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キヴォトス  作者: ととこなつ
第四部 ~記憶の扉篇~
325/946

140話 君へ 2


 グレンが椿の宿に着いたときには、もう小雨もあがっていた。


 宿泊していた部屋に行き、宮司から借りた作務衣から私服に着替えた。そしてフロントに作務衣を出しに行く。クリーニングにだしてもらうためだ。


 フロントへ行くと、なんといおうか、予想通りチャンから電話が入っていた。俺は観光客だぞ、俺の休日はどこにあるんだと嘆息しながら、あとで電話するとフロントには告げた。

 内容など分かりきっている。さっき、奥殿でしでかした重大な失態のことだろう。


(マジでヤバいかもしれねえな……)


 今回ばかりは。

 降ろされたとしても仕方ないだろう、と半ばあきらめの境地で、ルナたちがいた「いちいの部屋」をノックする。


「だれ?」と、ルナではなくクラウドの声がした。


「俺だ」


 クラウドが、襖をあけた。部屋の中には、ミシェルが寝ているだけ。アズラエルはともかく、ルナもいなかった。


「おい。俺の鉄の心臓を溶かすハニーはどこへ消えた?」

「雨に打たれすぎて頭湧いたの」


 仲直り(?)したはずなのに、クラウドの辛辣(しんらつ)さはなにも変わっていない。


「ミシェルはだいじょうぶか? ――つうか、ルナはどこに行った」

「ミシェルなら大丈夫。ちょっと熱があるけど、微熱だし。ルナちゃんとアズなら、君がいないあいだに、さっさとチェックアウトしてよそへ行ったよ」

「なんだと!?」

「怒るなよ。まあ気持ちはわかるけど」


 ルナが、こんな状態のミシェルを置いていくはずもない。あの性格だから、心配して、つきそうと言い出しただろう。おそらく強引に、アズラエルが連れて行ったのだ。


「君の想像は正解。だけどさ、俺もいいって言ったんだよ。俺だって、ミシェルと二人きりでいたいし、」

「あー……」

「ニックも明日から仕事だからって、帰った。まあ、入んなよ」


 部屋は、ミシェルのために薄暗くしてある。クラウドは備え付けの冷蔵庫から缶ビールを出して、グレンに放り投げた。

 グレンはプルトップを開け、座り込む。


「おまえ、別の部屋、予約してたんじゃなかったのか」

「うん……。でも結局アズたちはチェックアウトしたし、ミシェルはここに寝てるし。宿泊客ほとんどいないから、わがままを聞いてもらえた」


 結局、クラウドとミシェルは、この部屋に宿泊することになったのだそうだ。


「ミシェル、起きねえのか」

「起きない。爆睡だよ」


 グレンがサルーディーバを追いかけて、ひと悶着(もんちゃく)起こしていたころ。


 雨の中を駆け抜けて宿に逃げ込み、着替えて人心地ついてから、ルナとアズラエルとクラウド、ニックはいろいろな話をした。グレンはそれを、クラウドの口から聞いた。


「ニックは長寿の宇宙船役員だから、この船に入って長いってだけで、真砂名神社のことにもくわしいってわけじゃないみたい。ルナちゃんが、一週間ここで眠ってたってことを聞いて、目を丸くしてたよ」

「……」

「俺も、君が帰ってくるのを待っていたんだ。聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「だいたい、予想つかない? ――さっきミシェルが言った言葉」


 “いよいよ、さだめは動き出す。百三十年の時を経て。――グレン君”

 “忘れてはいけない。君の役目は、終止符を打つことだ”

 “鍵を、大切にね”


 グレンはビールをひといきに空けた。


「まさか、ミシェルが君を名指しでね。妬けたよ」

「妬くほどのことか。ぜんぜん色っぽい内容じゃねえのに」

「まあね」


 クラウドの口調は、本気で妬いているのではなさそうだ。グレンは言った。


「……意味は半分、分かるような気がする。俺もこの椿の宿で夢を見た。さっき真砂名神社の奥殿に行って、”なにか”を見た。鍵とやらの答えもそこにあるんだろう。だが、断片的にしか思い出せねえ」


