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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜ZOO・コンペ篇〜
332/948

143話 ZOO・コンペティション Ⅱ 3


「ウサギさん!」

 ルナは思わず呼び止めていた。「あたしの――お兄ちゃんは」


 灰色ウサギは、おだやかに微笑んだ。


『君のお兄さんもまた、後悔はしていない。あなたは、必ず、“彼らにもう一度出会える”』

「――え?」

『もっとずっと先のことだ。だからだいじょうぶ。あなたは、あなたが幸せだと思うように生きること。それがもちろん、あなたのお兄さんの幸せだ』

「ありがとう。灰色ウサギさん……」


 灰色ウサギは、ルナの手をもふもふの手でそっと撫でると、今度こそカードの中へ消えた。


 ルナは目じりに浮かんだ涙を拭い、「ありがと、アンジェ」とつぶやいた。


 アンジェリカはなぜか苦笑いし、

「……分かってくれた? ウサギは決して、“必ず悲劇的な死を迎える”カードじゃないってこと」


「うん。わかった」


 ルナはしっかりとうなずく。


「みんながあたしの幸せを望んでくれてる。こんなに嬉しいことってないよ。あたしはたぶん、必ず悲劇的な死を迎えるなんていわれても、そんな運命なら逆らっちゃうよ」


「それでこそルナだよ」

 アンジェリカは不敵に笑う。

「さて、ここからだ。ZOO・コンペのメインテーマは」


「ルナ、ここからは言葉を濁さずに行くよ。――あんたは、メルーヴァに命を狙われてる」


 カードからウサギが出てきたり、そのウサギがエリックだったり。


 軍事惑星群の連中は、脳みそがパアンといきそうだった。セルゲイやグレンは、まだなんとかついていけていた。ルナと一緒にいると、この程度のことは目白押(めじろお)しだ。


 だがチャンとバグムントは別だ。さっきから、己の脳みその許容量を超えたものを見せられ続け、挙句、L77から来た普通の少女が、L03の革命家に命を狙われているとなれば、脳みそは限界突破した。


 まるで接点が見当たらないのだ。あたりまえだが。


「おいおいおいおいおい。待て待て待て待て?」

 一番先に限界突破したバグムントが、(さえぎ)る。

「なんでまた、メルーヴァがルナちゃんの命を狙うんだ」


「L03の革命に、ルナさんが関わっているわけではないんでしょう?」


 チャンも、眉間に(しわ)を一本増やして質問する。


「その質問には、順次答えよう」


 アンジェリカが手を上げて制する。さっきから、彼女がさっと右手を上げると、みんな口がきけなくなるのだ。そのことも、チャンとバグムントを困惑させていた。


「まず、ルナのこととL03の革命は別だ。L03の革命はすでに成功した。まだちょっと混乱が残っているけど、長老会はおそらく二度とL03にはもどれない。L03のすべての占いも、だいたいの高等予言師もそう結論づけている。現状を見ても、ジャーナリストたちもそう言ってるね。とてもじゃないけど、いま軍事惑星群はL03に兵は割けないし、長老会は近くL55の裁判にかかる。犯罪者としてね。長年かかるだろうけど、解決するだろうさ。このことは、ルナとはなんの関係もない」


