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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜ZOO・コンペ篇〜
342/946

148話 鍵 Ⅱ 2


 アダムは、前回のやりとりを反芻(はんすう)しながら、めのまえで繰り広げられる奇妙な“練習”を、ただただ、眺めていた。


 さっきから、L03の若者たちは、二人で組合い、同じ動きばかり繰り返している。


 十人が十人、全員ちがう動きだ。武術の稽古ではない。武術の型の習得なら、全員ちがう動きにはならないはずだ。


 これは、踊りだ。踊りの型を、練習しているよう。その動きを体に染みつかせようとでもいうように。


 あるいは、舞台稽古。それぞれが『役者』で、己がすべき演技を練習している。アダムには、そう見えた。


 メルーヴァは横で、アダムが考えた作戦図案を凝視している。


「完璧だ」


 メルーヴァは、ポツリとそう言って、地図を置いて立った。完璧だ、と()めるわりには、その声には昂揚(こうよう)すら宿っていなかった。


「ありがとう、アダム」


 メルーヴァは、アダムに向けて三度お辞儀をした。アダムは、困惑した目で、この若い革命家を見下ろすだけだった。


 一、二、三、一、二、三……。


 アダムの目の前で、たくさんのL03の若者たちが、同じ動作を繰り返す。剣の練習――アダムが見ている間だけで、同じ動きを五十回以上も。


(なんなんだ、これは)


 分からない。

 この男たちが、なにを考えて、こんなことを繰り返しているのか。

 あの作戦図案以上に、この踊りにも似た、剣の練習が不気味だった。


「それで、アダム。鍵のほうは」


 メルーヴァが話しかけてきたので、アダムは観察を中断せざるを得なくなった。


「あ、ああ。娘を向かわせてる」 

「そうですか。……ではこれで、終了ですね、あなたへの依頼は」

「本当にいいのか」

「なにがです?」

「鍵を届け終わったら、ちゃんと届けたっていう証明書とか……」

「ぜんぶ、見えますから」


 メルーヴァは、いたずら染みた笑顔で、自分のこめかみを二、三度つついた。アダムは返事の代わりに、呆れにも似たためいきをひとつ。


「あんたには――」

 アダムは、バター・チャイを、今回も飲まずに立ち上がった。

「あんたには、見えない“未来”なんて、あるのか?」


「ありません」


 メルーヴァは微笑み、即座に答えた。


「予言は予言、見えぬものなどなにもない――先代の、“メルーヴァ”の言葉です」

「……」

「ありがとう、アダム。これで我らは、目的を達成することができる」


 メルーヴァは、今度はL03特有の挨拶ではなく、アダムに右手を差し出した。握手か。アダムは、L03の人間が、ほかの星の挨拶を知っているとは思わなくて驚いた。L03では、これはこれで、別の意味を表すかもしれないが。

 アダムは差し出された右手を握り、手を振って別れた。振り返らずに、軍用機のある敷地まで。


「さようなら、アダム。あなたに出会えて、光栄でした」


 ふいに、アダムの頭の中に聞き覚えのある声がした。アダムは振り返りもせず、その声も認めないことにした。





 L52の都心部。

 広大な森に囲まれたバクスターの私邸から、飛行機を飛ばして半日。海を隔てた大陸にある、L52の首都ラスカーニャ。

 アダムは、都心のカフェで、優雅に(?)フレッシュ・メロンジュースを啜っていた。


「うんめえなァ……! コレ」


 さすが大都会のカフェで提供される、生メロンジュース。アダムは新聞をめくり、ストローを噛み噛み、味わってそれを飲んだ。


 アズラエルをはじめ、子どもたちは、「あっめェ!」とでも悲鳴を上げて、即座に吹きだしそうな濃厚さだった。


 彼らは決して、超のつく甘党であるアダムと同じものは飲まない。アダムは、このメロンジュースにシロップを五つも継ぎ足して飲んでいる。斜め向かいの紳士が、アダムが継ぎ足していくシロップに目を見張っていたのは、アダムは知らない。


 実は、ゲロ甘だというバター・チャイにも、アダムは興味津々だったのだが、アレをあそこで飲んだら、二度と「こちらがわ」に帰ってこられなくなるような気がして、嫌だったのだ。