 クラウドも、ビールを一口飲んだ。ビールを、自分の考えと一緒に咀嚼(そしゃく)し、飲み込むように。


「鍵って、……君なにか、鍵を持ってるの」

「いいや」

「さっき、ミシェルの口をついて出た、男の声はいったいだれなんだろう」


「百三十年前のサルーディーバ」

「……なんだって」

「百三十年前のサルーディーバだ。それは間違いない」


 クラウドは、携帯端末に名を打ち込んで検索する。すぐに答えは出た。


「百三十年前――っていうと、百五十六代目か」


 膨大な資料が検索できる電子辞書のページには、写真付きで百五十六代目のサルーディーバのデータがある。グレンも覗き込んだ。


「――ああ、コイツだ。コイツを、もっと若くした顔が、俺のめのまえに立ちはだかって」

「なんとなく。……なんとなくだけど、ミシェルに似てる気がしない?」


 グレンはそれには同意しなかった。飲み干した缶を放り投げ、畳に仰向けになった。


「この宇宙船に入ってから、説明のつかないことばかりで参るぜ」


 それを、クラウドはさっきの言葉への同意と受け取った。クラウドは、ものすごいスピードでそのデータを読みながら、グレンに話しかける。


「もちろん君は、百五十六代目のサルーディーバなんか、知りもしないよね……」

「あたりまえだろ。まあ、そりゃ、俺はL03に行こうとしてたからな。サルーディーバのことは多少調べた。だが、百三十年前なんて――」


「L03に? 君L03に行こうとしてたの? なんで?」


 クラウドが振り返り、グレンは寝そべったまま、天井を見上げながら答える。


「サルーディーバに命を助けてもらった礼を言いに行こうとしてたんだよ。俺もL18も、L03もいろいろあったからな。行くとしたら俺が地球行って、そのあとだろうと思ってはいたけどな。そのころだったら、情勢も落ち着いてンじゃねえかって。でも、偶然サルーディーバがこの宇宙船に乗ってたから――」


 グレンは、飛び起きるようにして胡坐(あぐら)をかいた。


「まぁ、さっき目的は達成した。サルーディーバに、直接礼は言えた」

「ええ? ほんとに?」


 クラウドはさすがに驚いた。


「ほんとに。さっきオクデンでサルーディーバにあったんだよ。……まあ、端折るが、いろいろあって、サルーディーバと宮司と、アンジェリカと茶ァ飲んできた」

「茶ァ飲んだって……。……ものすごく端折(はしょ)ったな。まさか、話が弾んでこんなに長くなったわけじゃないんだろう?」

「話なんて弾むかよ。気が小さくてシャイな俺は、サルーディーバのまえじゃロクに喉を通らなかったぜ」

「どうかな。君のせいで、サルーディーバをはじめL03に、L18の軍人がこんなに粗暴で荒っぽいのばっかりだって思われなきゃいいんだが。――サルーディーバに会っただって?」

「ああ。……端折らないで話すとだな、俺がサルーディーバを見つけて、思わず追いかけたら……」


 グレンの説明に、クラウドの眉が次第に険しくなった。彼は、グレンの端的な説明をとりあえず最後まで聞き、最終的に、怒りをあらわにした。


「君は実のところ、バカだろ」


 グレンは青筋を立てて深呼吸し、


「まあだいたい、言われるとは思ったけどな」

「言われる? 言うに決まってるだろ! 君は――、」

「いやだから、過ぎちまったモンはしょうがねえだろ」

「ちょっとだまれよ!!」


 クラウドが声を荒げるので、グレンはびっくりして口を(つぐ)んだ。


「ああ、言ってやるよ! ルナちゃんやセルゲイや、カレンやルーイの代わりにね! 君は、自分がどんな立場か本当に分かってないな! 宇宙船を降ろされた君はL18へ強制送還だ! だとしたらどうなる!? 君の命はもうないものと思えって、チャンにも言われていただろう!?」


