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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜ZOO・コンペ篇〜
341/959

148話 鍵 Ⅱ 1


 ――アダムは、これほど奇妙な依頼を、受けたことがない。


 ここはL52にある、バクスター・T・ドーソンの私邸(してい)である。

 私邸と言っても、大きな屋敷が建っているだけではない。ひとつの街が、丸ごと入るかのような、広大な土地だった。そびえたつ城のごとき屋敷があり、その周囲は広大な庭――庭とも言い難い、この広さでは。


 山も湖も森もひっくるめて、バクスターの私邸なのだ。森をひとつ(へだ)てた場所には、軍用機の降り立つ飛行場があり、果ての見えない湖があり、私邸から出るには、車がいる。


 そんな私邸の――迷い人さえ出るほどの深い森の真正面に、アダムはいた。


 そばには木の簡易机と椅子。そしてメルーヴァと言う男。

 アダムと森の間には、L03の民族衣装を着た大勢の人間。おそらく王宮護衛官であろう。


 彼らは、奇妙な踊りを、くりかえしていた。


 アダムの前には、彼のために淹れられたバター・チャイがあったが、アダムは口をつけなかった。


 彼は、久方ぶりにここに舞いもどった。

 ここへ来るのはこれで二度目。一度目は依頼を受けたとき。二度目は今。

 三度目は、ないだろう。


 アダムは、バクスターを通じてメルーヴァに雇われ、奇妙な依頼を受けた。

 その依頼とは、アダムの傭兵人生で、おそらく一番になるくらいの理解できない内容だった。


 アダムは、バクスターにメルーヴァの依頼を受けるよう頼まれたときに、断ることができなかった。いや、断るという選択肢はなかった。バクスターは、家族の命を救ってくれた恩人である。いつかは返したいと思っていた大恩だ。こんな形で返せる日が来るとは、思っていなかった。


 だが依頼主は、今、L系惑星群を騒がせている革命家。


 アダムは重い決断をした。おそらくは、並の依頼ではない。長老会とやらの、要人の暗殺だろうか。


 とにかく、L03の革命に関わることに、まず間違いはないだろう。


 アダムは、考えうるかぎりの、最悪の予想を立てた。

 下手をすれば、「アダム・ファミリー」の傭兵家業は、これで終わりかもしれない。こんなとき、息子を別の傭兵グループに入れていて、本当によかったとアダムは思う。


 アズラエルは「メフラー商社」、スタークはL20の軍勤務。


 自分たちが仕事で全滅しても、少なくとも息子が二人、残る。ベッカー家の子孫は、残るということだ。


 とにかく、相当の覚悟を決めて、アダムは依頼を受けた。

 だが、依頼内容は、暗殺任務でもなく、それどころか、命を懸ける必要もまるでない――任務と呼べるかも怪しいものだった。


 最初にここへ来たときに、アダムはメルーヴァに、一枚の大きな地図を見せられた。


 その地図は、どこの星の地図か定かではない。ざっと見まわしたが、星の名称も地名もない。アダムはL03であろうかと見当をつけた。


 ただ、この地図を見た瞬間から、一抹の不安が胸をかすった。その不安とはなにか、説明しようとてできるものではない。地図は、見様によっては奇妙であり、しかし違和を感じぬ者は感じぬであろう、だがアダムは、違和感を持った。


 地図には、軍隊の配置が記されている。一目見て、作戦図案だとわかる。山林、あるいは市街地であろう箇所に、戦車隊、歩兵部隊に傭兵部隊、トラップを仕掛けた位置まで正確に記されていた。


 軍は、「L20陸軍 第二〇八師団」。


 この図を見る限り、軍の規模は小規模ながら、あらゆる作戦をふんだんに盛り込んで、敵を撃破しようという意志が伺える。二〇八師団は、攻めてくる敵を、迎撃しようとしているのか。


 これはいったい、なんだ。

 この地図がL20の陸軍部隊、二〇八師団の作戦図案だとしたなら、それがなぜここにあるのか。


 アダムは、思考をめまぐるしく展開させた。


 L03の革命は収束したはずだが、長老会から依頼され、鎮圧に向かったL18の軍隊は、まだL03に残っている。だがそれはL18の軍であって、L20は今回の革命には関与していない。だが今のL18の混乱を(かんが)みれば、L20が肩代わりしたとなっても、おかしくはない。


