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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 〜ZOO・コンペ篇〜
329/948

142話 ZOO・コンペティション Ⅰ 2


「K02区のアースワールドもいいし、ルーシー&ビアード美術館にも行きたいなあ」


 早朝の物騒(ぶっそう)なやりとりは、ルナの「おなかがすいた!!」の絶叫ですべて吹き飛んだ――吹き飛んでくれていればいい。希望。


 なんとしてもグレンから離れたかったアズラエルは、昨夜、真砂名神社界隈(かいわい)の別の宿に移動した。


 もともと、K05区は一泊だけの予定だったのに。翌日には、ルナが言っていた「雷天(らいてん)」というラーメン屋で昼食を食べて、ほかの区画にでかけるはずが、予定が大幅に狂ってしまった。


 椿の宿を離れたから、もうおかしな夢は見ないだろうと思っていたら、これだ。

 おかげで、朝っぱらから盛大にケンカをしてしまった。


 朝、真砂名神社に参拝したときは、「もうあんなヘンな夢は見せないでくれ」と、アズラエルにはめずらしい神頼みをした。


 大路に降りれば、ナキジンだのカンタロウだの、キスケやオニチヨに出会っては、「ニャンコニャンコ」とかまわれたアズラエルは、この旅行はいよいよ失敗だったんじゃないかと思った。