「……」


 グレンは、苦虫を噛みつぶした顔をした。これと同じ説教を、今度はきっと、チャンから聞かねばならない。セルゲイに伝わったら、セルゲイからもだ。


「おい――そう怒るな」

 グレンは、火に油を注いだ。

「おまえが怒ることじゃねえだろう。俺が死んだって、おまえには関わりがな――」


 左頬が、瞬間的に熱くなって、身体が傾いだ。殴られたのだと気付いたのは数秒たって、だ。左頬が、ジンジン熱い。だが、クラウドのパンチは、たいして効かなかった。胡坐をかいた体勢が揺らいだだけだ。


「……いてェな」


 それだけしかこぼせなかったのは、あまりに驚いたからだ。怒りすら湧いてこない。グレンは呆気にとられていた。


「俺も痛いよ! 拳も、心臓もね!!」

「クラウド、ミシェルが起きる」

「起きないよ! もう限界だ!! まえから腹が立っていたんだ、君のその、自分の命の扱い方!! その軽さ!」

「――!!」


 グレンは胸ぐらをつかんで引き倒されていた。もう一度でも、二度でも、いつ殴りかかってもおかしくないクラウドが、めのまえにいた。

 クラウドは殴らなかったが、グレンが息苦しいほどには、シャツの胸ぐらをつかみあげた。


「どうして君はそう、自分の命をないがしろにするんだ!!」

「ないがしろにしたつもりは、」

「ないって言えるのか!! 君の命を、どれだけの人間が心配して、惜しんで、守っていると思ってるんだ!」

「クラウド、あのな、」

「君が死んだら、泣く人間のことを考えたことはないのか!?」

「……」

「ルナちゃんも、ルーイもセルゲイも、カレンも――エレナたちだって!」


 グレンは観念したように天井を仰ぎ、右手で自分の顔を拭った。決まり悪げに。


「ミシェルも――チャンも。――たぶん、俺も泣く」

 グレンは目を見張った。

「君はそうだ。昔から――自分が死ねば、なんでも解決すると思っている」

 

 ――昔? 

 昔って、いつだ。そんな話をしたことがあったか?

 ほとんど口を利いたこともないのにか。

 そんな昔と言える過去には、俺はこいつとはそう親しくなかった。

 コイツと顔を付き合わせるようになったのは、宇宙船に乗ってからだ。


「……残される人間の悲しみを、考えもせずに」


 グレンの頬に、しずくが落ちる。クラウドが、泣いているのだ。またしても仰天したグレンは、思わず身を起こした。


「――おい」


 クラウドはグレンを離し、鼻を啜った。よろよろと、ティッシュ箱からティッシュをつかみだして鼻をかむ。


「俺、おまえと昔、死ぬだのなんだの、そんなたいそうな話したっけか」

「……」


 クラウドは涙目でグレンを睨み、「なんだかよくわからないけど」グレンと距離を置いて胡坐をかく。


「……さっき真砂名神社に行ってから、なんとしても君を一度は殴ろうと思ってたんだ」


 なんだそりゃ。


「冗談抜かすな。それじゃ俺がアズラエルを通りすがりに殴るのと、なんの違いがある」


 アズラエルの復讐だとでも、言うつもりだろうか。


「ハッ! 君と一緒だ。理由はある」

「じゃあ理由を言え、理由を」

「……あれだけ死ぬなと言ったのに、君は死んだ」

「……なんだって?」


 俺は生きてるぞ、グレンは言いかけたが。


「忘れたふりはするな。君も夢に見ただろう? ――俺と君はいとこだった」


 グレンの脳裏に、断片的に失われていたパーツが、パチリと()められる。

 