「じゃあ、なんで」


「メルーヴァが、個人的な恨みでルナの命を狙っているってことだ」


「個人的な恨み? 住む惑星も違って、会ったこともないヤツにか?」


 バグムントのセリフはもっともだ。ルナはメルーヴァに会ったことなどないし、恨まれる筋合いも――要因も見当たらない。ルナは、ごくりと(つば)を呑んだ。


「メルーヴァさんが――あたしを恨んでるの?」


「そう」

 アンジェリカは、ひどく申し訳なさそうな顔をした。

「それはね、すべてマリアンヌが原因なんだ」


 マリアンヌ――。

 ルナは記憶を手繰ろうとしたが、いまいち思い出せない。


「カサンドラだよ、ルナちゃん」クラウドが言った。「それなら思い出せる?」


 ルナは思い出したが、ますます首を傾げる羽目になった。


「でもそのマリアンヌさんも、あたし会ったことないよ?」

「そう――。夢以外ではね」

「ゆめ?」

「ルナ。夢の中で何度も黒ウサギに会っただろう?」

「あっ! 遊園地であったウサギさん!!」

「そう。ジャータカの黒ウサギ。彼女のZOOカードだよ」


 あの黒ウサギさんが、マリアンヌ。


「マリーは三度、ルナを(おとし)れた。それがマリーの罪」


 アンジェリカは、今度はZOOカードを出さずに説明した。


「マリーも古い魂だ。ルナたちと同じくらいに古い魂。マリーは、ルナ――あんたやアズラエルたちが生まれ変わりを繰り返し、こうして贖罪(しょくざい)をする羽目になった原因を作った女だ」


「――え」

 ルナもセルゲイも、グレンも、目を見開いた。


「彼女は生まれ変わって、二度目の過ちを犯す。二度目は東の名君の(めかけ)となって、ルナを陥れた。ルナが王の側近である騎士と密通したことを王に告げ、そしてルナは王に殺された。騎士もだ。だから騎士であったアズラエルは、マリーに対して、はっきりとした憎しみを持っている」


 セルゲイは、図書館でさんざん読んだあの本を思い浮かべていた。

 もうひとりの妾の暗躍。

 やはり、あれが正当な歴史だったのか?


 クラウドはクラウドで思い出した。「カサンドラ」に会ったとき、アズラエルは普段の彼とは思えないほど、初対面の彼女を(うと)んだ。怪しんでいた。


 たしかに、ガルダ砂漠から帰ってから、アズラエルはL03の人間は苦手になったが、それにしても拒否のしかたが激しかった。


 まさか、そんな前世の思いが残っていたなんて。


「そして三度目、マリーはクラウドさんの妹となって生まれ変わった。そして男性だったルナを愛した。だがルナ、あんたは革命にその命を捧げようと決意していた。マリーを巻き添えにはすまいと拒絶したために、マリーの怒りを買った。マリーは裏切り、そのために、みんな命を落とした――ルナ、あんたも」


 アンジェリカは具体的には言わなかったが、それが第二次バブロスカ革命の話であることは、クラウドにもグレンにも、セルゲイにもわかった。


「その三度の罪ゆえに、マリーは今度こそはルナ、あんたのために生きようと、罪を(つぐな)おうとして生まれてきた。死したあとも、夢の中であんたを助けようとしている。その集大成が、あんたに捧げた命が、“マリアンヌの日記”だよ。……今は、L18のユージィンという、ドーソンの男が調査している」


 チャンですら、話がうまく処理できずに混乱している。バグムントが、ついにタバコに手を伸ばした。


「待ってください。その日記をユージィンが調査って――L18に関係あるのですか」

「そう。“マリアンヌの日記”には、L18を――というより、ドーソン一族を壊滅においやる秘策が書かれている」

「秘策、だって?」

「しょうがないな。あんまり、ZOOカードをつかっている間は人の名前出したくないんだけど……。ルナの前世のひとつは、第二次バブロスカ革命の首謀者、ロメリアなんだよ」


