146話 バブロスカ ~エリックへの追悼にかえて~
「バブロスカ~わが革命の血潮~」が刊行され、はや二年の月日が流れました。あの本の執筆に全力を尽くされたエリック氏が亡くなられたのも、二年前になります。
あの本にはたくさんの反響が寄せられました。軍事惑星のみならず、辺境の惑星群から、L5系から、L7系から――とにかく、L系惑星群全土から、たくさんのメールや手紙が寄せられました。
昨今のL系惑星群の状況は、決して楽観視できるものではありません。
L4系の原住民の反乱が勢いを増し、それが辺境の惑星群やL8系にも飛び火しています。いつL系惑星群全土を巻き込んだ戦争になるか――平穏な星の方々のなかには、S系惑星群に一時避難をしている方も多くなってきたと聞いています。
そんな中、L系惑星群の治安を守る軍事惑星群のかなめ――L18の高官たちが罷免され、牢獄の星L11に送られています。
そのために、鎮圧の軍が思うように動かず、彼らを釈放するべきだとの世論も大きくなってきています。
L18の危機は、ひいてはL系惑星群全体の危機と言っても過言ではないでしょう。
われらがL系惑星群の治安を守る、軍事惑星の出来事です。他人事ではありません。それは、私以上に読者の皆様が感じ取っておられたにちがいありません。
しかし果たして、彼らの拘束を解くことが、正しい選択なのか――。
それはこの本を読み終わったのち、読者の方々がどのように感じるかに、私、バンクスは委ねたいと思います。
私は、エリック氏と二冊目の刊行を約束しておりました。ですが、エリック氏は前作に、残された己の生命と死力を尽くされ、鬼籍に入られました。
エリック氏の志を無駄にはすまいと、若輩ながらようやく二冊目の刊行にこぎつけました。それがこの本です。
今回のこの本では、エリック氏との約束通り、バブロスカ革命から派生した数々の事件記録を追います。
前作にもわずかに取り上げました、「アンドレア事件」、「アラン少尉のバブロスカ裁判事件」、「少年空挺師団事件」です。
ですがアラン少尉の事件については、いまだ関係者も存命であり、時期尚早と感じたため、今回の本では記さぬことにいたしました。アラン少尉の出来事については、いずれ筆を執りたいと思います。
前作は、エリック氏の体験談をもとに、第三次バブロスカ革命のできごとを中心に記しました。
前作の注意事項にもあったように、ユキト氏および、バブロスカ革命の戦士たちは本名ですが、関係者およびユキト氏の本妻におきましては、プライバシー配慮のため、仮名とさせていただきました。
さて、読者の方々は、どれほど軍事惑星のことを知っておられるでしょうか。
今回の本では、前作が及ばなかった、軍事惑星群の成り立ちについても記していきたいと思っています。
地球より、L系惑星群に移住した際、軍事惑星というものは存在しなかった、と言いましたら、大多数の方は驚かれるにちがいありません。
当初は、軍事惑星群はなかったのです。
なぜ軍事惑星というものができたか――それは、諸々の理由がありますが、L系惑星群の原住民との共存ができなかった惑星において、原住民に対抗するための軍隊が必要になった、というのが主な理由と考えられます。
警察星というのは初期から存在しましたが、原住民との争いが発展していくにつれ、防衛のための警察組織だけでは間に合わなくなったのだそうです。
また、独自に軍事力をもった辺境の惑星群の一部の星や、L8系の一部がL系惑星群から独立の動きを見せたため、L系惑星群中央組織の軍事力というものが必要になったのです。
そこで、警察星と、辺境の惑星群の一部の星が軍事惑星群のために割かれ、そこが軍事惑星群になった、という記録が残っています。
軍事惑星に移住し、L55の統治下において軍隊を作り組織した一族――代表格に、ドーソン、アーズガルド、マッケラン、ロナウドの名が存在します。
軍事惑星の発展とともに、軍事惑星群も様相を変えていきます。
最初はL18、19、20だけだった軍事惑星も、L17、21、22と増え、拡大化しました。
L系惑星群の義務教育では必ず習うように、L18が軍事惑星群の中心であり、戦争やテロ対応の軍隊があります。惑星としての質量も軍事惑星内でもっとも大きく、我らが故郷、地球とほぼ同じ大きさで、人間が住める地域も一番広い星です。
L19、20、ほかの軍事惑星は、L18の五分の一ほどの大きさしかありません。
年月が経つにつれ、星ごとの個性が色濃く出るようになりました。
ロナウド家が君臨するL19では、警察星との連携が強く、別名軍事惑星群警察星とも呼ばれます。警察星と連携して、組織的凶悪犯罪や、テロに対応する軍隊があるところです。
マッケラン家は女系一族です。そのマッケラン家の力が強いL20は、別名をアマゾネスの星と言います。女性軍人や傭兵が住みやすい星でもあります。
そして、L18では、ドーソン一族が権威を振るうようになりました。