『俺は、もうこれ以上仲間の死を見たくない。……グレン、たのむ。早まらないでくれ』


「――あ」


 ……そうだ。俺が見ていたのは、第二次バブロスカ革命の時代の夢。

 だがまだ、あの奥殿でなにをしていたかが、思い出せない。

 あそこには、なにがあったっけ。


「……俺も見たんだ」


 クラウドの声に、はっとグレンは顔を上げる。


「夢で、か?」

「ちがう。真砂名神社の階段を上がってるときに」


 まるで、映画でも見ているように、鮮明に見えたのだという。最初は目を疑ったが、同じシーンをくりかえし上映されているうち、思い出した。

 自分のひとつ前の前世が、『クラウド・D・ドーソン』という名だったことも。

 まさか、自分が憎むべきドーソン一族のひとりだったなんて。クラウドは皮肉な笑い方をした。


「俺が一緒にいたサルーディーバは、ミシェルの前世だろうと、薄々思っていた。やっぱり、彼がミシェルの前世で、百五十六代目のサルーディーバだったんだ……」


 クラウドはふたたび、派手に鼻をかんだ。


「俺はそれで、君に告げたかったことも思い出した」

「告げたかったことってなんだ」


 クラウドのパンチが、今度はグレンの胸へ。まるで威力はないそれが。


「君はひとりじゃない」

「……」

「孤高のトラなんて、もうやめてくれ。俺は――俺も皆も、君をひとりにするつもりなんてない。君がドーソン一族だということで、負い目を感じるなら」


 グレンの目からは、涙はあふれていなかった。だが彼は、真摯(しんし)に聞いていた。


 涙も出ないほど、グレンの心を凍りつかせてしまったのはだれだ。

 鉄でコーティングさせて、不可侵(ふかしん)にしてしまったのは。


 ――その中のひとりに、自分も入っている。


 自分は前世、きっと、グレンのそばにいるべきだったのだ。


「俺も少なくとも、ドーソン一族だったときがある。……同罪だ」

「……」

「自分を断罪するなら、俺もいっしょに裁け。殴って悪かった」

「なんでおまえが泣くんだ」


 グレンが苦笑している。

 いいんだ。もう泣けない君の代わりに俺が泣く。そういうと、グレンは大声で笑った。


「ありがとう、クラウド」


 泣く代わりに、彼は笑った。眠ったままのミシェルも、微笑んでいるように見える。


「君に戦うべきものがあるなら、俺も一緒に戦う」

 クラウドは、グズグズと泣いた。

「だからもう――簡単に、死ぬなんて口にするな」


「――分かった」


 ――君へ。

 告げたかった。


 どうして君は、ひとりで断罪し、ひとりで命を絶ったのだろう。


 君はロメリアの後を追った。

 ロメリアをひとりで()かせたくないとずっと言っていた君が、役目を果たし終えたならそうすることはどこかで分かっていた。


 それがきっと答えだったのだろうけど、でも君には、死んでほしくなかった。

 君を信じていたのはロメリアだけじゃなかっただろう?

 俺と君は、仲がいいいとこだった。


 L18から遠く離れたL03で、君を失った喪失感(そうしつかん)はすさまじかったけれども、俺にはサルーディーバがいた。

 ロメリアを失った君の喪失感は、俺の喪失感とは比べ物にならなかったのか。


 今ならわかるかもしれない。

 俺もミシェルが死んだら、きっとそうしてしまうかもしれない。


 だけどちがうんだ。

 分かるだろう? 生きなければ。


 だって、俺を愛しているのはミシェルだけじゃないから。

 アズもルナちゃんも、家族も、そしてもしかしたらエーリヒも泣くかもしれない。

 そう思ったら、生きなければと強く思うんだ。


「おまえが正解だ」

 グレンは肩をすくめた。

「もう言わねえよ。関係ないなんて、……二度とな」

  

 俺の想いはきっと、ロメリアとも一緒だ。

 ロメリアはきっと。


 ひとりじゃないと、伝えたかった。

 ――君へ。




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