「なんだとう!?」

 バグムントの絶叫。


 無理もない。第一次、第二次バブロスカ革命は、そのすべての詳細が謎だ。首謀者の名すら残っていないのだ。


「待ってください。どこにそんな証拠が。ロメリアなんて男は、記録に残ってない」

「ないさ。ZOOカードには出てくるけれど」

「適当なことを言わないでください。あなたは、それがL18にとってどれほど重要なことか、分かっていないでしょう!」

「……」

「L03の予言者の証言は、その予言に沿う確たる証拠があってこそ、法的な場に出せる。予言だけでは意味がない!」

「たしかにそうだけど」

「あなたはたしかに高名な占術師だ。だが、それが本当だと――ロメリアと言う男が、第二次バブロスカ革命の首謀者だと、断言できるのですか!」


 チャンが燃え盛るような目で、アンジェリカを睨み据えている。一歩も引かないという構えだ。


「それがあなたの思い込みであれば――傭兵すべてを敵に回しますよ」


「チャンさん」


 カザマが、なだめるようにチャンの肩に手を置く。


「いま、軍事惑星は、決定的な証拠を欲しがっている。ドーソン一族を最終的に追い落とすためには、第三次バブロスカ革命の事実だけでは足りない。第一次と第二次バブロスカ革命の証拠も必要なんです。だが、それがない。L55は、おそらくその証拠がないと、ドーソン一族の高官たちを、あの牢獄の星から呼びもどします。今、L系惑星群は戦火が拡大化している。そんな最中なのにL18が混乱している。戦火がこれ以上拡大するようなら、罷免(ひめん)したドーソンの高官を呼びもどすしかない。彼らがもどってきたら、すべてはもとの木阿弥(もくあみ)だ。――いや、もっとひどいことになる。彼らは、自分たちを更迭(こうてつ)した人間を、次々に死に追いやるでしょう。傭兵への抑圧は――もっとひどくなる」


「チャン、落ち着けよ」


 バグムントが抑えにかかるが、チャンの口舌(こうぜつ)は止まらない。


「決定的な証拠を、あなたが出せるんですか!? 出せないなら、中途半端なことはやめてください! ますます混乱に陥るだけだ!」

「おい、落ち着けボウズ」


 バグムントが、火をつけていないくわえタバコを噛みしめて、強引にチャンを座らせる。


「らしくもねえ。そう熱くなるな」


 そしてアンジェリカに向かって、手をひらひらと振った。


「悪いな、嬢ちゃん」


「いいや。あたしが悪かった。デリケートな話なのに、軽くいいすぎたよ」

 アンジェリカが嘆息して、首を振る。

「あたしはなにも、軍事惑星群の証拠のために、バブロスカ革命の話を持ち出したんじゃない。ZOOカードが教えてくれる以外は、バブロスカ革命のことなんて、ちっとも知らないんだから。そうじゃなくて、ルナの前世がマリーと関わっている。そこから今回の、ルナが命を狙われるって話に発展したと、言いたかった」


「……すみません。熱くなりました……」


 チャンは座ったが、まだ感情の乱れは落ち着いていない。チャンにしてはめずらしいことだった。

 緊張した空気が漂ったが、アンジェリカはかまわずに言葉を続ける。


「そのロメリア、だけどね。――彼の意志は、軍人と傭兵の差別をなくし、だれもが手を取り合えるL18を作ることだった――マリアンヌは、前世できなかったこと――ロメリアを助けることだけれども――今度こそ、それを実行しようとした。ロメリアの生まれ変わりであるルナを、助けようとした。マリアンヌは人生のほとんどを、その日記を書くことに費やしてきたんだよ」


「その“マリアンヌの日記”ってのは、いったいなんなんだ」

 グレンが尋ねたが、


「あたしも、読んだことないんだよ」

 アンジェリカは、少し悔しげに首を振った。

「マリーは、あたしにも姉さんにも見せてくれなかった。ただ、メルーヴァには見せたらしい」


「内容が分からなけりゃ、どうしようもねえわな……」

「でも、さっきドーソン一族を壊滅においやる秘策があるって――」


 セルゲイの言葉に、アンジェリカはうなずいた。


「マリーは、あたしと姉さんに、それだけ教えてくれたんだ。そういった大切なことが書かれている記録で、これはただの日記じゃない。だれの目にも触れさせてはいけない。来るべきときが来るまで、封印しておかねばならない。そうマ・アース・ジャ・ハーナの神が(おっしゃ)った。たったひとり、この日記を読める人間のために、これはあるのだと」


 クラウドが静かに目を閉じ、バグムントがタバコを(くわ)えたまま、宙を仰いだ。

 アンジェリカは言葉を続ける。


「マリーはそして、最後にその身ひとつでもって、L03の罪を(あがな)って死んでいこうとした――それが皮肉なことに、メルーヴァの怒りを(あお)った」


 メルーヴァは、マリーがルナを、三度陥れたことも知っていた、だからマリーは償うのだと、マリー自身の口から何度も聞いていた。マリーは決して、メルーヴァがルナを恨むことがないようにしたかった。だけど……。


「メルーヴァは、マリーを愛してた。でも、マリーは実の弟だったというだけでなく、メルーヴァの思いを受け入れなかった。――L03の地方じゃ、兄妹婚なんてめずらしくもない。だから、メルーヴァとマリーはその気になれば結婚できた。ほんとはよくないけどね、血が濃すぎるって、もう地球時代から、親族婚は危ないって科学的に証明されてるけどさ。