(ほら、……アレだ。あるじゃねェかよ。むかァしむかしのお話ってヤツで、黄泉の国のモンを食ったら、こっちにゃァもどってこれねェっていう、アレよ。アレ)


 話し相手がいないので、アダムはメロンジュースと会話した。


 でかい図体を縮めて、カフェの緩やかな曲線を描いた椅子にちんまりと座るアダムを、だれも傭兵だと思う人間はいない。仕立てのいいシャツにネクタイに、スラックス。革靴も腕時計も、普段はかけることなどない伊達眼鏡も品のいいもので、現金とカードでパンパンに膨れ上がった財布だけが、それらを崩していた。


 アダムは、「大都市でのし上がった叩き上げの社長」という人物を好演していた。


「やあ、ありがとう!」


 追加で運ばれたメロンジュースにアダムは目を輝かせ、ウェイトレスに笑顔で礼を言った。人間のウェイトレスは、作り物ではない笑顔を思わず返してしまった。アダムの笑顔は、どんな人間でも、一発で胸襟を開いてしまう眩しさがある。


 アダムは新しく運ばれてきたメロンジュースに八つ、シロップを入れて紳士を(おのの)かせたのち、おもむろにポケットから携帯電話を取り出した。太い指で押し慣れた番号を押す。


「うおーい、オリーヴ! ……出れねェのかなァ」


 なかなか出ない携帯電話の相手は、今L05にいるはずの、娘のオリーヴだった。

 二回かけ直し、ようやく通話が繋がる。電話の向こうでは、ごうごうと風が唸っている。電波状態は、最悪のようだった。


『なんだよ親父!』


 愛娘の、一番父親に似ている豪快(ごうかい)な声が、アダムの鼓膜(こまく)を突き刺した。アダムは携帯から耳を離し、


「でけェ声だなオイ! 聞こえてらァ!」

『あ? 聞こえる? さっき母ちゃんの声、ぜんっぜん聞こえなかったんだよね』

「アイツの声が聞こえねえたァ、末期だな。それよりどうだ、任務のほうは」

『まだ終わってねえ』

「あんだとう?」

『まだ終わってねえって。今昼飯中』

「なにやってンだ! 一週間もありゃ、済む仕事だろ」

『だってよォ』

「おめェ、ウチが零細企業(れいさいきぎょう)なの知ってンだろが! ちったァ出張費抑えろや! 滞在費だって、バカにならねェんだぞ!」


 アダムたちの会話は、同族中小企業の、社長と従業員の会話にしか聞こえない。実際、その通りにはちがいないのだが。


『だってよォ~、ツレがよォ』

「ツレえ? おめェ、一人で行ったンじゃねえのか?」

『悪ィ親父! 事後報告で! もとホワイト・ラビットのヤツなんだけどよォ、バイト代やってくれねェかなあ? あたしよりしっかり仕事してるからよ。頼む! 失業中なんだよ、コイツ』

「はァ? なに勝手なコトしてんだ、てめェは!」

『だってよォ、コイツがいろいろ下調べしてくれてっから、時間もかかって……ああ、うん、今代わる』


 オリーヴの声が遠くなる。「ツレ」とやらに電話機を渡したようだった。


『あ、えーっと、……はじめまして。フライヤ・G・メルフェスカです』


 アダムが、凍りついた。


『突然すみません。……あ、その、わたしが勝手にオリーヴさんについてきちゃったんで、あ、もちろんここまでの旅費は自分で払いました。そ、』


 ブツリ。


 急に通話が切れたので、フライヤは目を丸くして、オリーヴに電話機を返した。


「……切れちゃった」

「マジ?」

「アダムさん、怒っちゃったかなあ」

「あ? 電波悪ィだけだろ」


 オリーヴは、すぐにかけ直した。父親はすぐに出たが、電話の向こうにあるのは沈黙だった。


「なに切ってんだよ親父!」

「びっくりしただけだ」


 アダムは大きく肩を揺らすと、電話を突然切ったことを詫びた。


『びっくりしたって……』

 フライヤがなんか変なこと言ったか? 