 メルーヴァは、L03の革命指導者である。その革命を鎮圧するために、軍事惑星が軍を派遣した。


 L20の、つまり敵軍の作戦図案を手に入れた――のだろうか。


「あなたは、この地図を見てどう思いますか」


 メルーヴァの問いも奇妙なものだ。アダムは、肩を(すく)めることで、返答のしようのないことを示した。


「聞き方を間違えたようだ。“あなたなら”この包囲網を、どう突破する」

「……なに?」


 アダムはメルーヴァを睨み据え、それから地図に目を移した。メルーヴァは地図上にコマを置き、それを指揮棒で突いた。


「これが我ら」

 そして、地図上に記入された軍隊をつつく。

「で、これが我らの敵。L20の軍隊だ。師団長はフライヤ・G・メルフェスカ大佐」


 アダムは聞いたことのない名だった。メルーヴァが、人の心を読めることは知っている。


「知りはしないだろうな。まあ、当然か。――彼女は有能だ。あなたと同じように」


 メルーヴァはかすかに笑った。


「この部隊は、私をとらえるためだけに送り込まれる。L20は、あまりL03の事は知りません。L03での戦争自体、L20は経験が少ない。だが彼女は、ありとあらゆる調査書を読み、我らの行動を分析するだろう。我らにとっては、実にはた迷惑な才能だ。L18の心理作戦部も彼女の後見になる。彼女はこの戦争で手柄を立て――少将の職に就くだろう」


 アダムは、口を挟みたい箇所が何ヶ所もあったが、とりあえず、気になったことを聞いた。


「これは、L20の作戦図案――つまり、おまえさんらの敵方の」

「そうです」

「どうやって手に入れた」


 メルーヴァは苦笑し、「書いたのは私です」と言った。

 アダムは、L03の人間に、常識が通じないのを知っている。すなわち、L03の常識を、こちらが理解できなくても、無理はないということだ。


「書いた? おまえさんが?」

「ええ。私が」

「……そりゃあ、つまり」

「私は予言師です。見えたものを書いた。――これは“いずれ”、我らと、L20の軍隊が衝突するときに、L20が敷く包囲網です」

「……」


 アダムはとりあえず、飲み込むことにした。ようするに、これは、「未来の」作戦図案。フライヤとかいう大佐が、メルーヴァを捕えるために、こういう作戦図案を立てるのだと――。


「敵は、L18の心理作戦部が後見する、L20の将校か……」


 アダムは、とりあえず。とりあえず――言いたいことをぜんぶ呑みこんで、依頼主の言い分に従うことにした。傭兵とはそういうものだ。理屈に合わなかろうが、荒唐無稽(こうとうむけい)だろうが、一度引き受けると決めた任務は、引き受ける。


 だが、できうる限り、こちらの納得いく説明くらいは、欲しいものだ。


 まず、このフライヤという女の身元。それはこちらで調べる方が早いかもしれない。


 大佐というが、今も大佐なのか。有能なのは分かったが、彼女は何者なのか。将軍職に昇進するということは、おそらく、マッケラン家に繋がる貴族階級の軍人か。貴族階級でなければ、将位には昇進できない。L20の貴族階級を探索すればすぐに出てくるだろう、こちらは問題ない、しかし。


 しかし、L18の心理作戦部が彼女の後見? 

 それはあり得ない。絶対に、ありえない。


 L18の心理作戦部は、L18だけのものであり、L18の外に漏らしてはならない機密もたくさん抱え込んでいる。だからこそ、心理作戦部はL18の軍部以外とは、関わりを持たない。


 後見になる――すなわち、心理作戦部が抱えているL03での記録を、このL20の将校に流すということだろう。そんなことはあり得ない。

 それは、傭兵である自分でも分かることだ。


「そう、少将――。あなたも彼女のことを知っておいた方がいい」


 メルーヴァは、その先をアダムが望んでいないことを知って、わざと続けた。


「いずれ、同僚になる女だ」


 さすがにアダムは、次の言葉を制した。


「それは予言か?」

「そういうことになる」

「俺は、そういうものはいらん」


 メルーヴァは、微笑んだ。


「そうですか。……L03の高等予言師の予言は、だれもが欲しがるものです。みな、事細かなことまで聞きたがるものだ。まるで、中毒者だ。それを聞かねば、生きていられないとでもいうように」


 メルーヴァの口調には、幾分か(さげす)みが混じっている。アダムは、地図に目を移した。


「必要なことは、こっちで調べる。それでも分からんことはおまえさんに聞くとする。余計な情報は、一切いらん」


 これ以上、よけいな話をする気も、聞く気もない。

 この紫の目の男は、油断ならない。


「おまえさんは、この包囲網を、どう突破するかと俺に聞いたが――」

「ええ。依頼内容は、それです」

「なんだと?」


 メルーヴァは、木の椅子に、腰かけて足を組んだ。


「その包囲網を、どう突破したらいいか、具体的に作戦を立てて欲しい。それこそ事細かにだ。私の予言のようにね」


 アダムは一度困ったように口を(つぐ)み、


「情報が少なすぎる」

「情報なら、この地図に正確に書かれている」


 アダムは絶句し、それから、大きな口をパクパクと開け閉めした。

 それから、話にならん! と大声で吠え、ため息をついて一度気を落ち着かせてから、いいか、と続けた。


「敵方じゃない。おまえさんたちのだ。……おまえさんたちの武器は? そもそも、おまえさんら、銃は扱えるんだろうな。さっきから見てるが、おまえさんらは剣の練習しかしとらんな。敵は戦車隊もいるんだ。この配置では、化学兵器も使われるだろう。市街地から住民を撤収させている。それに対して――まさか、その剣ひとつで立ち向かおうって言うんじゃあるまいな。そんなことは絶対に無理だ。いくらなんでも、そんな時代錯誤(さくご)な連中を勝たせる作戦は、俺には無理だ。ほかを当たれ」