 マリーは、メルーヴァの思いを受け入れなかった。それはなぜか。ロメリアと同じ理由だ。マリーは最初からルナ、この人生はあんたに捧げる人生だとわかって生まれてきていたからだ。だから、恋も絶対しなかった。シェハザールに愛されていることを知っても、メルーヴァの思いを知っていても、答えなかった。


 メルーヴァは、愛するマリーが、あんたに人生を捧げたがために、自分に振り向いてくれないことを知っていた。そこへ、マリーの無残な死。メルーヴァは、そのむごい死さえもあんたのせいだと思い込んだ。あれはちがうんだ、あれはあんたに捧げたものじゃなくて、一緒に来たみんなを助けようとしただけだ、ルナ」


「うん……」

「マリーの命も人生も、すべてあんたのためにあるのだということを」

「……」

「重いよね。ほんとうにごめん。だけど、もうメルーヴァは止まらない。あんたの命を奪おうとする。だけどあたしは、あんたを守りたい。絶対に」


 だから、ZOO・コンペを行うことにしたんだ、とアンジェリカは言った。

 ZOOカードの動物たちは、みなの魂、そして深層心理を表している。意外なところから、意外な情報がもたらされることも多い。


「……ミヒャエル、なんで特派のおめえさんが、L77の嬢ちゃんの担当役員なのか、やっとわかったぜ……」


 バグムントは腕を組んで、大きく嘆息した。


「この嬢ちゃんがメルーヴァに命を狙われるってことは、この宇宙船の“高等予言師”たちが、予知してたってことなんだな?」

「そういうことになるのでしょうか」


 カザマは、具体的な内容は知らされていない。だからこそ東奔西走(とうほんせいそう)して情報を求めていたわけだが――。


 アンジェリカが以前、「軍を動かさなければならないかもしれない」と言った言葉が、いよいよ現実じみてきた。


「軍?」

 チャンは聞き逃さなかった。

「――それは、いつごろの時期です」


 チャンの質問に、カザマは「分かりません」と答えた。


「いつメルーヴァが、どんな方法でルナさんを殺害しにくるかは、一切分かりません」


 千年に一度現れる、革命者メルーヴァは、その役割ゆえに、サルーディーバをもしのぐ予言師としての能力を持って生まれてくるという。そのため、いくら高等予言師と言えど、メルーヴァの運命や行動を、読むことはできないのだった。


「まさか、この宇宙船に乗り込んでくるわけじゃねえだろうに」

「いいえ、その可能性もありました。最初は、ヴィアンカがメルーヴァさまの担当役員だったのです」


「なんだって!?」


 ヴィアンカから話を聞いていたクラウド以外は、全員驚いた。


「カザマさん、それ本当!?」

 ミシェルの叫び。


「本当です。――本当は、宇宙船のチケットが抽選で当たったのは、メルーヴァ様だったのです。ですがメルーヴァ様は、マリアンヌ様をお助けするために、そのチケットを使いました。ヴィアンカに、マリアンヌ様をL18から救出するように依頼し、その際傭兵をひとりボディガードにつけたのです。ロビン様がその傭兵。ですからメルーヴァ様は、もう宇宙船のチケットでは、この宇宙船には乗れませんし、そしてL55が、L系惑星群全土の指名手配に踏み切りましたので、一級犯罪者ですので。どちらにしろ、乗船は、もはや不可能です」


「だとしたら――ルナちゃんを狙うとしたら、宇宙船が寄る惑星群だな」

「ええ。わたくしもそう見ております」


 アンジェリカが宇宙儀を広げた。以前ルナも見た、真っ暗な宇宙に、たくさんの星々がキラキラ輝いている術具だ。


「地球に着くまでに、補給だけでなくリリザのように、宇宙船のお客様がリゾートのために降りる星はあと三つあります」


 リリザクラスの大きな惑星を、カザマは指示した。


「マルカ、E353、アストロス……。おそらく、メルーヴァが(くわだて)てるとなればいずれか」



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