 オリーヴは尋ねたが、アダムは「なんでもねえ」と返事をした。それから、フライヤにはちゃんとバイト代をやると娘に約束し、「……なるべく早く帰れや」と、彼にしてはめずらしく元気のない声で言い、今度はちゃんと「切るぞ」と言って切った。


「……なんだァ? 親父のヤツ」


 オリーヴは、らしくない父親の様子に、眉を寄せた。フライヤは肩をすくめ、


「やっぱり、アダムさん、怒っちゃったんだよ」

「ンなことねえって。気にすんな! 電波状態悪かっただけだって!」


 しゅんとしたフライヤを元気づけるオリーヴの携帯が、また鳴った。アダムだ。


「なんなんだよ。親父」


 話終わったんじゃねえのかよ、とオリーヴは言ったが、電話向こうのアダムはまたもや沈黙だ。


「親父?」


 オリーヴが促すとやっと、豪快な彼にしては歯切れ悪く、ぼそぼそと言った。


『……おめェに、将校の知り合いがいるなんざ、聞いてねえぞ』


 オリーヴは、父親の言葉の意味が、さっぱり分からなかった。


「は? 将校のダチ? なに言ってんのさ」

『なに言ってんのって……。将校だろ? その、フライヤとかいう娘さんは……』

「はあ? マッジでなに言ってンだか! あたしの話聞いてなかったのかよ!」


 オリーヴは、砂嵐にも負けないでかい声で、


「よ・う・へ・い! フライヤは傭兵です! もとホワイト・ラビットにいた、L20出身の傭兵だよ! ……って聞いてンのか親父! 親父ー?」


 あり得ない。


 アダムは、携帯を握りしめたまま、呆然自失(ぼうぜんじしつ)していた。

 メルーヴァの口から聞いた、女将校の名が、まさか娘の口から出てくるとは思わずに――さらに、その将校は、――将校になるはずの女は、傭兵だという。


 電話の声は、まだ若かった。おそらく、オリーヴとそう変わらない年頃なのだろう。


 失業中の傭兵が、いずれL20で大軍を任される大佐になり、少将に昇進する? 


 あり得ない。


 アダムは唸り、気付け代わりに、残りのジュースを一気に飲み干した。


 傭兵が、大佐に――佐官になること自体、あり得ない。法律では、傭兵は大尉の位まで上がることはできるが、それすらも滅多にないことだ。ましてや、その上の佐官になど。


 荒唐無稽(こうとうむけい)にもほどがある。

 いまの軍事惑星で、傭兵が佐官になるなどと言ったら、だれもが笑う。


 メルーヴァは、「いずれ同僚になる女だ」と言った。

 同僚? アダムははじめてその意味を考えた。大佐や少将になるフライヤと自分が同僚になるということは、自分もそれらの官職を受けるということだ。


 ――ない。それは、決してない。


 バラディアの「計画」は聞いている。もしそれが実現することにでもなったなら、その可能性はあるかもしれないが、自分は、官職をもらう気がない。


(……くだらんことだ)


 アダムは、一瞬でも動揺した自分を、わずかに恥じた。

 冷静になればわかることだ。予言師の言が信用に足るものか、真実なのか、そんなことはどうでもいい。

 自分の未来は、自分で決め、自分で作り上げるものだ。


 フライヤ・G・メルフェスカ。


 もしかしたら、同姓同名の貴族がいるのかもしれない。L20の住民だって、ごまんといるのだ。娘の友人が、メルーヴァが言った人物本人だとは、限らない。

 アダムは飲み干したメロンジュースを眺めて、腰を上げた。


(まあ、鍵のこたァ、オリーヴに任せるしかねえな)


 オリーヴが、「鍵」を「グレン」に送れば、メルーヴァの依頼は終わる。

 メルーヴァは証明書もいらないと言ったから、オリーヴがL05から帰ってきたら、すべての任務は終了だ。もう、あの気味の悪い連中と関わらなくて済むわけだ。


(……バイト代取りに来るんだったら、フライヤって子の顔も見れるな)


 興味半分、怖さ半分。

 アダムは三杯分のメロンジュースの代金をレジで支払い、真夏の日差しの中へ出て、汗を拭き拭き、大通りの路肩に停められたタクシーに乗り込んだ。


「スペース・ステーションまでやってくれ!」


 



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