「アダム」


「俺は、おまえさんの依頼を受けると言った。だがな、現実的に不可能なことだってある。おまけに、秘密主義はけっこうだが、作戦図案を立てろというなら、おまえさんたちの装備くらい教えたらどうだ! 装備ひとつ、所持する武器ひとつ教えないというザマで、どう作戦を立てろと? 戦車隊あいてに、剣で立ち向かう? 冗談はよせ! 傭兵をからかうんじゃない」


 メルーヴァは、さすがに椅子から立ち上がった。


「申し訳ない。言葉が足りなかったようだ」


 メルーヴァは素直に詫び、「座ってください」とアダムに席を示した。

 アダムはメルーヴァを睨んだが、それでも、どかりとその小さな椅子に座った。


「それに、突破、――突破、ということは、これは逃げることが目的の作戦図案か? それとも、たどり着くべき目的地があるのか?」


「戦車隊は出てくるだろうが、彼らは、化学兵器は使わない。そして、我らが持つべきものは剣のみだ。そして、これは言い忘れた私が悪かった。この作戦は、たった一人の人間を殺すためにたてる作戦だ」


 すなわち、目的はここだ。

 メルーヴァは、指揮棒で地図の端を指さした。大きく×印が書かれてあるそこは、ターゲットの居場所だろう。


「ここにいる人間を、我らが(ちゅう)す。この、聖なる剣でな」

「悪いことはいわん。ガスマスクを買え」


 荒唐無稽にもほどがある革命家に、アダムは呆れ返って、せめてもの忠告をした。


「化学兵器を使わない? なぜそんなことが言える。それに、この作戦図案では、このルートを通る際、戦車隊の砲弾の一斉射撃を浴びる。……それに、あれだけ剣の練習をしとるということはだな、おまえらも剣の腕に自信があるんだろうが、コンバットナイフの傭兵部隊が出てきたら、無傷では済まんだろう。おまえらのように、長剣を扱う傭兵だっているんだ。それに、」


「ここを通れば戦車隊の砲弾を浴びるなら、ほかのルートを考えてくれ。そうすれば、砲弾を浴びないだろう」


 アダムは、もう、どう説明していいか分からなくなった。馬の耳に念仏とはこのことか。話が一向に通じない。

 首を振り、ついに、「根本的な問題だ」と嘆息した。


「いいか? 予言師。おまえさんは、未来が見える。だがな、それが外れた場合のことを考えたことがあるか?」

「……」


 メルーヴァは、遠くを見ながら、つぶやいた。


「では、あなたは、私が予言したこの作戦図案に不備があると?」

「大有りだ!」


 アダムはクマのように吠えた。


「軍隊ってのは――ンな予定調和に動くもんじゃねえ。おまえが書いたこの地図の通りに軍隊が配置されて、おまえさんの想像通りに軍隊が動くんだったらな、傭兵も軍隊もいらねえだろうが!」


「ごもっとも」

 メルーヴァは反論しなかった。

「だがそれは、あなたには関係ないことだろう。アダム」


「関係ねえだと……?」


「そうだ。関係ない。あなたはただ、突破の仕方を考えてくれればいい。あなたが同じ状況に置かれ、目的地まで無傷で達するには、どうしたらいいか。幸いにも、敵方の配置は分かっている。そういう状況でだ。それ以外は、あなたは一切考えることはない。この作戦図案が信頼できるかどうかは、どうでもいいのだ」


 アダムは、息子より年下のこの革命家の頭を、あやうく拳骨(げんこつ)で殴るところだった。


「それが、トップに立つヤツの言いぐさか! おまえさんの指揮次第で、何百人と言う部下が死ぬんだぞ! 犬死させる気か!」


 メルーヴァは、なくしていた表情に、わずかな笑みを浮かべた。


「……あなたがそういう人間だから、私はあなたを選んだのだ」

 メルーヴァは立って、アダムを見据えた。

「あなたなら、一番仲間が死なない突破法を考えてくれる」


 アダムは絶句した。


「ですがあなたは、これ以上関わってはいけない。言いたいことは山ほどあろうが、さっき私が言ったように、この作戦図案を信じてください。こうなると、これが現実になると、確信したうえでだ。それ以上あなたは踏み込んでもいけないし、関わってもいけない。さもなければ――」


 メルーヴァは、わずかに目を伏せた。


「あなたはきっと、後悔する」



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