 スタートからルナとはケンカばかりだったし、グレンには会うし。

 ラーメンのおかげでルナの機嫌がすぐ直ったのが、不幸中の幸いだった。


「アズ、ここだよ!」


 真砂名神社ふもとの商店街の、入り組んだ小路に目的の「雷天」はあった。

 行列に並んで、うまいラーメンを食べ終わったころには、アズラエルの気分も多少浮上していた。 


「次はどこに行くの」

「K02区にしようか」


 アズラエルは、K02区のアースワールドというアミューズメントパークの近くに、宿を取っていた。


「やった!」


 そこも行ってみたい場所だったらしい――ルナは喜んでウサ耳を立たせた。


 ようやくK05区を離れられる。ひと安心とともにハンドルを握ったアズラエルは、車を発進させた。ルナは、桜並木を眺めながら、キョロキョロ風景を見回している。


「ところで」

 アズラエルはふと思い立って、聞いてみた。

「今朝はなんの夢を見たんだ?」


 とたんに、ルナのほっぺたがふくれっ面になった。どうやら、思い出したくない類の夢だったようだ。

 そういえば、いつもなら、大切な内容の夢は、起きてすぐ書き留めるはずのルナが、日記帳を取り出しもしなかったのがいい証拠だった。


「相当嫌な夢だったようだな」


 ルナは首を傾げてから言った。


「うーん? あんまりよくない夢はよくない夢だったんだけども。そうじゃないの。なんか今日の夢はややこしかったの」


「ややこしい?」


 ルナはうなずいた。


「なんだかね、“主役”は、あたしじゃなくて別のひと。“八つ頭の龍”ってゆうひとか――」


 ためらいがちに、ルナは一度沈黙した。


「あれは、ミシェルの夢かもしれない」

「ミシェルの夢だって?」


 ルナはやっと日記帳を取り出し、夢の話を記し始めた。

 車の振動は少ない。


 あまりに見通しのよい直線道路で、広がる地平線はどこまでも、菜の花が草原を覆っている。この先にはネモフィラが。さっきは、二キロもある桜並木を通ってきたばかりだ。


 いつものルナなら、きゃあきゃあ、わいわい、ぴこぴこうるさいだろうが、今日のルナはとても静かだった。


 花畑を見ていないわけではなかったのだが――。


「ミシェル、だいじょうぶかなあ?」


 夢の内容を、いっしょうけんめい書き記していたルナは、ふと顔を上げてそんなことを言った。アズラエルには分からない。


「だいじょうぶなんじゃねえのか?」


 アズラエルは、ミシェルが、ルナと同じように、「高等予言師に予言された人物」であったことを思い出した。


 別に、それをルナに告げてもいいのだが、なぜか言う気にはならなかった。


 果たして、「高等予言師に予言された人物」というのは何者なのだろうか。


 バーベキューのときに、すこしカザマと話したが、彼女もほとんど分かっていない。知らされていない。

 カザマも手探り状態で、その意味を探しているのだと。


 彼女は「台風の目」と評した。「高等予言師に予言された人物」とは、分かることはその程度であって、なにもかもが未知。


 アズラエルも、納得した。

 ハンシックでのことも、エレナのことも、たいていはじまりは、ルナの夢からだ。

 だとしたら、ルナの夢見に気を付けていくほかないのか。


「おみそ……ラーメン……もやしはかため……もやし……もやしかため……だめです、もやし……もやしめ! チャーシューはとろとろがいい……」


 ルナがもしょもしょとつぶやいた。

 いつのまにか、夢日記を書き終えたルナは寝ていた。どうやらラーメンの夢を見ているらしい。


 もやしになにか恨みでもあったのか? さっきのラーメンはうまかったが。


 アズラエルはひとまず安心した。

 軍事惑星の未来を動かすような、たいそうな夢でなかったことに。


 相変わらず色気のない恋人(仮)に嘆息しながら、アズラエルは自動運転モードにした。なにせしばらく「みちなり」だ。


 テレビをつけた。

 とたんに、興奮したアナウンサーの声をひろった。


『とらえました! とらえました! 見てください! 今、この瞬間をとらえました!』


 アズラエルは思わず画面を凝視した。画面内は、砂ぼこり舞う砂漠だ。


 L03か? いや――違う。なんとなく、違う気がする。


 ルナがぴょこーん! と飛び跳ねて起きた。アズラエルがボリュームを上げたためだ。


 テレビカメラを回している男が、「いた、いたぞ!」と叫ぶ。警察星の、特殊部隊の制服を着た男たちが、L03の衣装を着た男につかみかかっている。


「なにごと!?」

 ルナが叫んで画面を見つめた。


『今とらえました! メルーヴァの革命軍幹部、エミールが捕えられました! これははじめてです! メルーヴァの幹部です! 幹部が捕えられたのははじめてです!』


 画面向こうの、まだ十代にしか見えない少年は、必死に抵抗しているが、大の大人たちに集団でかかられては、為すすべもない。


『死なせるな!』『生かしてとらえろ』と、声が響く。


 少年もくせ者だ。襲いかかる特殊部隊の男を払いのけ、石をカメラに向けて投げつけた。

 カメラを回している男がひっくり返ったのか、画面が転回した。もみくちゃになった声と砂ぼこりだけを写し、画面は切り替わる。


『これは、三十分前の映像です』


 ニュース番組の画面にもどる。テレビ局のアナウンサーが、緊張した口調でいった。


『L55の標準時間、午後四時五十三分、さきほど、メルーヴァの革命軍幹部、エミール・D・ロドリゲスが逮捕されました。繰り返しお伝えします。さきほど、メルーヴァの革命軍幹部、エミール・D・ロドリゲスが逮捕されました。メルーヴァの革命軍幹部の逮捕は、これが初めてになります。――ここは、ああ、正確な場所が今届きました。場所は、L18のバブロスカ砂漠です』


「――L18だと? L18で、メルーヴァの幹部が逮捕されたってのか」


 どうして、L18に革命軍がいる。

 アズラエルがチャンネルを変えた。どこの番組でも、臨時ニュースという形で、逮捕の一部始終を映している。


「こりゃァ、明日の新聞はコレ一色だな……」

「アズ……」


 ルナが不安そうな顔で、アズラエルの顔を見た。アズラエルはもう少し見たかったが、テレビを消した。ルナが泣きそうな顔をしていたからだ。


「――なにをビビってる」


 アズラエルはルナの頭を撫で、頬をぷにぷにとつついた。


「心配するな。L18の軍事力と、警察星の捜査能力をバカにするなよ。にわか仕込みの革命軍なんぞ、ひとたまりもねえよ。メルーヴァは、すぐ捕まる」

「……」

「怖くねえ。この宇宙船も、俺たちも、九庵も、大勢がおまえを守ってるんだ」

「――うん」


 さっきの今で、これだ。

 ウサギが本格的に怖がって、部屋から出なくなったらどうしてくれる。

 アズラエルは、今日は徹底的にルナを甘やかそうと決めた。


「ルゥ、今日はやけ食いするか」

「やけぐい!」


 ルナは大賛成のようだった。やっと目を輝かせた。


「ラーメン食べたい! もやしかためのちゃーしゅーとろとろで! さっき食べたけど! あと、ピザとか、ピザとか――お肉とか!!」

「了解」


 ルナとアズラエルが、ホテルでやけ食いパーティーをしていたころ。


 クラウドはクラウドで、目を丸くしていた――目に飛び込んできたニュース番組に。


 ルナの心配もよそに、ミシェルはもうとうに起きて、「おなかすいた!」と、どこかのだれかと同じセリフを口にしていた――椿の宿で早めの夕食を食べ、ミシェルが大浴場に行っているあいだ、ヒマだったので、部屋のテレビをつけたところだった。


「え? ジルドじゃなかった……のか?」


 映っていたのはリリザのニュースだ。

 以前、リリザの埠頭(ふとう)でバラバラ死体が見つかった。時期が時期――ハンシックでの事件が終息してすぐ――だったため、クラウドはあれを勝手にジルドの死体と決めつけていた。


 ジルドが地球行き宇宙船からいなくなっていたのはたしかだったし、「彼」が責任を取らされた結果だと思っていた――だが、違った。


 死体の正体がようやく判明したのだが、ニュースに流れている名前と顔は、ジルドではない。まったくの別人だった。


 クラウドはあわててGPSアプリを起動したが、やはりジルドは地球行き宇宙船内には存在しない。あのとき降ろされたのははっきりしているが、「死体」になったわけではなかったようだ。


 リリザもまた、ほかの星と変わらず裏表がある。大衆に人気のアミューズメントパークは、表層(ひょうそう)にすぎない。


 カジノや闇に紛れた賭け事、取引に向いた街はそこかしこにあり、マフィアの巣もある。


 だから、ああいったバラバラ死体なんかが埠頭に上がることも皆無とはいえない――ほとんどが、表ざたにはされないが。


「ジルドじゃなかったのか」


 クラウドは、幾分かほっとしている自分がいることに気づいた。

 別に親しくもないが、知った顔が埠頭に浮かぶのは、クラウドとて気分のいいものではない。


 ジルドは地球行き宇宙船を降ろされたが、死んではいなかったようだ。

 ララは、アンジェラはかばえたが、ジルドは無理だった、ということだろう。


 ジルドもまた、ルナを誘拐しかけたことに加え、宇宙船を降ろされても仕方がない事件をいくつか起こしているのだ。いくら、アンジェラの命令だったといっても。


「アズに知らせておくか」


 クラウドはメールを送りかけて、明日会うよな、と気づいて送るのをやめた。





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