ドーソン一族は、代々、軍略に長けた一族です。でなければ、軍事惑星群の中央組織であるL18でのトップに立ち、あれほど軍事惑星群に根を張ることはできません。
一般居住星の方々には、にわかに想像しがたい話かもしれませんが、軍事惑星群は、軍事政権です。つまり、軍隊が一番強い力を持ちます。軍隊と政治が一つの権力に集中した独裁政権なのです。
L18の軍隊が、ほぼドーソン一族の私兵だと言ったら皆さまは驚かれるでしょうが、そういっても差し支えないほどの権力なのです。
今、軍事惑星が危機にあるということ。
具体的に、どれほどの方が理解されておられるでしょうか。
いまL18では、将校のほぼ六割が、K11に投獄されているのです。
元帥、大将、中将、少将から佐官、尉官にいたる軍の幹部ともいえるべき将校が、ほとんどL18の要職から外されたのです。つまり、ドーソン一族と、その姻戚関係にある将校ほとんどが、L18から消え失せたということになります。
L19とL20は、軍事政権には変わりありませんが、L18のような独裁政権とは少しちがいます。
L19ではロナウド家、L20ではマッケラン家の力が強いですが、ロナウド家とマッケラン家の人間は、めったに将位につきません。政治と軍事を分けているのです。両家は首相を多く輩出し、政治的実権を握っていますが、軍隊とは連携するだけで過度な干渉はしません。二権分立の傾向が大きいのです。
今、L19では、ロナウド家のバラディア氏が中将の位にありますが、彼は長年軍に貢献しながらも、ずっと大佐のままでした。マッケラン家でも、L20の首相を務めているミラ氏は、大佐の位のままで、将位になることはありません。
ですが、ドーソン家はちがいます。元帥から少将に至るまで、およそ六割がたドーソンの血筋の者です。
政治も軍事も独占体制の惑星――それがL18でした。
独裁政権は、身分差や、格差を生みます。
前作、「バブロスカ~わが革命の血潮~」において、一番反響が大きかったのは、傭兵と軍人の区別――差別と言ったほうがいい身分差が引き起こした数々の悲劇でした。
バブロスカ革命も、その身分差が引き起こした悲劇なのです。
近年では、そのバブロスカ革命などの尽力もあって、あまりにひどい格差はなくなってきています。ですが、あの本にあったように、当時、傭兵は人間として扱われていませんでした。
人権も、居住権もなく、戦争の時にだけ使われるコマ――。
傭兵とは、そういった存在でした。
では、傭兵とは、なんなのか。傭兵と軍人は、どこがちがうのか。
それを今からご説明したいと思います。
わたしたち人類がL系惑星群に移住したころは、たくさんの原住民がいました。そして原住民は、呼ばれざる客である、わたしたち地球の民を追い出そうとしていました。
彼らを鎮圧する際、軍事惑星群の軍隊は、L4系やL8系で、地球から来た鉱山労働者や貧しい原住民たちを、たくさん兵として雇い入れました。
それが傭兵です。
戦争が終わったあとも、傭兵の中には、その星に残るものと、軍隊について軍事惑星に行くものと別れました。
傭兵たちは、その日暮らしの金欲しさに、軍隊についたならず者がほとんどです。軍事惑星は、急激に増えたならず者たちのために、一気に治安が悪くなりました。
ですが、彼らを軍隊で再教育するシステムは、急には間に合いません。
彼らのなかには、軍人にならなくても金さえもらえればいい、といった人間が多くいました。教育など必要ないと突っぱね、組織を作って悪事を始めました。
状況が、一番ひどかったのが、軍事惑星の要であるL18でした。軍部は彼らの鎮圧に軍を割かれる一方で、L4系や8系にも軍を出さねばなりません。
軍事惑星は、戦費に税金のほとんどを持って行かれます。軍事惑星群の税金は一気に跳ね上がりましたし、治安は悪化する一方。こんなところでは暮らしていけないと、軍事惑星を離れる人もいます。
軍事惑星群は、傭兵たちをいったん追い出しましたが、またL8系などの戦争では雇わねば人が足りません。L系惑星群全土の法律では、惑星間の移住、移動は基本的に自由です。それはテロ組織に属さない、一般の原住民に対してもその法律が適用されます。
つまり、L8系やL4系の人間たちがL18に移住してくることを、法律的には禁止できないのです。悪循環でした。
L55や、L系惑星群もまだ、今とはちがって、移住後のさまざまな星の整備に奔走していましたし、軍事惑星群に資金を割く余裕はありませんでした。
傭兵、と名がついたものは、軍事惑星群のすべての民から嫌われました。
軍事惑星群は、軍人だけが住んでいるのではありません。ほかの星のように、生活に必要な仕事に従事する、一般の人間も多く住んでいます。
強盗、強姦、リンチが多発し、スラム化した地域が多くなった軍事惑星では、傭兵を追い出せとの動きが強まりますが、前述したように、すべてを追い出すことはできません。
