みたいな真似しなきゃいけないんだか」

「仕方ないじゃない。任務だもん。大切な、任務だよ」

「あたしは、戦う方が合ってる」

「ぶつくさ言わないで、オリーヴ。ほら、博物館って言っても、警備はたいしたことないよ」


 フライヤはさっき持っていた端末とは別に、小型のノートパソコンを開いて、なにか打ち込んだ。パッと画面に表れたのは、博物館の監視カメラの映像だ。


「ぜんぶ旧式だね。それに、この博物館自体、観光客がほとんど来ないし。ふだん管理してる従業員も、ひとりしかいないよ。監視カメラにさえ気をつければ、あとはなんてことない」

「簡単すぎて、退屈だ」

「油断してると、ひどい目に遭うかもよ。ほら、ちゃんと、絵のある場所確認して」

「……鍵の場所はここね」


 オリーヴは、画面に映った館内の地図を見た。一番奥の大きな部屋――おそらく、サルーディーバの絵が置いてある倉庫内に、赤い星が点滅している。


「これ、なに?」


 オリーヴの問い。答えるように、画面が拡大化された。たくさんの絵が無造作に、重ねられて置いてある。その中の、ある絵の真上で、星は点滅していた。


「これが、船大工の兄弟の絵、だと思う」


 フライヤが、もっと大きく拡大する。画面はボケているが、重なった絵の影から、絵の一部が見えた。


「おお、すげえ!」


 鍵さえ見つけりゃいいからさ、絵の裏側だけ漁ってくつもりだった、とオリーヴが言うと、フライヤから深いため息が漏れた。


「手間じゃん、それじゃ。傭兵の潜入任務は、迅速かつスピーディーに! がモットーでしょ」

「まあ船大工の絵、見つければいいわけだし」

「オリーヴが、マ・アース・ジャ・ハーナの神話を知っていればそれでもいいかもしれないけど、知らないんでしょ?」

「自慢じゃないけど、読んだことない」

「呆れた」


 船大工の兄弟の話も知らないのに、どうやって探すつもりだったのよ、と彼女は言い、別の資料のページを開いた。


「これが船大工の兄弟の絵」

「ええ? これがあ?」

「そう。これは、地球行き宇宙船に飾られている神話の絵の画集。あたしが調べたところによると、この館内は百五十六代目サルーディーバが描いた絵ばかりらしいから、この絵とはちょっとちがうかもしれないけど、たぶん、こういう感じだと思う」


 そこには、筋骨たくましいふたりの兄弟が、枯れ枝を抱いて嘆いている絵があった。


「……船大工なら、船作れよ」


 オリーヴのツッコミの返事は、フライヤのため息だった。


「絵に、船が描かれてるとでも思ってたんだよね、オリーヴは、きっと」

「船大工っつったら船だろーが! これのどの辺が船大工!?」

「だって、こういう話なんだもの。仕方ないじゃない」


 この絵を見て、フライヤの言う、こういう話とは分からなかったオリーヴだが、とにかく、この絵の裏側に、鍵の入った手紙があるのだ。


「マ・アース・ジャ・ハーナの神話、全部読まなくていいからさ、船大工の兄弟の話だけでも読んでおいたら?」


 フライヤが、ネット小説の画面を向けると、オリーヴは心底嫌そうな顔で身を引いた。


「ええ? あたし無理。活字無理」

「……ほんっと、オリーヴって、運だけで任務達成してるよね」


 それは、よく家族にも、友人にも言われる言葉だ。


「ってかさあ、やっぱ、一家に一台、傭兵グループに一フライヤだよね」

「語呂悪いよ、オリーヴ」

「あんたなら、どこの傭兵グループでもやっていけるって。なんなら、ウチ来る?」


 フライヤは、落ち込んだ顔で首を振った。


「……無理だよ。アダムさん、怒らせちゃったもの」

「だから、親父は怒ってねえって」


 自慢ではないが、アダムはそんなに肝っ玉の小さな男ではない。それだけは、自信を持ってオリーヴは言えた。


「それに、こうやって下調べはできるけど、あたし侵入はできないしさ。傭兵らしい仕事って、なんにもできないもの。……もともと、落ちこぼれだし……」

「……」


 沈んだ声で、自分の足元を見つめるフライヤに、オリーヴは肩をすくめた。


 フライヤは頭がいい。その上勉強家で、よく気も付く。けれど、その素晴らしい部分を覆い隠しているのは、その自信のなさだ。


 オリーヴは常々思っていた。


 フライヤが思うほど、周囲はフライヤを過小評価していない。傭兵だって、現場で動く人間と、作戦を立てる人間の二種類があったっていい。得意分野で、花を咲かせればいいのだ。


 たしかに学生時代は、運動神経が良くなければ傭兵になれないとだれもが思う。しかし、傭兵グループがたくさんできて、組織も拡大化している昨今は、組織内の役割分担も重要になってきている。世間一般で言われる傭兵の仕事ができなくとも、こうして裏方で作戦を立てたり、下調べをしてくれる役割も大切なのだ。


 雑用、広報宣伝、事務係。仕事はたくさんある。


 縁の下の力持ち的な役割。フライヤは、そういう点では文句なしだと、オリーヴは身内びいきでなくてもそう思う。


 フライヤが軍人だったら――きっと、もっと活躍の場があっただろうに。


 もしフライヤがクラウドのように、心理作戦部に入っていたら? オリーヴは想像してみる。L20に心理作戦部はないけれど。


 もったいないな、とオリーヴはいつも思う。


 彼女の自信のなさに加えて、人見知りな性格も相まって、いつまでも再就職先が見つからない。こんなに、仕事ができるのに。


 彼氏いない歴=年齢なのも、この自信のなさからだ。


 シンシアと、すごく仲が良かったフライヤ。学生時代からの親友であるシンシアの死が、フライヤの心に傷を作り、彼女の失業を長くしていたのはたしかだが、シンシアがいなくてはなにもできないという彼女からは、もう卒業しなくては。


(あたしだって、フライヤのともだちだよ)


 オリーヴは心の中だけでそう言い、話を切り上げた。


「おっし。忍び込むのはあたしがやる。フライヤは、宿で待機してて。いっぱい下調べしてくれて、ありがとね」


 仕事の話に切り替わったのに、フライヤはすこしほっとした顔をして、


「了解。……で、あたしからの提案なんだけど」





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