傭兵たちは、L系惑星群の法律である「すべての民はL系惑星群のどの星にも自由に住むことが認められる」という法律を逆手に取り、L18から出ていくことをしませんでした。
そんな中、第一次バブロスカ革命が起こったのです。
この事件は、バブロスカ革命、と名を打つのはおかしいともいえます。この時期には、バブロスカ監獄はありませんでしたから。ですが、これが第一次バブロスカ革命と呼ばれるのは、L18の軍事組織に対する傭兵の、最初の革命であったからでしょう。
そして、これは奇しき偶然ですが、彼らの拠点が、L18のバブロスカ地区にあったことも由来しています。
傭兵たちはほとんどならず者と言ってもいい者たちばかりでしたが、皆が皆、そうではありません。中にはやはり、聡明な人間もいました。新天地や仕事を求め、あるいは軍人になりたくて、軍事惑星に来たものもいます。
そういった彼らを引き連れて、軍隊に直談判しにいったのが第一次バブロスカ革命と言われています。L8系のもと鉱山労働者の組合です。
彼らは自分たちを椋鳥だと――つまり、L18を食い荒らす害鳥だと皮肉った旗を掲げて、軍部に押しかけたと言います。
彼らは傭兵にまず、居住権を与え、軍の指揮下にある組織を作る許可を軍部に求めました。
そうすれば、ならず者の傭兵たちも、自分たち傭兵の組合で管理する。そうなれば、治安も落ち着くだろう、第一次バブロスカ革命の統領はそう考えました。
今でいう、傭兵グループの創設を考えたのです。
ですが、これだけ大規模になった傭兵群が、軍部の許可を得て組織化したら、ヘタをすれば軍部が乗っ取られる可能性もあります。
それに、このならず者たちを、軍事惑星の民は信用できませんでした。軍部の許可を得て、さらなる悪事を企んでいるのではないか。
軍部をはじめ、軍事惑星群の民は猛反対しました。許可が欲しいなら、まず先に、ならず者たちを束ねろと軍部は突っぱねました。そのあいだも、治安は悪化する一方。
軍事惑星群の民の、傭兵たちへの怒りはやがて、第一次バブロスカ革命の首謀者たちに集中しました。
名も残っていない首謀者ふくめ、十名は処刑されました。
首都アカラでの、公開処刑だったそうです。
バブロスカ革命の詳細を明かすことは、長年、軍事惑星群ではタブー視されていました。
これは、近年わかったことです。
古い傭兵グループの方々から、話をお聞きしました。彼らもひと伝えに聞いてきた話ばかりで、第一次バブロスカ革命の首謀者たちは、名前も記録に残っていませんでした。
第一次バブロスカ革命の処刑を免れた組合の人間から、のちの白龍グループや、古い老舗の傭兵グループができました。
ですが、それらは今のように、軍部認可のものではありません。
実際に、傭兵グループ、というものが軍部に認められて増え始めたのは、第二次バブロスカ革命のあとです。
そして、かの恐ろしい監獄――バブロスカ政治犯監獄棟が作られたのも、第二次のころでした。
第二次バブロスカ革命は、学生運動が発端だと言われています。首相が、カザール・G・ドーソンの時代です。彼がバブロスカ監獄を作り、バブロスカ革命を鎮圧しました。
なぜ、この第二次バブロスカ革命が起こされたかは、白龍グループ総帥、クォン・E・リー氏からお聞きすることができました。
学生たちは、バブロスカ監獄に収監された先生を助けに入り、銃殺されたのだと彼は言いました。
第三次バブロスカ革命のユキト氏の理想は、すでに前作をお読みの方はご存じでしょう。
ユキト氏は、軍部に、傭兵と軍人の身分差をなくすよう、交渉しました。
二つ目に、傭兵でもふさわしい者は、軍部での確固たる地位を約束されること。つまり傭兵が、将校の位を得ることができるようにせよ、と迫りました。
三つ目に、傭兵の認定制度の導入。
認定制度とは、軍部から「信頼のおける傭兵」だと認められる制度です。
この三つ目だけは叶えられました。それは皆さまもご存じのことと思います。
ですが、軍部は三つ目の要求をのんだあと――極秘裏に、ユキト氏たちの逮捕に動きました。
結末は、前作の通りです。
第一次と、第二次の革命については、これしか記述することができません。記録がまったく残っていないのです。
ドーソン一族が、バブロスカ革命の記録は、洩らすことなく抹消してきたのです。人も、書物も――。
事件そのものが、L55に知られないように、L18内だけで極秘裏に始末されてきたのです。
しかし1402年、ドーソン一族の栄華に陰りが見え始めました。バブロスカ革命の裁判のやり直しをした強引な政策が裏目に出たうえ、L19のロナウド家とL20のマッケラン家の尽力により、ついにバブロスカ革命裁判に中央政府、L55が介入したのです。
それからです。さまざまな真実が明らかになってきたのは。
ですが、すでに百年以上もまえのこと。記録が残っていない第一次と第二次の革命のことは、あきらかにするすべがありません。
名すら残っていない、革命の志士たち。
いつか、彼らの真実が解き明かされる日が来ることを、願ってやみません。




